忘却の時魔術師

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第一部 第二章「最悪の夜獣・後編」

第29話 加速する闘い

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 side:玄野零

 建物の瓦礫が辺りを囲う様に積み重なり、小さな破片やチリが砂煙となって建物内を吹き抜けていく。

 危ねぇ。さっきの雷はヤバかった。
「ふぅー」
 深く呼吸をし、未だ煩く鼓動する心臓を落ち着かせる。

 それにしても……。
 チラリとバケモノの方へと視線を向けると、小さな蒸気の様なものが膝裏辺りから立ち上り、ゆっくりとではあるが、地面につけていた膝を浮かせ、立ち上がり始める。

 膝裏の筋を切ったつもりなのに、立ち上がった……だと?

 ……想定通り。再生持ちだったか。
 今の蒸気が再生している証拠かな?
 まあ、多分そうだろうな。
 そうなってくると。ほんと……。

「……チート過ぎるだろ」
 心の中の声が呟きとなって外に漏れ出る。

 言っても仕方ないことかもしれないけど。言わないと、気が済まない。
 人間の性というやつだ。

 まあ、でも。
 今までのデータから、弱点は何となくだけど、目星はついてる。

「ふぅー」
 もう一度深く息を吐き、体内の魔力が全身に行き渡る様に集中する。

 もう一度だ。──加速アクセルっ!
『ヌッ⁉︎』
 バケモノの驚く声を耳で捉えながら、バケモノに近づき、左肩から心臓を狙って、剣を振り下ろす。

 ……首以外。特に心臓は、弱点だろっ‼︎
 バケモノの皮膚に剣の刃が食い込み、切り傷をその身に刻みつけたその時──。
 甲高い音と共に、金属の塊を殴りつけたかの様な衝撃が反動となって神器を握る手へと伝わってくる。

 ──っ! 硬っ!
 ……なんだ? 何に当たった?

 剣を押し込むが、鋼の塊でも斬っているのかと疑いたくなるほどに刃が進まない。

 クソッ……マズイな。
 そろそろ、加速の効果が切れる。
 一旦距離を取らな……。

 ──っ⁉︎
 バケモノの肉体に沈む剣を引き抜こうとするが、何故か剣が抜けない。

 なんで……って、嘘……だろ。
 俺は視界に映る最悪の光景に言葉を失った。

 切り口から覗く赤い谷間、そこから小さく蒸気を上げながら蠢き、刃に絡みつく肉塊が視界に映り込む。

 こっちは加速してんのに、加速している俺と同等くらいに再生速度が速い……だと?

『フム。コゾウノコユウマジュツハ、スピードケイカ』
「──っ!」
 驚きのあまり、少し気を抜き過ぎていたのかもしれない。背後から聞こえてくるバケモノの声に心臓が止まりそうになる。

 いつの間に……加速の効果は?
 すぐさま、背後のバケモノから離れる様に、バックステップで距離を取る。

『ナニヲソウオドロイタカオヲシテオル? カタマッテイタノハ、コゾウノホウ……イヤ、ソウカ。ダイショウツキカ』

 代償? ……まさか。
 意識を体内へと集中させ、自身の状態について確認すると、加速の効果は既に切れていた。

 まさか、この術。
 使用後に意識まで硬直するのか?
 さっきは気づかなかったけど。
 もしかして、再生速度が速く感じたのも……。

 あり得る。だけど、心臓近くだけは理由にならない。なら……。

『コゾウガ、コユウマジュツヲミセタノニモカカワラズ、ワシガミセナイノハフェアジャナイシノォ』
 バケモノの声に意識が現実へと戻される。

 固有魔術?
 まさか、アイツも……。

『『ガイライソウ凱雷装』』
 バケモノがそう口にした瞬間、周囲の空気が青白く光り、全身の毛がピンと逆立つ。

 電気……いや、雷なのか?
 それを身体に纏った?
 アレがアイツの固有魔術?

『カンガエゴトトハ、ヨユウジャノ』
 近くから聞こえてくるバケモノの声。

 先程まで立っていた場所から消えている。
 なるほど、確かに速い。
 ……だけど。そんなの、予測の範囲!
「『借物の破魔の盾ボロウ・イージス』」
 手元に盾を召喚し、周囲を結界で囲う様に覆う。

『ナルホドノ、ケッカイカ。タシカニイイガ、ワシノマエデハ、カミキレジャノ』
 姿を現したバケモノの拳が結界へと当たり、ヒビを入れていく。

 ──っ! ヤバい。
 かい──。
 盾で身を守りながら、バックステップで再度距離を取ろうとしたその時だった。
 突然盾が壊れ、その衝撃で身体が後ろへと吹っ飛ばされる。

「ゴハッ」
 背筋に鈍い痛みが走り、砂煙が辺りを覆う。
 如何やら、吹っ飛ばされた衝撃で受け身も取れずに瓦礫の山に突っ込んだ様だ。

「はぁ。はぁ。マジで強過ぎるだろ」
 ヒリヒリと痺れる片腕をもう片方の手で覆いながら、フラフラとする脚でその場から立ち上がる。

 速いし、攻撃力は一撃一撃が全てヤバいし、再生能力持ちだし、弱点と思われる心臓は守りが固く、剣では切れない。

 さて、如何する。
 肝心の俺の固有魔術は、使用中は人間とは思えない速度で動けるが、効果が切れた瞬間の代償がデカい。

 正直、勝てる要素が浮かんで来ない。
 でも……。

「……『借物の聖槍ボロウ・ランス』」
 銀色の槍を目の前に創り出し、握りしめる。

 まだ、諦められない。
 息を深く吸い込み、吐き捨てる。

 まだ、全部試してない。
 利き足を下げ、槍を両手でしっかりと持ち、腰を低くする。

 まだ、負けてない!
 ──加速アクセルっ!
 地面を蹴り上げ、砂煙の中を突き進む。

 見つけたっ!
 視線の先にはバケモノの姿。
 走りながら矛先をバケモノの左胸へと合わせる。

 ──貫けぇ!!
 左胸に狙いを定めた鋭い突き。
 加速で速さを増しているのもあり、貫ける。
 そう少しだけ思っていた。

 ……だが。
『イマノハ、アヤウイナ』
 その声と共に槍の進行は止まり、慣性力だけが身体に伝わってくる。

 何で、止まった?
 何で、奴が動いてる?
 まさか、加速が切れたのか?
 いや、切れてない。なら一体……。

『ジャガノ、オワリジャ』
 バケモノがそう言い放った瞬間、顎に白い何かが吸いこまれる様にして入っていき、視界が白く染まる。

「──ガハッ」
 衝撃で脳が揺さぶられ、ビリビリと来る電気的な何かが全身の神経を駆け巡る。
 ただただ重く。痺れる一撃。

 もう……ダメだ。全身が痛い。
 このまま、倒れてしまいたい。倒れて……。
 顎に食らったアッパーカットの衝撃を殺せないまま、後ろへと力無く倒れかかる。

『諦めるのか?』
 星空が視界を占領して、ゆっくりと過ぎていく時間の中、あの子供の声が聞こえてくる。

 だって、もう。立ち上がれない。
 このまま、倒れたい。

『──だろ』

 ……えっ? なんて?

『違うだろ! ここで諦めるのが、玄野零じゃないだろ。約束の為に辛くとも歯を食いしばって耐える。それがお前だろ』
 子供の声、何者かも知らない子供の声。
 普通なら、お前に何が分かるだ。と言ってしまいそうなのに。何でだろうか。何故か、その言葉が酷く心に残った。

 ……そう……だな。
 ありがとう。

 歯を食いしばりながら、後ろへと倒れかけつつある身体を脚を動かす事で、よろけながらも態勢を整える。

 武器は……いいや。
 今はとにかく。

 拳を握り締め、前へと駆けていく。

 ──加速っ‼︎
 前へと突き出されたその加速された拳は、バケモノの顔面へと吸い込まれていく。

『──グッ!』
「まだだ!」
 ──加速っ!
 反対の拳がバケモノの腹に突き刺さる。

『──グホッ⁉︎』
 いけるっ!
 そう思ったその時だった。
 左頬に風が通り過ぎていき、鋭い痛みが走る。

『イイイチゲキ。ジャガ……カッタキニナルニハハヤイゾ?』
 ニヤリと笑うバケモノ。
 よく見れば、身体に纏っている電気が増えている様にも見える。

 あぁ、なるほど。
 コイツ。電気信号も操作してたのか。
 そりゃ、加速の効果があっても、追いつけるはずだ。

 だが……だからといって、俺も負けるわけには……いかないんだよっ‼︎
 頭の中で浮かび上がる加速の術印を何個も何個も重ね合わせる。

 加速の。固有魔術の重ねがけ。
 身体への負担もそうだが、効果が切れた瞬間の代償が如何なるかは想像がつかない。

 だけど……これに賭けるしかない!
 ──加速上昇アクセル・ブーストっ‼︎

「勝負だぁぁ!!」
『オモシロイッ!』
 その言葉を境に、お互いの拳が、拳の嵐がぶつかり合う。

 視覚じゃ捉え切れないほど、速く。そして、数の多い拳の応酬に避ける動きすら見せないまま、お互いに拳を動かし続ける。

 ──まだ、ダメだ。もっと速く。
 もっと速く! もっと……速く未来へっ‼︎

 全体的な限界が近くなってきているのか、アドレナリンを大量に放出している脳みそからは酷い鈍痛がし、筋肉は徐々に熱く、神経はバグり、血管は沸騰直前まで温度が跳ね上がる。

「うおおぉぉぉぉっ!」
 止めんな!
 今、止めたら、動けなくなる。
 だから、動かし続けろ!

 ・・・
 何分? いや、何秒経過しただろうか?

 右拳を振ろうとしたその瞬間、突然、バケモノが地に膝をつけだした。

『ナ……ニ?』
 口から緑色の液体を吐きながら、驚愕とした顔を浮かべるバケモノ。

 やっとだ。やっと……隙が、出来た!
 今しかない。槍を!

「『借物のボロウ・──』」
 右手を前に突き出し、呪文を唱えようとしたその時──。

 ブチっ!
 何かが千切れる音が右腕から聞こえ、集まっていた魔力が霧散していく。

「──え?」
 嘘だろ? なんで、今。
 何で今、限界が来るんだよ。

 右腕の肌の色が徐々に赤黒くなり、激痛が襲いかかる。
「うがぁぁぁ!」
 痛い。死ぬほど痛い。

『魔力回路、ショート。戦闘継続不可。離脱することをお勧めします』
 意識を失う直前、最後に聞こえてきたのは、スーツの機械音声による無慈悲な死刑宣告であった。
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