上 下
17 / 30
006・・・茜雨

茜雨 その2

しおりを挟む

高校生活で流れる時間の中には姉の姿も光も影も無いというのに、遠慮せずに息をすることに馴染めなかった。
傷付かないようにと存在を消すことに慣れ過ぎていたのだろう。

不甲斐ない自分にウンザリしながら廊下をとぼとぼ歩くある日の放課後。
美術室の前に飾られた一枚の絵に目を奪われた。
埃舞い散る中でたたずむ風景画に琴線が揺れる。
どこか懐かしい気持を運んできた。
『帰りたい』寂しさが、なぜかどうしようもなく込み上げてきたのを今でもよく憶えている。
月の光が照らす碧い湖なんて行ったことも見たこともないのに漂ってくる涙の匂い。

どのくらいの時間、その絵を眺めていただろう。
窓から射し込む光が長いオレンジ色に変わっていた。
後ろに誰かの気配。
慌てて振り返った。
背が高く線の細い男子学生が静かに立っていた。
「そろそろいいかな?」とちょっと困ったような顔。
邪魔になっていたことを知り、もつれた唇で「はい」と呟いた。
戸惑う足をそっと後退りさせて反対の壁際まで離れた。
色褪せた世界へポトンッと絵の具が落とされたように色づいた瞬間。
カラダから力が奪われてゆくようなのに胸が高鳴る。

学ランの袖口から出た綺麗な手が廊下の壁から絵を慣れた手付きで取り外している。
壁から離れた絵を大きな袋の中へ丁寧に仕舞まっている。
一連の動きに惹きつけられて動けない。
黒い背中が廊下の向こうへ消えてゆくまで視線は捕らえられたままだった。

静まり返った灰色の廊下へは埃と私だけが残された。
絵の掛かっていた壁へ左の手のひらをそっと圧し当てる。
騒ぎ立てる胸へギュッと握り締めた右手を強く圧し当てる。
今までになく奥深いところから繰り返される呼吸を感じた。

彼は二つ上の先輩だった。
それからは、いつでもどこでも先輩の姿を探した。
移動教室へ向かう廊下で。
体育の行われている校庭で。
人の溢れかえったお昼の購買で。

不思議と先輩の姿をすぐ見つけることが出来た。
運が良ければ先輩と目が合うことが出来た。
そんな時は会釈する私へはにかんだ笑顔を返してくれるから、ココロへふんわり羽が生えて、ココロがカラダから離れゆくようになった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈 
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...