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事件は会議室じゃなくて現場で起きてるんだ的な発想で、再び純喫茶「マドンナ」にいます。
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「……思い出した」
俺は頭を抱えた。
昨夜と同じ「マドンナ」のカウンター席ーーではなく、遠山が普段よく座っている窓辺の一番奥の席に向き合って座り、彼からまず昨夜のここでの顛末を聞いた。
惨劇の直後、オロオロ狼狽えながらもスッキリした顔をしていた彼奴を、ひと思いにぶっ飛ばしたかったが腹の中で六つ数えるのを十回ほど繰り返して、やっと堪えた。自分で自分を称賛てやりたい。
泥酔してその前の記憶ごと飛んでた俺は、遠山に一部始終を説明してもらう必要があったーー返答次第ではやっぱりぶっ飛ばしていたかもしれないがーーしかしさすがに、場所だけは変えないとまずい。
遠山が「昨夜と同じシチュエーションだったら、青葉さんも何か思い出すかもしれない」と言うので提案に乗ってみたのだが、半分は成功したようだ。
「思い出してくれました?じゃっ、じゃあ僕のご主人様になってくれるって約束してくれた事とかも……」
遠山の顔がぱあっと花が咲いたようにーーいや、奴はヤローなんだけど腹ただしいことにこれよりぴったりくる表現が見つからないーー明るくなって身を乗り出して来た。何でそうなる?
「ちょ、ちょっと待って……!」
俺は慌てて両手を彼の前にかざして制した。
「いきなり無限の彼方まで話飛ばさないでくれます?あなたと飲む事になった経緯は確かに思い出せたけど、その後は全然、さっぱりです」
いっそこのまま思い出さないでいられた方が幸せなのかもしれないが。
「すみませんっ、つい……」
遠山が申し訳なさそうに縮こまった。叱られたゴールデン・レトリバーを何となく思い出す。昔、一大ブームがあった頃、悪友の家で飼っていた。
「いや、俺が酔ってあなたに不本意な事をしてたんなら、責任は取ります」
「不本意なんてことはありません」
遠山は顔を上げてきっぱり言い切った。やっぱりこの人、べらぼうに男前の美丈夫だーー黙ってさえいたら。
「ですが、何かをあなたと約束したと言うなら、申し訳ないがそれは守れない」
「ですよね……」
彼はまたうつむいて、頬を紅潮させたゴールデンに戻った。
「いえ、無理だろうとは僕もわかってます。でも、さっきもいい雰囲気だったし、少しは可能性あるのかなって勝手に思っちゃって……」
「どこが!」
話の内容が内容だけに、声量を抑えようとはしているのだが、ついついヒートアップしてマスターや他の客の怪訝そうな視線をたびたび集めてしまうーーまさかこいつ、ワザとじゃないだろうなーー落ち着け、耐えろ。俺。
昨夜の遠山は私服の上に髪のセットもゆるく、眼鏡までかけていた。間接光の照明も手伝って今日の会社での彼とは全然印象が違っていた。
こうしてよく同じ場所で見てみると、あの人だとわかるんだけどーーこの席でたまに見かける中性的な雰囲気の彼のことを「背が高くて日本人離れしているけど女性かなあ……女性だといいなあ」と、遠目に見とれていたことがあった。外国人女性っぽい名前で呼ばれるのをちらっと聞いたような気もする。
見た目がなんとなく好みという以上の印象はなく、男性だと知った時も「そうなんだ」程度で、特にがっかりしたわけではなかった。
「あなたたち、一晩でずいぶん仲良くなったんだねえ。いやあ、若いっていいねえ」
全ての元凶であるマスターがえびす顔で、二人前の夜定食を運んで来た。二日酔いがまだ残っているらしくマスターの額には冷えピタ、こめかみにエレキバンが貼ってある。ちなみに今日のメニューはオムライスに次ぐ名品のビーフカレーだ。
ここの人達は何の話でも二言目には合いの手のように「若いっていいねえ」とぶっ込んでくるが、どこがどういいのか俺にはいつもよくわからない。だからって別にツッコんだりもしないし、大抵そうするように今も無難に愛想笑いで返す。
「友達になれて何よりだけど、恒星君、あんまり酔っ払って初対面の人に迷惑かけちゃ駄目だよう。君、自分が思ってるほど酒強くないよ」
「どの方が言う」と、本当は小一時間くらい問い詰めたい気分だが、完全に八つ当たりだろうな。理由も絶対知られたくない。俺が酔っ払ってしでかした事なんだから、完全に自己責任だ。
「気をつけます」
俺は仏頂面で返し、遠山はそつない笑みでマスターに礼を述べた。
「恒星君、すっかり酔いつぶれててさ。置いてっていいって言ったんだけど、玄英さんが『歩けそうだから駅まで連れて行きますよ』って言ってくれてさ。ちゃんとお礼言っときなよ」
マスターは頼まれもしないのに、俺がお持ち帰りされた顛末までバラすと「じゃ、ごゆっくり」とカウンター内の定位置に戻った。俺は遠山を睨んだ。
俺は頭を抱えた。
昨夜と同じ「マドンナ」のカウンター席ーーではなく、遠山が普段よく座っている窓辺の一番奥の席に向き合って座り、彼からまず昨夜のここでの顛末を聞いた。
惨劇の直後、オロオロ狼狽えながらもスッキリした顔をしていた彼奴を、ひと思いにぶっ飛ばしたかったが腹の中で六つ数えるのを十回ほど繰り返して、やっと堪えた。自分で自分を称賛てやりたい。
泥酔してその前の記憶ごと飛んでた俺は、遠山に一部始終を説明してもらう必要があったーー返答次第ではやっぱりぶっ飛ばしていたかもしれないがーーしかしさすがに、場所だけは変えないとまずい。
遠山が「昨夜と同じシチュエーションだったら、青葉さんも何か思い出すかもしれない」と言うので提案に乗ってみたのだが、半分は成功したようだ。
「思い出してくれました?じゃっ、じゃあ僕のご主人様になってくれるって約束してくれた事とかも……」
遠山の顔がぱあっと花が咲いたようにーーいや、奴はヤローなんだけど腹ただしいことにこれよりぴったりくる表現が見つからないーー明るくなって身を乗り出して来た。何でそうなる?
「ちょ、ちょっと待って……!」
俺は慌てて両手を彼の前にかざして制した。
「いきなり無限の彼方まで話飛ばさないでくれます?あなたと飲む事になった経緯は確かに思い出せたけど、その後は全然、さっぱりです」
いっそこのまま思い出さないでいられた方が幸せなのかもしれないが。
「すみませんっ、つい……」
遠山が申し訳なさそうに縮こまった。叱られたゴールデン・レトリバーを何となく思い出す。昔、一大ブームがあった頃、悪友の家で飼っていた。
「いや、俺が酔ってあなたに不本意な事をしてたんなら、責任は取ります」
「不本意なんてことはありません」
遠山は顔を上げてきっぱり言い切った。やっぱりこの人、べらぼうに男前の美丈夫だーー黙ってさえいたら。
「ですが、何かをあなたと約束したと言うなら、申し訳ないがそれは守れない」
「ですよね……」
彼はまたうつむいて、頬を紅潮させたゴールデンに戻った。
「いえ、無理だろうとは僕もわかってます。でも、さっきもいい雰囲気だったし、少しは可能性あるのかなって勝手に思っちゃって……」
「どこが!」
話の内容が内容だけに、声量を抑えようとはしているのだが、ついついヒートアップしてマスターや他の客の怪訝そうな視線をたびたび集めてしまうーーまさかこいつ、ワザとじゃないだろうなーー落ち着け、耐えろ。俺。
昨夜の遠山は私服の上に髪のセットもゆるく、眼鏡までかけていた。間接光の照明も手伝って今日の会社での彼とは全然印象が違っていた。
こうしてよく同じ場所で見てみると、あの人だとわかるんだけどーーこの席でたまに見かける中性的な雰囲気の彼のことを「背が高くて日本人離れしているけど女性かなあ……女性だといいなあ」と、遠目に見とれていたことがあった。外国人女性っぽい名前で呼ばれるのをちらっと聞いたような気もする。
見た目がなんとなく好みという以上の印象はなく、男性だと知った時も「そうなんだ」程度で、特にがっかりしたわけではなかった。
「あなたたち、一晩でずいぶん仲良くなったんだねえ。いやあ、若いっていいねえ」
全ての元凶であるマスターがえびす顔で、二人前の夜定食を運んで来た。二日酔いがまだ残っているらしくマスターの額には冷えピタ、こめかみにエレキバンが貼ってある。ちなみに今日のメニューはオムライスに次ぐ名品のビーフカレーだ。
ここの人達は何の話でも二言目には合いの手のように「若いっていいねえ」とぶっ込んでくるが、どこがどういいのか俺にはいつもよくわからない。だからって別にツッコんだりもしないし、大抵そうするように今も無難に愛想笑いで返す。
「友達になれて何よりだけど、恒星君、あんまり酔っ払って初対面の人に迷惑かけちゃ駄目だよう。君、自分が思ってるほど酒強くないよ」
「どの方が言う」と、本当は小一時間くらい問い詰めたい気分だが、完全に八つ当たりだろうな。理由も絶対知られたくない。俺が酔っ払ってしでかした事なんだから、完全に自己責任だ。
「気をつけます」
俺は仏頂面で返し、遠山はそつない笑みでマスターに礼を述べた。
「恒星君、すっかり酔いつぶれててさ。置いてっていいって言ったんだけど、玄英さんが『歩けそうだから駅まで連れて行きますよ』って言ってくれてさ。ちゃんとお礼言っときなよ」
マスターは頼まれもしないのに、俺がお持ち帰りされた顛末までバラすと「じゃ、ごゆっくり」とカウンター内の定位置に戻った。俺は遠山を睨んだ。
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