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花柳 都子

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心配の真髄

最弱の最強〜それぞれの想い〜

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 山城優一やまきゆういちは汗を拭きながら、存在するかどうかもわからない爆発物探しを映画村のスタッフと共に続けていた。
 早朝から始めたが、いかんせん敷地が広すぎる。いつまで経っても終わらない。
 敷地内に設置された監視カメラでも確認してくれているが、望みは薄いだろう。そもそも監視の目的として想定されているわけでもない。爆発物を仕掛けるシーンが映っているとは思えない。
 けれど、たとえ人海戦術──とはいえ人数は十人にも満たない──を使ったとしても、この敷地内から爆発物を見つけるのは困難である。それは理解しているつもりだ。
 ただ自分がいてもたってもいられないだけだと自覚している。
 スタッフたちによれば、一般のお客さんが出入りできて爆発物を仕掛けられる場所は限られているという。
 まさかだだっ広い土地のど真ん中に、生身(?)の状態で置いておくわけにもいかないだろう。
 セットの中で見学ができる箇所もあるが、爆発物がある可能性は低いのではないかという。セットには基本触れないのが原則で、犯人からすれば設置の作業を他のお客さんに見咎められる危険性がある。
 無人の時を狙えるかもしれないと山城やまきが粘り、そういうところは一応調べてみることにした。
 あとは完全に人の立ち入りを禁止している場所に関しては、監視カメラもあることから、今回の捜索ではさらりと回るだけにしている。
 結果的に見つからなかったとして、それが本当に『爆発物がないから』なのか、それとも『見つけられていない』だけなのか判断する術は残念ながら山城やまきにはないことが歯痒かった。
 部下のいずみに任せた映画の中の台詞探しとは違って、キリがないからだ。台詞探しももちろん簡単なことではないが、有限であることだけが救いだ。
 そもそもSNSで七緒があの投稿に目を止めたのは、『この近くからの投稿であったこと』と、犯人らしき人物は『映画が好きで台詞に一家言あること』のふたつが大きな理由だ。
 映画好きとくれば、この辺りは話題に事欠かないが、写真に載っていた風景からはこの映画村しかあり得ない。
 とすれば当然、『名場面を再現』という文言からもわかるように、ロケ地に使用されていない映画を引用するとは考えにくい。
 ロケ地としてこの映画村が使われていない作品など、それこそごまんとあってキリがないが、さすがに映画村がロケ地もしくは広げたとしても、県内で撮影された作品に限定していいだろうと、七緒も言っていた。
 山城やまきはまた汗を拭う。
 山間部とはいえ、ビルなどの高い建物は一切なく日光を遮るものは皆無だ。
 ジリジリと首筋や腕を焼いてくる日差しと、まとわりつくような熱気は、街中よりマシとはいえやはり不快ではあって。
 今頃、七緒と千春はどうしているだろうか。
 あのふたりを巻き込みたくはなかったが、特に七緒は一度言い出したら、彼以上の論理でもって説得しないとならないが、あいにく山城やまきにはかなわない相手であることが、この2週間でわかっていた。
 千春は若くて経験も浅いが、彼なりの信念や筋は通っていて、普段は少ない感情表現も彼の撮る写真にはしっかり表れている。山城やまきはいつも見せてもらうのが楽しみだった。彼は──本人にその自覚があるかはわからないが──、きっと自分よりも他人のことを考えて写真を撮っている。
 だから、それを見た人は行ったことのない土地でも、『そこに立つ自分の姿』を想像できる。彼にしかない唯一無二の才能だと思うが、それを彼に伝えるのはなぜか躊躇われた。自分や誰かに指摘されたら、その良さは失われてしまう危うさを持っている。それくらい儚いものだから、より美しさを感じるのだろうと山城やまきは思っている。
 彼らは喜んでと言うべきか、ともあれ嫌な顔ひとつせず協力を申し出てくれた。本当にブツを見つけたとしたら自分が一番危険な役目とはいえ、七緒の推理によれば投稿の主が爆弾を仕掛けたとは思えないというから、手がかりを見つけるとしたらおそらくあのコンビだろうと思う。
 山城やまきは快晴の空を見上げた。
 本来なら梅雨時のはずだが、今年は遅れていて、まだ梅雨入りもしていない。
 腕時計を見ると、そろそろ団体客が来る頃だ。
 きっと時計を外したら、既に腕との境目がわかるくらいに白いだろうなとぼんやり考えながら、山城やまきは爆弾探しを再開する。早くしなければ、見学客たちが追いついてきてしまう。
 雨や雲の気配すらもない今日の空のように、この時間が、何事もなく過ぎればいいと山城やまきはただ願うしかなかった。

 一方、その頃。
 映画村入り口の綿貫千春わたぬきちはるはそわそわと団体客の到着を待っていた。
 さすがにツアーと思われるその中に七緒が急に混ざることはできなかったので、タイミングを見計らって映画大好き一人旅の体で入り込むという。
 早朝からの作業にも関わらず、未だ山城やまきからの連絡はない。爆発物が万が一にも見つかったら、至急ふたり(+いずみその他諸々)に連絡が行く手筈になっている。
 本当にないだけならいいのだが──。
 そう思いながらも、千春は自分がどうしてこの入り口に配置されたのかなんとなく察していた。
 ──もしも本当に爆発物があったら、できるだけ離れていて、被害の少ないところにしてくれたんだと、思う。
 千春はカメラを見つめる。
 自分は今も昔もただ守られてきただけなのかもしれない。
 写真と距離を置くきっかけになったも、カメラを視界に入れないようにしていたも、周りはみな、千春や写真に触れないようにしていた。
 とはいえ、元から友人は少なく、家族とは生活リズムが違っていたから、たまたまそうなっただけかもしれない。それでも、七緒が再びカメラを構える機会をくれなかったら、自分はまだあの頃の写真を見返せず、カメラもいずれ手入れさえせずに埃まみれになっていたかもしれない。
 子供扱いされているとは不思議と思わなかったが、七緒も山城やまきも、そうとは感じさせない自然な対応で、千春を最前線から外してくれた。
 人と関わることが苦手なので、七緒の役割はこなせないにしても、人手が一人でも多いほうがいい山城やまきの手伝いはできたと思う。
 それでも「千春くんの役目だって重要なんだからね」と諭すようにふたりに言われれば、それ以上食い下がるのも野暮に思えて、千春はただ頷くしかなかった。
 やがて、大型バスが到着した。
 がやがやと20人ほどの見学客が降りてくる。
 ──いや、と千春は首を振った。
 七緒も山城やまきも、自分の写真を必要としているだけだ。
 千春はそう考えることにした。
 裏を返せば、それだけ自分の写真を、綿貫千春わたぬきちはるを信用してくれているのだと、そう信じて。
「こんにちは。皆さん本日は遠路はるばるお越しいただいてありがとうございます。実は、今日は私共からのサプライズと致しまして、入場口での記念撮影を行っております。カメラマンは東京からお仕事で来ているプロの方です! ぜひ、いかがですか?」
 映画村のスタッフが少々──いや、かなり大げさに千春のことを紹介するので、慌てて訂正しようと思ったが、七緒や山城やまきのようにさりげなく口を挟むことは叶わず、そのまま団体客の声にかき消されてしまった。
「記念撮影!?」
「していこしていこ!」
「えー、ラッキー!」
 気を取り直した千春は、彼らの言葉に耳を傾けた。するとそういった意外な反応が多々見られた。
 事前に作戦の打ち合わせをした際、そんな簡単に記念撮影に応じてくれるものか、こんな何処の馬の骨ともわからぬカメラマンもどき──に大多数の人には見えるだろう──に?と疑問を持った千春に、七緒は「なんだから、みんな喜んでくれるよ。それに、千春くんは十分カメラマンに見えるし、縁の下の力持ちだからこそ、君の写真はんだよ」と微笑みかけられた。
 確かにカメラマンは表には出ない。表に出るのはあくまで撮った写真たちで、よほど有名な賞関連の展示会や名の知れた一流カメラマンでなければ、世の中に名前を認知されることは少ない。
 プロのカメラマンという触れ込みが、詐欺にあたらないかは気になるが、もうここまで来たらそう見えるように振る舞うしかない。
 正直に言うと、『人物』を撮るのは苦手である。
 どうしても感情が出てしまうからだ。
 自分の、ではなく、被写体となる人たちのである。
 そしてその感情は、写る人全てが同じではない。
 平然を装ったり、笑顔を崩さずにいたり、そういう人が多いものの、意外とレンズの中の彼らは表情豊かに心境を語る。写真に慣れなくて強張る中高年もいれば、嫌い(もしくは好き)な人の隣なのかソワソワする初々しい若者もいる。
 写真に写る時くらい自分の一番姿でいたいと思うのはおそらく万国共通だと思うが、そうもいかないのが人物写真の難しいところなのだ。
 しかも、スタッフが撮るのとは違って『プロのカメラマン』などとプレッシャーをかけられたことで、絶対に失敗できない。
 ──いや待て。これは記念撮影とは名ばかりの、証明写真のようなものだ。たとえ彼らがどんな感情だろうと、自分は淡々と撮ればいい。
 注意することは、目を瞑っている人がいないこと、それから全ての人の顔全体が写っていること、できれば身長や体格がわかること──。
 千春は努めて自分の感情を排除した。そして、意を決して映画村の名前を背に、入り口に並んだ団体客たちをレンズ越しに見る。
 おや、と思った。
 彼らは一様に心から喜んでいる笑顔に見えた。
 千春に見抜けないだけかもしれないが、この記念撮影を楽しんでいることは伝わってくる。
 ──仕方ないか。
 彼らにとってここで撮る一枚は特別だ。
 これがではない。
 この時間、この場所、この景色は人生でたった一度しかない。
 そこでのたった一度きりしかない笑顔を撮り逃すわけにはいかないだろう。
 千春は自分も口角が上がっていることを知る由もなく、シャッターを切った。

 風月七緒かづきななおは、少し離れたところから千春の様子を見て、微笑んでいた。
 やはり彼は、写真を撮っている時が一番生き生きとしている。おそらく彼にその自覚はないし、『楽しい』と思っているかもわからなかったが、少なくとも七緒にはそう見えている。
 彼にはいろいろ注文をつけておいたが、心配しなくても人物写真が特段出来が悪いということはない。彼自身、以前お守りをなくした女子高生たちやいずみの写真を自分から撮ろうとしたこともあったのだ。
 彼の写真には、他人を同調させる力がある。同調といっても、カメラマンである千春と同じ気持ちにさせるのではなく、千春が考える様々な人の想いをそれぞれ感じ取って、自分の思い描く理想や想像を具現化した景色をと感じ、惹き寄せられていくとでも言うべきか。
 何を隠そう、自分もそのひとりなわけだが。
 千春のことを知ったのは、一年ほど前。
 当時、情報収集の一環として始めたSNSだったが、いかんせん慣れぬことで苦戦していた。そんな時、とあるきっかけで仲良くなったのが千春の父親──綿貫千慈わたぬきせんじだった。
 最初の頃はそれぞれの趣味や仕事の話で盛り上がっていた。どちらも全く畑が違ったが、なぜか話のウマは合って、度々SNS上で会話していた。
 後に、彼に高校生の子供が2人いることを知った。千春の妹である長女とは距離感がわからないと言いながら、どちらかと言うとトラブルに巻き込まれやすい息子の千春を案じている様子だった。
 七緒からその理由を訊ねたことはないが、千慈せんじは千春の撮った写真を個人のやり取りで見せてくれた。
 彼が自慢するまでもなく、七緒も感銘を受けた。
 けれど、ある時から当の千春はカメラを持つことがなくなり、あんなに楽しそうだった写真も見ることさえなくなってしまったと、そう語った。
 決して同情の気持ちが全くなかったとは言わない。だが、それ以上に千春の写真をもっと見たかった。今となっては職権濫用かもしれないが、自分の下手くそな写真を載せるより、彼の写真ならSNSで発信する価値と意義があった。
 七緒にとっても、会社にとっても、そして千春自身にとっても──。
 千慈せんじは喜んでくれたが、息子さんの為だけではないですから、と七緒は正直にそう言った。
「千春はね──親バカかもしれないけど、七緒くんだから言うよ──いい子なんですよ。ああいう感じだから、周りには伝わりにくいし、勘違いもされやすい。トラブルにもよく巻き込まれる。でも、家族の誰より他人のことを考えていて、一つのことをやり遂げようって意思のある子でね。昔からそうだった。どんなに小さな事でも、自分が決めたら真っ直ぐに突き進むところがあって。その中でも一番のめり込んでいたのが、写真だったよ」
 初めて顔を見て話した時、それが酒の席だったこともあるかもしれないが、彼は寂しそうにそう呟いた。
 今、千春と行動を共にしてみてもそのことがよくわかる。写真を撮る時のちょっとした周りへの気遣いも、その被写体の選び方一つ取っても、そして撮った写真に込める想いの形も──。
 彼の心は、彼自身が思うほど荒んではいない。
 いや、きっとある出来事で傷ついたことは事実で、それが彼を卑屈にさせているのだろう。
 本当は無理に写真の道に戻すことはなかったかもしれない。時折、カメラを強く握り締めて何かを堪えているような仕草を見かける。
 もしかしたら、まだ晴れないトラウマに悩まされているのかもしれないと思う。七緒としても決して荒療治を望んだわけではない。
 ただ、このSNSに関わる期間は、七緒のアシスタントという大義名分(?)のもと、写真の楽しさを、あの頃の楽しんでいた自分を、否定しないでいて欲しいとそう思っている。
 七緒は写真を撮り終わった団体客たちから数分遅れて到着したふうを装い、千春とは他人のふりをして彼に声をかけた。
「僕も記念に、写真一枚いいですか?」
「──もちろん」
 瞬間驚いたようにハッとしたものの、彼は七緒の写真を撮った。
「はい、こっち見てください。撮りまーす」
 シャッター音が鳴る。
 これも彼と行動を共にするようになって気がついたことだが、彼は「ハイチーズ」や「ハイポーズ」や「笑ってー」などという言葉を使わない。
 以前、自然公園で会ったマダムたちにも同じように声をかけていた。
 ふと気になって聞いてみたことがある。
「『チーズ』も『ポーズ』も、『笑って』も、俺が指示することじゃないかなって、ただそれだけです」
 彼は何でもないことのようにそう答えた。
 写真に写る時、何も笑いたい人だけではないと彼は持論を持っているらしかった。
 確かにそれはそうだ。旅に関しても同じで、楽しいからだけが目的とは限らない。
 それでも、写真を撮られる時、被写体の人物にその意思があるのなら、カメラを見ない人はいないと。写真に写りたくない人ならそもそも、写真を撮られないように立ち回る。たとえ内心では写りたくなくても、写真を撮られる覚悟があるならカメラ目線はしようとする。『笑って』などと違って、カメラマンとして全員のカメラ目線を撮るのはごく自然だし、もしカメラ目線したくない人は、その瞬間に目を逸らせばいい。
 千春は枚数の指定がない限り、よほど変な顔をした女性や、どう考えても目を瞑ろうとしていない人がいた時以外は、自らの意思で撮り直しはしないという。
「それが『写真』だと思うからです」
 と、彼は相変わらず素っ気なく答える。
 言葉足らずにも感じられるが、その時その場所、その一瞬を捉える『写真』の真髄とも言える。
 七緒は「ありがとう」と言って、ひと足先に中に入って行った団体客の後を追う。
 千春はもう一組の団体客を迎え、同じく写真を撮った後、ちらほら訪れる個人客の写真も撮りつつ、スタッフと共に人数分をプリントして、七緒や山城やまきにめぼしい人物を報告する手筈になっている。
 七緒も直接映画村内を回りながら、周囲との会話や仕草などから、何か発見できればふたりにメッセージを送るつもりでいる。
 ──さあ、ここからが本番だ。





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