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心配の真髄
最弱の最強〜終焉〜
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そろそろ見学客たちが戻ってくる頃だ。
綿貫千春の手元にはプリントされた写真が、人数分用意されている。
改めて見ると、大多数の人が期待と不安に満ち溢れた、学校の入学式のような表情をしていた。さすがに入学式よりはみんな笑っているし、楽しそうなのも伝わってくるが、『幻の遺作』や『爆弾騒ぎ』の後ではなんだか何も知らない彼らの存在が、感慨深く千春には映った。
「俺が犯人だと疑った女性は、爆弾とは無関係なんですよね」
「きっと彼女も『幻の遺作』作者のファンだろうね。彼の失踪をどちらかと言うとネガティブに捉えてしまったクチの」
「……どうしてわかるんですか?」
「千春くんの写真の彼女の表情と、ここ──」
風月七緒がそう指差したのは、彼女の鞄だった。
「これね、縁切りのお守りだよ」
「縁切り?」
「うん。失踪から7年目、世間的には死亡者として扱われてもおかしくない年月なんだよ。どれだけ自分にとって大切な人でもね。ううん、大切な人だからこそ、区切りをつけなきゃいけないことだってある。そうじゃないと、前には進めないからね」
「縁切りって、悪いものとの縁を切るってイメージが強いんですけど……」
「それは捉え方次第じゃないかな」
山城優一がそっと口を挟む。
「大切な人との縁──いや、その人への未練をいつまでも断ち切れない自分と、別れたい、決別したい。そう思う気持ちはよくわかる。確かに普通は縁切りって言うと、悪縁や自分に害を齎すもの、あるいは人と離れたいっていうのが一般的な考え方だと思う。でも、それだって最終的な帰結は自分が前を向く為にだよね。そういう意味だとすれば、もう手の届かない人に手を振って、背を向けて、自分は前に進んでいくよ、未来に向かって歩いていくよ、という意思表示、決意表明とも取れる」
山城は実感のこもった声音で、穏やかな笑みを浮かべて、そう語った。
彼は奥さんと死別しているといつか聞いたことがある。言いようのないくらい哀しく辛い経験だったのだろうとわかる。
彼女もそうなのかもしれない。本当は忘れたくないし、お別れもしたくない。でも、そうしないと、いつまでも前には進めないから──。
彼女を含め、ここを訪れた彼らはきっと、今この場所で明かされたほとんど全てのことを永遠に知ることはないだろう。
それでいい、それがいいと千春も思う。
だからこそ、彼らがこの映画村で何を感じ、何を得て、どんな想いでどんな未来を歩むのか──。
果たして『幻の遺作』の作者が、今は映画監督として活躍していることを一体どれくらいの人が知っているのだろう。
そういえば、と千春は思う。
「『幻の遺作』──じゃなくて、『探偵助手の帰還』でしたっけ──ここがそのメインのロケ地って七緒さんは何で知ってたんですか?」
「あぁ、ご夫婦が見ていたネットニュースに書いてあったからね。どうして?」
「ってことはつまり──」
七緒は案内係の女性スタッフを振り返った。
「ご存じだったんですか……?」
「うん、まあ」
「推理作家と映画監督が同一人物、ってことも?」
「まあ」
「というか、むしろなんで今まで同一人物だと認識されてこなかったんですか? 推理作家の時も、容姿で人気が出たと思い込んでいたのであれば、普通に顔も出して活動していたんですよね? 映画監督になったって、顔を見れば気がつく人は気がつくんじゃ──」
「うん。私はここに彼が挨拶に来た時に気がついた」
「何で教えてくれなかったんですか!」
「だって守秘義務があるから。彼がここに来たことを言えば、当然何しに来たのかってことになるでしょ。ここが映画のメインロケ地なんて、新作発表前に口が裂けても言えないわよ」
「彼は映画監督になった時点で、スタッフやキャスト以外の前では必要がない限り名乗らなかったようだしね。中には同一人物だと知っている人もいただろうけれど、もしそれが彼のトラウマだと知っていたらあえて触れようとする人はいなかったかもしれないね」
「守秘義務と言えば──どうして『幻の遺作』が映画化されるなんて噂が立ったんでしょう? それもご夫婦が流したんでしょうか」
「いや、新作発表前に水を差すようなことはしなかったんじゃないですかね。お父様との関係は未だに公になっていないようですが、もし世間に知られてしまった時、問題になりかねませんから」
「じゃあ、どうして──」
「まぁこれは僕の推測ですが。今日ここに訪れている映画好きの方々の中には、撮影期間中にロケ地を見学に行かれる方もいらっしゃるのでは? そうでなくても、自分の近くの街で撮影が行われている、たまたま通りかかった場所で撮影中だったとなれば、ちょっと足を止めてみようかなと思う人だっているかもしれません。僕はその人たちの中に、たまたま推理作家時代の彼を知る人がいたんじゃないかと思います。その人がたとえばSNSか何かでそのことを発信したとする。さすがに内容まではわかりませんが、おそらく推理作家の名前と映画撮影のことくらいは言及したでしょう」
「あぁ、それで尾鰭や背鰭、果ては胸鰭までついて大げさに広まっちゃったわけですね」
「おそらく」
そういえば、『幻の遺作』についても推理作家である父親が投稿したのは、自分が創作した物語の内容をかいつまんだもの。『読者への挑戦』も確かに仄めかしはしたが、それが問題編の末尾につけられていたとか、作品として発表されたとか、そういうことは一切なく、案内係の彼女から聞いた話とは随分様相が違うなと思った。
それもおそらく、人から人へ、ネットの大海原から波に乗っていくうちに、尾鰭と背鰭とついでに胸鰭までつけて広まってしまった結果だろう。
つくづく言葉というものは難しいものである。
やがて、見学客たちがぞろぞろと戻ってきた。
その中には爆破予告の女子大生も、年配の推理作家夫婦の姿もある。
「ありがとうございました」
女子大生は深々と頭を下げた。
言葉少なに、あれから一緒に映画村内を回ったらしい彼の元へ駆けていく。
迷惑をかけたことを心から反省しているように見えたからか、七緒も山城も多くは言葉を交わさなかった。
「私は、弱いから──。あの子、いつもそう言うんです」
彼女と一緒に来た女性が、千春たちのすぐそばでぽつりと呟いた。
「別に何かしてあげられるわけじゃない。後輩だし、同じ境遇でもない自分には、かける言葉も見つからないって。でも、私には強く見えるんですよね。まぁ微妙に皮肉混じってるんですけど。本人に直接伝える勇気はないくせに、でも気づいては欲しくて。ひとりじゃない、私がいるよって言えればいいのに、あの人にとって私ひとりが味方でいたところで何の救いにもならないかもしれないけどって、そう言いながら、爆破予告とかしちゃう子なんです。……でも、本当にただそう伝えたかっただけなんだろうなって、私にはわかるから。あの子が先輩の味方であるように、私もあの子の味方でいようと思います。たぶんあの子はそんなことどうでもいいくらい、彼に夢中だけど」
あはは、と笑う彼女に、七緒が「どうかな」と遠くを見ながら言った。
彼女がその視線に振り向くと、こちらに爆破予告女子が駆け寄ってくるところだった。
「ありがとう、一緒に来てくれて。だめなことはだめ!っていつも言ってくれて。私、馬鹿だし弱い人間だから、隣にいてくれて心強いよ!」
「何言ってんの……急に」
「……先輩と直接話したら、なんか私のしたことって馬鹿げたことだったなって。いつも面と向かって言ってくれるの、こんなにありがたいことだったんだって気がついて。私も、ちゃんと言わなきゃって思ったんだよね」
「……あたしは猪突猛進で怖いものなしのあんたのほうが、あたしより何倍も強いと思うけどね」
「じゃあもうどっちでもいいよ! っていうか、どっちも最弱で、どっちも最強でいいじゃん!」
「なにそれ……」
「先輩がね、俺の心は弱いから、頭の中で爆破とか考えたら強くなれた気がするんだ、って。そんな物騒な想像でしか自分を守れないのはやっぱり弱いけど、そういうのが必要な時もあるって」
「…………それって、あんたにとっての爆弾があたしってこと?」
「んー、まあそうかな!」
「もう、バカ!」
そう言って3人は再び頭を下げ、最後には手を振りながら、もらった写真を交換し合って笑い転げて去っていった。
「……いいんですか?」
もっと反省させたほうがいいんじゃ、と千春は思うのだが。
「ま、やったことは良くないけどね。罪を憎んで人を憎まずってところかな、今回は」
「今回はっていうか、七緒さんは大体ずっとそんなスタンスですけどね。あと、山城さんも」
「──自分が誰かに対してできることは、案外少ないってわかっているからね」
寂しげな笑みを浮かべて、それでいて抜かりなく名刺を渡しまくっていた山城が呟く。
その日、3人は午後いっぱいを使ってほとんど貸切状態の映画村を満喫した。
何か特別なことがあるわけじゃない。
むしろこの場所全体が特別だからか、中にいると逆に特別じゃないものがなくて、これがここの普通だという気にさえなるのが不思議に感じられた。
時代劇でよく見る景色を写真に収めながら、千春は空を見上げる。
今も昔も、この空だけは変わらないのだろうか。
どこにでもあるような、東京の、それこそ自分の家の真上とも思えるような、写真にしてしまったら場所などもはや関係がないような、そんな空の写真を捉えて、千春は考える。
誰かの為に何もできないというのは、決して心が弱いということではない。
むしろその想いがあるのだから、きっと誰よりも意志は強いのだろう。
いつか誰かが言っていた。
弱い人なんていない。
人には必ず弱いところがあるだけだと。
どんな人でも、何があっても、心が弱いなんて絶対に言わせない。
逆に言えば、強い人だっていないのだと。
暴力で支配したり、自分本位の意見ばかり並べ立てたり、そういう人は所詮なんちゃってであって、本当に強い人ではない。むしろ弱い部分を見せたくない、隠したい人にこそ見られる傾向なのだと。
自分の、他人の、弱いところを知る人こそ、本当の意味で強く逞しくなれるのだと──。
その日、七緒が選んだ写真は映画村のいくつかのスナップとスタッフたちの集合写真、そして──。
千春の個人的心情で撮った、青空の写真。
『守りたいものがあると、人は強くも弱くもなります。誰かや何かを守りたい、救いたいと思った時、周りが見えなくなることだってあります。時には道を間違えることもあるし、迷ってしまうこともあるでしょう。でも、そんな時空を見上げると、なんだか自分が今、この場所に立っていることが不思議と素晴らしいことだと感じられる。ただここにいること、広い空の下で生きていること。誰かや何かの為にはならないかもしれない。けれど、それだけで救われる人がいて、守られるものがあるかもしれません。『千の選択』と言うのなら、どこにも行かず立ち止まって、空を見上げて、思いを馳せるのもまた、選択肢の一つです。何も守らなくても誰かを救えなくても、せめてこれ以上傷つけずにいられるかもしれない。立ち止まり方にも色々あります、その全てに間違いがないとは言えないけれど、立ち止まって自分を見つめ直した時、誰かや何かに守られていることを実感できるかもしれませんね。私は旅先でよく空を見ます。どこに行っても誰といても同じに見える。だからこそ、その一瞬を大切にしたいと思えるのです。写真も、そして、言葉も同じ。たった一度、その場所でしか紡げない物語を、特別なことが何もなくても、幸せなことが目に見える形で現れなくても。せめて誰も傷つけずに終わりを迎えられたら、これ以上のハッピーエンドはきっとありませんよね』
綿貫千春の手元にはプリントされた写真が、人数分用意されている。
改めて見ると、大多数の人が期待と不安に満ち溢れた、学校の入学式のような表情をしていた。さすがに入学式よりはみんな笑っているし、楽しそうなのも伝わってくるが、『幻の遺作』や『爆弾騒ぎ』の後ではなんだか何も知らない彼らの存在が、感慨深く千春には映った。
「俺が犯人だと疑った女性は、爆弾とは無関係なんですよね」
「きっと彼女も『幻の遺作』作者のファンだろうね。彼の失踪をどちらかと言うとネガティブに捉えてしまったクチの」
「……どうしてわかるんですか?」
「千春くんの写真の彼女の表情と、ここ──」
風月七緒がそう指差したのは、彼女の鞄だった。
「これね、縁切りのお守りだよ」
「縁切り?」
「うん。失踪から7年目、世間的には死亡者として扱われてもおかしくない年月なんだよ。どれだけ自分にとって大切な人でもね。ううん、大切な人だからこそ、区切りをつけなきゃいけないことだってある。そうじゃないと、前には進めないからね」
「縁切りって、悪いものとの縁を切るってイメージが強いんですけど……」
「それは捉え方次第じゃないかな」
山城優一がそっと口を挟む。
「大切な人との縁──いや、その人への未練をいつまでも断ち切れない自分と、別れたい、決別したい。そう思う気持ちはよくわかる。確かに普通は縁切りって言うと、悪縁や自分に害を齎すもの、あるいは人と離れたいっていうのが一般的な考え方だと思う。でも、それだって最終的な帰結は自分が前を向く為にだよね。そういう意味だとすれば、もう手の届かない人に手を振って、背を向けて、自分は前に進んでいくよ、未来に向かって歩いていくよ、という意思表示、決意表明とも取れる」
山城は実感のこもった声音で、穏やかな笑みを浮かべて、そう語った。
彼は奥さんと死別しているといつか聞いたことがある。言いようのないくらい哀しく辛い経験だったのだろうとわかる。
彼女もそうなのかもしれない。本当は忘れたくないし、お別れもしたくない。でも、そうしないと、いつまでも前には進めないから──。
彼女を含め、ここを訪れた彼らはきっと、今この場所で明かされたほとんど全てのことを永遠に知ることはないだろう。
それでいい、それがいいと千春も思う。
だからこそ、彼らがこの映画村で何を感じ、何を得て、どんな想いでどんな未来を歩むのか──。
果たして『幻の遺作』の作者が、今は映画監督として活躍していることを一体どれくらいの人が知っているのだろう。
そういえば、と千春は思う。
「『幻の遺作』──じゃなくて、『探偵助手の帰還』でしたっけ──ここがそのメインのロケ地って七緒さんは何で知ってたんですか?」
「あぁ、ご夫婦が見ていたネットニュースに書いてあったからね。どうして?」
「ってことはつまり──」
七緒は案内係の女性スタッフを振り返った。
「ご存じだったんですか……?」
「うん、まあ」
「推理作家と映画監督が同一人物、ってことも?」
「まあ」
「というか、むしろなんで今まで同一人物だと認識されてこなかったんですか? 推理作家の時も、容姿で人気が出たと思い込んでいたのであれば、普通に顔も出して活動していたんですよね? 映画監督になったって、顔を見れば気がつく人は気がつくんじゃ──」
「うん。私はここに彼が挨拶に来た時に気がついた」
「何で教えてくれなかったんですか!」
「だって守秘義務があるから。彼がここに来たことを言えば、当然何しに来たのかってことになるでしょ。ここが映画のメインロケ地なんて、新作発表前に口が裂けても言えないわよ」
「彼は映画監督になった時点で、スタッフやキャスト以外の前では必要がない限り名乗らなかったようだしね。中には同一人物だと知っている人もいただろうけれど、もしそれが彼のトラウマだと知っていたらあえて触れようとする人はいなかったかもしれないね」
「守秘義務と言えば──どうして『幻の遺作』が映画化されるなんて噂が立ったんでしょう? それもご夫婦が流したんでしょうか」
「いや、新作発表前に水を差すようなことはしなかったんじゃないですかね。お父様との関係は未だに公になっていないようですが、もし世間に知られてしまった時、問題になりかねませんから」
「じゃあ、どうして──」
「まぁこれは僕の推測ですが。今日ここに訪れている映画好きの方々の中には、撮影期間中にロケ地を見学に行かれる方もいらっしゃるのでは? そうでなくても、自分の近くの街で撮影が行われている、たまたま通りかかった場所で撮影中だったとなれば、ちょっと足を止めてみようかなと思う人だっているかもしれません。僕はその人たちの中に、たまたま推理作家時代の彼を知る人がいたんじゃないかと思います。その人がたとえばSNSか何かでそのことを発信したとする。さすがに内容まではわかりませんが、おそらく推理作家の名前と映画撮影のことくらいは言及したでしょう」
「あぁ、それで尾鰭や背鰭、果ては胸鰭までついて大げさに広まっちゃったわけですね」
「おそらく」
そういえば、『幻の遺作』についても推理作家である父親が投稿したのは、自分が創作した物語の内容をかいつまんだもの。『読者への挑戦』も確かに仄めかしはしたが、それが問題編の末尾につけられていたとか、作品として発表されたとか、そういうことは一切なく、案内係の彼女から聞いた話とは随分様相が違うなと思った。
それもおそらく、人から人へ、ネットの大海原から波に乗っていくうちに、尾鰭と背鰭とついでに胸鰭までつけて広まってしまった結果だろう。
つくづく言葉というものは難しいものである。
やがて、見学客たちがぞろぞろと戻ってきた。
その中には爆破予告の女子大生も、年配の推理作家夫婦の姿もある。
「ありがとうございました」
女子大生は深々と頭を下げた。
言葉少なに、あれから一緒に映画村内を回ったらしい彼の元へ駆けていく。
迷惑をかけたことを心から反省しているように見えたからか、七緒も山城も多くは言葉を交わさなかった。
「私は、弱いから──。あの子、いつもそう言うんです」
彼女と一緒に来た女性が、千春たちのすぐそばでぽつりと呟いた。
「別に何かしてあげられるわけじゃない。後輩だし、同じ境遇でもない自分には、かける言葉も見つからないって。でも、私には強く見えるんですよね。まぁ微妙に皮肉混じってるんですけど。本人に直接伝える勇気はないくせに、でも気づいては欲しくて。ひとりじゃない、私がいるよって言えればいいのに、あの人にとって私ひとりが味方でいたところで何の救いにもならないかもしれないけどって、そう言いながら、爆破予告とかしちゃう子なんです。……でも、本当にただそう伝えたかっただけなんだろうなって、私にはわかるから。あの子が先輩の味方であるように、私もあの子の味方でいようと思います。たぶんあの子はそんなことどうでもいいくらい、彼に夢中だけど」
あはは、と笑う彼女に、七緒が「どうかな」と遠くを見ながら言った。
彼女がその視線に振り向くと、こちらに爆破予告女子が駆け寄ってくるところだった。
「ありがとう、一緒に来てくれて。だめなことはだめ!っていつも言ってくれて。私、馬鹿だし弱い人間だから、隣にいてくれて心強いよ!」
「何言ってんの……急に」
「……先輩と直接話したら、なんか私のしたことって馬鹿げたことだったなって。いつも面と向かって言ってくれるの、こんなにありがたいことだったんだって気がついて。私も、ちゃんと言わなきゃって思ったんだよね」
「……あたしは猪突猛進で怖いものなしのあんたのほうが、あたしより何倍も強いと思うけどね」
「じゃあもうどっちでもいいよ! っていうか、どっちも最弱で、どっちも最強でいいじゃん!」
「なにそれ……」
「先輩がね、俺の心は弱いから、頭の中で爆破とか考えたら強くなれた気がするんだ、って。そんな物騒な想像でしか自分を守れないのはやっぱり弱いけど、そういうのが必要な時もあるって」
「…………それって、あんたにとっての爆弾があたしってこと?」
「んー、まあそうかな!」
「もう、バカ!」
そう言って3人は再び頭を下げ、最後には手を振りながら、もらった写真を交換し合って笑い転げて去っていった。
「……いいんですか?」
もっと反省させたほうがいいんじゃ、と千春は思うのだが。
「ま、やったことは良くないけどね。罪を憎んで人を憎まずってところかな、今回は」
「今回はっていうか、七緒さんは大体ずっとそんなスタンスですけどね。あと、山城さんも」
「──自分が誰かに対してできることは、案外少ないってわかっているからね」
寂しげな笑みを浮かべて、それでいて抜かりなく名刺を渡しまくっていた山城が呟く。
その日、3人は午後いっぱいを使ってほとんど貸切状態の映画村を満喫した。
何か特別なことがあるわけじゃない。
むしろこの場所全体が特別だからか、中にいると逆に特別じゃないものがなくて、これがここの普通だという気にさえなるのが不思議に感じられた。
時代劇でよく見る景色を写真に収めながら、千春は空を見上げる。
今も昔も、この空だけは変わらないのだろうか。
どこにでもあるような、東京の、それこそ自分の家の真上とも思えるような、写真にしてしまったら場所などもはや関係がないような、そんな空の写真を捉えて、千春は考える。
誰かの為に何もできないというのは、決して心が弱いということではない。
むしろその想いがあるのだから、きっと誰よりも意志は強いのだろう。
いつか誰かが言っていた。
弱い人なんていない。
人には必ず弱いところがあるだけだと。
どんな人でも、何があっても、心が弱いなんて絶対に言わせない。
逆に言えば、強い人だっていないのだと。
暴力で支配したり、自分本位の意見ばかり並べ立てたり、そういう人は所詮なんちゃってであって、本当に強い人ではない。むしろ弱い部分を見せたくない、隠したい人にこそ見られる傾向なのだと。
自分の、他人の、弱いところを知る人こそ、本当の意味で強く逞しくなれるのだと──。
その日、七緒が選んだ写真は映画村のいくつかのスナップとスタッフたちの集合写真、そして──。
千春の個人的心情で撮った、青空の写真。
『守りたいものがあると、人は強くも弱くもなります。誰かや何かを守りたい、救いたいと思った時、周りが見えなくなることだってあります。時には道を間違えることもあるし、迷ってしまうこともあるでしょう。でも、そんな時空を見上げると、なんだか自分が今、この場所に立っていることが不思議と素晴らしいことだと感じられる。ただここにいること、広い空の下で生きていること。誰かや何かの為にはならないかもしれない。けれど、それだけで救われる人がいて、守られるものがあるかもしれません。『千の選択』と言うのなら、どこにも行かず立ち止まって、空を見上げて、思いを馳せるのもまた、選択肢の一つです。何も守らなくても誰かを救えなくても、せめてこれ以上傷つけずにいられるかもしれない。立ち止まり方にも色々あります、その全てに間違いがないとは言えないけれど、立ち止まって自分を見つめ直した時、誰かや何かに守られていることを実感できるかもしれませんね。私は旅先でよく空を見ます。どこに行っても誰といても同じに見える。だからこそ、その一瞬を大切にしたいと思えるのです。写真も、そして、言葉も同じ。たった一度、その場所でしか紡げない物語を、特別なことが何もなくても、幸せなことが目に見える形で現れなくても。せめて誰も傷つけずに終わりを迎えられたら、これ以上のハッピーエンドはきっとありませんよね』
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