上 下
16 / 144

事件は会議室じゃなくて現場で起きてるんだ的な発想で、再び純喫茶「マドンナ」にいます。

しおりを挟む
「……思い出した」

 俺は頭を抱えた。

 昨夜と同じ「マドンナ」のカウンター席ーーではなく、遠山が普段よく座っている窓辺の一番奥の席に向き合って座り、彼からまず昨夜のここでの顛末を聞いた。

 惨劇の直後、オロオロ狼狽えながらもスッキリした顔をしていた彼奴きやつを、ひと思いにぶっ飛ばしたかったが腹の中で六つ数えるのを十回ほど繰り返して、やっと堪えた。自分で自分を称賛ほめてやりたい。

 泥酔してその前の記憶ごと飛んでた俺は、遠山に一部始終を説明してもらう必要があったーー返答次第ではやっぱりぶっ飛ばしていたかもしれないがーーしかしさすがに、場所だけは変えないとまずい。

 遠山が「昨夜と同じシチュエーションだったら、青葉さんも何か思い出すかもしれない」と言うので提案に乗ってみたのだが、半分は成功したようだ。

「思い出してくれました?じゃっ、じゃあ僕のご主人様になってくれるって約束してくれた事とかも……」

 遠山の顔がぱあっと花が咲いたようにーーいや、奴はヤローなんだけど腹ただしいことにこれよりぴったりくる表現が見つからないーー明るくなって身を乗り出して来た。何でそうなる?

「ちょ、ちょっと待って……!」

 俺は慌てて両手を彼の前にかざして制した。

「いきなり無限の彼方まで話飛ばさないでくれます?あなたと飲む事になった経緯いきさつは確かに思い出せたけど、その後は全然、さっぱりです」

 いっそこのまま思い出さないでいられた方が幸せなのかもしれないが。

「すみませんっ、つい……」

 遠山が申し訳なさそうに縮こまった。叱られたゴールデン・レトリバーを何となく思い出す。昔、一大ブームがあった頃、悪友の家で飼っていた。

「いや、俺が酔ってあなたに不本意な事をしてたんなら、責任は取ります」

「不本意なんてことはありません」

 遠山は顔を上げてきっぱり言い切った。やっぱりこの人、べらぼうに男前の美丈夫だーー黙ってさえいたら。

「ですが、何かをあなたと約束したと言うなら、申し訳ないがそれは守れない」

「ですよね……」

 彼はまたうつむいて、頬を紅潮させたゴールデンに戻った。

「いえ、無理だろうとは僕もわかってます。でも、さっきもいい雰囲気だったし、少しは可能性あるのかなって勝手に思っちゃって……」

「どこが!」

 話の内容が内容だけに、声量を抑えようとはしているのだが、ついついヒートアップしてマスターや他の客の怪訝そうな視線をたびたび集めてしまうーーまさかこいつ、ワザとじゃないだろうなーー落ち着け、耐えろ。俺。

 昨夜の遠山は私服の上に髪のセットもゆるく、眼鏡までかけていた。間接光の照明も手伝って今日の会社での彼とは全然印象が違っていた。
 こうしてよく同じ場所で見てみると、あの人だとわかるんだけどーーこの席でたまに見かける中性的な雰囲気の彼のことを「背が高くて日本人離れしているけど女性かなあ……女性だといいなあ」と、遠目に見とれていたことがあった。外国人女性っぽい名前で呼ばれるのをちらっと聞いたような気もする。
 見た目がなんとなく好みという以上の印象はなく、男性だと知った時も「そうなんだ」程度で、特にがっかりしたわけではなかった。

「あなたたち、一晩でずいぶん仲良くなったんだねえ。いやあ、若いっていいねえ」

 全ての元凶であるマスターがえびす顔で、二人前の夜定食を運んで来た。二日酔いがまだ残っているらしくマスターの額には冷えピタ、こめかみにエレキバンが貼ってある。ちなみに今日のメニューはオムライスに次ぐ名品のビーフカレーだ。

 ここの人達は何の話でも二言目には合いの手のように「若いっていいねえ」とぶっ込んでくるが、どこがどういいのか俺にはいつもよくわからない。だからって別にツッコんだりもしないし、大抵そうするように今も無難に愛想笑いで返す。

「友達になれて何よりだけど、恒星君、あんまり酔っ払って初対面の人に迷惑かけちゃ駄目だよう。君、自分が思ってるほど酒強くないよ」

「どの方が言う」と、本当は小一時間くらい問い詰めたい気分だが、完全に八つ当たりだろうな。理由も絶対知られたくない。俺が酔っ払ってしでかした事なんだから、完全に自己責任だ。

「気をつけます」

 俺は仏頂面で返し、遠山はそつない笑みでマスターに礼を述べた。
「恒星君、すっかり酔いつぶれててさ。置いてっていいって言ったんだけど、玄英さんが『歩けそうだから駅まで連れて行きますよ』って言ってくれてさ。ちゃんとお礼言っときなよ」

 マスターは頼まれもしないのに、俺がお持ち帰りされた顛末までバラすと「じゃ、ごゆっくり」とカウンター内の定位置に戻った。俺は遠山を睨んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ペイン・リリーフ

こすもす
BL
事故の影響で記憶障害になってしまった琴(こと)は、内科医の相澤に紹介された、精神科医の篠口(しのぐち)と生活を共にすることになる。 優しく甘やかしてくれる篠口に惹かれていく琴だが、彼とは、記憶を失う前にも会っていたのではないかと疑いを抱く。 記憶が戻らなくても、このまま篠口と一緒にいられたらいいと願う琴だが……。 ★7:30と18:30に更新予定です(*´艸`*) ★素敵な表紙は らテて様✧︎*。 ☆過去に書いた自作のキャラクターと、苗字や名前が被っていたことに気付きました……全く別の作品ですのでご了承ください!

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

イケメン幼馴染に執着されるSub

ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの… 支配されたくない 俺がSubなんかじゃない 逃げたい 愛されたくない  こんなの俺じゃない。 (作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...