お盆に台風 in北三陸2024

ようさん

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8月11日(日)

2016年、大震災から五年後に観測史上初めて県内に上陸した台風10号のことを少し思い出してみる

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「咲ちゃんも上がってけでちょうだい

 母は見慣れた丸顔一杯に愛嬌のある笑みを浮かべていたが、俺の記憶に残るそれよりも明らかに皺で萎んでいて、染めるのをやめたらしい短い髪は真っ白だった。体格まで一回り縮んだ気がする。
 何より、耳が遠くなっているのには気づかなかった。内心、かなりショックだ。

「いえ。これから夜勤なので」

「こんな時に今から?あぃや、大変だごど」

 咲姉は町内の介護施設でケアマネとして働いているのだが、一階の入所者をあらかじめ 垂直避難させるために、職員全員に召集がかかったのだという。

 忘れもしない2011年の大震災から五年後の2016年に気象庁の観測開始以来初めて、東北地方太平洋岸(岩手県大船渡市付近)に台風10号が上陸、北海道にかけて人的被害を含む甚大な被害をもたらした。
 収穫を控えていた北海道のジャガイモが打撃を受け、ポテトチップス系の菓子が店頭から消えたりフリマアプリで高値転売されたりして後日社会問題になった事で、数ある気候変動被害の中でも特に覚えている人も多いだろう。
 IT化されたグローバル経済下において、パニックと紙一重のモノ不足騒動が起き得る事を、感染拡大下でのマスク騒動以前に既に示唆していたような感もあるーー後づけではあるが。
 
 台風そのものの被害については、この町も市街地の商店街が床上浸水するなどといった被害に見舞われたが、県内で最も被害が酷かったのが岩泉町だ。
 三陸鉄道の沿線でもある岩泉町は、袋の口状にすぼまった海岸部から内陸の北上山地にかけて広がる独特の形をしている。日本三大鍾乳洞の一つである龍泉洞と日本一長い洞窟・安家洞を擁する、雄大な自然と山海の幸に恵まれた観光の町でもある。

 風光明媚な山間地で、認知症のお年寄り達が共同生活を営んでいたグループホームでこの時、九人の入所者が水の犠牲になった。
 山間部の川は、普段は水量が少なく見えても集中豪雨や長時間の雨で水量が増え、堤防を越えることがある(氾濫)

 この施設の場合は、当直の一人を除く他の職員が出勤不可能となった上、氾濫が就寝中の夜間であった。氾濫後の水位の上昇は急で、建物への浸水後数十分で胸の高さまで達したという。
 翌朝、天井付近まで沈んだ平屋の建物内で、入所者を抱えた職員が救助されたが、入居者の方は助からなかった。
 ベッドの上に立ち、柱などにつかまって励まし合いながら救助を待つことができたとしても、体温や体力が刻一刻と奪われる状況は高齢者にとってかなり厳しい。持病があればなおさらだろう。
 一般住宅ではなおのこと、平屋や一階部分で暮らす高齢者が多い。同じような状況で、自宅で犠牲になる場合も多いという。

 この悲劇がきっかけで、浸水や土砂災害が想定される社会福祉施設、学校、医療機関等に避難計画の策定と年一度の訓練が義務付けられ、災害時の"警戒レベル3"「避難準備」は「避難準備・高齢者等避難」となった。

 ただし、健常者であっても浸水後の避難は危険である。健康な人でも数十センチの水に浸かってしまうと移動が困難となり、流れに足をとられてしまう危険がある。また、水に隠れたマンホールや水路に沈んでしまうかもしれない。

 晃夫君も今夜は職場で泊まりの待機番なので、一人になる凪沙ちゃんをここと目と鼻の先にある自分の実家に預けに来たのだそうだ。本人は大丈夫だと言っているらしいが、三人の暮らすアパートは前回浸水のあった市街地近くにあり、一人で残すのも避難所に向かわせるのも心配だということでーーまあ当然だろうな。

 ウチの(やはり無駄にだだっ広い)庭兼駐車場に車を置いているので、いつもなら咲姉の実家は、このまま回れ右して徒歩で庭を突っ切った方が早いくらいだ。が、雨がかなり降っているので、わざわざ車道を回って車で移動する事にしたようだ。
 農村地帯における「お隣」の距離感の違いと、車を傘がわりにしがちな「田舎あるある」、都市部の人にはお分かりいただけるだろうか。

「そちらの方は?」

 母は初対面の圭人を咲姉の連れだと思っていたらしく、俺とセットで置き配状態になった奴に改めてキョトンとなった。

「ええと、俺のダチ(説明めんどい)。別行動予定だったんだけど運休諸々で泊まれる宿が無くなった。急で悪いんだけどコイツ、泊めてやってくれない?離れでいいからさ」

「お願いします。寝袋あるんで、納屋とか玄関先とかで全然いいんで」

 圭人も頭を下げた。もしここで断られたら、しれっと避難所送りにする手もあるか(迷惑)

しゃあしゃあじぇじぇじぇ、そっただ事、急に言われてもねぇ。離れは物置きさなってで、雨漏りもしてんだよ……」

 母は困ったように顔をしかめた。

「マジか!」
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