忘却の時魔術師

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第一部 第三章「魔術師として」

第39話 最悪の出会い

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 なんで、ここにルナが……。

 もう訳が分からなかった。
 目の前にいる少女はどう見ても、俺の知ってるルナとは違う。

 髪色が違うし。現実のルナはこんなにも幼くないし。そして、何よりも。
 こんなに寂しそうな表情を……していない。

 否定する要素しか無いのに。無いはずなのに。
 自分の中にある何かが、アレをルナだと思ってしまう。

 なんだよ。これ。
 早くなっていく鼓動のせいか、妙な緊張が走り、背中を変な汗が流れていく。

 不味いな。
 この空間に長居したら、おかしくなりそうだ。
 早くこの空間から出る方法を……。

 少しだけ混乱しつつも、現状を把握しようとしていたその時。

「くぅっ! うっ。うあぁぁ」
 突然、目の前にいた少女が胸を押さえながら、苦悶の声を漏らし始めた。

 ──ッ⁉︎ なんだ?
 何事かと思って急いで駆け寄るが、少女には勿論、近くに置いてあったナースコールにも、少女が寝込んでいるベッドにすら触れることが出来ない。

 おい! 誰か! 早く!
 いるんだろ! 誰か!!

 必死になって助けを呼ぶが誰かが飛んで来る事は無く、苦しみ続ける少女の手をただひたすらに握ってやるフリをすることしか叶わない。

 誰か。頼む。頼むから来てくれ。
 悪魔でもいい。頼む。
 どれくらい長い時間祈っていただろうか、彼女が苦しみ続けるベッドの側で、彼女の手を握って呪文の様に願いを呟いていたその時──。

『今の貴方じゃ、救えない』
 何処からともなく、女性の声が聞こえてくる。

 ──ッ! 誰だ!!
 辺りを必死に見渡すが、殺風景な光景が広がっているだけで誰かが立っているわけでも無い。

『ここは夢。ここは幻。ここは記憶。……誰かにとっての辛い思い出であり、誰かにとっての苦しみでもある』
 謎の声がそう告げた瞬間、扉の方から誰かの啜り泣く声が聞こえてくる。

 ……泣き声? 誰かそこに居るのか?

『貴方は希望。いつか来るその日の為に………を………い。どう………けて』
 謎の声がそう言い終えると、周囲の景色がグニャリとねじ曲がり、全てが白い光の中に包まれていく。

 ──ッ!! おい! 如何言うことだよ!
 おい!

 ・・・

「……の君」
 誰かの声が聞こえてくる。
 だけど、何を言っているのかまでは聞き取れない。

「ろの君!」
 聞き覚えのある声だ。
 誰だっけ?

「玄野君!」
「──はひっ⁉︎」
 大きな声に驚いて目を開けると、視界いっぱいに誰かの手の平が映り込む。

「あ、アイリス……さん? 俺は何を?」
「それはこっちの台詞セリフよ。貴方。ずぅーと、ただ一点を見つめたまま微動だにしないから、心配になって声をかけてみたら、ただボーとしてただけなんだから!」
「ご、ごめん」

 怒るアイリスを横目に机の上に置かれた本を見ると、表紙のタイトルは『気まぐれな賢者』に戻っている。

 ……戻ってる。
 だとしたら、アレは……。
 いや、止そう。

「……そういえば、アイリスさん。本の返却方法って如何すればいいの?」
「普通にスィスティナを呼べばいいわよ」
「そう……なんだ」
 宙を舞うスィスティナを見ながら、本を返却しようか考えていると、螺旋階段を上っていく人達の姿が目に映る。

「なあ、なんでスィスティナがいるのに、螺旋階段があるんだ? 上には何かあるのか?」
「あぁ、それはね。スィスティナに望んだ本を貰えなかった人が自力で探す為にあるの」
「え、でも。スィスティナは……」

 ──本当に望むものについての本を取ってくれるんじゃ。

「あのねぇ。スィスティナは確かに望むものをくれるけど。スィスティナが読むのは心。思考を読むわけじゃないの。だから、別に欲しいものがあれば、ああやって自分で階段を上って取りに行くしかないわ」
「マジすか」

 あの何段あるか分からない階段をなぁ。
 終わりの見えない階段を見つつ、上ろうか上るまいかを考える。

 うーん。如何しようか。
 精霊獣についての本は欲しいけど。
 あの階段はなぁ。

「もし、精霊獣について書かれた本が欲しいんだったら、割とすぐだし。案内しようか?」
「──えっ」
 ヤバい。如何しようか。
 うーん。

「じゃあ、お願い」
「分かったわ。ついて来なさい」
 螺旋階段の方へと向かうアイリスの後ろをついて行く。

 この大図書館とも言えそうな部屋があまりにも大きいせいか、階段の近くまで来ると、先程まで居たところから見た光景より、全てが大きく見えてくる。

 本棚もデケェし。
 階段もデケェ。
 今からこれを上って、本を探すと思うと気が滅入りそうだ。

「はぁー」
「貴方ねぇ。上る前からそんな嫌そうな顔して如何すんのよ。組織の任務はこれよりも辛いわよ?」
 俺を見て呆れながらも、一段、また一段と階段を上っていくアイリスの後ろをついて行っていると、階数的に3階くらいの高さまで上りきった辺りで何故か、目の前を歩くアイリスが立ち止まった。

「アイリスさん?」
「しっ! 静かに」
 アイリスの言動に小首を傾げながら、彼女の視線の先を追うと、階段の先に3人の男が屯しているのが見える。

 アイリスの知り合いか?
 いや、それにしてはかなり嫌そうだ。

「こんにちは。一条君。そこを退いてくれるかしら」
 ニコニコと作り笑顔を浮かべながら、そう口にするアイリスに少しだけ恐怖を覚えていると、3人の男の視線がこちらへと向く。

「おやおや。これはこれは。ナンバーワン殿と……今噂の魔無しではありませんか。如何してこちらへ?」

「……あなたにそんな事を言う必要があるかしら? それに、魔無しと呼ぶのは聞き捨てならないわ。彼は私の父が認めた客人よ。発言を撤回しなさい」

「それは失礼。客人殿。お退きいたしましょう」
 プリン頭の男がそう言うと、他の2人は無言のまま、男と同様に階段の端の方へと移動する。

「行くわよ。玄野君」
「お、おう」
 先を進む彼女の顔は何処か暗く、そして、悲しそうにも見える。

 ……如何したんだろうか?
 そんな事を気にしながら、彼女の後ろをついて行っていたその時。

「あ、そう言えば、ナンバーワン殿は部隊を1つお持ちになる様でしたな」
 プリン頭の男が突然、アイリスに話題を振り、それに釣られる形で前を歩くアイリスが立ち止まる。

「いやはや、羨ましい。どんな方法を取れば、そんな事が出来るのか、教えて欲しいですな」
「……行くわよ。玄野君」
 立ち位置的に顔は見えない。
 だけど、その後ろ姿から見るに、とても悲しんでいる様に見えてくる。

「チッ、親の七光りが。澄ましやがって」
 そのたった小さな言葉が聞こえて来た瞬間、俺の中で何かが千切れる音がした。

 最初から悪口をコソコソと言ってきてはいたけど。現在進行形で俺が魔力を練れねぇのもあったし、アイリスが味方してくれたから、俺は何も言わなかった。

「なぁ、アイリスさん」
「何? 玄野君」
「ごめん。アイツら凄く許せねぇ」
 俺はアイリスにそう言い残して、奴らに近づいて行こうとすると、アイリスが必死になって止めにかかってくる。

「玄野君。ダメよ。奴らはあれでも、血統至上主義派の導師を家に持つ家系なの。ただでさえ狙われてる貴方が今、出ようものなら彼らの派閥の思う壺だわ」
「……なるほどな。だから、嫌味をたくさん言ってきたのか。理解したよ。うん。理解はした。だけど……どうせ、狙われてるんだ。今から何かしたところで大して変わらねぇ。そうだろ?」

 ……俺は今、物凄く怒ってる。
 別に俺の悪口を言われたからじゃねぇ。
 目標のために頑張ってる奴を親の七光り?
 ふざけるなよ?

 感情が顔に出ていたのだろう。
 アイリスは何かを諦めた様な顔をして、頭を押さえる。

「はぁ~。じゃあ、玄野君。これだけは約束して。この資料庫で暴力沙汰を引き起こさない事。良いわね」
「──ありがとう。アイリス」
「……アリスでいいわ」
「ありがとう。アリス」
 そう言うと、俺はプリン頭の男の元へと近づいていく。

「なぁ。グローブって手袋の代わりになると思うか?」
「は? 何言ってんだ。アンタ」
 意図がわからないのか、先程までとは打って変わった表情を見せる男に、俺はニヤリと口の端を歪ます。

「簡単だ。つまりはこういう事だよ」
 俺は制服のポケットに入れていたスーツのグローブを取り出すと、男の顔面目掛けて投げつける。

「──ブハッ⁉︎ テメェッ! これが如何いうことか分かってんのか?」
「分かってるよ。だから、投げたんだろ? さあ、拾えよ。クソ野郎」
 この件が後々、大問題へと発展するのだが、今の俺には知る由もなかった。

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