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008・・・曲雨
曲雨 その2
しおりを挟む夫の帰りは今日も遅い。
私が妊娠してから帰りの遅い日が増えた。
やっと妻という特等席を手に入れたと思ったのに、夫の中で私はまだ二番目なのだろうか?
携帯を開いて画面を確認しても何のメッセージも入っていない。
『帰りは何時頃ですか?』と文字を打つ。
送らずに消去する。
そして鳴るはずもない携帯を握り、画面に映る小さな時計の赤い秒針が動いてゆくのをジッと見つめる。
時計の針が2時を回った。
ダイニングの電気を消し寝室へ向かう。
ベッドへ重くなったカラダをのせる。
大きくなってきたお腹をゆっくり上へ下へと撫でる。
「パパは、今どこにいるんですかね~」と話しかける。
もちろん返事はない。
お腹に手をあてたまま瞼を閉じると、二つの心臓の音が聴こえてくるような気がする。
トックン、トックン、トックン……
トックン、トックン、トックン……
ああ……、なんだかとても懐かしい。
自分の心臓の鼓動に合わせて、他の人の鼓動が聴こえてきそうだったあの時を思い出す。
碧い月と艶めく星たちが波を優しく照らす蜜やかな時間だった。
あの時、彼の大切な時間を無駄にしてしまったのだろうか?
あの時、彼の視線を隣で感じながらも恥ずかしさと淋しさが混ざり合ったような複雑な想いをどうしたらいいのか分からなかった。
もどかしく響く鼓動の音が聞こえてしまいそうで、彼へ視線を向けることが出来なくて揺れる波をただ眺めつづけた。
見つめ合う勇気が無かった。
心を重ねる覚悟が無かった。
波打つ鼓動に合わせて彼の鼓動が聴こえてきたように感じた刹那は、二人の間を静かに吹き抜ける風と共に消え去ってしまった。
哀しい月の光にぼんやり照らされた泡のように脆く弾けた刹那の想い。
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