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何もないところで躓く

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 さて、今日は〇月〇日。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。花見や歓迎会などでお酒を飲む機会も多くなってきましたね。皆さん、春を満喫していますか? お酒といえば失敗談ですが、どこでも寝てしまうとか、ずっと笑っているあるいは泣いているとか、漫画や小説の中みたいにキス魔になっちゃうなんて方もいるんでしょうか。かくいう私はあまり酔うことがないのですが、お酒が入れば多少は感情の振り幅が大きくなりますね。ある時は笑い上戸、ある時は泣き上戸というふうに、その日の精神状態によって左右されることがあります。とはいえ、記憶をなくすことはないし、二日酔いになることもありません。酔うほど飲んでいないということなのでしょうか。ワインやカクテルを含めて5杯ほど飲んだくらいでは、大概けろっとしています。ちょっと千鳥足になるくらいで、あんまり顔にも出ません。
 ですから、酔っ払いの失敗談なんかを聞いていると、なんだか不思議な気分になります。以前の会社の同僚で、お酒が少しでも入ると人が変わったようにハイテンションになる人がいました。普段はどちらかというとクールというか、無感情というか、怒ってるところを見たことがないし、かといって楽しそうな場面も見たことがありません。でも、ひとたびお酒を摂取すると驚くほど喋るんです。よく笑うし、その場の誰よりもノリがいい。それだけなら良いことですが、次の日は遅刻したり、財布が空っぽだったりしたこともあるそうで。きっと気持ちが大きくなって、全員分奢ってしまったんだろうなんて冷静に振り返っていましたが、奥様からしたら気が気じゃないですよね。独身時代だったからまだよかったようなものの、そりゃ世の男性たちがお小遣い制にもなるわと妙な納得をしてしまいます。
 私はお酒での失敗はそれほどありませんが、むしろシラフの時のほうが数えきれない失敗をしますね。たとえば、何もないところで躓くのは日常茶飯事で、冬になれば一年に一度は必ずド派手に転ぶし、なんだったら冬でなくとも転ぶことがあります。高校生の頃は自転車に乗って駅から学校まで通っていましたから、数々の恥ずかしい失態を犯しました。そうですね、今でも覚えているのは、学校帰りにひとりで電車の時間までの暇つぶしに本屋さんに行った時のことです。もう本屋さん目前で、自転車を降りようとしたら、がくんと先に地面に着いた足がくず折れてそのまま膝をついてしまったんですね。言葉にならない「あ、ちょっ・・・」みたいなことも言ったかもしれません。そうしたら、近くを歩いていたお兄さん方がちょっと笑いを堪えながら「大丈夫ですか?」と言ってきたんです。いや、まぁ大丈夫ですけど。それならいっそド派手に転んだほうがマシかもしれないとまで思いました。見てたとしても、心配してくれたのだとしても、声をかけてほしくない時ってありますよね。私は人がむせているのを見ると、よく思うのですが。むせている状態の時って、「大丈夫?」と聞かれても頷くしかないじゃないですか。今話しかけるなよ、と内心思われているかもしれません。ですから、私はむせ終わった後に声をかけるようにしています。そうすると「しんどかった~」とか「気道に入った~」とかちゃんとした答えが返ってくる。人前でむせた後って恥ずかしいから、言い訳というか弁解というか、ちょっと誤魔化したくなるものじゃないですか。そのきっかけにもなるかなと。私の勝手な想像ですけどね。
 よく転ぶとか何もないところで躓くとか、足首が硬いという話を聞いたことがあります。だから、そういう現象が起こるんだと。大学生時代も体育の授業を受けていて、バレーボールだったのですが、いかんせん久方ぶりのスポーツだったもので、ボールとの距離感が掴めなかったんですね。ボールを追って後ずさっていったら、そのまま後ろにド派手に転びました。周りに友達はいなかったので、とにかくひとりで恥ずかしさと闘う羽目になりました。だからでしょうか。さっきのむせた人への対処法と同じく、他人の恥ずかしさにも敏感でして。同じ体育の授業で、バレーボールを片付ける時に、優しい男の先輩が私が3つもボールを持っているのに気がついて手を貸してくれたんです。部活動では最大6つまで持っていましたから、どうということもなかったのですが、手を差し出されたら無視するわけにもいかないじゃないですか。で、目下の問題は3つのうち何個渡すか、です。結果的に私は2つ渡して、自分で1つ片付けたのですが。たぶん自分で2つ持つほうが人としては正解なのでしょう。でも、男の人の立場に立ったら、女の子より少ない数を持っている上に、見ようによっては渡した女の子つまり私から信用されていないみたいにも取れますよね。ですから、ちょっと悩んだ末に2つ渡すことにしたんです。それで言うと、食事のお会計もそうですよね。男の人が奢るのが当たり前と思っているわけではありませんが、大抵の場合は財布を出すだけに終わることが多いですよね。大事なのは財布を出すタイミングです。レジの前で出せば、店員さんにやり取りを聞かれることになるし、たとえ割り勘だとしても席で済ませるか、店を出てからふたりきりの時に切り出すかのどちらかにするようにしています。
 大学時代の友達が、ほんの少し年上の男性と食事に行った時、奢ってもらえそうな雰囲気だったそうです。でも、悪いと思って財布を出すと、「じゃあ千円だけちょうだい」と言われたと。なるほど、と思いました。大人の男より、大人かもしれないとまで感じましたね。大人の男性は「とりあえず奢っておけば体裁が整う」と考えているはず。ちょっと言い方は意地悪かもしれませんが、年が離れていればいるほど、そうするほうが間違いありませんから。でも、少ししか違わないから故の、こちらの申し訳ないという意図を汲み取って解消してくれた上で、自分が多く払うというのは純粋にかっこいいなと。私は男性ではないですが、食事の会計に限らず、そういう相手を思い遣った考え方ができるようになりたいと思いますね。
 さて、そろそろお別れの時間です。生きていれば恥ずかしい思いをすることってたくさんありますよね。自分でしたことじゃなくても、あるいは真面目に取り組んだ結果でも、なんだか周りには私ってこう見えてたんじゃないの? と振り返って体が熱くなることも往々にしてあります。ありきたりかもしれませんが、失敗は誰にでもありますし、なんなら覚えているのは自分だけで目撃した人もそんなに長く記憶しているわけはないのです。と言いながら、人の恥ずかしい場面を自分がいつまでも覚えていたりすると、あれ、実は私もそうなのかしら? なんて戦々恐々とするものですが。ともあれ、そんなことをいちいち気にしていては生きていけませんから。他人に迷惑をかけたというならそうもいきませんが、自分だけが恥ずかしかったならせめて繰り返さないようにするだけですね。きっとみんな同じですよ。みんな同じように、それぞれの恥ずかしさを乗り越えて生きているんです。あんまり深く考え込んでもいいことはありませんからね。また来週お会いしましょう。深見小夜子でした。



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