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アルティメット・ハイスペ社長のお陰で、弊社パニックになりかける。

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「皆さん、すみません。通行の邪魔になります。部署にお戻り下さい」

「遠山社長がいらっしゃるのー?」

 腰の低い内川補佐が告げると、彼女達が一斉にさえずり出す。こっちの言う事なんかはなから聞く気配なし。

「お静かに!まだ社内にいらっしゃるんですから」

「こちらのエレベーターからお帰りになるんでしょう。絶対ご迷惑はかけませんから」

「つか、みんな勤務時間に何やってんだよ。仕事しろ」
  
 俺は思わず呆れてタメ口になった。

「青葉君はたまたま担当者だから会議に出られて満足かもしれないけど」

「そうよ。ズルいわよ」

 一体何を言ってるんだ、この人達は……

「秒でいいからさ。哀れな社畜のあたしらにもちょっとだけ補充させてよ。お願い」
 
 色めき立つ女性社員の、ディープ・インパクトレベルのエネルギたるやーー

「うちの会社の品位ってものがあるでしょう!」

 天の岩戸の天照大神よろしく水島課長が会議室から降臨するなり一喝した。皆は押し黙り、階段下や廊下の角の死角に陣取っていた人達は、階段をそっと戻り始めた。

 企画開発課長、水島南美みなみ。社内きっての「しごデキ」上司の上、部下への要求水準もやたら高い。部署内での立ち居振る舞いにいたるまで一々チェックが細かく、セルフボケやノリツッコミなど冗談全般が全く通じないーーいや俺も、ギャグやジョークは全然得意じゃないから別にいいんだけどーー並いる部長クラスを差し置いて「社内気詰まりな上司選手権」ベスト5に入るのはまず間違いない。

「わからない?こんな規律の無い会社だと思われたら、契約自体が無くなるわよ。せっかく遠山社長が我が社に興味を持って、見学したいとおっしゃってるのに……どこの部署に行くかはわからないけど、くれぐれもーー」

 すみません、と女子社員たちが口先で謝る端から声にならない歓声があがり、皆次々ときびすを返して部署に帰って行く。

「ちょっと待って」

 課長は皆に紛れて帰ろうとした直属の部下を名指しで呼び止めると

「窓口になっているうちの部署の人間が、どうして皆に注意せずに一緒にはしゃいでいるの?」

 と、さらに苦言を呈した。

「失礼のないように頼むわよ。これからたびたびお見えになるかもしれないんだから」
 
 同僚達もやはり、しおらしく頭を下げては浮き足だった様子で帰っていく。、

「こういうところよね……女子高生かっての」

 課長は気難しそうな表情で頭を抱えた。

「まさかここまで騒ぎになるなんて。全部署に厳重注意で通達しておくべきかしら……」

「見事におっさんばかりの会社ですからなあ。気持ちはわからなくもありませんが」

 課長補佐の内川さんがのんびりと答えた。同業他社を早期退職後、五十代で中途採用された即戦力で、異性で年上の課長をよく支えている。

「そういう問題じゃないのよ。遠山社長は欧米での生活が長い方だから、コンプライアンスに厳しいわ。下手を打ってセクハラ問題にでもなったら契約どころでは無くなるわよ」

 確かに。もしもこれが男女逆で、現れたのがアイドル並のルックスの天才女性社長だったとしたら……と考えると彼女達の気持ちも理解できなくもないが、やっぱりセクハラ案件だよな。
 しかも取引先の社長に対して失礼だし。

「それは確かにそうですね。各部署に一斉メールで伝えておきましょう」

 内川補佐は課長の苦手な、業務に直結しないようなちょっとした根回しや部署間の調整事を、絶妙なバランス感覚で上手にフォローしている。

「ところで、青葉君」

 と、課長は俺の方を振り返った。

「次回からリモート会議で済ませられるよう、幹部達にレクチャーしておかなくちゃね。サポート頼めるかしら」

「それは構いませんが……あれだけダメ出しされて、無事に本契約までいけるんでしょうか?」

「契約はおそらく大丈夫」

 課長は自信たっぷりに微笑んだ。

「本当ですか?」

「注文が多いってことは、相手もそれだけ本気で考えてるってこと。確かに難しい宿題をたくさん出されたけど、走り出してから道が見える事もあると思うし。落とし所はあると思うの」

 課長の言う事には説得力がある。
 旧態依然とした同族経営の会社で長年のお局様的立ち位置から一転、昇進試験に受かった苦労人で、現場感覚を生かした采配には定評がある。
 一方で社会人留学の経験もある才女で、国際的な脱CO2やSDGsの流れにアンテナを張り巡らせ、いち早くD’s Theory社の日本進出の意向に目をつけたキレ者でもあるのだ。

 ともかく無事に一山越えられたようだーー俺は会場の片付けを終えて借りた機材や残った資料一式、台車に乗せて廊下の角を曲がった。と、

「あああっ……」

 ぶつかりはしなかったものの、かわそうとしたはずみで廊下一帯に大型の段ボール片を何枚もぶちまけていたのは、同期の堀田だ。

「おいおい、大丈夫か」

 今日はもう片付けを終えてさっさと帰りたかったが、さすがに知らんぷりもできないので拾い集めるのに手を貸した。

 俺のせいではないのは、残ったもう一つの束を見てわかった。リサイクル用にエコ紙紐でまとめたらしいが、縛り方が雑な上に緩すぎる。

「一体誰だよ、こんないい加減な括り方したの。出した先に運ぶ奴がいるって事がわかんねえかなぁ」

「そう言うなよ。これでもうちの新人が一生懸命括ったんだ」

「やったからいいってもんじゃないんだよ。家でやった事ねえのかな、ったく。ちょっとそっちの束貸して」

 中身が抜けて用をなさなくなっていた方の輪状の紐と、無事だった束の方の紐も解いて一本に繋げる。二本の交点をしっかり押さえ、一方の紐で輪をつくり違う方の紐を輪にくぐらせると後は覚えた指が自然に動いてくれる。

「変わった結び方だな」

「『男結び』つって、雪囲いや竹垣作るときによく使う結び方だよ」

 中途半端なサイズだった二つの束をガタイのいい堀田用に一つにまとめた。出来上がった長い一本の紐をきっちり十字にかけ直し、ものの一瞬で一枚板のようにびくともしない頑丈な束をこしらえてやると、堀田が呑気に口笛を吹いた。

「相変わらず上手いもんだなあ。手際が鮮やか過ぎて見惚れるわ。さすが造園屋のせがれ

「倅じゃねぇ、孫だ。こんな作業に上手いも何もねえだろ。新人の仕事だったんだろ。最後までやらせろよ」

「うちの課の新人、女子だしさあ。ガサばるし握力弱そうだし、一人じゃちょっと大変だと思って」

 ニタニタ笑う堀田に、俺はおもわず舌打ちをしたーーそうだこいつ、こういう奴だった。男なら黙ってやれ的な、体育会系塩対応のくせに。

「それに、新人だからって何でもかんでも雑用押しつけると、上がうるさいんだよねえ。辞められたら困るらしい」

 俺はサービスで取っ手をつけてやったダンボールの束を奴につっ返した。

「おお、束がデカくなってんのに、マジですげえ運びやすい!」

「馬鹿。『梱包』ってなぁこういうことなんだよ」

 堀田の奴、わかってない。俺は早口のべらんめぇ調で一気にまくし立てた。

「握力でも何でもねぇ、コツだよコツ。親の敵みてぇに体重掛けて束の角で結ぶんだよ。実家で雇ってる今にも死にそうな婆ちゃん作業員だってこんなの余裕で片づけるぜ、重いもんですらないんだから。
 お前、女子と見ると見境無く余計な格好つけしやがって。誰かがやんなきゃならない仕事ってのはどうしたってあるんだ。それをちゃんと教えとくんも先輩の役割だろうがよ。逆にセクハラなんじゃないの?」
「ははは。恒星のマシンガントークって相変わらず面白いよな。ムカつくけど」

 堀田は他人事のように面白がっている。
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