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咳払いがエロい
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さて、今日は〇月〇日。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。歓送迎会なども多いこの時期ですが、予定されている方も多いでしょうか。学校や会社は年度末、節目の時期でもありますからね。でもどうしてか、忘年会は年末の12月ですし、新年会は年明けの1月ですよね。それぞれ3月と4月でもいいような気がしませんか? 卒業式や入学式、それと歓送迎会があるからそういった年末年始の行事も別にあるのか、いや、それより何よりただ単にイベントを理由に飲む機会を増やしたいだけという見方もありますね。とはいえ実際には、『年』と『年度』は違うから、という考え方が一般的ですよね。
そもそもどうして、あけましておめでとうという『年』と『年度』は別なのでしょうか。もちろん区切りとしての『年度』の役割はわかりますし、昔からの名残でもあるのでしょうが、いっそ最初から同じにしたほうがわかりやすかったのでは? と思わずにはいられません。
というのも、皆さんも『早生まれ』という概念をご存知のはず。何を隠そう私も『早生まれ』なのですが、意外にもこの『早生まれ』の存在は大人になればなるほど薄れていくものです。『早生まれ』でない人のほうが12ヶ月のうち大半を占めているわけですから当然といえば当然ですが、『早生まれ』の感覚がない人に『私は早生まれ』という説明をいちいちすべきかどうかを常に考えてしまうのです。
たとえば、『同い年』の感覚ですね。『早生まれ』でない人は、生まれ年の同じ人が『同い年』ですよね。『早生まれ』の場合は、生まれ年で言うと一つ若い人たちが『同い年』です。生まれ年が二つ若い人は一つ上で、生まれ年が同じ人は一つ下という感覚なんですね。ラジオでは伝わりにくいかもしれませんが、『早生まれ』の人は基本的にそういう考え方をしているはず。ところが、案外『早生まれ』でない人たちにはこの感覚がうまく伝わらないもので、毎度悩んでしまうのです。
普通「何年生まれ?」と訊かれたら、「◯◯年生まれ」と答えるでしょう。じゃあ「私の後輩のあの子と同い年だよね」と言われると、その人は生まれ年は同じでも私の感覚からすると一つ下なんです。いちいち訂正するのもどうかと思うし、ましてや『早生まれ』の感覚がない人はおそらくあまり重要視しないんだと思います。
気が利く人は『早生まれ?』なんて聞いてくれたりもするんですが、「早生まれだから一つ若い◯◯年生まれと同い年」と答えても、「うーん?」なんて逆に悩ませてしまうこともあります。
大人になったんだから学年関係ないんだし、『早生まれ』なんてどうでもいいじゃんなんて皆さんは思うのかもしれません。でも、私たちは人生の前半、学生時代をずっとそうやって育ってきたのです。今さら「一つ下の子たちを同い年と思え」と言われてもなんだかなぁとなってしまいます。
とはいえ、『早生まれ』の方は皆さん同じ感覚と私は信じておりますが、他の人にはわからないことを逆手にとって損得で自分の都合よく学年と生まれ年を使い分けるなんてこともありますよね。
たとえば、三十路でしょうか。同い年のみんなはもう30歳の年だけど、私はまだ20代でいられるわとか、芸能人のあの子と実は同い年なのよ~とか。
あとは車の運転免許や成人でしょうか。今は18歳で成人式かと思いますが、私の時代はまだ20歳が成人式だったので、『早生まれ』の人はお酒が飲めなかったり、車の免許も18歳からですから誕生日が来るまで正式に免許を取れなかったりするわけですね。得なことも損なこともありますが、私はこの『早生まれ』という感じ、嫌いじゃないです。何でしょうね~。特別ってほどでもないけど、ちょっとだけみんなと違うこの感じ。皆さんもありません?
私はね、身長が低いこともこれと似てる感覚だと思うんですよね。身長が低いって言うとコンプレックスと思われがちなんですが、私は結構おいしいなと思ってて。学生時代はね、身長順に並ぶことも多かったし嫌だったんですけど、高校生くらいになると、あんまり思わなくなりましたね。というのも、私は身長が低いこと以外、特筆すべき事項のない容姿だと思うんです。自虐とか同情して欲しいとかそういうのではなくて、ごくごくフラットな気持ちでね。でも、身長が低いっていうだけでも、人から覚えてもらえるきっかけになるんですよ。「ほらほら、あのちっちゃい子!」みたいな。それってとてもありがたいことだなぁと。私を私として認識してもらえる手がかりがあるのは、生きていく上で強みになると思うんです。『小さいこと』が強みなのではなくて、私自身が「この人は私を見てくれている」と『自覚できること』が強みなんです。
友達からはよくからかわれたりするんですけどね。「マキシ丈のワンピース、引きずっちゃうんじゃないの?」とか。ヒールの高い靴を履いていない時に「背、縮んだ?」とか。もちろん本気じゃなく、私が冗談と受け取る性格だとわかっているからですよ? 一見、失礼だけど、でもそれってね、ちゃんと私のことを見てくれてるってことだと思うんですよ。身長が低いことは体重と違って、自分自身でコントロールできないじゃないですか。・・・いや、まぁ体重も別にどうするつもりもないんですけど。伸びたい縮みたいって言ってもそりゃ無理な話で、この歳になったらというか学生時代からすでに一生付き合う覚悟でしたから、悩んでいてもしょうがないわけです。
だったら少しでも前向きに考えたほうが幸せだし、周りにとっても気持ちがいいですよね。私は小さい、だから何だ!と開き直りましょう。ちなみに、私の声だけを知っていて姿を見たことのない人は、十中八九「イメージと違う」と言います。中には「もっと背の高いすらっとしたお姉さんかと思った」という人もいました。きっとこの大人っぽい低めの声を褒めてくれたのでしょう。悪気があって言う人ではないので、私はポジティブに捉えていますが、時に「それ褒め言葉?」っていう受け取られ方もするので、言葉というのはやっぱり難しいものですよね。
声でいうと、「咳払いがエロい」なんて言われたこともありますね。しかも同年代くらいの女性に。それも実は嬉しいと思っている自分がいるんですけど。「咳払いにそんな概念ある?」とつい聞き返したくなってしまいますよね。大概「声がいい」と言ってくれるのは、面と向かってではなく、電話を通してなので、機械を通すと色っぽく聞こえるのかもしれませんね。ということは、このラジオというお仕事はそんな私にきっと向いているのでしょう。
さて、そろそろお別れの時間です。皆さんも自分がマイノリティだなと思うことあるでしょうか? 私はよくあるのですが。マイノリティでもいいじゃないですか。何も無理してマジョリティに合わせることはありません。コンプレックスを無理やりポジティブに捉えることも、必要以上にネガティブに考えることもないと思います。自分が付き合いやすい距離感で、自分自身とも付き合っていけたらいいですよね。では、また来週お会いしましょう。深見小夜子でした。
そもそもどうして、あけましておめでとうという『年』と『年度』は別なのでしょうか。もちろん区切りとしての『年度』の役割はわかりますし、昔からの名残でもあるのでしょうが、いっそ最初から同じにしたほうがわかりやすかったのでは? と思わずにはいられません。
というのも、皆さんも『早生まれ』という概念をご存知のはず。何を隠そう私も『早生まれ』なのですが、意外にもこの『早生まれ』の存在は大人になればなるほど薄れていくものです。『早生まれ』でない人のほうが12ヶ月のうち大半を占めているわけですから当然といえば当然ですが、『早生まれ』の感覚がない人に『私は早生まれ』という説明をいちいちすべきかどうかを常に考えてしまうのです。
たとえば、『同い年』の感覚ですね。『早生まれ』でない人は、生まれ年の同じ人が『同い年』ですよね。『早生まれ』の場合は、生まれ年で言うと一つ若い人たちが『同い年』です。生まれ年が二つ若い人は一つ上で、生まれ年が同じ人は一つ下という感覚なんですね。ラジオでは伝わりにくいかもしれませんが、『早生まれ』の人は基本的にそういう考え方をしているはず。ところが、案外『早生まれ』でない人たちにはこの感覚がうまく伝わらないもので、毎度悩んでしまうのです。
普通「何年生まれ?」と訊かれたら、「◯◯年生まれ」と答えるでしょう。じゃあ「私の後輩のあの子と同い年だよね」と言われると、その人は生まれ年は同じでも私の感覚からすると一つ下なんです。いちいち訂正するのもどうかと思うし、ましてや『早生まれ』の感覚がない人はおそらくあまり重要視しないんだと思います。
気が利く人は『早生まれ?』なんて聞いてくれたりもするんですが、「早生まれだから一つ若い◯◯年生まれと同い年」と答えても、「うーん?」なんて逆に悩ませてしまうこともあります。
大人になったんだから学年関係ないんだし、『早生まれ』なんてどうでもいいじゃんなんて皆さんは思うのかもしれません。でも、私たちは人生の前半、学生時代をずっとそうやって育ってきたのです。今さら「一つ下の子たちを同い年と思え」と言われてもなんだかなぁとなってしまいます。
とはいえ、『早生まれ』の方は皆さん同じ感覚と私は信じておりますが、他の人にはわからないことを逆手にとって損得で自分の都合よく学年と生まれ年を使い分けるなんてこともありますよね。
たとえば、三十路でしょうか。同い年のみんなはもう30歳の年だけど、私はまだ20代でいられるわとか、芸能人のあの子と実は同い年なのよ~とか。
あとは車の運転免許や成人でしょうか。今は18歳で成人式かと思いますが、私の時代はまだ20歳が成人式だったので、『早生まれ』の人はお酒が飲めなかったり、車の免許も18歳からですから誕生日が来るまで正式に免許を取れなかったりするわけですね。得なことも損なこともありますが、私はこの『早生まれ』という感じ、嫌いじゃないです。何でしょうね~。特別ってほどでもないけど、ちょっとだけみんなと違うこの感じ。皆さんもありません?
私はね、身長が低いこともこれと似てる感覚だと思うんですよね。身長が低いって言うとコンプレックスと思われがちなんですが、私は結構おいしいなと思ってて。学生時代はね、身長順に並ぶことも多かったし嫌だったんですけど、高校生くらいになると、あんまり思わなくなりましたね。というのも、私は身長が低いこと以外、特筆すべき事項のない容姿だと思うんです。自虐とか同情して欲しいとかそういうのではなくて、ごくごくフラットな気持ちでね。でも、身長が低いっていうだけでも、人から覚えてもらえるきっかけになるんですよ。「ほらほら、あのちっちゃい子!」みたいな。それってとてもありがたいことだなぁと。私を私として認識してもらえる手がかりがあるのは、生きていく上で強みになると思うんです。『小さいこと』が強みなのではなくて、私自身が「この人は私を見てくれている」と『自覚できること』が強みなんです。
友達からはよくからかわれたりするんですけどね。「マキシ丈のワンピース、引きずっちゃうんじゃないの?」とか。ヒールの高い靴を履いていない時に「背、縮んだ?」とか。もちろん本気じゃなく、私が冗談と受け取る性格だとわかっているからですよ? 一見、失礼だけど、でもそれってね、ちゃんと私のことを見てくれてるってことだと思うんですよ。身長が低いことは体重と違って、自分自身でコントロールできないじゃないですか。・・・いや、まぁ体重も別にどうするつもりもないんですけど。伸びたい縮みたいって言ってもそりゃ無理な話で、この歳になったらというか学生時代からすでに一生付き合う覚悟でしたから、悩んでいてもしょうがないわけです。
だったら少しでも前向きに考えたほうが幸せだし、周りにとっても気持ちがいいですよね。私は小さい、だから何だ!と開き直りましょう。ちなみに、私の声だけを知っていて姿を見たことのない人は、十中八九「イメージと違う」と言います。中には「もっと背の高いすらっとしたお姉さんかと思った」という人もいました。きっとこの大人っぽい低めの声を褒めてくれたのでしょう。悪気があって言う人ではないので、私はポジティブに捉えていますが、時に「それ褒め言葉?」っていう受け取られ方もするので、言葉というのはやっぱり難しいものですよね。
声でいうと、「咳払いがエロい」なんて言われたこともありますね。しかも同年代くらいの女性に。それも実は嬉しいと思っている自分がいるんですけど。「咳払いにそんな概念ある?」とつい聞き返したくなってしまいますよね。大概「声がいい」と言ってくれるのは、面と向かってではなく、電話を通してなので、機械を通すと色っぽく聞こえるのかもしれませんね。ということは、このラジオというお仕事はそんな私にきっと向いているのでしょう。
さて、そろそろお別れの時間です。皆さんも自分がマイノリティだなと思うことあるでしょうか? 私はよくあるのですが。マイノリティでもいいじゃないですか。何も無理してマジョリティに合わせることはありません。コンプレックスを無理やりポジティブに捉えることも、必要以上にネガティブに考えることもないと思います。自分が付き合いやすい距離感で、自分自身とも付き合っていけたらいいですよね。では、また来週お会いしましょう。深見小夜子でした。
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