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第一部 第二章「最悪の夜獣・後編」
第27話 駆け抜ける疾風
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side:椎名詩織
本部の廊下を早足で歩いていると、ニコニコと笑顔を浮かべた男が隣にやって来る。
「何かしら?」
「いやね。君が救護班に自ら手を挙げたって話を耳にしたもんだからさ。今日は僕らにとっての命日か何かかな? なんてね」
「冗談はやめて欲しいわ。マルティン。死ぬのはあなただけで勘弁よ」
「辛辣だね~」
笑いながら隣を歩くボサボサの赤茶髪に眼鏡をかけた白衣姿の男。
彼の名前はマルティン=アンドレイ。
この組織の医療を専門とする部隊の一員であり、私の婚約者でもある。
「それにしても、2番隊副隊長の君が救護班に回って来るって、ホント何があったんだい?」
彼の問いに少しだけ考える。
別に彼を警戒しているわけでは無い。
イラっとさせる発言が偶に傷だけど、信用に足る人物ではある。
でも……。
何処に耳があるかは分からない。
外から見れば、組織として、集団として動いてはいる様には見えるけど……。
一丸では無い。
それが組織の現実だった。
10年前の事もあるし。言えないわね。
「……気分よ」
「……そうかい」
笑いながら私の嘘を軽く流す彼。
こういう所が彼の長──。
「いやー。労働基準法に違反しまくりなブラック医療班に助っ人が来るって最高だよね~。頼りにしてるよ? お姫様?」
肩をポンポンと叩く満面の笑みの彼に、頭の血管が一、二本切れそうになる。
訂正。
長所なんかじゃ無く、ただの腹黒だった。
「殴るわよ?」
「イテテ。残念ながらもう、既に殴ってるよ」
私が満面の笑みで言い返すと、脇腹を抑えながらもニコニコとしている彼。
「あら、ごめんなさい」
「全く。暴力反対だよ。……それで? 例のあの子は大丈夫そうかい?」
長い廊下を抜け、組織の車両が駐車してある場所に到着したその時。今まで笑っていた彼の顔が真顔になる。
「分からないわ」
「そうかい。それじゃあ、無事を祈るしか無いね」
「……そう……ね」
姉からのメールが来たのが数十分前。
キメラ化が起きたのが数分前。
正直、生きているかどうかは分からない。
……零。……凛。
どうにか無事でいて。お願い。
組織の一職員でしか無い私には、こうやって願うことしかできなかった。
・・・
side:アイリス=イグナート
「『風精霊の怒り!』」
『キョクギョクライライ!』
稲妻と暴風がぶつかり合い、雷鳴と爆風が辺り一帯を駆け抜けていく。
また相殺。
衝突の余波によって破壊された天井から瓦礫が落ちていく中、額から流れて来る汗を拭う。
物理攻撃が効かない。
それは精霊の加護を受けた者全員に共通する能力であり、勿論私にも該当する。
ある意味、強い能力だけど。
弱点もある。
それは……魔力切れを起こせば、加護も同時に切れる。
「はぁ。はぁ」
『イキガアガットルノォ。ゲンカイカァ?』
ニヤリと口元を歪めるキメラ。
目に魔力を集中させて周囲の魔力を可視化すると、まだ先程の三分の一までしか減ってないように見える。
私の残りの魔力量は大体2割。
節約して術を発動させていたはずなのに、7割以上使って、あのキメラの魔力を三分の一までしか削れなかった。
殆どが術の相殺。
届いたとしても再生されて回復。
再生で魔力を大分消費するようだけど、それでも元の魔力量が多いから上手くはいかない。
流石はレベル4。
普通のキメラと格が違う。
「まだまだ、限界じゃないわよ」
『ソウカ。ナラ、コレハドウジャ?『ショウライ』』
キメラが腕を上へと上げた瞬間、空が白く染まっていく。
「──っ!」
空から何か来る!
「『風精霊の防壁』」
周りの空気を螺旋状に動かし、高密度に圧縮した風でドーム状の防壁を作り出した瞬間、何かがぶつかる音と共に、螺旋状に渦巻く旋風に稲妻が走る。
──重い。
予想以上に魔力が込められているのか、螺旋状に渦巻く防壁が何度かぐらつく。
このままだと、全て打ち消せない。
もっと魔力を……。
残っている魔力は殆ど無い。
だけど、押し込まれれば、確実に死ぬ。
「──くっ!」
残り1割。これでも、まだ……重い。
考える間もなく、残っている1割も防壁へと注いでいく。
耐えて!
──お願い!
上へと伸ばした手が限界まで達し、力無く下されようとしたその時、防壁にかかっていた重みが消え失せる。
耐えた!
『ホゥ、トドメヲサシテヤロウカトオモッテオゥタガ、タエタカ。ジャガ、オワリジャノ』
キメラが顎を撫でながら、ニヤリと笑った瞬間、首元が突然締まり、息が苦しくなる。
「──ぐっ!」
……しまった。
『カゴガナケレバ、オワリジャノ』
締まる首元に手を持っていき、抗おうとするが、力の差があり過ぎてどうにもならない。
こうなったら……簡易的な魔術で……。
なけなしの魔力を片手に集め、術を使おうとするが……。
ズキリッ!
酷く重い鈍痛が頭の中を走っていく。
「──っ⁉︎」
頭が……痛い。
まさか……このタイミングで。
魔力切れの症状が……。
徐々に強くなっていく首の締まりに視界がボヤけ、意識が遠のおいていこうとした瞬間、見えない何かが、首を掴んでいたキメラの腕を斬り落とし、そのまま何処かへと吹き飛ばしていく。
──え?
今のは……。一体?
姿は見えないのに、その場に残る魔力の残滓が記憶の奥底に眠っていた彼を連想させて来る。
名前も顔も。今じゃ思い出せない彼。
あの災害で死んでしまったはずなのに……。
どうして……。
瓦礫の上にポタポタと濡れた跡が付く中、少し遅れて流れて来た風が涙を拭うかの様にその場を駆け抜けていった。
本部の廊下を早足で歩いていると、ニコニコと笑顔を浮かべた男が隣にやって来る。
「何かしら?」
「いやね。君が救護班に自ら手を挙げたって話を耳にしたもんだからさ。今日は僕らにとっての命日か何かかな? なんてね」
「冗談はやめて欲しいわ。マルティン。死ぬのはあなただけで勘弁よ」
「辛辣だね~」
笑いながら隣を歩くボサボサの赤茶髪に眼鏡をかけた白衣姿の男。
彼の名前はマルティン=アンドレイ。
この組織の医療を専門とする部隊の一員であり、私の婚約者でもある。
「それにしても、2番隊副隊長の君が救護班に回って来るって、ホント何があったんだい?」
彼の問いに少しだけ考える。
別に彼を警戒しているわけでは無い。
イラっとさせる発言が偶に傷だけど、信用に足る人物ではある。
でも……。
何処に耳があるかは分からない。
外から見れば、組織として、集団として動いてはいる様には見えるけど……。
一丸では無い。
それが組織の現実だった。
10年前の事もあるし。言えないわね。
「……気分よ」
「……そうかい」
笑いながら私の嘘を軽く流す彼。
こういう所が彼の長──。
「いやー。労働基準法に違反しまくりなブラック医療班に助っ人が来るって最高だよね~。頼りにしてるよ? お姫様?」
肩をポンポンと叩く満面の笑みの彼に、頭の血管が一、二本切れそうになる。
訂正。
長所なんかじゃ無く、ただの腹黒だった。
「殴るわよ?」
「イテテ。残念ながらもう、既に殴ってるよ」
私が満面の笑みで言い返すと、脇腹を抑えながらもニコニコとしている彼。
「あら、ごめんなさい」
「全く。暴力反対だよ。……それで? 例のあの子は大丈夫そうかい?」
長い廊下を抜け、組織の車両が駐車してある場所に到着したその時。今まで笑っていた彼の顔が真顔になる。
「分からないわ」
「そうかい。それじゃあ、無事を祈るしか無いね」
「……そう……ね」
姉からのメールが来たのが数十分前。
キメラ化が起きたのが数分前。
正直、生きているかどうかは分からない。
……零。……凛。
どうにか無事でいて。お願い。
組織の一職員でしか無い私には、こうやって願うことしかできなかった。
・・・
side:アイリス=イグナート
「『風精霊の怒り!』」
『キョクギョクライライ!』
稲妻と暴風がぶつかり合い、雷鳴と爆風が辺り一帯を駆け抜けていく。
また相殺。
衝突の余波によって破壊された天井から瓦礫が落ちていく中、額から流れて来る汗を拭う。
物理攻撃が効かない。
それは精霊の加護を受けた者全員に共通する能力であり、勿論私にも該当する。
ある意味、強い能力だけど。
弱点もある。
それは……魔力切れを起こせば、加護も同時に切れる。
「はぁ。はぁ」
『イキガアガットルノォ。ゲンカイカァ?』
ニヤリと口元を歪めるキメラ。
目に魔力を集中させて周囲の魔力を可視化すると、まだ先程の三分の一までしか減ってないように見える。
私の残りの魔力量は大体2割。
節約して術を発動させていたはずなのに、7割以上使って、あのキメラの魔力を三分の一までしか削れなかった。
殆どが術の相殺。
届いたとしても再生されて回復。
再生で魔力を大分消費するようだけど、それでも元の魔力量が多いから上手くはいかない。
流石はレベル4。
普通のキメラと格が違う。
「まだまだ、限界じゃないわよ」
『ソウカ。ナラ、コレハドウジャ?『ショウライ』』
キメラが腕を上へと上げた瞬間、空が白く染まっていく。
「──っ!」
空から何か来る!
「『風精霊の防壁』」
周りの空気を螺旋状に動かし、高密度に圧縮した風でドーム状の防壁を作り出した瞬間、何かがぶつかる音と共に、螺旋状に渦巻く旋風に稲妻が走る。
──重い。
予想以上に魔力が込められているのか、螺旋状に渦巻く防壁が何度かぐらつく。
このままだと、全て打ち消せない。
もっと魔力を……。
残っている魔力は殆ど無い。
だけど、押し込まれれば、確実に死ぬ。
「──くっ!」
残り1割。これでも、まだ……重い。
考える間もなく、残っている1割も防壁へと注いでいく。
耐えて!
──お願い!
上へと伸ばした手が限界まで達し、力無く下されようとしたその時、防壁にかかっていた重みが消え失せる。
耐えた!
『ホゥ、トドメヲサシテヤロウカトオモッテオゥタガ、タエタカ。ジャガ、オワリジャノ』
キメラが顎を撫でながら、ニヤリと笑った瞬間、首元が突然締まり、息が苦しくなる。
「──ぐっ!」
……しまった。
『カゴガナケレバ、オワリジャノ』
締まる首元に手を持っていき、抗おうとするが、力の差があり過ぎてどうにもならない。
こうなったら……簡易的な魔術で……。
なけなしの魔力を片手に集め、術を使おうとするが……。
ズキリッ!
酷く重い鈍痛が頭の中を走っていく。
「──っ⁉︎」
頭が……痛い。
まさか……このタイミングで。
魔力切れの症状が……。
徐々に強くなっていく首の締まりに視界がボヤけ、意識が遠のおいていこうとした瞬間、見えない何かが、首を掴んでいたキメラの腕を斬り落とし、そのまま何処かへと吹き飛ばしていく。
──え?
今のは……。一体?
姿は見えないのに、その場に残る魔力の残滓が記憶の奥底に眠っていた彼を連想させて来る。
名前も顔も。今じゃ思い出せない彼。
あの災害で死んでしまったはずなのに……。
どうして……。
瓦礫の上にポタポタと濡れた跡が付く中、少し遅れて流れて来た風が涙を拭うかの様にその場を駆け抜けていった。
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