赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

ようさん

文字の大きさ
上 下
6 / 144

合コン断ったらハイスペ社長に難詰されたり壁ドンしたり意識不明になったり等々、わけわからん事になってるんだが

しおりを挟む
 課長の熱のこもったプレゼンはきっと届いたと信じたいが、ペーパーレスでもリモートでもなかった会議に成田状態の野次馬ーー悪しき日本的な因習が根強い、前時代な会社だと思われたくない。
 わざわざ見学したいと言い出したのは、そういう事じゃないのか。一事が万事、社員は会社の鏡ーー身バレしているミシュランの隠れ調査員を接客しているシェフの心理って、こんなかもしれない。

「お気をつけてお帰りください」と「またよろしくお願いします」付け足すとしたらどちら?あるいはアメドラ式にフレンドリーな雑談でもすべき?天気の話?オオタニの53-53?
  いやいや、いっそファンですとか言って握手してもらっちゃおうかな?

ーーおい!何バカな事言ってんねん俺!用足すためにトイレ来てんのに、ミシュランも意思表示云々もあるかヴォケ!あちらさんにゃ日本式の男子トイレってだけでも気まずいんやから、さっさとハケて心置きなく生理現象に対応していただかんかーーーーーーい!!!!!

 しまいには江戸っ子じゃなく謎の関西系ヤンキーが巻き舌でセルフツッコミする「その時歴◯は動いた」的脳内会議を繰り広げることコンマ五秒ほど。

「企画開発課のーー青葉恒星さん?」

 雲の上の人にイケボで名前を呼ばれると思わなかったのでちょっと震えた。

 涼しげなアーバングレーの二つの瞳が俺を見下ろしている。所属と名前を覚えてくれていたーーというより今、社員証の名札を読んだだけなんだろうけど。

ーーやべ、ガン見し過ぎた?態度悪かったかな?

 先手必勝でとりあえず謝ってしまえ!(日本社会の悪癖)

「あ、あの……」

「本当にすみませんでした!」

 身構えた俺に、見上げるような長身を二つ折りにして謝って来たのは、まさかの遠山社長だった。

ーーWhy!?

 俺は今、世界一美しいエア謝罪会見を見たーーじゃ、なくて。

「えっ……あの、ええっ?」

「まさかあなたがこちらの社員とは知らず……話さなきゃと思ってずっと探してて」

 さっきの全世界のどこに出しても恥ずかしくない堂々とした美丈夫ぶりはどこへやら、持て余すほどの長身を居心地悪そうに屈め、耳まで赤くしながら彼はぼそぼそと口の中で早口に呟いた。ちょっと泣きそうですらある。

 俺はどうしていいかわからず、面を上げてくれるようにおたおたとジェスチャーで示した。

「す、すみません……遠山社長。おそらく、どなたかとお間違いでは?」

 彼は決まり悪そうに長いまつ毛を伏せたまま、意を決したように切り出した。

「……今朝……」「?」

 煙水晶のような瞳が潤み、白磁のような頬に一面、血の:紅(あか)が透けている。

「一言ご挨拶してから去りたかったのですが、あんまり青葉さんが気持ちよさそうに眠っていらしたので……」

ーーちょっと待て。この人一体何を言ってるんだ?

「さきほどの打ち合わせの前にどうしても会社に寄る必要がありまして……朝方まで僕の我儘に何度も付き合わせてしまいましたし、起こすに忍びず……」

「ちょ、ちょっと待ってください。あの、ええと……それってつまり……」

 悪球打ちからの場外ホームランばりの超展開:--脳機能と呼吸器系が全停止しそうになった。確かに綺麗な金持ちには違いないが、人生初のワンナイトのお相手が年増のマダムどころか女性でさえないとかーー

「あ、あの……一応確認したいんですが、昨夜俺と一緒にあのホテルに泊まってたのは……遠山社長ってことでよろしかったんでしょうか?」

 動揺しすぎてまるでマニュアル接客のような口調になる。

「覚えてないんですか……」

 彼は上気した顔に失望の表情を浮かべた。というより、絶望のあまり今にも泣き出しそう。

「申し訳ありません……っ!」

 反射的にこちらも45度身体を折り曲げて謝ってしまった。

「昨夜はずいぶん飲んでたらしくて、全く記憶が無くてですね……」

 泣き出したいのはむしろこっちだ。

「そうだったんですか……いえ、僕の方こそまさか、取引先の会社の方だったとは……」

 俺、まさか我が社の女子社員の希望の光で業界の宝のようなこの人に何か不埒な真似した?ご無体しちゃった?
 コンプラ何とかって……むしろ俺の方が訴えられてしまうのでは?

「俺、もしかして社長に何かとんでもなく失礼なことを……」

「それはありません。失礼だなんてとんでもない」

 彼がきっぱりと否定してくれたので俺はすっかり安心した。

ーー二人で飲んでいたら終電がなくなって一緒に泊まっただけかもしれないし……

ーーやべえ俺、先走り過ぎてとんでもない勘違いをするところだっ……

 大の男が五人ほどで(ピー!※自主規制)しまくった後のようだった床一杯のナニの痕跡はこの際、記憶から都合よく抜け落ちた。

「僕のことより……青葉さんこそ、大丈夫でしたか?」

「はいっ……?」

「……」

 ここまで人の皮膚が赤くなるのかよってほど、彼の顔がマックスに赤くなるのを俺は見た。

「……その、メンタル面とか、体調とか……男性同士は初めてだって仰ってましたし……」

 何この、さらっとメガトン級爆弾を落としてくれちゃう感じ。

 今度こそ受け止めきれない。処理能力超えてる……脳内が強制終了しかけたその時、別な連中がトイレに入ってくる音がした。

ーーヤバい!

 思わず反射的に遠山社長の腕を引っ張り、個室に引っ張り込んで後ろ手に鍵をかけた。

「ったく、恒星の奴、どこ消えたんだよ!」

 もやのもやのかかった遠くから聞こえる無遠慮な声は、おそらく堀田だ。

「プレゼンの後片付け、台車ごと放っぽらかして消えやがって。結局俺が全部やる羽目に……」

「そんな事より、D社の遠山社長、見たか?」

「ああ。やべえよなあ、あの人」

「うちの課の女子なんか朝からソワソワして、用もないのに入れ替わり立ち替わり企画開発課に……」

(大丈夫ですか?)

 すぐ耳元で柔らかな低音が囁き、温かい息がかかる。俺は本当に一瞬、意識が飛んでいたようだ。
 気づくと社長の胸にもたれるような形で彼を「壁ドン」してしまっていた。俺は目で謝りながら身体を話したが、元の体勢が不安定なので「壁ドン」状態に変わりはない。

 これまでの会話の流れだけでも不穏なのに、狭い場所で大の男二人が体を密着させてるからお互いの体温や必死で殺している息づかいまでダイレクトにつたわってくる。

 明らかに失策だった。つか、他にも個室あるんだから別々に隠れるとかすれば……いや、よく考えたら少なくとも社長の方は別に隠さなくてもよかったんじゃ?

「ふふ……ふぇっ」

 しかも、このタイミングで社長が嗚咽しそうになったので口を慌てて塞いでしまった。

ーーな、何やってんだ俺。これじゃ完全に犯罪……

「なあ。あの人、独身なの?」

 堀田の大声のお陰で、気配が気づかれることはなかった。
 手のひらに彼の柔らかい唇と熱い息が触れる。頼むから静かに……と目で訴えると、潤んだ瞳が微かに頷いた。透明感のある肌が首筋から額まで綺麗に染まり、小刻みに震えている。セットした生え際から緩くうねった前髪が溢れ、うっすら汗ばんでいるのが艶めかしい。

ーー鼻高えし、まつ毛長え……それにいい匂いする……

 ほのかに甘酸っぱいムスク系の香りーー香水ほど強くはなく、おそらくボディソープか衣類ケア製品の類(たぶんオーガニックの高級品)が体臭や体温と入り混じったようなーーきっと本人は意識してもいないほどの、常識的な距離では感知し得ない清涼で中性的な誘引剤。

ーー意外と無駄に色気あるよな、この人。もし、女性だったら……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】姉の彼氏がAV男優だった

白霧雪。
BL
二卵性双生児の鳴現と恵夢。何処へ行くにも何をするにも一緒だった双子だけれど、ある日、姉の鳴現が彼氏を連れてやってくる。暁と名乗った五つも年上の色男は「よろしくね」と柔らかく笑った。*2017/01/10本編完結*

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...