赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

ようさん

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食うか食われるか、ご主人様か?

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「おい!何勝手に先走って自分を可哀想がってんだよ!」

 俺はイラッとして立ち上がり、つい怒鳴り飛ばした。

「これっきり縁切るなんて俺、一言も言ってねえだろ!そこまで無責任な男じゃねえわ!」

 玄英がきょとんとした顔を紅潮させてみあげていた。

「『袖触り合うも他生の縁』っていう古いことわざが日本にはあんだよ。あんたの悩みが俺に全部理解できるかはわからんが、少なくともあんたが大丈夫、幸せになれると思えるようになるまでは、力になってやりたい。それくらいの情ならこっちにだってあるんだよっ!」

 玄英は今にも泣き出しそうな、あるいは大笑いしたそうな表情でふるふると首を横に振った。

「それは……友人として、という事ですか?」

「そうだよ」

「ですが……僕ら触れ合うどころか縛ったり縛られたりしてもう二度も(ピー)とか、(ピー)……」

「わあああっ!だからそれを言っちゃあ、お終いだろうが!あれは酔っ払ってて……」

「恒星」

 玄英が突然、立ち上がった。位置関係が逆転して上背がある彼から見下ろされる形になる。

「なっ、何っ?」

 少し乱れた明るい色の髪と、真剣な眼差しが至近距離にあるーーこれで壁ドンされたら、全人類女子の九割方は落ちるだろう。

「二回目の時は君も僕も、酔ってませんでしたよ」

「……その、それは……」

「ですが、僕も考えました。恒星は僕と出会う前の、恒星の人生がある。異性愛者で、互いに相手に優しくすることが最上の恋愛表現だと信じてきたーーそんな恒星にいきなりSMプレイのS側になってくれなんて、ハードルが高すぎると」

「わ……わかってくれたか?」

 玄英の言葉を聞いてほっとしたものの、それとは裏腹な捕食対象を捉えた肉食獣並みの眼力に気圧されながらじりじりとにじり寄られ、気づくと壁際まで追い詰められていた。

「ですから、修行しましょう」

 意味不明な提案が唐突に、しかもさも当然のように優美な笑みとともに提案される。

「……はっ?」

「日本のコトワザなら僕もたくさん習いました。例えば、『馬には乗ってみよ、人には沿うてみよ』……でしたっけ?」

「お、おう……よく知って……んな……」

 自宅で仕事をする事も多い玄英はこの日もラフなシャツ姿だったが俺は会社帰りのスーツ姿だった。玄英はちらりと俺の胸元に目をやると、慣れた手つきであっという間に人のネクタイを外しやがった。

「おいっ!何すん……」

「縛ってみて?」

「はあっ?!」

「ああ、こっちでもいいよ」

 とか何とか言いながら今度はベルトを外しにかかる。止めたかったが、あまりに手際がよく手つきが鮮やかだったのでつい見惚れてしまったーーって、

「何すんだよ!」

 やっと我に返って抗議すると、玄英はまたも美麗でありながら一物ありそうな笑みを湛えてそれらを俺の手に返した。

「いいから試してみようよ。まずはこれで縛ってみて」

 どっちがご主人様?

 玄英は面食らう俺に身体を寄せてきて、耳元に囁いた。

「どうしても駄目なら諦めるけどーー僕が恒星にとって何の魅力もなくて、カケラも欲が沸かないのなら」

「……っ」

「本当のところ、どうなの?」

 玄英の汗ばんだ首筋と、しっかりとした肩の線が目の前にあった。そして明らかに同性同士のそれらの感触ーー本来なら我に返るべきだ。
 が、必死で思い出すまいとしていた二度目の夜に分かち合った快楽の記憶がふいに身体中を駆け巡り、小刻みに震えが走る。
 俺の人生で決して出会うはずのなかった、美しく何もかもを備えたこの人ともしも正面からぶつかり合って、支配する事ができたならーー

 必死に目を逸らし、封印しようとしていた自分の中に渦巻いていたどす黒い衝動を認めざるを得ない。

「よ、欲だけでまたそんな事して後悔したくない!あんただってきっと傷つく……」

「僕は恒星になら、何されてもいいんだよ」

 玄英は俺をすっぽり包むように大きな腕を俺の背中に回した。

「だって僕のご主人様なんだもの。何でもしてあげたい」

「やっ、やめろ!俺絶対無理だからなっ!鞭で叩いたりとか、蝋垂らしたりとか、ハイヒールで踏んづけたりとか……」

 と、玄英は目の前で急に、腹を抱えて笑い転げた。



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