赤いトラロープ〜たぶん、きっと運命の

ようさん

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合コン断ったらハイスペ社長に難詰されたり壁ドンしたり意識不明になったり等々、わけわからん事になってるんだが

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 課長の熱のこもったプレゼンはきっと届いたと信じたいが、ペーパーレスでもリモートでもなかった会議に成田状態の野次馬ーー悪しき日本的な因習が根強い、前時代な会社だと思われたくない。
 わざわざ見学したいと言い出したのは、そういう事じゃないのか。一事が万事、社員は会社の鏡ーー身バレしているミシュランの隠れ調査員を接客しているシェフの心理って、こんなかもしれない。

「お気をつけてお帰りください」と「またよろしくお願いします」付け足すとしたらどちら?あるいはアメドラ式にフレンドリーな雑談でもすべき?天気の話?オオタニの53-53?
  いやいや、いっそファンですとか言って握手してもらっちゃおうかな?

ーーおい!何バカな事言ってんねん俺!用足すためにトイレ来てんのに、ミシュランも意思表示云々もあるかヴォケ!あちらさんにゃ日本式の男子トイレってだけでも気まずいんやから、さっさとハケて心置きなく生理現象に対応していただかんかーーーーーーい!!!!!

 しまいには江戸っ子じゃなく謎の関西系ヤンキーが巻き舌でセルフツッコミする「その時歴◯は動いた」的脳内会議を繰り広げることコンマ五秒ほど。

「企画開発課のーー青葉恒星さん?」

 雲の上の人にイケボで名前を呼ばれると思わなかったのでちょっと震えた。

 涼しげなアーバングレーの二つの瞳が俺を見下ろしている。所属と名前を覚えてくれていたーーというより今、社員証の名札を読んだだけなんだろうけど。

ーーやべ、ガン見し過ぎた?態度悪かったかな?

 先手必勝でとりあえず謝ってしまえ!(日本社会の悪癖)

「あ、あの……」

「本当にすみませんでした!」

 身構えた俺に、見上げるような長身を二つ折りにして謝って来たのは、まさかの遠山社長だった。

ーーWhy!?

 俺は今、世界一美しいエア謝罪会見を見たーーじゃ、なくて。

「えっ……あの、ええっ?」

「まさかあなたがこちらの社員とは知らず……話さなきゃと思ってずっと探してて」

 さっきの全世界のどこに出しても恥ずかしくない堂々とした美丈夫ぶりはどこへやら、持て余すほどの長身を居心地悪そうに屈め、耳まで赤くしながら彼はぼそぼそと口の中で早口に呟いた。ちょっと泣きそうですらある。

 俺はどうしていいかわからず、面を上げてくれるようにおたおたとジェスチャーで示した。

「す、すみません……遠山社長。おそらく、どなたかとお間違いでは?」

 彼は決まり悪そうに長いまつ毛を伏せたまま、意を決したように切り出した。

「……今朝……」「?」

 煙水晶のような瞳が潤み、白磁のような頬に一面、血の:紅(あか)が透けている。

「一言ご挨拶してから去りたかったのですが、あんまり青葉さんが気持ちよさそうに眠っていらしたので……」

ーーちょっと待て。この人一体何を言ってるんだ?

「さきほどの打ち合わせの前にどうしても会社に寄る必要がありまして……朝方まで僕の我儘に何度も付き合わせてしまいましたし、起こすに忍びず……」

「ちょ、ちょっと待ってください。あの、ええと……それってつまり……」

 悪球打ちからの場外ホームランばりの超展開:--脳機能と呼吸器系が全停止しそうになった。確かに綺麗な金持ちには違いないが、人生初のワンナイトのお相手が年増のマダムどころか女性でさえないとかーー

「あ、あの……一応確認したいんですが、昨夜俺と一緒にあのホテルに泊まってたのは……遠山社長ってことでよろしかったんでしょうか?」

 動揺しすぎてまるでマニュアル接客のような口調になる。

「覚えてないんですか……」

 彼は上気した顔に失望の表情を浮かべた。というより、絶望のあまり今にも泣き出しそう。

「申し訳ありません……っ!」

 反射的にこちらも45度身体を折り曲げて謝ってしまった。

「昨夜はずいぶん飲んでたらしくて、全く記憶が無くてですね……」

 泣き出したいのはむしろこっちだ。

「そうだったんですか……いえ、僕の方こそまさか、取引先の会社の方だったとは……」

 俺、まさか我が社の女子社員の希望の光で業界の宝のようなこの人に何か不埒な真似した?ご無体しちゃった?
 コンプラ何とかって……むしろ俺の方が訴えられてしまうのでは?

「俺、もしかして社長に何かとんでもなく失礼なことを……」

「それはありません。失礼だなんてとんでもない」

 彼がきっぱりと否定してくれたので俺はすっかり安心した。

ーー二人で飲んでいたら終電がなくなって一緒に泊まっただけかもしれないし……

ーーやべえ俺、先走り過ぎてとんでもない勘違いをするところだっ……

 大の男が五人ほどで(ピー!※自主規制)しまくった後のようだった床一杯のナニの痕跡はこの際、記憶から都合よく抜け落ちた。

「僕のことより……青葉さんこそ、大丈夫でしたか?」

「はいっ……?」

「……」

 ここまで人の皮膚が赤くなるのかよってほど、彼の顔がマックスに赤くなるのを俺は見た。

「……その、メンタル面とか、体調とか……男性同士は初めてだって仰ってましたし……」

 何この、さらっとメガトン級爆弾を落としてくれちゃう感じ。

 今度こそ受け止めきれない。処理能力超えてる……脳内が強制終了しかけたその時、別な連中がトイレに入ってくる音がした。

ーーヤバい!

 思わず反射的に遠山社長の腕を引っ張り、個室に引っ張り込んで後ろ手に鍵をかけた。

「ったく、恒星の奴、どこ消えたんだよ!」

 もやのもやのかかった遠くから聞こえる無遠慮な声は、おそらく堀田だ。

「プレゼンの後片付け、台車ごと放っぽらかして消えやがって。結局俺が全部やる羽目に……」

「そんな事より、D社の遠山社長、見たか?」

「ああ。やべえよなあ、あの人」

「うちの課の女子なんか朝からソワソワして、用もないのに入れ替わり立ち替わり企画開発課に……」

(大丈夫ですか?)

 すぐ耳元で柔らかな低音が囁き、温かい息がかかる。俺は本当に一瞬、意識が飛んでいたようだ。
 気づくと社長の胸にもたれるような形で彼を「壁ドン」してしまっていた。俺は目で謝りながら身体を話したが、元の体勢が不安定なので「壁ドン」状態に変わりはない。

 これまでの会話の流れだけでも不穏なのに、狭い場所で大の男二人が体を密着させてるからお互いの体温や必死で殺している息づかいまでダイレクトにつたわってくる。

 明らかに失策だった。つか、他にも個室あるんだから別々に隠れるとかすれば……いや、よく考えたら少なくとも社長の方は別に隠さなくてもよかったんじゃ?

「ふふ……ふぇっ」

 しかも、このタイミングで社長が嗚咽しそうになったので口を慌てて塞いでしまった。

ーーな、何やってんだ俺。これじゃ完全に犯罪……

「なあ。あの人、独身なの?」

 堀田の大声のお陰で、気配が気づかれることはなかった。
 手のひらに彼の柔らかい唇と熱い息が触れる。頼むから静かに……と目で訴えると、潤んだ瞳が微かに頷いた。透明感のある肌が首筋から額まで綺麗に染まり、小刻みに震えている。セットした生え際から緩くうねった前髪が溢れ、うっすら汗ばんでいるのが艶めかしい。

ーー鼻高えし、まつ毛長え……それにいい匂いする……

 ほのかに甘酸っぱいムスク系の香りーー香水ほど強くはなく、おそらくボディソープか衣類ケア製品の類(たぶんオーガニックの高級品)が体臭や体温と入り混じったようなーーきっと本人は意識してもいないほどの、常識的な距離では感知し得ない清涼で中性的な誘引剤。

ーー意外と無駄に色気あるよな、この人。もし、女性だったら……
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