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20 溶ける1

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 コードに促され、二人は玄関ホールから客間へ移動し当然のように並んで腰かける。王太子と同じくコードもまた完璧なエスコートを身に付けているようだ。
 今日のコードは白いシャツにメイフェイア・ローズのスカーフとイングリッシュ・アイビーのベストと同色のズボンと黒いペニーローファーとリラックスした装いだ。奇しくもスカーフの色はリスベスのドレスと同じ色でリスベスの鼓動が高鳴った。

「自分で迎えに行こうと思ったのに、先を越されたよ」

「そうなのね。でも、お二方のお陰で緊張が解けて良かったわ」

「そう? 逆に疲れなかった?」

「王妃様の馬車の中での値踏みする視線は怖かったけどね」

「母上の人を見る目は的確だよ。きっとお眼鏡にかなったんだろうね」

「そうだといいのだけれど。あっでも王妃様の覚えめでたき事は大変そうだから良くないことなのかな?」

「ある意味そうだね。あの二人はほっといてくれないから。まぁそれで救われた事は多々あるよ」

「そうなの? コードが今笑っているということは、あれからそんなに酷い生活ではなかったって事?」

「精神的にはね。身体的にはひどい目にあわされたり死にかけた事は数知れず、だね。見る?」

 そう言うと、コードはカフスを外し袖をまくり右腕を出してリスベスに見せる。そこには古い切創痕が数ヶ所と患部が膨らんだまだ新しい大きな切創があった。

「えっ、大丈夫なの?」

「これが最後の刃物傷だよ。もう半年経ったよ」

「半年って……そんな、最近じゃないの……」

「七歳から十六年耐えた結果、勝って生き残って今がある。後悔してないよ」

「そう……なの……?」

 十六年。長い。そんな長い間のコードの気持ちを思うと胸が詰まる。リスベスがコードを忘れ、のほほんと自分の事しか考えていなかった時間に彼はいつ死ぬかもしれない恐怖と戦っていたのだ。口先での慰めや同情など言えない。言えるわけがない。

 リスベスはコードの右腕に手を掛けると傷口にキスをした。コードはされるがままリスベスを見つめている。
「ごめんなさい。コードがそんな大変な思いをしてたのも知らず、コードの事をすっかり忘れていたわ。あの夜の時だって、初対面だと……」

「ああ、それは仕方ないよ。影でいるために母が亡くなる以前に関わった人間にはすべて忘却魔法が掛けられていたはずだから」

「ええっ! 私、指輪を見つけてから自分がどれだけ薄情な人間なのかとすごく落ち込んだのに! ……そうだわ、指輪これを返さないと。お母様の形見でしょ?」
 今日一番の要件を思い出して、イブニングバックから赤いベルベットの箱を取り出しコードに渡す。

 コードは中の指輪を取り出すと、懐かしそうに目を細め指輪を見つめた。
 リスベスとコードの間の壁が一つ溶けた瞬間だった。



◇◆◇◆
 リスベスがコードの事をすっかり忘れていたのは、リスベスが(天然・鈍感ではありますが)アホの子な訳でなく! 政治的で作為的なことが絡んでいたのです!

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