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心配の真髄
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刑事の浅葱は、綿貫慈美に叫ばれた言葉を反芻しながら、異様な雰囲気になってしまった会議室を、頭を掻いて誤魔化そうとしていた。
「ちょっと浅葱さん?」
そこへさっきまでここに慈美と一緒にいた女性警察官が戻って来て、睨みつけるように彼に近づいてくる。
「聴取の前に刺激するようなことしないでもらえます?」
「ごめんごめん、まさか怒られるとは思わなくて……俺はもう行くからよろしく伝えておいてよ」
「はあ、まあ話題には出しておきますけど。ちなみに結果報告は必要ですか?」
険のある物言いではあったが、この女性警察官は浅葱と歳も近く、何かと協力的な人物である。きっと言った通りにしてくれるだろう。
ただ、問題なのは慈美の反応であって、彼女からはおそらく良い答えは返ってこない。けれどそれを、見て見ぬふりするのはなんだか違う気がして、浅葱は気が重いながらも頷いた。
かつて、浅葱は、彼女の兄である綿貫千春が重要参考人として挙げられた放火事件を担当していた。
その時から変わっていない自分のデスクに戻ると、あの頃はまだいなかった後輩が声をかけて来た。
「浅葱さん、例の駆け込み女子高生のところ行ってたって本当ですか?」
この後輩は浅葱よりも身長が高く、体格もしっかりしている。ひょろりというほどでもないが、どちらかと言えば細身で頼りなさそうに見えがちな浅葱とは正反対だ。
そして、ことさらに声も大きい。
そこまで広くもない部屋にぎゅうぎゅう押し込まれている刑事たちが、ざわざわとこちらを向いた──のは、ただそういう気がしただけで、ほとんどは無関心に仕事を進めているようだった。
浅葱はため息を吐きながら、後輩を嗜めるニュアンスを含めて呟く。
「なんだよ、駆け込み女子高生って」
「だって噂になってますよ。SNSで知り合った中年男と実際に会って、いざホテルに連れ込まれそうになる前に友達と逃げ出して、SNSを使って彼女たちを探す男の動向を確認しながら、できるだけ人の多い道を通って、夜じゅうかけて家の近くまで帰って来たって言うんですから。でもそのまま帰ったら自分たちの居場所が特定されそうで怖くなって、朝方辿り着いた家の近くの警察署に駆け込んだ、と」
「…………実際はその中年男ってやつは、推し活にご執心な女性のふりして、女子高生に近づいたらしいな」
「ははーん、だから無警戒に会おうとしたわけだ」
「待ち合わせ場所に行ってみたら実は男で、しかも推し活どころか、その推しを貶して自分と遊べと迫ったとか」
「…………それはなんていうか、随分自信ある奴っすね?」
「なんで疑問系なんだよ」
「だって、推し活ってアイドルとか二次元とかが対象なわけでしょ? 推される側として完成されてる彼らと比べて、自分のほうがいいなんて誘い文句……よっぽど自分に自信がないと無理っすよ」
「まぁ、その男からしたら『推される側』の彼らが憎かったってことでもあるんじゃないの? 自分は仕事で毎日汗だくになって、大した楽しみもないっていうのに、彼らはキラキラ輝く世界で、女の子たちにキャーキャー言われてさ。不公平だと感じる奴もいるだろ」
「え、………え、先輩も、もしかして、そういう感情が……?」
「いや、ただの想像」
「……にしては、やけに実感こもってないっすか?」
「そりゃお前の受け取り方次第だろ。まぁ、いくら憎くたって不公平だって、女子高生を騙して誘ってホテルに連れ込んで良い、とはならないけど」
「なんでそんなことするんすかね? 仕事も家庭も、友達もぜーんぶ失うかもしれないじゃないっすか」
「もう、そういうのどうでもいいんだろ。別に無くなってもいいんだよ、全部──たぶんな」
「……それも想像っすか?」
「そう」
「っていうか、家まで帰るのに電車とか使わなかったんすかね? 何も夜じゅう歩いて帰るなんて危険なことしなくても」
「男と連絡を取ってた子が、今どのあたり?って聞かれて逐一SNSのチャット機能?みたいなもんで報告してたんだと。今何駅、今この辺って」
「はぁ~。まぁ女性と思ってたわけですもんね。さもありなんってわけか。そんで帰る時もその路線を使ったら危ないと判断して、夜じゅう歩いて帰ったと? でもそしたら、最寄りの警察署とか交番とかに駆け込めば良かったんじゃ?」
「最初はそう考えたって。けど、男のSNS──まぁ女を騙ってたやつだけど──その中で女子高生がいなくなったって投稿して、一緒に警察官の写真をあげたらしい」
「えっ! でも男なんすよね?」
「警察官には娘がいなくなったとでも偽ったかもしれんし、単にその辺にいるおまわりを撮っただけかもしれん。俺は後者説だな。ともあれ、彼女たちは『これは脅しだ』と感じて、おいそれと近くの警察官には頼れなくなった。けれど、やっぱり怖いからってこの署に来た」
「──それって、もしかして浅葱さんがいるからとかじゃないんすか?」
「…………は?」
「いや、だから。家の近くって言っても、すぐそばじゃないっすよね? わざわざここに来たのは、知り合いの浅葱さんがいるって知ってるからじゃないんですか?」
一瞬、期待を込めて沈黙してみたが、浅葱はすぐに首を振る。
慈美のあの態度を見る限り、それはあり得ないだろう。
彼女たちのしたことは結果的に危機をうまく回避したが、だからといって褒められることでもない。
夜中に他の危険に遭遇しないとは限らないし、むしろもっと怖い目に遭ったかもしれない。
SNSがいかに信用できないかも、嫌というほど身に染みただろう。
「……なんでSNSなんかに出会いを求めたりすんだろうな?」
「え」
「え?」
「いやいや、先輩。それは時代遅れっすよ、おっさんすよ、おっさんの発言──」
「あ?」
「すんません」
「お前は肯定的なのか? ネットでの出会いにさ。マッチングアプリにしたって、新手の出会い系みたいなもんだろ?」
「だから、違いますって。まぁ、そりゃそういうものもそういう面も無きにしも非ずですけどね? 名前に『ソーシャル』ってついてるぐらいっすから、今や俺らの社会に欠かせないツールです。『ネットワーク』っていうのも、『コミュニティ』とか『サークル』とかそういうノリと同じで、正しく使えば楽しいつながりを生み出せるんすよ。けど、法律もルールも破れる穴があるように、SNSにも逸脱の仕方があって、それは法律やルールと違って人それぞれの良心とか裁量とかに任されちゃってるから、無限に存在してしまうんすよ。自分にとってなんでもないことでも、相手にとっては耐えようのない『地雷』かもしれない。相手が逸脱してなくても、自分がSNSの常識に染まれなかったら、それは自分が逸脱してることになるし、なんなら逸脱なんて大袈裟なことは全くなくて、ただ単にそういう物言いが嫌い!ってだけのこともあります」
「要は他人の気持ちを考えられない人間が多いってことだろ」
「そんな簡単な話じゃないっすよ。そりゃ過激な言葉とか人を貶めたり蔑んだりするとか、そういうのは誰が相手でもダメです。けど、一つのことを表すのに使う言葉って無数にあるじゃないですか。自分の感情によっては、否定的に表現することもある。そういう小さな言い回しとか、見え隠れする僅かな感情とか、顔や声がわからないから、コミュニケーションの全てを文字だけに頼ることになって、それが完璧に読み取れることがないから、真面目な人ほど疲れちゃうんすよ。うまく割り切って、SNSとの距離感を上手に図れる人じゃないと、SNSを使いこなすのは難しいっす」
「じゃあ、お前は見知らぬ人と出会って、相手がどういう人間かもわからずに実際に会うことも推奨すると? 犯罪の温床だぞ」
「考え方次第じゃないですかね。アイドルとか二次元とかだと大概が異性のファンですけど、バンドやアーティストなんかだと男女関係なく、SNSで交流するみたいですし。まあ今回みたく同性だから絶対安心ってわけじゃないですけど、自分と同じ趣味を持つ人、同じものに夢中になれる人と話してみたい、話せる環境があるっていうのは一概に悪いことばかりじゃないと思いますよ」
「…………ふうん」
頭ごなしに若者っぽく──というのもある種の偏見かもしれないが──否定するかと思いきや、彼には彼なりの論理があって、それは意外にもしっかりしたものだった。
体格に似合わず──というのもこのご時世アウトかもしれない──繊細な考えを持っているらしく、浅葱は内心驚いていた。
「犯罪の温床とか言いますけど、それで結婚したり、ビジネスパートナー見つけたり、幸せになってる人もいるんですから」
「あぁはいはい。じゃあさ、そんな君に質問」
だからと言って簡単に『はいそうですか』と納得できないのは、やはり自分が歳をとった証拠だろうか。
そんなふうに考えながら、浅葱は目の前の後輩に訊ねた。
「なんすか?」
「SNSで特定の人を見つけることは可能?」
「どういうことっすか?」
「だから、この子を探したいって言ったら、その子のアカウントが見つかる?」
「それは場合によりますね。本名で検索しても、本名を使ったアカウント名でもなければヒットしないでしょうから」
「ふうん。じゃあ、試してみて」
「まあいいですけど。名前は?」
「綿貫千春」
後輩がスマートフォンを操作して、数秒も経たぬうちに、あるアカウントを見せられた。
「この旅雑誌の公式アカウントの、カメラマンをしてるっぽいっすね」
「カメラマン?」
無言で渡されたスマートフォンの画面には、Y県というところの写真が数多く載せられていた。
ありきたりとは言えないが、かと言ってそれほど多くもなさそうな名前である。同性同名とは考えにくい。
それに、何より『写真』という共通点──。
さっき慈美は、『兄はこの2年間、写真を撮っていない』というようなことを言っていた。
けれど、彼はこんなに美しい世界を切り取って、世界中に発信している。
慈美の心境まではわからないが、浅葱が少しほっとしたのは事実だった。
やはり自分が思っているより、慈美が叫んだ言葉は、胸に深く突き刺さっていたらしい。
よかった、彼が写真を手放したのではなくて。
よかった、彼がちゃんと前を向いているようで。
よかった、自分が──。
──彼の生きる世界を奪ったのではなくて。
「ちょっと浅葱さん?」
そこへさっきまでここに慈美と一緒にいた女性警察官が戻って来て、睨みつけるように彼に近づいてくる。
「聴取の前に刺激するようなことしないでもらえます?」
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「はあ、まあ話題には出しておきますけど。ちなみに結果報告は必要ですか?」
険のある物言いではあったが、この女性警察官は浅葱と歳も近く、何かと協力的な人物である。きっと言った通りにしてくれるだろう。
ただ、問題なのは慈美の反応であって、彼女からはおそらく良い答えは返ってこない。けれどそれを、見て見ぬふりするのはなんだか違う気がして、浅葱は気が重いながらも頷いた。
かつて、浅葱は、彼女の兄である綿貫千春が重要参考人として挙げられた放火事件を担当していた。
その時から変わっていない自分のデスクに戻ると、あの頃はまだいなかった後輩が声をかけて来た。
「浅葱さん、例の駆け込み女子高生のところ行ってたって本当ですか?」
この後輩は浅葱よりも身長が高く、体格もしっかりしている。ひょろりというほどでもないが、どちらかと言えば細身で頼りなさそうに見えがちな浅葱とは正反対だ。
そして、ことさらに声も大きい。
そこまで広くもない部屋にぎゅうぎゅう押し込まれている刑事たちが、ざわざわとこちらを向いた──のは、ただそういう気がしただけで、ほとんどは無関心に仕事を進めているようだった。
浅葱はため息を吐きながら、後輩を嗜めるニュアンスを含めて呟く。
「なんだよ、駆け込み女子高生って」
「だって噂になってますよ。SNSで知り合った中年男と実際に会って、いざホテルに連れ込まれそうになる前に友達と逃げ出して、SNSを使って彼女たちを探す男の動向を確認しながら、できるだけ人の多い道を通って、夜じゅうかけて家の近くまで帰って来たって言うんですから。でもそのまま帰ったら自分たちの居場所が特定されそうで怖くなって、朝方辿り着いた家の近くの警察署に駆け込んだ、と」
「…………実際はその中年男ってやつは、推し活にご執心な女性のふりして、女子高生に近づいたらしいな」
「ははーん、だから無警戒に会おうとしたわけだ」
「待ち合わせ場所に行ってみたら実は男で、しかも推し活どころか、その推しを貶して自分と遊べと迫ったとか」
「…………それはなんていうか、随分自信ある奴っすね?」
「なんで疑問系なんだよ」
「だって、推し活ってアイドルとか二次元とかが対象なわけでしょ? 推される側として完成されてる彼らと比べて、自分のほうがいいなんて誘い文句……よっぽど自分に自信がないと無理っすよ」
「まぁ、その男からしたら『推される側』の彼らが憎かったってことでもあるんじゃないの? 自分は仕事で毎日汗だくになって、大した楽しみもないっていうのに、彼らはキラキラ輝く世界で、女の子たちにキャーキャー言われてさ。不公平だと感じる奴もいるだろ」
「え、………え、先輩も、もしかして、そういう感情が……?」
「いや、ただの想像」
「……にしては、やけに実感こもってないっすか?」
「そりゃお前の受け取り方次第だろ。まぁ、いくら憎くたって不公平だって、女子高生を騙して誘ってホテルに連れ込んで良い、とはならないけど」
「なんでそんなことするんすかね? 仕事も家庭も、友達もぜーんぶ失うかもしれないじゃないっすか」
「もう、そういうのどうでもいいんだろ。別に無くなってもいいんだよ、全部──たぶんな」
「……それも想像っすか?」
「そう」
「っていうか、家まで帰るのに電車とか使わなかったんすかね? 何も夜じゅう歩いて帰るなんて危険なことしなくても」
「男と連絡を取ってた子が、今どのあたり?って聞かれて逐一SNSのチャット機能?みたいなもんで報告してたんだと。今何駅、今この辺って」
「はぁ~。まぁ女性と思ってたわけですもんね。さもありなんってわけか。そんで帰る時もその路線を使ったら危ないと判断して、夜じゅう歩いて帰ったと? でもそしたら、最寄りの警察署とか交番とかに駆け込めば良かったんじゃ?」
「最初はそう考えたって。けど、男のSNS──まぁ女を騙ってたやつだけど──その中で女子高生がいなくなったって投稿して、一緒に警察官の写真をあげたらしい」
「えっ! でも男なんすよね?」
「警察官には娘がいなくなったとでも偽ったかもしれんし、単にその辺にいるおまわりを撮っただけかもしれん。俺は後者説だな。ともあれ、彼女たちは『これは脅しだ』と感じて、おいそれと近くの警察官には頼れなくなった。けれど、やっぱり怖いからってこの署に来た」
「──それって、もしかして浅葱さんがいるからとかじゃないんすか?」
「…………は?」
「いや、だから。家の近くって言っても、すぐそばじゃないっすよね? わざわざここに来たのは、知り合いの浅葱さんがいるって知ってるからじゃないんですか?」
一瞬、期待を込めて沈黙してみたが、浅葱はすぐに首を振る。
慈美のあの態度を見る限り、それはあり得ないだろう。
彼女たちのしたことは結果的に危機をうまく回避したが、だからといって褒められることでもない。
夜中に他の危険に遭遇しないとは限らないし、むしろもっと怖い目に遭ったかもしれない。
SNSがいかに信用できないかも、嫌というほど身に染みただろう。
「……なんでSNSなんかに出会いを求めたりすんだろうな?」
「え」
「え?」
「いやいや、先輩。それは時代遅れっすよ、おっさんすよ、おっさんの発言──」
「あ?」
「すんません」
「お前は肯定的なのか? ネットでの出会いにさ。マッチングアプリにしたって、新手の出会い系みたいなもんだろ?」
「だから、違いますって。まぁ、そりゃそういうものもそういう面も無きにしも非ずですけどね? 名前に『ソーシャル』ってついてるぐらいっすから、今や俺らの社会に欠かせないツールです。『ネットワーク』っていうのも、『コミュニティ』とか『サークル』とかそういうノリと同じで、正しく使えば楽しいつながりを生み出せるんすよ。けど、法律もルールも破れる穴があるように、SNSにも逸脱の仕方があって、それは法律やルールと違って人それぞれの良心とか裁量とかに任されちゃってるから、無限に存在してしまうんすよ。自分にとってなんでもないことでも、相手にとっては耐えようのない『地雷』かもしれない。相手が逸脱してなくても、自分がSNSの常識に染まれなかったら、それは自分が逸脱してることになるし、なんなら逸脱なんて大袈裟なことは全くなくて、ただ単にそういう物言いが嫌い!ってだけのこともあります」
「要は他人の気持ちを考えられない人間が多いってことだろ」
「そんな簡単な話じゃないっすよ。そりゃ過激な言葉とか人を貶めたり蔑んだりするとか、そういうのは誰が相手でもダメです。けど、一つのことを表すのに使う言葉って無数にあるじゃないですか。自分の感情によっては、否定的に表現することもある。そういう小さな言い回しとか、見え隠れする僅かな感情とか、顔や声がわからないから、コミュニケーションの全てを文字だけに頼ることになって、それが完璧に読み取れることがないから、真面目な人ほど疲れちゃうんすよ。うまく割り切って、SNSとの距離感を上手に図れる人じゃないと、SNSを使いこなすのは難しいっす」
「じゃあ、お前は見知らぬ人と出会って、相手がどういう人間かもわからずに実際に会うことも推奨すると? 犯罪の温床だぞ」
「考え方次第じゃないですかね。アイドルとか二次元とかだと大概が異性のファンですけど、バンドやアーティストなんかだと男女関係なく、SNSで交流するみたいですし。まあ今回みたく同性だから絶対安心ってわけじゃないですけど、自分と同じ趣味を持つ人、同じものに夢中になれる人と話してみたい、話せる環境があるっていうのは一概に悪いことばかりじゃないと思いますよ」
「…………ふうん」
頭ごなしに若者っぽく──というのもある種の偏見かもしれないが──否定するかと思いきや、彼には彼なりの論理があって、それは意外にもしっかりしたものだった。
体格に似合わず──というのもこのご時世アウトかもしれない──繊細な考えを持っているらしく、浅葱は内心驚いていた。
「犯罪の温床とか言いますけど、それで結婚したり、ビジネスパートナー見つけたり、幸せになってる人もいるんですから」
「あぁはいはい。じゃあさ、そんな君に質問」
だからと言って簡単に『はいそうですか』と納得できないのは、やはり自分が歳をとった証拠だろうか。
そんなふうに考えながら、浅葱は目の前の後輩に訊ねた。
「なんすか?」
「SNSで特定の人を見つけることは可能?」
「どういうことっすか?」
「だから、この子を探したいって言ったら、その子のアカウントが見つかる?」
「それは場合によりますね。本名で検索しても、本名を使ったアカウント名でもなければヒットしないでしょうから」
「ふうん。じゃあ、試してみて」
「まあいいですけど。名前は?」
「綿貫千春」
後輩がスマートフォンを操作して、数秒も経たぬうちに、あるアカウントを見せられた。
「この旅雑誌の公式アカウントの、カメラマンをしてるっぽいっすね」
「カメラマン?」
無言で渡されたスマートフォンの画面には、Y県というところの写真が数多く載せられていた。
ありきたりとは言えないが、かと言ってそれほど多くもなさそうな名前である。同性同名とは考えにくい。
それに、何より『写真』という共通点──。
さっき慈美は、『兄はこの2年間、写真を撮っていない』というようなことを言っていた。
けれど、彼はこんなに美しい世界を切り取って、世界中に発信している。
慈美の心境まではわからないが、浅葱が少しほっとしたのは事実だった。
やはり自分が思っているより、慈美が叫んだ言葉は、胸に深く突き刺さっていたらしい。
よかった、彼が写真を手放したのではなくて。
よかった、彼がちゃんと前を向いているようで。
よかった、自分が──。
──彼の生きる世界を奪ったのではなくて。
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