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逆アイコンタクト
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さて、今日は〇月〇日。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。空も心も雨模様、だけどなぜか愛想笑いという名の笑顔はいっぱし。そんなあなたも、今日は誰とも話したくなーいなんて日もありますよね。お仕事をされている方なら、少なからず心当たりがあるでしょう。学生の皆さんもお父さんお母さんも、きっと一人になりたい時間って誰もがあるのだと思います。人と話すのって面白くて楽しい反面、気疲れもするし面倒だなと感じることも一度や二度じゃありません。だからといって、毎日毎日孤独に過ごすのも寂しい。人間ってわがままな生き物ですよね。自然とないものねだりをしてしまう。
私はそんな日があってもいいじゃないと開き直って、休みの日は家から出ないこともよくありますが、皆さんはいかがでしょう? 家族に職場、そうもいかない人もたくさんいらっしゃることでしょう。短い期間ですが、大学時代、東京でアルバイトをしていたことがあります。駅前の本屋さんで、規模はそれほど大きくなかったですが、夜遅くまで開いていて使い勝手のいいところだったと思います。そこで私がレジをしている時間、ふらふらと一人の男性が店内をぐるりと回って、私の目の前に立ちました。商品を持っているわけでもなく、何かを聞きたいというふうでもない。そうしたら、徐に私に向かって怒鳴り始めたのです。「くそばばあ」みたいなことも言われました。どう考えても20歳そこそこの私より、あなたのほうがおじさんでしょうと思ったのは、当然ながらずっと後のことです。今振り返ってみると、彼の言っていることは支離滅裂で、おそらく私を通して別の誰かを見ていたんだと思います。経理のおばちゃんにネチネチとお小言でもいただいたのかもしれません。家族にも言えず、でも、抑えてもおけない。これまで溜めてきたものが爆発した瞬間だったのでしょう。だからといって何をしてもいいわけじゃありませんが、私がそのおばちゃんと似ていたとか私特有の何かが引き金を引いたのか、それともただ単に立場の弱い店員、しかも私の隣に立っていた男性のほうではなく、女の子である私に言ってきたところをみると、自分には逆らえない人物なら誰でも良かったのかもしれません。ともあれ、私はそんな経験がトラウマになって、東京はなんて怖いところなのとしばらく気分が落ち込みました。そんな人の気持ちわからなくてもいいんだよ、なんて友達には言われましたが、納得できないと私自身が気持ち悪いというか、私が悪いことをしたのかもとずっと引きずってしまうものですから、何かと理由をつけたくなるんですね。大人になればなるほど、人の心を想像することほど無謀で無理なことはないなと思います。けれど決して無意味ではないし、無情でもない。共感する必要はなくても、理解しておけばいつか私の心を保つのにも役立ってくれるはずです。
そんな私ですから、今は私と目を合わせた人がほっと安堵したような顔をしてくれると、とても救われる気持ちになります。接客業に携わっていると、なんとなくこの人が何をしたいかがわかるようになっていきますよね。あ、この人は今質問したいんだろうなとか、この人は何か文句もとい意見を言いたいんだろうなとか。そんな時、後者はともかく、きょろきょろと話かける人を探しているお客さんに、目を合わせてちょっと頷いて見せると、「あのね」なんてほっとしたような、嬉々としたような、そんな感じの顔をするんですね。お客さんにとっても、やっぱり自分が困っていることに気づいてもらえると嬉しいものですよね。レジに店員さんがいなくて、忙しそうに見えると、こっちから話しかけちゃいけないかもと私なんかは思ってしまうので、店員さんから「お待ちくださいね」の一言でもあると安心します。私の存在にちゃんと気づいてくれているんだなと。
以前、職場の同僚とふいに目が合った瞬間があって、「どうしたの?」と聞かれたので「アイコンタクト」と答えたことがあります。体が触れそうなくらい近くにいて、アイコンタクトも何もないと思うのですが、特に理由があって目が合ったわけではなかったので、当時の私はそう答えたのでしょう。アイコンタクトって目を合わせることそのものに意味があるわりに、しようと思ってするものでもないですよね。お互いに意思の疎通があるからこそアイコンタクトは成立するのであって、アイコンタクトをしようと思って相手の顔を見続けるということは、場合によってはあるかもしれませんが、それはもはやジェスチャーに近いのかなと思います。こっちを見て、こっちを向いてっていう一方的なジェスチャーですね。だから、目を合わせようという意識がなかった私から同僚に対する件の視線の見解は、やはりアイコンタクトということになるのでしょう。
目は口ほどに物を言うとよく言います。確かに視線の合わせ方逸らし方ひとつとっても、その時の感情が表れますよね。好きな子を目で追ったり、見たくないものを見て見ぬ振りしたり。言葉にしなくても伝わることって、案外多いものです。中学時代の友達に瞬きがやけにゆっくりな子がいて、その仕草が可愛くて一時期憧れて真似てみたものの、結局、習得はできませんでした。むしろ、目が乾いてぱちぱちと勢いよく瞬きを繰り返してしまう始末です。
そろそろお別れの時間です。今日は誰とも話したくないなんて日は、皆さん誰とも目を合わせないようにするんじゃないでしょうか。授業中に先生に当てられたくない生徒が如く、下を向いて歩いたり、目が合いそうになったら反対側に逸らしたり。いわば、「私はあなたを見ていませんよ」という逆アイコンタクトですね。「あなたに見られたから逸らしたんじゃないですよ」という、自分自身に対する言い訳でもあります。でも、時にはそういう日があってもいいですよね。そういう日があるからこそ、毎日にメリハリができて、私たちは日常を日常的に送ることができているのです。明日からも皆さんの毎日が素敵な日常になりますように。また来週お会いしましょう。深見小夜子でした。
私はそんな日があってもいいじゃないと開き直って、休みの日は家から出ないこともよくありますが、皆さんはいかがでしょう? 家族に職場、そうもいかない人もたくさんいらっしゃることでしょう。短い期間ですが、大学時代、東京でアルバイトをしていたことがあります。駅前の本屋さんで、規模はそれほど大きくなかったですが、夜遅くまで開いていて使い勝手のいいところだったと思います。そこで私がレジをしている時間、ふらふらと一人の男性が店内をぐるりと回って、私の目の前に立ちました。商品を持っているわけでもなく、何かを聞きたいというふうでもない。そうしたら、徐に私に向かって怒鳴り始めたのです。「くそばばあ」みたいなことも言われました。どう考えても20歳そこそこの私より、あなたのほうがおじさんでしょうと思ったのは、当然ながらずっと後のことです。今振り返ってみると、彼の言っていることは支離滅裂で、おそらく私を通して別の誰かを見ていたんだと思います。経理のおばちゃんにネチネチとお小言でもいただいたのかもしれません。家族にも言えず、でも、抑えてもおけない。これまで溜めてきたものが爆発した瞬間だったのでしょう。だからといって何をしてもいいわけじゃありませんが、私がそのおばちゃんと似ていたとか私特有の何かが引き金を引いたのか、それともただ単に立場の弱い店員、しかも私の隣に立っていた男性のほうではなく、女の子である私に言ってきたところをみると、自分には逆らえない人物なら誰でも良かったのかもしれません。ともあれ、私はそんな経験がトラウマになって、東京はなんて怖いところなのとしばらく気分が落ち込みました。そんな人の気持ちわからなくてもいいんだよ、なんて友達には言われましたが、納得できないと私自身が気持ち悪いというか、私が悪いことをしたのかもとずっと引きずってしまうものですから、何かと理由をつけたくなるんですね。大人になればなるほど、人の心を想像することほど無謀で無理なことはないなと思います。けれど決して無意味ではないし、無情でもない。共感する必要はなくても、理解しておけばいつか私の心を保つのにも役立ってくれるはずです。
そんな私ですから、今は私と目を合わせた人がほっと安堵したような顔をしてくれると、とても救われる気持ちになります。接客業に携わっていると、なんとなくこの人が何をしたいかがわかるようになっていきますよね。あ、この人は今質問したいんだろうなとか、この人は何か文句もとい意見を言いたいんだろうなとか。そんな時、後者はともかく、きょろきょろと話かける人を探しているお客さんに、目を合わせてちょっと頷いて見せると、「あのね」なんてほっとしたような、嬉々としたような、そんな感じの顔をするんですね。お客さんにとっても、やっぱり自分が困っていることに気づいてもらえると嬉しいものですよね。レジに店員さんがいなくて、忙しそうに見えると、こっちから話しかけちゃいけないかもと私なんかは思ってしまうので、店員さんから「お待ちくださいね」の一言でもあると安心します。私の存在にちゃんと気づいてくれているんだなと。
以前、職場の同僚とふいに目が合った瞬間があって、「どうしたの?」と聞かれたので「アイコンタクト」と答えたことがあります。体が触れそうなくらい近くにいて、アイコンタクトも何もないと思うのですが、特に理由があって目が合ったわけではなかったので、当時の私はそう答えたのでしょう。アイコンタクトって目を合わせることそのものに意味があるわりに、しようと思ってするものでもないですよね。お互いに意思の疎通があるからこそアイコンタクトは成立するのであって、アイコンタクトをしようと思って相手の顔を見続けるということは、場合によってはあるかもしれませんが、それはもはやジェスチャーに近いのかなと思います。こっちを見て、こっちを向いてっていう一方的なジェスチャーですね。だから、目を合わせようという意識がなかった私から同僚に対する件の視線の見解は、やはりアイコンタクトということになるのでしょう。
目は口ほどに物を言うとよく言います。確かに視線の合わせ方逸らし方ひとつとっても、その時の感情が表れますよね。好きな子を目で追ったり、見たくないものを見て見ぬ振りしたり。言葉にしなくても伝わることって、案外多いものです。中学時代の友達に瞬きがやけにゆっくりな子がいて、その仕草が可愛くて一時期憧れて真似てみたものの、結局、習得はできませんでした。むしろ、目が乾いてぱちぱちと勢いよく瞬きを繰り返してしまう始末です。
そろそろお別れの時間です。今日は誰とも話したくないなんて日は、皆さん誰とも目を合わせないようにするんじゃないでしょうか。授業中に先生に当てられたくない生徒が如く、下を向いて歩いたり、目が合いそうになったら反対側に逸らしたり。いわば、「私はあなたを見ていませんよ」という逆アイコンタクトですね。「あなたに見られたから逸らしたんじゃないですよ」という、自分自身に対する言い訳でもあります。でも、時にはそういう日があってもいいですよね。そういう日があるからこそ、毎日にメリハリができて、私たちは日常を日常的に送ることができているのです。明日からも皆さんの毎日が素敵な日常になりますように。また来週お会いしましょう。深見小夜子でした。
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