忘却の時魔術師

語り手ラプラス

文字の大きさ
上 下
18 / 44
第一部 第二章「最悪の夜獣・前編」

第18話 約束

しおりを挟む
 side:玄野零

『準備中。準備中。スーツ充填率58、74、100。起動準備完了しました』
 機械の音声が流れてくるのと同時に、体内の魔力が少しずつ減っていく。

 ──魔力が……減って。
 何だ? まさか、このスーツの影響か?

 スーツを軽く引っ張ってみるが、ゴムのように少し伸びるだけで、何の変化もない。

 何がどうなって……。
 パチンッと音を立てて、戻るスーツに首を傾げていたその時──。

「避けて!」
 ルナの慌てた声が耳を貫く。

 避ける? 何を──。
『『雷撃』』
 白い光が視界の大半を支配する。

 しまっ……。
『敵接近を感知しました。自動緊急回避します』
「──へ? うおっ?」
 機械音声が流れ終わる前に背筋が突然、後ろへと倒れるようにして折れ曲がり、白い電光を放つ拳が目の前を通り過ぎていく。

 身体が勝手に……。
 今のはまさか、このスーツが動かしたのか?
 俺の身体を?

『──チッ』
『緊急回避します』
「──うおっ⁉︎」
 ガクンっと背筋が元に戻ると同時に、今度はバックステップで迫り来る第二の拳を避ける。

 危ねぇ。突然、身体が脊髄反射の勢いで動き回避し始めるから、舌噛みそうになる。

 それに、膝カックンを全身にされているみたいで少し気持ち悪い。

『気持ち悪りぃ動きしやがって』

 気持ち悪いって、それは少し酷くない?
 俺だって、したくてしてるわけじゃないんだけど……。

「はぁ。はぁ」
 目の前のバケモノに文句を言ってやりたい気分なのに、周囲を支配する高密度の殺気にやられてか、ふとした時に呼吸を忘れている。

 スーツを着た事で何とか死は免れてはいるが、自分の中の生物的本能がずっと生きた心地がしない。

 どうにかしないと。このままじゃ、ジリ貧だ。
 せめて、あの速さを……。

『おいおい。今って考え事していてもいいのか?』
 奴の声が必死に対処法を考えていた俺の頭を現実へと引き戻す。
 ……絶望という文字を連れて。

「──っ!」
 何だよ。この魔力。
 目の前で起こる急激な魔力の圧縮。
 それがバケモノの周りで重なり合っていく術印のせいなのかは分からない。

 だけど、ソレを感じ取った瞬間、全身に鳥肌が走った。

『魔力の上昇を感知。回避不可避と推定。防御を推奨』
 グローブから鳴り響く機械の音声が遠く聞こえてくる。

 ヤバい。どうにかしなきゃ。
「はぁ。はぁ」
 鼓動が高鳴り、心拍数が次第に上昇していく。
 今までに感じた事の無い、自身に向けられる“死”を目の前にした未知の感覚。

 ──呼吸が上手く出来ない。
 避けなきゃ、防御をしなきゃ、何かしなきゃいけないのに……脚がすくんで動けない。

 ヤバい。ヤバい!
「──い!」
『『◾️◾️◾️』』
 バケモノの口が動いたのを最後に、視界が真っ白に染まっていく。

 ──ダメだ。死ん……。
 ・・・

「……い」
 誰かの声がする。
 俺は……今、何をしてるんだ?

 身体が重い。
 微妙だけど背中も痛い。
 打ちつけた様な痛みだ。

「……い!」

 ベッドから落ちたのかなぁ。
 まあ、最近はたまにルナが潜り込んでる事も……ルナ?

「──零! しっかりして!」
 ペチペチと頬を叩かれる感覚によって、意識が現実へと戻される。

 押し倒す様な形でこちらに倒れ込んで来ている銀髪の少女。

「……ル──」
 苦痛に歪んだ様な表情を浮かべる彼女に、声をかけようと口を開くが、その声は視界に飛び込んできた光景に打ち消されていく。

 ルナ? 何で……。
 目の前でルナの腕からポタポタと垂れる真っ赤な液体に俺は自分の目を疑った。

「ルナ……その腕」
「大丈夫。擦り傷だから」
 見た感じ腕の傷は深くは無い。
 ルナの言う通り、擦り傷なのだろう。

 それでも、俺が動けなかったばかりにルナが怪我を負う羽目になった事実には変わりなかった。

「零、それよりも──」
『お? 生きていたのか。少し本気だったんだがなぁ』
 声のする方を向くと、ニヤリと笑みを浮かべる奴の周囲にはまだ2つも先と同じ術印が残っている。

 ……さっきのがまだ2つも。
“絶体絶命”。その言葉が脳裏を過ぎる。

『さっきは当て損ねちまったが、今度は当ててやるよ。2人仲良くなぁ‼︎』
 バケモノの言葉に反応するように奴の周囲の術印は白く輝き、魔力を貯め始める。

 ダメだ。もう。
「──させない。『Form形態 change変化』」
 ルナの言葉に反応するように、すぐ近くの地面に落ちていた銀剣は眩い光を放つ。

「『typeタイプ Shieldシールド』」
 白い光の中から姿を現した1つの盾は、持ち主であるルナの手元へと戻ってくる。

 ……神器が盾へと姿を変えた?
 目の前で持ち主を守護するように浮いている白い盾。形は変わっても雰囲気は一切変わっていない。

 ……でも。無理だ。
 いくら、ルナの神器が凄いとはいえ、あの一撃に込められた魔力量。そして、あの火力。
 このままじゃ、あの火力に押し負ける。

 不安という名の感情が表情に出ていたのか、ルナは無言で笑いかけてくる。
「大丈夫。安心して。まだ……行けるから! 『神器解放!』」
 突然の魔力の上昇。
 バケモノとルナから放たれる膨大な魔力に肌がビリビリと痺れる。

 普通なら、こんな魔力密度が高い場所にはいたくないのだろう。だけど、今は違った。
 ルナの神器から放たれる魔力がバケモノの魔力を打ち消しているのか、先程まで本能が感じていた恐怖心が消え、心にゆとりが出来る。

 ……暖かい。
 魔力密度は凄いはずなのに。
 ずっとここに居たい。そう思ってしまう。

『消えろぉぉ! 『◾️◾️◾️』』
「『邪を祓う盾聖盾アイギス』」
 ルナとバケモノが叫ぶように呪文を唱えた瞬間、白い閃光と神器から生じたドーム状の結界がぶつかり合い、世界から色が消えた。

 ・・・
 あ、あれ? ここは、何処だ?
 眼を開けると、ただただ白く染まった世界が視界に映り込む。

 確か……ルナの神器とアイツの術が衝突して……。
 もしかして、推し負けたのか?
 だとしたら、ここは……。

「零! 大丈夫?」
 知っている声が背後から聞こえて振り向くと、そこには彼女が立っていた。

「ルナ? ……ルナがここにいるって事は、もしかして──」
「ううん。ここはあの世なんかじゃないよ」
「え? いや、俺たち。あの一撃で死んだんじゃ……ないの?」
 ……まさか、生きているのか?
 走馬灯なんかじゃないよな?

「ここは神器の力で生成した隔離結界。この空間は外部との接触を高密度の魔力で絶っているから、時間の流れも違う」
「それって……」
 某アニメの……。

「そう。仕組み的には精○と時の部屋に近い。だけど、近いってだけで少し違う。ここに居られるのには制限時間がある」
「……制限時間?」
「そう。ここに居れば居るほど、私の魔力が消費されていく。だから、私の魔力がある間は零を守っていられるけど、底を尽きたら、終わり」
 そう淡々と語るルナの表情は何処か重く感じる。

 ……もう打つ手はないのか?
「なあ、ルナ。まさか、このまま籠城ってわけじゃないよな」
 ──元々、ここへ来たのは凛を助ける為だ。
 凛も救えず、助けに来たのに殺され、助けに来てくれたルナを巻き込む。

 そんな事……。
 出来るわけない。

「零が望むなら、籠城でも良い。ただ、策なら2つある。1つは、私1人が奴と戦って倒す。一番メジャーな戦い方。ただ、これは零が隔離結界を解いた瞬間に奴との距離を遠ざけなければいけないのと、建物が崩壊して巻き添えになる可能性がある。もう1つは、確実に奴を倒せる戦い方。だけど、この策はあまり取りたくない」
 ルナは余程その策が嫌なのか、顔を少しだけ顰めた。

「確実にアイツを倒せるなら、後者しかないだろ」
「……いいの? この策は零に相当頑張って貰わなきゃいけないけど……」

 俺に相当な負担がかかる作戦か。
 ここ1週間で、いろんな経験をした。
 それこそ、何度死を身近に感じたか分からないくらいだ。
 今回だって、死を身近に感じ過ぎて、正直怖い。
 逃げられるなら、今すぐにでも家に帰ってベッドに包まりたい。

 でも……でもさ。
 今ここで逃げたら……。今ここでルナ1人を戦わせる選択肢を取れば、俺はあの夜の誓いをドブに捨てることになる。

 だから……。
「……ルナ。あの日、言ったよな。また、動物園に行きたいって。今度は皆で行くんだろ? ならさ。帰る時は皆、一緒だルナ1人で戦わせねぇ
 未だ恐怖を隠し切れてない手を背に隠しながら、精一杯の作り笑顔を作って見せる。

「……零」
 クソ下手くそ笑顔だったんだろう。
 ルナは何処か心配そうだった。

「確実に帰るんだろ? なら、作戦の詳細を話してくれよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます

兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【9話完結】お茶会? 茶番の間違いでしょ?『毒を入れるのはやり過ぎです。婚約破棄を言い出す度胸もないなら私から申し上げますね』

西東友一
恋愛
「お姉様もいずれ王妃になるなら、お茶のマナーは大丈夫ですか?」 「ええ、もちろんよ」 「でも、心配ですよね、カイザー王子?」 「ああ」 「じゃあ、お茶会をしましょう。私がお茶を入れますから」  お茶会?  茶番の間違いでしょ?  私は妹と私の婚約者のカイザー第一王子が浮気しているのを知っている。  そして、二人が私を殺そうとしていることも―――

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

処理中です...