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8月11日(日)
実家が昔から古いと、もうこれ以上古くなりようがないだろって思っちゃうよね
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四人の子供たちが巣立った今、両親は実家に二人暮らしだ。時代が時代なら長男の俺が結婚して家に戻り、面倒を見るのが当然だったのだろう。それゆえの長男信仰と破格の優遇措置だったとも言える。
俺は仙台の大学を出てそこで就職した。就職氷河期はまだ続いていて、岩手でもそこそこの知名度と規模を誇る地元企業に正社員として入社したとあって、両親は喜んだ。
町にUターン就職しようにも町役場くらいしか働き口がなく、公務員が司法試験並みの狭き門だった時代だ。二人ともまだ若くて何でもできた頃だったし、それでも御の字だと思ったに違いない。親戚中からも称賛されて、ひけらかす事はしなかったものの自慢の息子だったはずだーーその辺りまでは。
自分で言うのも何だが。
それから二十年以上経った。母親がずいぶん家族のーー特に最近は父親の健康に気をつけていて、幸運にもこの年まで大きな病気はしたことがない。二人とも社交的な人で近所(兼)親戚づき合いもマメだし、あちこちにそれぞれ友人がいて何だかんだしょっちゅう出かけている。下手すると俺より忙しいんじゃないかってくらいだ。たまに喧嘩はするが、愚痴っぽい事もあんまり言わない。
例のパンデミックの間もどうにかこうにか無事だった。
同年代の友人の親やその世代の親戚達が、入院したとか施設に入所したなどというったで手術を八十でも九十でも、いつまでも元気でいるもんだと思っていた。現実は、最後に会った時より五年分歳をとっているわけでーーそれは覚悟しているつもりだ。
「今から電話してみる」
「もう着くわよ」
車は狭い市街地を数分で突っ切り、郊外の国道から分岐した山道をどんどん進んでいた。登り坂を進むほど窓の外の雨音が強くなる。
俺の実家は山林や荒野を親族達で切り開き、そこに固まって住んでるような限界集落ギリギリの農村集落で、再開発も復興道路建設も無縁な安い土地がいくらでも余っているから、家も庭もムダにデカくて広い。そしてお盆定例の親戚回り(年末年始は年賀状程度)と冠婚葬祭に全ライフポイントを懸ける。
岩手の伝統的な百姓家と言えば盛岡地方の南部曲がり家が有名だが、この辺りの農家は「直家」が主だと言う。俺の実家はそこまで古くはないが、元は昭和の初め頃に建てられた昔ながらの平屋の百姓家だ。
時代に合わせて改装と改築を繰り返したため、茅葺きだった屋根はトタン屋根、建具はアルミサッシーーとやや情緒に欠ける。昨今ブームの古民家だと言い張れなくもないが、審美的にはかなり微妙な家だ。
長年囲炉裏とかまどの煙で燻された黒光りする大黒柱や梁にそれらしき情緒は残っているが、囲炉裏も土間の台所にあったかまども俺が生まれた時には既になかった。俺の母親が嫁に来る時に土間を潰し、外にしかなかった風呂や便所と一緒に水回り一式を改築したからだ。
住んでいる側にとっては毎日の事なので、若干の情緒よりも住人の快適性と利便性が優先され続けるのは仕方ない事だと思う。
若い頃の俺はこんな古臭い家、建て替えちゃえばいいのにと内心思っていた。
父親が思い切ってこの家を替えなかったのは祖父母の結婚にあたり、祖母の本家筋の大工達が当時の良材と熟練の技術を惜しみなく注いで建てた家族の歴史そのもののような家だからだ。あの大震災にもビクともしなかった。
歳をとってみると、やっぱり生まれ育った実家には思い出もあるし、昭和式魔改造風の外観ではあっても金太郎飴の分譲住宅には及びもつかない味があるーーと、今ならわかる。
「ただいまあ」
玄関のガラス戸を開け、アホみたいにだだっ広い玄関ホール(元・土間の一部)に大人三人で踏み入れたが応答はない。突き当たりのダイニングキッチンにも明かりはついているし、咲姉の自動車のエンジン音だって聞こえたはずなのだが。
「おい、カアちゃん。昌弘だ」
キッチンと縁側を繋ぐ上り框の横には、ガラス障子を隔てて客間がある。その奥にはダイニングの隣に茶の間があり、テレビの音と一緒に父親の声が聞こえた。
……自分で出迎えてくれても良さそうなものだけど、まあいいや。親父苦手だし。
「おい!カアちゃんでば!昌弘ぁ来たでば」
短気な父が怒鳴り、母が「そんな怒鳴らなくても」とぷりぷりしながらやっとダイニングのドアを開けて顔を出した。
「あやあや、洗い物してで気づかなかったやぁ。咲ちゃん、ありがとうね」
母は相好を崩しながらエプロンで手を拭き、ド内輪モードを取り繕うように咲姉に照れ笑いを向けた。
「おばさん、すっかり耳が遠くなっちゃったのよね」
咲姉は俺に耳打ちすると母の方に歩み寄り、
「おばさん、補聴器あんだべ。つけたらいいべ」
と、はっきり、ゆっくりとした声で告げた。
「ほにねぇ。たいぎで、ついねーー昌弘お帰り」
「うん」
母はまるで、昨年のお盆もそうしていたかのようにーーいや、毎朝学校に見送られて夕方帰って来ていた時代のようにさりげない、ルーティンのついでのような調子で俺を迎えた。
俺は仙台の大学を出てそこで就職した。就職氷河期はまだ続いていて、岩手でもそこそこの知名度と規模を誇る地元企業に正社員として入社したとあって、両親は喜んだ。
町にUターン就職しようにも町役場くらいしか働き口がなく、公務員が司法試験並みの狭き門だった時代だ。二人ともまだ若くて何でもできた頃だったし、それでも御の字だと思ったに違いない。親戚中からも称賛されて、ひけらかす事はしなかったものの自慢の息子だったはずだーーその辺りまでは。
自分で言うのも何だが。
それから二十年以上経った。母親がずいぶん家族のーー特に最近は父親の健康に気をつけていて、幸運にもこの年まで大きな病気はしたことがない。二人とも社交的な人で近所(兼)親戚づき合いもマメだし、あちこちにそれぞれ友人がいて何だかんだしょっちゅう出かけている。下手すると俺より忙しいんじゃないかってくらいだ。たまに喧嘩はするが、愚痴っぽい事もあんまり言わない。
例のパンデミックの間もどうにかこうにか無事だった。
同年代の友人の親やその世代の親戚達が、入院したとか施設に入所したなどというったで手術を八十でも九十でも、いつまでも元気でいるもんだと思っていた。現実は、最後に会った時より五年分歳をとっているわけでーーそれは覚悟しているつもりだ。
「今から電話してみる」
「もう着くわよ」
車は狭い市街地を数分で突っ切り、郊外の国道から分岐した山道をどんどん進んでいた。登り坂を進むほど窓の外の雨音が強くなる。
俺の実家は山林や荒野を親族達で切り開き、そこに固まって住んでるような限界集落ギリギリの農村集落で、再開発も復興道路建設も無縁な安い土地がいくらでも余っているから、家も庭もムダにデカくて広い。そしてお盆定例の親戚回り(年末年始は年賀状程度)と冠婚葬祭に全ライフポイントを懸ける。
岩手の伝統的な百姓家と言えば盛岡地方の南部曲がり家が有名だが、この辺りの農家は「直家」が主だと言う。俺の実家はそこまで古くはないが、元は昭和の初め頃に建てられた昔ながらの平屋の百姓家だ。
時代に合わせて改装と改築を繰り返したため、茅葺きだった屋根はトタン屋根、建具はアルミサッシーーとやや情緒に欠ける。昨今ブームの古民家だと言い張れなくもないが、審美的にはかなり微妙な家だ。
長年囲炉裏とかまどの煙で燻された黒光りする大黒柱や梁にそれらしき情緒は残っているが、囲炉裏も土間の台所にあったかまども俺が生まれた時には既になかった。俺の母親が嫁に来る時に土間を潰し、外にしかなかった風呂や便所と一緒に水回り一式を改築したからだ。
住んでいる側にとっては毎日の事なので、若干の情緒よりも住人の快適性と利便性が優先され続けるのは仕方ない事だと思う。
若い頃の俺はこんな古臭い家、建て替えちゃえばいいのにと内心思っていた。
父親が思い切ってこの家を替えなかったのは祖父母の結婚にあたり、祖母の本家筋の大工達が当時の良材と熟練の技術を惜しみなく注いで建てた家族の歴史そのもののような家だからだ。あの大震災にもビクともしなかった。
歳をとってみると、やっぱり生まれ育った実家には思い出もあるし、昭和式魔改造風の外観ではあっても金太郎飴の分譲住宅には及びもつかない味があるーーと、今ならわかる。
「ただいまあ」
玄関のガラス戸を開け、アホみたいにだだっ広い玄関ホール(元・土間の一部)に大人三人で踏み入れたが応答はない。突き当たりのダイニングキッチンにも明かりはついているし、咲姉の自動車のエンジン音だって聞こえたはずなのだが。
「おい、カアちゃん。昌弘だ」
キッチンと縁側を繋ぐ上り框の横には、ガラス障子を隔てて客間がある。その奥にはダイニングの隣に茶の間があり、テレビの音と一緒に父親の声が聞こえた。
……自分で出迎えてくれても良さそうなものだけど、まあいいや。親父苦手だし。
「おい!カアちゃんでば!昌弘ぁ来たでば」
短気な父が怒鳴り、母が「そんな怒鳴らなくても」とぷりぷりしながらやっとダイニングのドアを開けて顔を出した。
「あやあや、洗い物してで気づかなかったやぁ。咲ちゃん、ありがとうね」
母は相好を崩しながらエプロンで手を拭き、ド内輪モードを取り繕うように咲姉に照れ笑いを向けた。
「おばさん、すっかり耳が遠くなっちゃったのよね」
咲姉は俺に耳打ちすると母の方に歩み寄り、
「おばさん、補聴器あんだべ。つけたらいいべ」
と、はっきり、ゆっくりとした声で告げた。
「ほにねぇ。たいぎで、ついねーー昌弘お帰り」
「うん」
母はまるで、昨年のお盆もそうしていたかのようにーーいや、毎朝学校に見送られて夕方帰って来ていた時代のようにさりげない、ルーティンのついでのような調子で俺を迎えた。
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