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8月11日(日)
五年ぶりの親も実家も、さりげなくあちこちガタが来ているっぽい件
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「離れ」と言うのは俺と姉達の元・子ども部屋だ。
廊下ではなく襖と障子によって仕切られた伝統の「田の字」住宅は、衣食住の全てが手作りで必然的に物の少ない時代に、先祖代々暮らすことを前提に建てられている。
確かに当時の生活スタイルなら襖を外せば寄り合いや冠婚葬祭に使えるし、家族の成長や独立によっても間取りを変えられるが、プライバシーの点で難がある。
当時はお祖母ちゃんも一緒に暮らしていたし、年頃の現代っ子四人を育てるにはどうも無理があると流石の昭和親父も悟ったらしい。なにしろ土地なら無駄に余っ(以下略)
父は庭の隅に、子ども部屋用の離れを建てた。西側に各部屋を繋ぐ縁側兼廊下が三つの部屋を繋いでいる。俺が一部屋、三人の姉達は二部屋を自分達なりに分け合って使っていた。例の「どうせ嫁に行くから」的な発想から親父がケチったらしいが、健気な姉達はそれでも大喜びしていた。
今は全員独立してしまって空き家状態だが、専用のトイレと洗面所もあるし、寝袋一つで泊まってもらえばお互い気も使わずに済むし……と思ったのだが。
「物置きだって、使ってるんだったら屋根くらい直せよ」
「大したもんも入ってねえし、直すにも銭っコぁかがんべ……昌弘が嫁取りした時に、改築して使わせんべど思って建てたんだども……」
やべ。ヤブヘビだった。
「ごでもでじゃがますねえ!」
活火山の父がついにしびれを切らして茶の間のガラス障子をガラリと開け、顔を出した。
「お客様だべ。さっさと上がってもらえ!」
父はそう言うとどすどす足音を鳴らし、客間の方のガラス戸障子をガラガラと開けた。
365日瞬間湯沸かし器だが、大爆発の直後にケロリとしている時もあるので、今も父の機嫌がいいのか悪いのかわからない。ビビって背中を向けて逃げ出そうとしている圭人に「大丈夫だから」と念を押しして、半ば無理矢理引きずるようにして客間に上げた。
父は「休んでけで」と、客間の座布団に座らせた圭人に声をかけるとおもむろに立ち上がり、何故か外へ出て行った。
俺は柱や梁と同じ黒ずんだ色の中格子戸を開け、先に隣の仏間に入った。奥に仏壇があり、鴨居に曽祖父母と祖父母の遺影が飾られている。二十年ほど前に行年九三(数え年)で亡くなった祖母ちゃんが一番新顔だ。
姉ちゃん達や姉ちゃんの子ども達もそうだが、この家に帰ってくるとまず、この部屋に来て仏壇を拝むのが習慣だ。子どもの頃、特に親父がうるさかったのでーー親と違って毎日拝むわけではなかったが、お盆や新年、命日、旅行や大きな行地の前などには必ず拝むように言われていたーー条件反射のように染み付いている。
圭人は座布団の上で、どう見ても不得意そうな正座を頑張って縮こまっていたが、「足崩せよ」と言うとホッとしたように前に投げ出し、後ろに手をついた。
「昌弘の友達って、東京から?」
母が台所に戻り、お茶を入れてきた。
「|はでぁながったべ。ゆるぐながったなす」
圭人は答えず、目を泳がせて困ったように俺を見た。
ん?あ、ああ。通訳要るのか。
「遠かったでしょう、大変でしたね、って」
俺が小声で伝えると、圭人は母に向かって居住まいを正し、
「恐縮です」
とぺこりと頭を下げたーーそんな語彙、お前の辞書にあったんだな。
ところで父は戻って来たかと思うと、農作業小屋の冷蔵庫から発泡酒の500ml缶を何本か出して、百円ショップのバスケット(それ専用)に入れて運んできた。
「こっただ時間さ、お茶っこでもねえべ。腹っコあ減ってんだあ。飯さすんべ」
などと好き放題な事を言う。
「ほに、それもそうだ。いっとぎま待ってで」
昔から少しマイペースで天然気味の母は、からからと笑いながら台所に戻る。
新幹線に乗る前に駅で◯ック食ったきりだったから(駅弁って高いし、立ち席だったしな……)実はこの家に足を踏み入れた時からふわんと漂っていた出汁と炒め物に使った醤油の匂いに、空腹度はMAXだ。圭人もそうだろう。
親父は和式のサイドボードからグラスを出してきて
「まんつ、こっただ時だどもゆっくりしてってけで」
と圭人のグラスに、ついで俺のグラスにビールを注いだ。おそらく昭和の頃から家にある、某ビールのロゴつきで200mlきっかりの、調味料の軽量にも使えるやつだ。祖母ちゃんから代々、この家の大人は恐ろしく物持ちがいい。"MOTTAINAI"がオリンピック競技になったらメダリスト輩出できるんじゃないか。
「んがぁ、あんまり飲むねえ」
自分の呑兵衛を棚に上げて、ほくほく顔で手酌する父。父親って息子と飲んだり、息子が連れて来た友人(設定)と飲むのってやっぱ、嬉しいんだろうなあ。
母がカスペと呼ばれる地魚、シュウリ貝と凍豆腐の煮物、焼き茄子に胡瓜の古漬けなんかを運んで来る。高校生の頃は茶色いおかずばかりの弁当が不満だったが、数年ぶりの我が家の味は泣きたくなるほど美味そうだーー年齢のせいなのかもしれない。
「私どうは食ったすけ、あんたどうで全部食って」
父が「どれ、カアちゃんもねまれ。乾杯すんべす」と言い、母が「んだらよばれんべ」なんて言いながら台所から自分の湯呑みを持ってくる。
「ちょっと待って!」
すっかり「帰省して来た息子を歓待するモード」になっちゃっている両親に、俺はツッコんだ。
「今から台風来んのさ、飲んでる場合でねえべ!」
廊下ではなく襖と障子によって仕切られた伝統の「田の字」住宅は、衣食住の全てが手作りで必然的に物の少ない時代に、先祖代々暮らすことを前提に建てられている。
確かに当時の生活スタイルなら襖を外せば寄り合いや冠婚葬祭に使えるし、家族の成長や独立によっても間取りを変えられるが、プライバシーの点で難がある。
当時はお祖母ちゃんも一緒に暮らしていたし、年頃の現代っ子四人を育てるにはどうも無理があると流石の昭和親父も悟ったらしい。なにしろ土地なら無駄に余っ(以下略)
父は庭の隅に、子ども部屋用の離れを建てた。西側に各部屋を繋ぐ縁側兼廊下が三つの部屋を繋いでいる。俺が一部屋、三人の姉達は二部屋を自分達なりに分け合って使っていた。例の「どうせ嫁に行くから」的な発想から親父がケチったらしいが、健気な姉達はそれでも大喜びしていた。
今は全員独立してしまって空き家状態だが、専用のトイレと洗面所もあるし、寝袋一つで泊まってもらえばお互い気も使わずに済むし……と思ったのだが。
「物置きだって、使ってるんだったら屋根くらい直せよ」
「大したもんも入ってねえし、直すにも銭っコぁかがんべ……昌弘が嫁取りした時に、改築して使わせんべど思って建てたんだども……」
やべ。ヤブヘビだった。
「ごでもでじゃがますねえ!」
活火山の父がついにしびれを切らして茶の間のガラス障子をガラリと開け、顔を出した。
「お客様だべ。さっさと上がってもらえ!」
父はそう言うとどすどす足音を鳴らし、客間の方のガラス戸障子をガラガラと開けた。
365日瞬間湯沸かし器だが、大爆発の直後にケロリとしている時もあるので、今も父の機嫌がいいのか悪いのかわからない。ビビって背中を向けて逃げ出そうとしている圭人に「大丈夫だから」と念を押しして、半ば無理矢理引きずるようにして客間に上げた。
父は「休んでけで」と、客間の座布団に座らせた圭人に声をかけるとおもむろに立ち上がり、何故か外へ出て行った。
俺は柱や梁と同じ黒ずんだ色の中格子戸を開け、先に隣の仏間に入った。奥に仏壇があり、鴨居に曽祖父母と祖父母の遺影が飾られている。二十年ほど前に行年九三(数え年)で亡くなった祖母ちゃんが一番新顔だ。
姉ちゃん達や姉ちゃんの子ども達もそうだが、この家に帰ってくるとまず、この部屋に来て仏壇を拝むのが習慣だ。子どもの頃、特に親父がうるさかったのでーー親と違って毎日拝むわけではなかったが、お盆や新年、命日、旅行や大きな行地の前などには必ず拝むように言われていたーー条件反射のように染み付いている。
圭人は座布団の上で、どう見ても不得意そうな正座を頑張って縮こまっていたが、「足崩せよ」と言うとホッとしたように前に投げ出し、後ろに手をついた。
「昌弘の友達って、東京から?」
母が台所に戻り、お茶を入れてきた。
「|はでぁながったべ。ゆるぐながったなす」
圭人は答えず、目を泳がせて困ったように俺を見た。
ん?あ、ああ。通訳要るのか。
「遠かったでしょう、大変でしたね、って」
俺が小声で伝えると、圭人は母に向かって居住まいを正し、
「恐縮です」
とぺこりと頭を下げたーーそんな語彙、お前の辞書にあったんだな。
ところで父は戻って来たかと思うと、農作業小屋の冷蔵庫から発泡酒の500ml缶を何本か出して、百円ショップのバスケット(それ専用)に入れて運んできた。
「こっただ時間さ、お茶っこでもねえべ。腹っコあ減ってんだあ。飯さすんべ」
などと好き放題な事を言う。
「ほに、それもそうだ。いっとぎま待ってで」
昔から少しマイペースで天然気味の母は、からからと笑いながら台所に戻る。
新幹線に乗る前に駅で◯ック食ったきりだったから(駅弁って高いし、立ち席だったしな……)実はこの家に足を踏み入れた時からふわんと漂っていた出汁と炒め物に使った醤油の匂いに、空腹度はMAXだ。圭人もそうだろう。
親父は和式のサイドボードからグラスを出してきて
「まんつ、こっただ時だどもゆっくりしてってけで」
と圭人のグラスに、ついで俺のグラスにビールを注いだ。おそらく昭和の頃から家にある、某ビールのロゴつきで200mlきっかりの、調味料の軽量にも使えるやつだ。祖母ちゃんから代々、この家の大人は恐ろしく物持ちがいい。"MOTTAINAI"がオリンピック競技になったらメダリスト輩出できるんじゃないか。
「んがぁ、あんまり飲むねえ」
自分の呑兵衛を棚に上げて、ほくほく顔で手酌する父。父親って息子と飲んだり、息子が連れて来た友人(設定)と飲むのってやっぱ、嬉しいんだろうなあ。
母がカスペと呼ばれる地魚、シュウリ貝と凍豆腐の煮物、焼き茄子に胡瓜の古漬けなんかを運んで来る。高校生の頃は茶色いおかずばかりの弁当が不満だったが、数年ぶりの我が家の味は泣きたくなるほど美味そうだーー年齢のせいなのかもしれない。
「私どうは食ったすけ、あんたどうで全部食って」
父が「どれ、カアちゃんもねまれ。乾杯すんべす」と言い、母が「んだらよばれんべ」なんて言いながら台所から自分の湯呑みを持ってくる。
「ちょっと待って!」
すっかり「帰省して来た息子を歓待するモード」になっちゃっている両親に、俺はツッコんだ。
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