赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

ようさん

文字の大きさ
上 下
23 / 144

⭐︎人の(ピー)を笑ってはいけない24時(なお、そこまで長くない模様)

しおりを挟む

 「そうなの?」

 そう言われてもこの人のーー外向きのスペックだけは俺とレベル違いの完璧さを備えているこの人の中の、最も秘そやかで後ろ暗い欲求を掻き立ててしまうような俺って、一体どんな奴なんだろうーー全くピンと来ない。

「ふうん……なら、俺がいた方がいいんじゃないの?」

「えっ?」

「してみなよ。見ててやるから」

「……っ」

 さすがに本気で言った訳ではないのだが、奴は肩まで真っ赤にして顔を覆ってしまった。

ーーそれはダメなんだ?まあでもMと露出狂って違うのか

「あのさ。そこは開き直るなり怒るとかしてもいいとこなんじゃないの?」

 遠山は何を言われているかわからない、という表情で俺を見返した。

「俺かなり酷いことしたし、言ってるよ。いくら何でも嫌なら嫌ってちゃんと」

「……そんなこと、……言われても……」

 いまさら俺が言うなって感じだけどさ。

「……は……で……」

 掠れ声がますます小さくなった。

「何?聞こえない」

「……」

 今度は口をつぐんで押し黙ってしまう。悪い癖で、元が気の短い俺はまた少しイライラしてきてしまった。

「おーい。聞こえなかったんですかあ?」

 奴の頬をぺたぺたと軽く叩く。

「一人前に黙秘権あると思ってんのかよ?この変態が。紐と一緒にナニもちょん切っとくべきだったかな?ああ?」

「ちょっ……、ちょん切られるのだけはちょっと……」

 遠山はまたしゃくり上げ始めた。乱れた前髪の下で長い睫とガラス玉のような瞳がうるみ、紅い唇が絶望に震えているーー扇情的で庇護欲を掻き立てる表情だ。

 そして、ほんの数時間前まで俺を含む皆の尊敬と羨望の的だったこの人が今現在、あられもない格好でこんな表情をしているなんて事を知っているのは俺一人だけでーーそう思うと、今まで感じたことのない奇妙な高揚感が湧き起こってくる。

ーーやばい。もっと泣かせたい……

ーーいやいやいやいや。

 確かにガキの頃は血の気が多くて、自分よりタッパのあるヤローをタコ殴りにするなんて日常茶飯事だった。が、あくまで売られた喧嘩を買った上での事だ。いくらなんでも人を一方的に痛めつけて興奮する趣味なんかない。

「……嫌、では、ないので……」

 嗚咽と一緒にそんな言葉が聞こえ、奴は腰の上に掛かっていたジャケットを取り払った。

ーーえっ、嫌じゃないんだ?わけわからん。

 彼は意を決したように真っ直ぐ俺を見た。涼やかだった白目が可哀想なくらい充血していたが、薄灰色の瞳と睫に留まった水滴が艶めかしく光っていて綺麗だった。
 膝を崩し、折り曲げた長い脚を前に投げ出す。

「少し……側に来ていただけますか?」

「お、おう」

 実は家族同様に職人さんが出入りしていたほぼ「男の世界」であった実家でも、「下ネタ上等」な悪友連中とツルんでたマイルドヤンキー時代ですら同性のそういう現場は見たことはない。
 頭良くて綺麗で高潔な人格者で、一見そういった欲求を拗らせてなさそうなこの人も俺らと同様のことをするのかというさらに下世話な好奇心と、「えっ本当にするわけ?」という困惑がぐちゃぐちゃになって、内心かなりビビっている。が、気取られる訳にはいかないーーだってダサいじゃん。
 お互いの息が掛かり体温が伝わる、何なら頭突きもキメられる近さまでハッタリ半分でにじり寄る。

「あの、よければ一緒に……」

「……っは?一緒に、何だと?」

「……ですよね……いえ何でも……」

 嫌でも赤い縄目が刻まれた滑らかな肩と豊かな胸が至近距離で目に入る。個室トイレの薄暗がりではなく、居住空間の明るい照明の下で改めて見ると、手加減をせずにでたらめに縛られた跡がより痛々しい。無意識のうちに互いの髪と熱が触れてもつれ合う。

「これ以上馬鹿言ったら今度こそ切り落とすぞ」

「……わかりました……あ」

「今度は何?」

「名前……呼んでもいいですか?」

「へっ?ああ、うん」

「では、お言葉に甘えて……恒星……」

 コイツの声、元々いい声だけどかすれて切迫感あるとめっちゃどエロい。あとやっぱ、人によって違うのな。座った方がやりやすいとか寝そべるとか……って、どうでもいいが。

「恒星……恒星……」

 形のいい唇から甘い低音で呼ばれてるのが自分の名前というより魔女の呪文のように聞こえる。辺りの空気が変に濃くなり、荒くなった奴の息とともに肩が上下する。
 学生の頃、自分の酒量を知らずに飲んでえずく友人を解放している時のような気分になり、無意識のうちに自分のつけた痕を手でなぞるーー後悔や罪悪感も感じてはいるのだが、そんな事以上に鮮烈に思い出したのは子どもの頃、日焼け後の皮を剥いたりかさぶたを剥がしたりした時の痛々しい快感だ。
 それか、まっさらな新雪の上を泥混じりの靴で歩き回るような、新品の教科書に落書きをするようなーー背徳感や虚無感と背中合わせの達成感だったり。

ーーちょっと待てよ。俺、昨夜もこんな調子でコイツと……?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!

三崎こはく
BL
 サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、 果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。  ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。  大変なことをしてしまったと焦る春臣。  しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?  イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪ ※別サイトにも投稿しています

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

俺、ポメった

三冬月マヨ
BL
なんちゃってポメガバース。 初恋は実らないって言うけれど…? ソナーズに投稿した物と同じです。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

処理中です...