赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

ようさん

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純喫茶に粋でいなせな啖呵切り、絶滅危惧種のコラボだよ。

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 が、コウセイの方も負けじと、かなり超速のブロークンな日本語で一気にまくし立てた。

 列に並んでいた客達は最初は遠巻きに様子を見ていたが、そのうちそうだ、そうだとコウセイを応援し出す。常連の何人かは加勢したそうにしていたが、怒ったコウセイが喋り倒す勢いは圧倒的で、その隙すらなかった。

 男は二言三言怒鳴り返したが、はたからよく見ると、格闘技選手並の巨漢と見えたのはただの不摂生による肥満体で、全体的に若作りの男が顔を真っ赤にして唾を飛ばす様も小物感丸出しで悲哀すら漂う。

 マルチリンガルで英語と日本語を母語とする玄英だが、英語の方に馴染んでいるという事もあって、コウセイの澱みない長ゼリフの半分どころか十分の一も聞き取れないーーが、胸が空いた。

 感情に任せて思いつく限りのスラングを並べ、一本調子に罵倒しているのとも全く違う。
 コウセイが本気で怒っている事には違いないが、もっと知性と理性と発声技術を要する高度な攻撃だ。強いて言うなら、いつか浅草の寄席で聞いた伝統話芸とラップバトルを混ぜこぜにしたようなーー玄英はリスニング不能な代わりに際立つ独特のリズム感に心を掴まれた。
 
 コウセイが話に一区切りつけると、相手が言い返すより早くオーディエンス聴衆から拍手が沸いた。玄英も手を叩いた。
 派手な連れの女に「もういいじゃない、行こう」と促され、輩は渋々代金を払ったーー釣り銭無しできっちりと、レジに投げつけるように置いた小銭が床に散らばると、他の客がゲーム感覚でわあわあ探して拾い上げる。
 さらにきまりの悪くなった男は「二度と来るかこんな店!」と言い捨ててようやく去って行った。

「ケッ!こちらこそお断りだっての」「マスター、災難だったね」

「コウセイちゃん、お手柄」

「いやいや、お騒がせしました」

 コウセイは照れたように頬を赤らめると、口元を結んだまま一礼した。

「昔は『短気は損気だぜ』ってずいぶんと心配したもんだが、今日はコウセイちゃんの短気が今日は役に立ったな」

「短気じゃない、啖呵ですって」

 マスターも「皆さん、ありがとうございます。お待たせしました」と頭を下げ、レジを再開した。

「コウセイ君、本当にありがとうな」

 片付けを続けていたコウセイはマスターに改めて礼を言われると、

「つい出しゃばっちまっただけだよ。終わったらこの人のオムライス、早く作ってやって」

 そうぶっきらぼうに言って、玄英の方を視線で指した。

ーー意外と照れ屋?やば……

 イラストにデフォルメしやすそうな、典型的な東アジア系の顔ーー見た目は玄英のど真ん中のタイプだ。黙って杯でも傾けていたら寡黙で精悍な男だと思ったかもしれない。
 もっともこの店は安くて美味い洋食とソフトドリンクがメインの、ナンパにはあまり似つかわしくない店だなのだが。

「コウセイ君は?ちょうど腹減る時間だろう」

「そうだけど、昔と違って食っただけ腹に肉がつくからなぁ」

「まだ若いんだから平気だろう」

「若くないよ。来年30になる」

「やっぱり若いじゃないか。30なんてまだまだ」

 マスターはコウセイの片付けた皿を手に、カウンターの向こうの厨房に入った。

 年下には違いないが、予想より歳が近いと思った。帰った客の言葉から察するに、コウセイは長年の常連のようだ。

「君、凄いね。あれはディベートの一種?」

 カウンター席に彼が戻って来たのでそう聞いてみた。

「ディベートじゃない、啖呵」

「タンカ……?」

 単価?……短歌?

「筋の通らない事って嫌いなんだ」

 元の椅子に座りながら、やはり照れているのか無愛想に答えた。

「マスターだって客あしらいのプロだから、あのままでも何とか収めたんだろうけど。つき合い長いし、放っておけなくてつい」

「へえ。つき合い長いってどれくらい?」

「大学がこの近くでさ。部活帰りに友達とよく寄ってた。その頃ここはご夫婦で切り盛りする学生御用達の定食屋で、ファミレスもファストフードもこの近くにはまだ無かったからいつ来ても混んでたな。手の回らない時間帯に、配膳や片づけを手伝うと大盛りにしてくれるサービスがあったから、みんな自発的に手伝ってた。ありがたい店だよ」

「今日も感謝の特大盛りにしてやろうか?」

 マスターが厨房でタマネギを豪快に炒めながら、楽しそうに聞いてきた。

「さすがにそれは勘弁だなぁ」

 破顔一笑。食べ盛りで青春真っ只中だった頃が容易に連想できそうな、無邪気な笑顔が眩しかった。
 
「名前、コウセイっていうんだ。どんな字書くの?」

「惑星とか恒星の『恒星』。ひねりもなんもないだろ。君は?」

 筆ですっと一捌けなぞったような形の涼やかな目元が笑った。

「クロエ。玄人の『玄』に英国の『英』」

「玄英か。かっこいいな。やっぱり作家みたいだ」 

「残念ながら、作家ではないな」

 玄英は苦笑した。

「考える仕事ではあるかな。英語圏だと女性名なんだけど、両親がその辺こだわらない人だったらしくて」

「英語?外国にいたの?」
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