12 / 124
2
飲み口のスッキリした美味い酒は度数か高く、サクサクのサブレほど油脂含有率が高い
しおりを挟む
「そう。小さい時はイギリスと日本と半々に暮らしてて、それからオーストラリアとカナダ。アメリカの大学に入って、アメリカでそのまま研究者になった」
すげぇな、と恒星が感嘆したところで二人分のオムライスが出てきて、結局それを仲良くたいらげることになった。
「恒星はね、この店のヒーローなんだ、昔も今も」
カウンターの向こうで、マスターが笑う。
「何言ってんだか」とさっきとは別人のようにゴニョゴニョ呟き、オムライスを黙食する恒星を尻目に、マスターは嬉々として語り出した。
恒星の卒業後、再開発計画で大学が郊外に移転した上、テイクアウトのチェーン店が進出して経営が厳しくなった。追い討ちをかけるようにマスターの奥さんが亡くなり、一度は店を畳む事を考えたと言う。
「そんな時にね、毎週のように卒業生達を連れて、励ましに来てくれたのが恒星君だったんだ。近所の常連さんにも説得されて、今はこうしてご近所サロンのような形で店を続けている。幸いレトロブームだか何とかで、たまにはご新規さんが訪れてご贔屓になってくれたりねーーあなたのようにね」
マスターの不味いウインクがオムライスと好対照で、何ともいえない味がある。
「じゃあ、今この店があるのは恒星のお陰だね。僕も感謝しなきゃ」
「俺なんて何も……マスター、話盛りすぎなんだよ」
恒星は向こうを向いてしまったが、それでも嬉しそうだった。
店の客はいつの間にか二人だけになっていた。さっきまでの混雑と騒ぎが嘘のようだ。
「今日は町内の打ち上げと駅前のイベントが重なって、実に数年ぶりの大混雑だったんだよーー何だか僕も飲みたくなってきたなあ。そうだ」
二人が食事を終えるとマスターがそう言って奥から持って来たのは、玄英が見たことのない美しい飲み物だった。
来たる季節を思い起こさせるような、深緑から薄茶のグラデーションのガラスの鉢に、不透明な純白の飲み物が映える。添えてある華奢なシルバーのお玉も揃いのグラスも涼しげだ。
店のメニューというよりは、マスターの個人的なもののようだ。イ◯スタ女子なら格好の素材だろう。玄英はマスターに許可を得て、その画を自分一人の思い出用にスマホのクラウドに収めた。SNSのアカウントはビジネス用かごくプライベートの連絡用だけだ。
「……牛乳?」「……甘酒?」
恒星も撮影こそしないものの、強い興味を示した。
「マッコリだって。韓国人の常連さんにもらった。自家製だって」
「へえ……珍しいな」
「玄英さん、海外育ちなんだっけ。こういうの初めて?」
マスターが聞いてきた。
「はい。初めてです」
自家製の酒か……日本の法律的にはどうなんだろうな?などとうすぼんやり思ったが、もらったり飲んだりして捕まるような事はないだろう。
言葉に甘えて味見させてもらうと見た目通り、すっきりと甘く美味しい。
「飲み口が軽いからってぐいぐい飲んじゃだめだよ。けっこう度数が高いから」
マスターはそう言って笑った。
マスターの忠告を聞いているのかいないのか、杯を重ねる恒星はますますよく喋り、人懐っこく笑った。笑うと切長の目が笑い皺の中に埋没する。
ーーああああ、やっぱり可愛い……
デスクワークにしては灼けた肌、流行りの型より少し短めの髪。一回り小柄でスーツに覆われてはいるが、恐らく筋肉質の身体。
何かアウトドア系のスポーツでもやっているのかと思って聞いてみたら、休日に実家の造園業の手伝いをしているのだと答えた。
「ゾウエンヤ?」
「うん。昔ながらの日本庭園を造る仕事。実家つっても祖父ちゃん家だけどね。俺、祖父ちゃんに育てられたから」
「クールな仕事だね!恒星が継ぐの?」
「いいや、継ぐつもりはない。最近は仕事が減って、雇っている職人さんたちも高齢になる一方だし」
「青葉造園の社長は僕の知り合いでもあるんだけど、個人事業主はどこも大変さあーー」
マスターがそう言い添えた。
「恒星君は会社員でいた方がいいよ。僕に息子がいたとしてもそうアドバイスすると思う」
「そうなんだ。残念だね」
「ここはもう店じまいするから、ゆっくりしてって」
マスターはそう言うと立ち上がり、表に出て行った。看板をしまい、閉店の札を掛けるのだろう。
「ねえ、さっきから俺の話ばっかりしてるけど。今度は玄英さんの話も聞きたい」
太陽の似合う健全な笑顔。それでいて、飼い慣らされていない野生動物が敢えて自分を抑え込んで量産型のスーツに押し込めているような、どこか歪で淫靡な気配も感じさせる。
「僕の……?」
玄英もまた、社交用の笑顔で柔らかく受け答えしながら時々沸き起こる、この無邪気な好青年の彼がたがを外すところをどうにか見てみたいという、薄暗い衝動を懸命に抑えている。
「そっ……育った海外の話……とかっ……」
恒星はそう言いながら突然、カウンターに突っ伏して正体を無くしてしまったーーそう言えば店に来て玄英に話しかけてきた時から、だいぶ出来上がっていて上機嫌だったのを今さらながらに思い出した。
すげぇな、と恒星が感嘆したところで二人分のオムライスが出てきて、結局それを仲良くたいらげることになった。
「恒星はね、この店のヒーローなんだ、昔も今も」
カウンターの向こうで、マスターが笑う。
「何言ってんだか」とさっきとは別人のようにゴニョゴニョ呟き、オムライスを黙食する恒星を尻目に、マスターは嬉々として語り出した。
恒星の卒業後、再開発計画で大学が郊外に移転した上、テイクアウトのチェーン店が進出して経営が厳しくなった。追い討ちをかけるようにマスターの奥さんが亡くなり、一度は店を畳む事を考えたと言う。
「そんな時にね、毎週のように卒業生達を連れて、励ましに来てくれたのが恒星君だったんだ。近所の常連さんにも説得されて、今はこうしてご近所サロンのような形で店を続けている。幸いレトロブームだか何とかで、たまにはご新規さんが訪れてご贔屓になってくれたりねーーあなたのようにね」
マスターの不味いウインクがオムライスと好対照で、何ともいえない味がある。
「じゃあ、今この店があるのは恒星のお陰だね。僕も感謝しなきゃ」
「俺なんて何も……マスター、話盛りすぎなんだよ」
恒星は向こうを向いてしまったが、それでも嬉しそうだった。
店の客はいつの間にか二人だけになっていた。さっきまでの混雑と騒ぎが嘘のようだ。
「今日は町内の打ち上げと駅前のイベントが重なって、実に数年ぶりの大混雑だったんだよーー何だか僕も飲みたくなってきたなあ。そうだ」
二人が食事を終えるとマスターがそう言って奥から持って来たのは、玄英が見たことのない美しい飲み物だった。
来たる季節を思い起こさせるような、深緑から薄茶のグラデーションのガラスの鉢に、不透明な純白の飲み物が映える。添えてある華奢なシルバーのお玉も揃いのグラスも涼しげだ。
店のメニューというよりは、マスターの個人的なもののようだ。イ◯スタ女子なら格好の素材だろう。玄英はマスターに許可を得て、その画を自分一人の思い出用にスマホのクラウドに収めた。SNSのアカウントはビジネス用かごくプライベートの連絡用だけだ。
「……牛乳?」「……甘酒?」
恒星も撮影こそしないものの、強い興味を示した。
「マッコリだって。韓国人の常連さんにもらった。自家製だって」
「へえ……珍しいな」
「玄英さん、海外育ちなんだっけ。こういうの初めて?」
マスターが聞いてきた。
「はい。初めてです」
自家製の酒か……日本の法律的にはどうなんだろうな?などとうすぼんやり思ったが、もらったり飲んだりして捕まるような事はないだろう。
言葉に甘えて味見させてもらうと見た目通り、すっきりと甘く美味しい。
「飲み口が軽いからってぐいぐい飲んじゃだめだよ。けっこう度数が高いから」
マスターはそう言って笑った。
マスターの忠告を聞いているのかいないのか、杯を重ねる恒星はますますよく喋り、人懐っこく笑った。笑うと切長の目が笑い皺の中に埋没する。
ーーああああ、やっぱり可愛い……
デスクワークにしては灼けた肌、流行りの型より少し短めの髪。一回り小柄でスーツに覆われてはいるが、恐らく筋肉質の身体。
何かアウトドア系のスポーツでもやっているのかと思って聞いてみたら、休日に実家の造園業の手伝いをしているのだと答えた。
「ゾウエンヤ?」
「うん。昔ながらの日本庭園を造る仕事。実家つっても祖父ちゃん家だけどね。俺、祖父ちゃんに育てられたから」
「クールな仕事だね!恒星が継ぐの?」
「いいや、継ぐつもりはない。最近は仕事が減って、雇っている職人さんたちも高齢になる一方だし」
「青葉造園の社長は僕の知り合いでもあるんだけど、個人事業主はどこも大変さあーー」
マスターがそう言い添えた。
「恒星君は会社員でいた方がいいよ。僕に息子がいたとしてもそうアドバイスすると思う」
「そうなんだ。残念だね」
「ここはもう店じまいするから、ゆっくりしてって」
マスターはそう言うと立ち上がり、表に出て行った。看板をしまい、閉店の札を掛けるのだろう。
「ねえ、さっきから俺の話ばっかりしてるけど。今度は玄英さんの話も聞きたい」
太陽の似合う健全な笑顔。それでいて、飼い慣らされていない野生動物が敢えて自分を抑え込んで量産型のスーツに押し込めているような、どこか歪で淫靡な気配も感じさせる。
「僕の……?」
玄英もまた、社交用の笑顔で柔らかく受け答えしながら時々沸き起こる、この無邪気な好青年の彼がたがを外すところをどうにか見てみたいという、薄暗い衝動を懸命に抑えている。
「そっ……育った海外の話……とかっ……」
恒星はそう言いながら突然、カウンターに突っ伏して正体を無くしてしまったーーそう言えば店に来て玄英に話しかけてきた時から、だいぶ出来上がっていて上機嫌だったのを今さらながらに思い出した。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる