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⭐︎「出物腫れ物所嫌わず」って、我慢できなかった側が使う言葉じゃないよね
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「『ゴメン』と『アリガトウ』って言や何とかなるって、初心者観光客かよ!ナメてんのか貴様!そこに直れっ!」
遠山がのろのろと起き上がり、完全にセットが崩れて四方八方に前衛的なウェーブのかかった髪に素っ裸のまま意外と上手に正座した様はなかなかシュールだった。
足元に落ちていた奴のお値段不明なジャケットをもはや惜しげもなくそこに蹴り飛ばした。奴は前髪の間からのぞく泣き腫らした顔を赤らめながら下半身を隠した。
「気い遣って損したわ。あんた、マジもんかよ……」
情報量がもはや俺の経験値を越え過ぎていて、不快とか不愉快とかいった思考や感情の色々がもはや、どっかにすっ飛んでしまっていた。一種の虚脱感すら感じる。
「すみません……気持ち悪い……ですよね……」
「まあ、気持ち悪いってのは否定しないが……俺にも非がある。咄嗟に手荒な事して悪かったよ」
「ごしゅ、いえ、恒星さんが謝る事では……」
そう言いながら遠山はうつむいたまま、本格的に泣き出した。借り物競走で「残念過ぎるイケメン」とか「ギャップ萌えする変態紳士」というお題が出てたら俺とこいつで間違いなく天下が取れるーーそんな18禁ネタの許されるディープな社内運動会がもしあったらの話だが。
この性癖さえなければーーいや、少なくとも知り合った時点で俺がやらかしてさえいなければ、店の常連どうしとしていい友人関係を築けていたかもしれない。あるいは仕事上のメンターとして崇拝していたか……そこだけは残念だ。
まるでハーレクイン・ロマンスの世界から抜け出したような端正な見た目とどこに行っても通用するハイスペック。女性だけではなく男性からも崇拝を集めてやまない外見とは裏腹の、人目を憚るディープな性癖ーー全世界でそれを知っているのは俺を含めてそう何人もいないはずだ。
ふと、この豪邸のどこかにその手の嗜好を満たすための必需品をずらりと揃えていたりするのだろうか、という素朴な疑問が湧いた。
ーーしかも拘束具だけじゃなく玩具系のモンまであったりして?
このクローゼットの中には見渡す限り怪しげなモンは無さそうだから(値段が想像できないくらい高そうなトランクとかはあるけど)他人に掃除させないとかいう書斎あたりが怪しい気が……
「ハウスキーパーは見た」ばりの下世話な好奇心がつい頭をもたげ、当初の目的をうっかり忘れかける。
ーーいやいや。所詮、別世界に住んでる赤の他人だし。プライバシーなんか興味ないし。
「……あの、……帰らな……んです、か?」
遠山にしゃくり上げながら聞かれるまで、俺は戦意を喪失したまま呆然とその場に立っていた。
「ああそうか……帰った方がいい?」
遠山は一生懸命かぶりを振った。巻き毛がてんでにあらぬ所に揺れるのがちょっと面白かった。
これが他の奴ならとっくに、もうひとくさり説教系の啖呵でも切ってオサラバよーーってトコだろう。
確かに「プライベートは別」と言っていたが、さっきとはまた状況が違うし、そこからさらに拗らせてどこまで許容範囲なのかとか色々気になる。というより何でだかコイツを放っておけない。質が悪い。
「そうだ、思い出した。あんたに電話来てたんだよ。とっととそれ、何とかして出てやれよ」
俺が顎で指すと、遠山は胸の辺りまで赤くなった。
「わかりました……外に出てもらえませんか」
奴は前を隠したまま正座を崩してくるりとそっぽを向いた。
この空間を後にするのはやぶさかでないが、俺が可及的速やかに部屋を出て行くのを背中で待ち構えている空気が何となく気に入らない。
「ちなみにあんた、やっぱり俺で抜く気なわけ?」
「……っ」
ちょっと意地悪な質問をしてみると奴の肩がピクリと跳ねた。顔を真っ赤にし、涙目になりながら恐る恐るこちらの顔色を伺っている。
「……いけませんか……」
「いや……ダメっつうか……」
繰り返しになるが、人の心ってのはその人のもんだ。妄想だろうが政府転覆計画だろうがその人の中に留まっていて実害が無い限り、文句を言う筋合いはないってのは十分わかってんだけど。
俺は遠山の前に回り込み、向かい合って胡座をかいた。
「……!?」
遠山は無言で狼狽えていた。
「ただ、純粋に不思議なんだよ。こちとら自慢じゃないが、怖そうとか愛想が無いとか言われたことはあっても、男はおろか歴代の元カノにだってセクシーだとか色っぽいとか言われたことなんかないしさ」
会社出てからこの部屋来るまで、どこにもそんなスイッチが入るような要素はなかったはずだ。ずっとスーツ姿だから露出だって無いし、こっちから煽った訳でもないし。
「……そっ、それはっ……」
遠山の充血した目元と声色に少し怒気が含まれる。「おっ?」と思った。
一周回って突き抜けたらもはや、未知の生き物と日本初上陸のカバープランツでも観察するような気持ちにすらなっている。
「それは……彼女達に見る目がないんです。恒星は……色気ありますよ……残酷なくらい」
遠山がのろのろと起き上がり、完全にセットが崩れて四方八方に前衛的なウェーブのかかった髪に素っ裸のまま意外と上手に正座した様はなかなかシュールだった。
足元に落ちていた奴のお値段不明なジャケットをもはや惜しげもなくそこに蹴り飛ばした。奴は前髪の間からのぞく泣き腫らした顔を赤らめながら下半身を隠した。
「気い遣って損したわ。あんた、マジもんかよ……」
情報量がもはや俺の経験値を越え過ぎていて、不快とか不愉快とかいった思考や感情の色々がもはや、どっかにすっ飛んでしまっていた。一種の虚脱感すら感じる。
「すみません……気持ち悪い……ですよね……」
「まあ、気持ち悪いってのは否定しないが……俺にも非がある。咄嗟に手荒な事して悪かったよ」
「ごしゅ、いえ、恒星さんが謝る事では……」
そう言いながら遠山はうつむいたまま、本格的に泣き出した。借り物競走で「残念過ぎるイケメン」とか「ギャップ萌えする変態紳士」というお題が出てたら俺とこいつで間違いなく天下が取れるーーそんな18禁ネタの許されるディープな社内運動会がもしあったらの話だが。
この性癖さえなければーーいや、少なくとも知り合った時点で俺がやらかしてさえいなければ、店の常連どうしとしていい友人関係を築けていたかもしれない。あるいは仕事上のメンターとして崇拝していたか……そこだけは残念だ。
まるでハーレクイン・ロマンスの世界から抜け出したような端正な見た目とどこに行っても通用するハイスペック。女性だけではなく男性からも崇拝を集めてやまない外見とは裏腹の、人目を憚るディープな性癖ーー全世界でそれを知っているのは俺を含めてそう何人もいないはずだ。
ふと、この豪邸のどこかにその手の嗜好を満たすための必需品をずらりと揃えていたりするのだろうか、という素朴な疑問が湧いた。
ーーしかも拘束具だけじゃなく玩具系のモンまであったりして?
このクローゼットの中には見渡す限り怪しげなモンは無さそうだから(値段が想像できないくらい高そうなトランクとかはあるけど)他人に掃除させないとかいう書斎あたりが怪しい気が……
「ハウスキーパーは見た」ばりの下世話な好奇心がつい頭をもたげ、当初の目的をうっかり忘れかける。
ーーいやいや。所詮、別世界に住んでる赤の他人だし。プライバシーなんか興味ないし。
「……あの、……帰らな……んです、か?」
遠山にしゃくり上げながら聞かれるまで、俺は戦意を喪失したまま呆然とその場に立っていた。
「ああそうか……帰った方がいい?」
遠山は一生懸命かぶりを振った。巻き毛がてんでにあらぬ所に揺れるのがちょっと面白かった。
これが他の奴ならとっくに、もうひとくさり説教系の啖呵でも切ってオサラバよーーってトコだろう。
確かに「プライベートは別」と言っていたが、さっきとはまた状況が違うし、そこからさらに拗らせてどこまで許容範囲なのかとか色々気になる。というより何でだかコイツを放っておけない。質が悪い。
「そうだ、思い出した。あんたに電話来てたんだよ。とっととそれ、何とかして出てやれよ」
俺が顎で指すと、遠山は胸の辺りまで赤くなった。
「わかりました……外に出てもらえませんか」
奴は前を隠したまま正座を崩してくるりとそっぽを向いた。
この空間を後にするのはやぶさかでないが、俺が可及的速やかに部屋を出て行くのを背中で待ち構えている空気が何となく気に入らない。
「ちなみにあんた、やっぱり俺で抜く気なわけ?」
「……っ」
ちょっと意地悪な質問をしてみると奴の肩がピクリと跳ねた。顔を真っ赤にし、涙目になりながら恐る恐るこちらの顔色を伺っている。
「……いけませんか……」
「いや……ダメっつうか……」
繰り返しになるが、人の心ってのはその人のもんだ。妄想だろうが政府転覆計画だろうがその人の中に留まっていて実害が無い限り、文句を言う筋合いはないってのは十分わかってんだけど。
俺は遠山の前に回り込み、向かい合って胡座をかいた。
「……!?」
遠山は無言で狼狽えていた。
「ただ、純粋に不思議なんだよ。こちとら自慢じゃないが、怖そうとか愛想が無いとか言われたことはあっても、男はおろか歴代の元カノにだってセクシーだとか色っぽいとか言われたことなんかないしさ」
会社出てからこの部屋来るまで、どこにもそんなスイッチが入るような要素はなかったはずだ。ずっとスーツ姿だから露出だって無いし、こっちから煽った訳でもないし。
「……そっ、それはっ……」
遠山の充血した目元と声色に少し怒気が含まれる。「おっ?」と思った。
一周回って突き抜けたらもはや、未知の生き物と日本初上陸のカバープランツでも観察するような気持ちにすらなっている。
「それは……彼女達に見る目がないんです。恒星は……色気ありますよ……残酷なくらい」
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