お盆に台風 in北三陸2024

ようさん

文字の大きさ
上 下
13 / 16
8月11日(日)

実家が昔から古いと、もうこれ以上古くなりようがないだろって思っちゃうよね

しおりを挟む
 四人の子供たちが巣立った今、両親は実家に二人暮らしだ。時代が時代なら長男の俺が結婚して家に戻り、面倒を見るのが当然だったのだろう。それゆえの長男信仰と破格の優遇措置だったとも言える。

 俺は仙台の大学を出てそこで就職した。就職氷河期はまだ続いていて、岩手でもそこそこの知名度と規模を誇る地元企業に正社員として入社したとあって、両親は喜んだ。
 町にUターン就職しようにも町役場くらいしか働き口がなく、公務員が司法試験並みの狭き門だった時代だ。二人ともまだ若くて何でもできた頃だったし、それでも御の字だと思ったに違いない。親戚中からも称賛されて、ひけらかす事はしなかったものの自慢の息子だったはずだーーその辺りまでは。
 自分で言うのも何だが。

 それから二十年以上経った。母親がずいぶん家族のーー特に最近は父親の健康に気をつけていて、幸運にもこの年まで大きな病気はしたことがない。二人とも社交的な人で近所(兼)親戚づき合いもマメだし、あちこちにそれぞれ友人がいて何だかんだしょっちゅう出かけている。下手すると俺より忙しいんじゃないかってくらいだ。たまに喧嘩はするが、愚痴っぽい事もあんまり言わない。
 例のパンデミック世界的感染拡大の間もどうにかこうにか無事だった。

 同年代の友人の親やその世代の親戚達が、入院したとか施設に入所したなどというったで手術を八十でも九十でも、いつまでも元気でいるもんだと思っていた。現実は、最後に会った時より五年分歳をとっているわけでーーそれは覚悟しているつもりだ。

「今から電話してみる」

「もう着くわよ」

 車は狭い市街地を数分で突っ切り、郊外の国道から分岐した山道をどんどん進んでいた。登り坂を進むほど窓の外の雨音が強くなる。

 俺の実家は山林や荒野を親族達で切り開き、そこに固まって住んでるような限界集落ギリギリの農村集落で、再開発も復興道路建設も無縁な安い土地がいくらでも余っているから、家も庭もムダにデカくて広い。そしてお盆定例の親戚回り(年末年始は年賀状程度)と冠婚葬祭に全ライフポイントを懸ける。

 岩手の伝統的な百姓家と言えば盛岡地方の南部曲がり家が有名だが、この辺りの農家は「直家すごや」が主だと言う。俺の実家はそこまで古くはないが、元は昭和の初め頃に建てられた昔ながらの平屋の百姓家だ。
 時代に合わせて改装と改築を繰り返したため、茅葺きだった屋根はトタン屋根、建具はアルミサッシーーとやや情緒に欠ける。昨今ブームの古民家だと言い張れなくもないが、審美的にはかなり微妙な家だ。
 長年囲炉裏とかまどの煙で燻された黒光りする大黒柱や梁にそれらしき情緒は残っているが、囲炉裏も土間の台所でえとこにあったも俺が生まれた時には既になかった。俺の母親が嫁に来る時に土間を潰し、外にしかなかった風呂や便所と一緒に水回り一式を改築したからだ。
 住んでいる側にとっては毎日の事なので、若干の情緒よりも住人の快適性と利便性が優先され続けるのは仕方ない事だと思う。
 若い頃の俺はこんな古臭い家、建て替えちゃえばいいのにと内心思っていた。

 父親が思い切ってこの家を替えなかったのは祖父母の結婚にあたり、祖母の本家筋の大工達が当時の良材と熟練の技術を惜しみなく注いで建てた家族の歴史そのもののような家だからだ。あの大震災にもビクともしなかった。
 
 歳をとってみると、やっぱり生まれ育った実家には思い出もあるし、昭和式魔改造風の外観ではあっても金太郎飴の分譲住宅には及びもつかない味があるーーと、今ならわかる。

「ただいまあ」

 玄関のガラス戸を開け、アホみたいにだだっ広い玄関ホール(元・土間の一部)に大人三人で踏み入れたが応答はない。突き当たりのダイニングキッチンにも明かりはついているし、咲姉の自動車のエンジン音だって聞こえたはずなのだが。

「おい、カアちゃん。昌弘だ」

 キッチンと縁側を繋ぐ上りかまちの横には、ガラス障子を隔てて客間がある。その奥にはダイニングの隣に茶の間があり、テレビの音と一緒に父親の声が聞こえた。

 ……自分で出迎えてくれても良さそうなものだけど、まあいいや。親父苦手だし。

「おい!カアちゃんでば!昌弘ぁ来たでば」

 短気な父が怒鳴り、母が「そんな怒鳴らなくても」とぷりぷりしながらやっとダイニングのドアを開けて顔を出した。

あやあやあらあら、洗い物してで気づかなかったやぁ。咲ちゃん、ありがとうね」

 母は相好を崩しながらエプロンで手を拭き、ド内輪モードを取り繕うように咲姉に照れ笑いを向けた。

「おばさん、すっかり耳が遠くなっちゃったのよね」

 咲姉は俺に耳打ちすると母の方に歩み寄り、

「おばさん、補聴器あんだべあるんでしょ。つけたらいいべ」

 と、はっきり、ゆっくりとした声で告げた。

ほにねぇ本当ねたいぎ面倒で、ついねーー昌弘お帰り」

「うん」

 母はまるで、昨年のお盆もそうしていたかのようにーーいや、毎朝学校に見送られて夕方帰って来ていた時代のようにさりげない、ルーティンのついでのような調子で俺を迎えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...