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飲み口のスッキリした美味い酒は度数か高く、サクサクのサブレほど油脂含有率が高い

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「そう。小さい時はイギリスと日本と半々に暮らしてて、それからオーストラリアとカナダ。アメリカの大学に入って、アメリカでそのまま研究者になった」

すげぇな、と恒星が感嘆したところで二人分のオムライスが出てきて、結局それを仲良くたいらげることになった。

「恒星はね、この店のヒーローなんだ、昔も今も」

 カウンターの向こうで、マスターが笑う。

「何言ってんだか」とさっきとは別人のようにゴニョゴニョ呟き、オムライスを黙食する恒星を尻目に、マスターは嬉々として語り出した。

 恒星の卒業後、再開発計画で大学が郊外に移転した上、テイクアウトのチェーン店が進出して経営が厳しくなった。追い討ちをかけるようにマスターの奥さんが亡くなり、一度は店を畳む事を考えたと言う。

「そんな時にね、毎週のように卒業生達を連れて、励ましに来てくれたのが恒星君だったんだ。近所の常連さんにも説得されて、今はこうしてご近所サロンのような形で店を続けている。幸いレトロブームだか何とかで、たまにはご新規さんが訪れてご贔屓ひいきになってくれたりねーーあなたのようにね」

 マスターの不味いウインクがオムライスと好対照で、何ともいえない味がある。

「じゃあ、今この店があるのは恒星のお陰だね。僕も感謝しなきゃ」

「俺なんて何も……マスター、話盛りすぎなんだよ」

 恒星は向こうを向いてしまったが、それでも嬉しそうだった。

 店の客はいつの間にか二人だけになっていた。さっきまでの混雑と騒ぎが嘘のようだ。

「今日は町内の打ち上げと駅前のイベントが重なって、実に数年ぶりの大混雑だったんだよーー何だか僕も飲みたくなってきたなあ。そうだ」

 二人が食事を終えるとマスターがそう言って奥から持って来たのは、玄英が見たことのない美しい飲み物だった。

 来たる季節を思い起こさせるような、深緑から薄茶のグラデーションのガラスの鉢に、不透明な純白の飲み物が映える。添えてある華奢なシルバーのお玉も揃いのグラスも涼しげだ。

 店のメニューというよりは、マスターの個人的なもののようだ。イ◯スタ女子なら格好の素材だろう。玄英はマスターに許可を得て、その画を自分一人の思い出用にスマホのクラウドに収めた。SNSのアカウントはビジネス用かごくプライベートの連絡用だけだ。

「……牛乳?」「……甘酒?」

 恒星も撮影こそしないものの、強い興味を示した。

「マッコリだって。韓国人の常連さんにもらった。自家製だって」

「へえ……珍しいな」

「玄英さん、海外育ちなんだっけ。こういうの初めて?」

 マスターが聞いてきた。

「はい。初めてです」

 自家製の酒か……日本の法律的にはどうなんだろうな?などとうすぼんやり思ったが、もらったり飲んだりして捕まるような事はないだろう。
 言葉に甘えて味見させてもらうと見た目通り、すっきりと甘く美味しい。

「飲み口が軽いからってぐいぐい飲んじゃだめだよ。けっこう度数が高いから」

 マスターはそう言って笑った。

 マスターの忠告を聞いているのかいないのか、杯を重ねる恒星はますますよく喋り、人懐っこく笑った。笑うと切長の目が笑い皺の中に埋没する。

ーーああああ、やっぱり可愛い……

 デスクワークにしては灼けた肌、流行りの型より少し短めの髪。一回り小柄でスーツに覆われてはいるが、恐らく筋肉質の身体。
 何かアウトドア系のスポーツでもやっているのかと思って聞いてみたら、休日に実家の造園業の手伝いをしているのだと答えた。

「ゾウエンヤ?」

「うん。昔ながらの日本庭園を造る仕事。実家つっても祖父じいちゃんだけどね。俺、祖父ちゃんに育てられたから」

「クールな仕事だね!恒星が継ぐの?」

「いいや、継ぐつもりはない。最近は仕事が減って、雇っている職人さんたちも高齢になる一方だし」

「青葉造園の社長は僕の知り合いでもあるんだけど、個人事業主はどこも大変さあーー」

マスターがそう言い添えた。

「恒星君は会社員でいた方がいいよ。僕に息子がいたとしてもそうアドバイスすると思う」

「そうなんだ。残念だね」

「ここはもう店じまいするから、ゆっくりしてって」

 マスターはそう言うと立ち上がり、表に出て行った。看板をしまい、閉店の札を掛けるのだろう。

「ねえ、さっきから俺の話ばっかりしてるけど。今度は玄英さんの話も聞きたい」

 太陽の似合う健全な笑顔。それでいて、飼い慣らされていない野生動物が敢えて自分を抑え込んで量産型のスーツに押し込めているような、どこかいびつ淫靡いんびな気配も感じさせる。

「僕の……?」

 玄英もまた、社交用の笑顔で柔らかく受け答えしながら時々沸き起こる、この無邪気な好青年の彼がを外すところをどうにか見てみたいという、薄暗い衝動を懸命に抑えている。

「そっ……育った海外の話……とかっ……」

 恒星はそう言いながら突然、カウンターに突っ伏して正体を無くしてしまったーーそう言えば店に来て玄英に話しかけてきた時から、だいぶ出来上がっていて上機嫌だったのを今さらながらに思い出した。
 

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