赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

ようさん

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パニックルーム状態から解放されるも、昨夜のやらかしがついに明らかになりまして

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ーーいやいやいや!こんな時に何考えて……

 ちょうど視線の先にある形のよい喉仏がかろうじて俺を正気に戻してくれた。

「パリコレのモデルと結婚したんじゃなかったんだっけ」

ーー落ち着け俺。いくらフェロモンムンムンの美人でも相手は男……

ーーいや待て、既にヤッてしまってんのか?俺よ!

 正体を失ったまま長身のこの人に組みしだかれる俺……

ーーストップ!これ脳内で映像化したら絶対ダメなヤツ!

ーーいやいや、これまで生きててそんな欲求も願望も感じた事ないぞ!きっと何かの間違いだ!

 脳内会議、遂に乱闘国会状態で思考停止となる。

「指輪はしてなかったよな」

「バツイチだって聞いたぞ」

ーーおいおい、こっちはこっちでゴシップネタかよ?本人聞いてっぞ!間違ってもディスったりしすんなよ……

 俺まで何だか泣きたくなってきた。万一契約断られたら、責任の半分は堀田達に押しつけてもいいよな?
 
「バツイチかよ、やべぇな」

「バツ何個ついたって、あれだけの人ならモテまくりでしょ」

「女子社員が大騒ぎするわけだ」

「いや、何でそこでうちの社員が浮き足立つわけ?そもそも相手にされんだろ。女って何でああなの?」

「お前らこそ連れションの女子高生かよっ!くだらんことダラダラ喋ってないで、用足したらとっとと出てけっ!」

 今すぐドアを蹴り飛ばして開口一番怒鳴りつけ、怒涛の啖呵を浴びせてやりたかったーーのをどうにかこらえ、滝のような冷や汗とともにやり過ごした三、四分ほどの時間がクーデター勃発下でパニックルームに潜んだ一晩にも思えた。

「も、申し訳ありません……咄嗟につい……」

 ようやく人の気配がすっかりなくなると、俺は遠山社長から手を離して体をおこした。少し冷静になると新たな心配が脳内をぐるぐると迷走する。

ーーこれで契約が反故にされたり、訴えられる羽目になったりしたらどうしよう……

ーー俺、会社にもいられなくなるんじゃ……

 苦戦続きの就活の末に採用されてせっかく馴染んだ会社なのにーー業種はニッチで社風も地味、給料だって決して高いとは言えないが、人間関係と労働環境、ついでに福利厚生もバッチリの超ホワイト企業だ。そんな中、深夜残業・平日出勤上等で課内総出で準備してきた今日のプレゼンも水の泡ーー

 とりあえず場所を変えて、この人の怒りを解がなければ。記憶さえ戻れば、昨夜のいきさつだって弁解のしどころがあるかも……

 開錠しようとしたその手を遠山社長に押さえられた。指がピアニストのようにしなやかで長く、プレゼンの時から色気のある手だとぼんやり思っていたのを、何故か唐突に思い出した。

「……?」

「待ってください」

 真意が読めずに固まっていると、彼はきっちり着ていたジャケットとシャツのボタンを、目の前で外し始めた。

「……ちょ、一体何を……」

 遠山は唖然とする俺の手をとると、はだけた胸元に持って行った。

「えっ……」

 焦って手を引っ込めようとしたとき、裸の胸だけではなく何か繊維質のものに手が触れた。デザイナー一点物の、アヴァンギャルドなインナーウエア……ではなくて、

「な、縄っ?」

 俺の二万円均一量産店御用達アーマースーツ一式よりはるかに高そうな、丁寧な仕立てのワイシャツの下にあったのは表装とはまるで似つかわしくない、無骨なお縄に梱包された滑らかな人体だった。

「ーーって、ええとすみません、遠山社長って同性愛だけじゃなく、SMとかそっち系の人?」

 こうなったらもう不躾もクソも無い。ど直球な質問に別に気を悪くする様子もなく、彼はこくりと頷いた。

「……あなたがしてくださったんですよ」

「……はいっ?」

 よくまあ次から次へと俺の容量を無視して、ギガ無制限レベルでぶっ込んでくれるよな、この人……

 記憶にある限り俺の方は、そっち系のプレイは経験もなければ興味もない。その手の映像作品をチラ見したり、菱形縛り、亀甲縛りいう名称を知識として知っている程度だ。

 彼のほどよく筋肉質な白い肌に痛々しく食い込む異物は、そのどちらの形状でもなかった。しかも見覚えがある。
「綾掛け」ーー竹垣やなんかを組む時の縛り方で、決してばらけないよう最後に裏側を「男結び」できっちり結ぶやり方だ。

 職人の技術だから、古くは徒弟制で代々受け継がれてきたものだ。"流派"などという大げさなものではないが、結ぶ職人によって少しずつ癖ややり方の違いがある。筆跡みたいなものだ。
 それがどう見ても俺自身のやり方ーー中学が高校の頃、アルバイトを兼ねて家業の手伝いをしていた頃に祖父ちゃんから教わったものだ。
 ロープの出所は定かではないが長さが足りない物をところどころ継ぎ足して使ったらしく、いくつもある小さな男結びも確かに俺自身のもので。

ーーいくら正体が無かったからって、何やらかしてんだよ、俺!

「思い出していただけましたか?」

「いいえっ。でも、すっ、すみません……、でもこれ、確かに俺の仕事です。今すぐほどきます!」

 遠山の手を退けて、両手をこぶだらけの縄目に両手をかけ、爪を立てたがびくともしない。確かに簡単にほどけないための「男結び」なんだが、酔っぱらいのくせにきっちり仕事しやがって。自分に腹が立った。

「これはこのままで大丈夫です。僕があなたにお願いして、好きでしてもらったことなので……」

「いやいやいや!今、どっかの課からはさみ借りてきますからこのまま待っててください!」

「嫌だ。ほどきたくない」

 鍵を開けようとした俺になぜか、遠山が背中から覆い被さってきた。

「解いたらこのまま、無かったことにされてしまいそうな気がする」

 耳元で甘え声で囁かれ、ついにキレた。

「馬鹿野郎!てめえがいいとか悪いとか、そんなんじゃねぇんだ。庭師見習い崩れの酔っ払いが、加減もわからず縛ったシロモンだぞ!エコノミークラス症候群で死なれでもしたら、弊社のエコプロジェクトごとオシャカじゃねえか!第一、俺が夢見悪いわボケ。黙って言うこと聞いとけってんだ、この野郎!」
  
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