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隠しメニューとかまかない定食が一番美味しい店って時々あるよね。褒め言葉になるかどうかは微妙かもね。

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「青葉さん」

 と、本職の警備員氏が裏口の方からやって来た。不測の事態に備えて派遣元に増員を頼み、他の人にも目立たないように配置に付いてもらっている……まったく。

「『マドンナ』さんの配達車です」

「わかりました、今行きます。あ。台車お借りしていいですか?」

「どうぞ」

 裏口にマドンナのマスターの愛車である軽ワゴン車が停まっていた。仕入れの手伝いで何度か乗った事がある。

「恒星君、お待たせ!」

 まっ昼間、何ならまだ「おはよう」でも通じる時間にマスターと店の外で会うのは長年のつき合いでも初めてだと思う。ちょっと不思議な気がする。
 店の中だと昔と全然変わらないマスターは、外だと魔法が解けてちょっと老けたようにも見える。が、いつも以上にキビキビとした足取りで車のハッチを開け保温ケースを取り出した。瞬間、とても馴染みのあるふくふくとした美味しそうな空気がふんわりと漂う。俺も朝飯を食って来たばかりだが、秒で腹が減った。
 数個の保温ケースを用心深く台車に乗せる。、

 マドンナは元々、何ちゃらイーツやらテイクアウト対応の店ではない。事情を話したところ、マスターが自ら「うんちゃらイーツ」してくれる事に……って、昭和平成でいうところの「出前」か。
 食い物で釣る……というのはあまりに原始的な手法だが、この条件でどうにか玄英を折れさせることができたのだ。
 
「恒星君の会社の一世一代の大仕事の日だって聞いて、張り切っちゃった。幻のオムライス定食スペシャルバージョンだよ」

 マドンナの看板メニューであるオムライス定食は、最近の卵の値上がりのせいで休止メニューとなってしまっていた。
 マスターは大きめのステンレス製ポットを二つ、順番に俺に託しながら

「こっちがスープで、こっちがコーヒー。給仕する時に間違えないで」

 と説明した。同じポットの蓋と取っ手に、目印のテープが色違いで貼ってある。 
 スペシャルバージョンのオムライス定食か……いいな。俺も食べたい。いっそ公私混同すればよかった。

「後は頼んだよ。僕は夜の仕込みがあるからこれで」

「何から何までありがとうございます。わがまま聞いていただいて助かりました」

「しかし、本当にこんなんでお口に合うのかねえ?相手は世界的に有名な社長さんなんだろう?」

 マスターは不安そうに眉をひそめた。

「大丈夫。あちらのたってのご希望だったので、わざわざお願いしたんです」

「へえ。ずいぶん庶民的な人なんだね。だけど」

 今度は眉根が訝しげに寄せられた。表情が忙しい。

「どこでうちの店のこと知ったんだろう?」

「さあ。でも、たまには一見さんが立ち寄ったり、観光客らしき人が来ないわけじゃないでしょう?こないだの日も忙しかったし」

「そう言えば……そうだけど……」

「そのうちミシュ◯ンとか載るかもしれませんよ」

「またまた。上手いんだから」

 マスターはけらけら笑うと、満更でも無さそうに帰って行った。わが青春のマドンナよ、永遠なれ。


 かれこれ半月ほど前になる俺達のXデー(?)

 マドンナでの顔見知り程度の玄英と、意気投合してオムライス一緒に食って酔っ払って、気づくとビジホで一線越えてて会社で再会して、その晩成り行きで奴の部屋を訪れてまた十八禁な展開になってーーって、ウエストサイドも本家本元のロメジュリも真っ青のジェットコースター展開だよな。

「昨日の今日で、超展開と情報量過多で判断できない。ちょっと考える時間をくれ」

 そう玄英に言い残して、どうにかまだ電車の残っている時間に部屋を後にした。
 内心、うだうだと食い下がってくるんじゃないかと思っていたのだが、意外にも「わかった。待ってるね」とあっさり引き下がって、無邪気な笑顔で見送ってくれた。
 一瞬、小さい子をお留守番に残していくような罪悪感と心許なさで胸の隅がちくりと痛んだ。
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