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心配の真髄
生来の成功
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「ところでおふたりはどんな映画がお好きですか?」
湧き水めぐりからの帰り道、さっきあったことが嘘のように、山城優一が気軽な口調で訊ねる。
「映画ですか」
思案する風月七緒の隣で、綿貫千春は、七緒さんは洋画が好きそうだなぁなどとぼんやり考える。ちなみに、山城は冒険、恋愛、ファミリーなど総じて勇敢で明るい気持ちになれる映画が好きそうである。
「千春くんは?」
「ほとんど観ないですけど、妹に見せられ──あぁいや、妹と一緒に漫画が原作の実写映画を見たことがあります。あとは、自分で観るならSFとか歴史ものとかですかね……」
「時代劇! いいですよねぇ」
食い気味の、というか、もうほとんど千春の語尾に被せる形で山城が声を上げる。
「いや、時代劇とは違う……」
ような気がする。悪を成敗──いわゆる勧善懲悪のようなフィクションの時代劇ではなく、歴史上の出来事を軸とした合戦や事件など、当時の人々の心の動きを描いたものなのだが……。
「私も好きですよ、時代劇!」
とやたら大げさな仕草で頷く山城は、おそらくわざとやっている。
千春が言いたい「そうじゃない」をあえて無視しているようなので、そのことに気がついた千春も無難に「いいですよねー」と返事をすることにした。
「僕も殺陣が好きなので、時代劇はよく観ますよ。それからコメディも好きですし、西部劇に音楽からヒューマンドラマ、お仕事を題材にした映画も好きです」
あっはっは、と唐突に山城が大笑いして、千春はぎょっとする。
七緒は山城の意図を的確に捉えていて──というより千春をだしにして(?)──、おそらく花丸満点の答えを出したのだろう。
「これはこれは、参りました。風月さんがそこまで我が県にお詳しいとは、さすが侮れませんね」
山城のそれは、まるで接待か何かでおべんちゃらを言う太鼓持ちの様相であったが、実際の彼はあまりそういうことをしない、と千春は知っている。
確かにお調子者っぽくはあって、口当たりの良さそうなことを次々出せる性分ではあるのだろうが、あえてわざとらしく振る舞い、冗談っぽい口調に変えてしまうことで、それこそが彼の本心であることを逆に伝えてしまっているのである。
「お気に召しましたか?」
「ええ、それはもう」
まだ笑いの余韻に浸りながら、山城はステアリングを握り直した。
「明日は映画村を見学に行く予定ですが、このY県は映画村以外にも、何かとロケ地になることが多いんですよ。今日訪れた街にも、昨日の港町にもあります。特に映画村は時代劇を撮影するのに適した場所でしてね、頻度や作品数で言えば全国指折りの映画村にはもちろん敵いませんが、きっとおふたりもどこかで観たことのある風景を、実際に目にすることができると思いますよ」
「中に入ることもできるんですか?」
「もちろん。今は撮影期間ではありませんから、映画で使われたセットの見学も可能です」
「『聖地巡礼』ができるというわけですね」
山城は七緒のその言葉には苦笑を返した。
「『聖地巡礼』というには目標が定まり切らないかもしれませんね。映画ですから当然、言ってみれば切り貼りのようなこともしてあります。同じシーンに登場したセットでも、現地に行くと思ったより離れていることもしばしばです。広いが故に『このシーンに出てきたここ!』と特定しづらいのが、『聖地巡礼』誘致に至らない理由かもしれません。映画村以外にも、我が県はPRが決して上手いとは言えませんから、本来ならもっと人気が出そうなところも継続的にお客様をお迎えする準備が足りないと言いますか、観光地として定着するまでにならないのが痛いところです」
「そういった企画や、マップは用意していないんですか?」
「もちろんありますよ。ただ、この作品の『聖地巡礼マップ』と題していても、いかんせん交通の便が悪すぎて、車を運転できない──特に若い方には、現実的でないんですよね」
「なるほど、映画に出ればそれで人気もうなぎのぼり、という簡単な話ではないんですね」
「ええ、残念ながら。それに映画やドラマも流行りに左右されるコンテンツであることは否めません。何年何十年経っても、同じ作品の聖地巡礼を謳っていても進展はなし。現状維持できるならまだしも、多くはそのまま忘れ去られてしまいます。せめて、昨日訪れた『米の保管庫』のように、本来の役割に付随して『映画◯◯の撮影にも使われました!』という触れ込みにできれば良いのですが。売り出しのメインが『ロケ地』だけではなかなか難しいものです」
「バスツアーとかはないんですか?」
「映画の人気にあやかっているうちは盛況ですが、そこを『ロケ地』ではなく『観光地』とするにはいささか心許ないですね」
確かに、映画そのものの人気が落ち着けばバスツアーだって立ち行かなくなる。話が堂々巡りしてしまった。
「──SNSを利用するというのはどうでしょう?」
「ええ、ですからおふたりを──失敬、おふたりのお仕事を利用させていただいています」
山城のまたしても冗談っぽい口調に、七緒が一瞬ぽかんとして、苦笑しながら手を振った。
「すみません、言葉足らずでしたね。例えば、お客さんにその県内のロケ地の写真を載せてもらうんです、SNSに。スタンプラリーのようにして、全てをクリアできたらロケ地に関わるどこかのお店から◯◯をプレゼント!とか。それでなくても、そのロケ地や周辺の指定の場所で何かを買ったら、サービスでもう一つ!とか。──でも、そう考えると、映画だと著作権がありますから、映画関連の商品をプレゼントするわけにはいかないのが悩みどころですね」
「ええ。似たような提案は泉からもあったのですが、実現可能かと言われるとまた話は別でして」
「千春くんはどう?」
「……ロケ地をクイズ形式にしたらどうですかね? ロケ地の写真を載せて、ここがどの作品のどのシーンに出てくるかを、SNSやホームページで公開する。それを当てられたら◯◯プレゼント!とか。それがわからなくても、実際に訪れて写真を撮ったら◯◯プレゼント!とか」
「映画にも詳しくなって、ロケ地も自分で調べることで愛着が湧くから、より深く知ってもらえるかもしれないね」
「家にいながらできるのはいいかもしれないね。ただ──」
「やっぱりネックになるのは、映画の著作権だね。それに他の作品とごちゃ混ぜにしての宣伝になるから、許可をもらえるかどうかも……」
「ええ。あとは、まぁこれを私が言うのも本末転倒と言いますか、なんだか己の無力さを感じてしまって些か辛いのですが、我が県にそのくらいの熱量を持ってくれる方がどれくらいいるか、というところも難儀な点です」
思わず納得の声を出しかけたが、慌てて飲み込んだ。
山城の前だからというのでは決してないが、千春もこの1週間とちょっとで、Y県には少なからずお世話になっている。愛着もある。
Y県の良さをより多くの人に知って欲しいからこそ、より多くの人が抱くであろう印象を払拭する術がないことに、落胆してしまっただけだ。Y県や山城の仕事を揶揄する意図は一切ない。
「失礼ですが、スマホで調べさせてください」
七緒は運転中の山城に断って、スマートフォンで何かを検索し始めた。
「何してるんですか?」
「『Y県』『映画』『観光』なんかのキーワードを入れて、SNS上で検索してるんだよ」
そういえば以前もその方法で、悪戯を仕掛けようとしていた人物の裏アカウントを突き止めていた。
「あ。もしかして、今日の──」
サンテレのADとかいう男の裏アカウントを探し出したのも、その手法に違いない。
「あの時は焦ったけどね。山城さんが時間を稼いでくれたおかげで、なんとか探し出せたよ。彼がよっぽど仕事に執着しているんだろうっていうのも、裏アカウントの名前や投稿なんかでよくわかったから」
だから、『職場に知られる』とか『その仕事だけが夢を叶える道じゃない』とか、そういうような言葉を使って、彼を説得したのか──。
千春がひとり納得していると、七緒が細い指で画面をスクロールさせながら口を開く。
「『行ってみたいけど遠い』、『聖地ってほどのインパクトがない』、『他に行きたいところがない』などの意見が多いですね」
「やっぱりそうですよね。観光地として定着しているところも当然ありますが、山・川・海、湧き水など人の手が大きく加わっていないところが多いです。あとは、元から人々の関心と人気が高い温泉や水族館、パワースポットなどでしょうか。その中に映画も入るとは思いますが、やはりひとつの作品で捉えてしまうとどうしても生物ですからね、ロケ地単体として売り出していくのは厳しいかもしれません」
「できるとすれば、他の人気観光地に付随させて、宣伝がてら立ち寄ってもらうことですが──」
「そもそも興味のない人にとっては、何のこっちゃというだけで、知名度は多少上がるかもしれませんが、観光につながるかどうかはかなり微妙なラインです」
ため息混じりに山城がそう吐き出す。
そんな中、後部座席の七緒はいつの間にかスクロールを止めていて、深く眉間に皺を寄せて画面をじっと見つめている。
「──山城さん。運転中申し訳ありませんが、見ていただきたいものがあります。どこかで休憩しませんか?」
「私に、ですか? わかりました。近くにコンビニがありますから、その駐車場で良ければ」
そう言って山城は、本当にすぐそこのコンビニの、広い駐車場に車を乗り入れた。
都会ではあまり見ないが、Y県では県庁所在地のY市内でもそこそこよく見かける光景だった。
山城が車を停めると、七緒がそっと自分のスマートフォンを差し出す。
「これは──」
息を呑む山城と深刻そうな七緒の顔を交互に見て、千春だけが置いてけぼりを喰らっていた。
察した様子で、山城が千春にもスマートフォンを渡してくれる。
そこにはあるアカウントが表示されていて、写真とともに『名場面を再現するぞ! 明日ここを爆破だー!!!』と書いてある。
七緒が入れた検索ワードと、投稿された写真、ふたりが固まってしまったことから考えると、非常事態であることが、千春にもわかる。
「この写真って……」
「明日見学予定の映画村だよ」
「風月さん、さっきの検索ワードでこれが出てきたんですか?」
投稿だけで言うと、『Y県』の名前も映画のタイトルも、観光に行くというようなことも全く見当たらないのだが──。
「『映画』、『台詞』、『名場面』です。あとは、場所を絞りました」
「場所?」
「投稿された場所を大まかに絞り込むことができて、僕は今Y県にいるから、位置情報をオンにした上で、この近くで投稿した人を探したってことだよ」
「つまり、この人も今──」
画面を指差し、千春は七緒を見る。
彼は頷いた。
「県内か、もしくは、隣県のY県に近いところにいるだろうね」
「これって、『映画』の台詞かなんかなんですよね?」
「──だといいんだけどね。この県内で撮影された作品は大体観たけれど、さすがに台詞までは覚えていないから、あったかどうかわからないんだよ」
「私もさすがにそこまでは──。失礼、泉からです」
山城はふたりに断って、部下の泉からの電話に出た。
「はい、山城──」
「課長! 今、もしかして、コンビニにいます!?」
「え、うん。なんでわかるの?」
「苦情来てますよ、県職員が職務中にコンビニだなんて、って!」
漏れ聞こえてくる泉の言葉に、千春はびっくりしてしまう。
そもそも、パトカーや消防車でもないのに──そうであっても文句を言われる筋合いなどないだろうに──、よく県庁の職員が乗っているとわかったものだ。
「あぁ、すまんすまん。油断したな、悪かった」
「はぁ……気をつけてくださいよ」
「あ、泉。ちょっと待って」
「……なんです?」
「そっちにさ、何か連絡なかった?」
「だから苦情が──」
「いや、その話じゃなくて。例えば、爆破予告とか──」
「はあ?」
例えがなんとも物騒というか非現実的というか、ともあれ泉には心当たりがないらしかった。
「いや、忘れて──じゃなくて、この話、誰にも言わずに覚えといて。後でまた連絡する」
「あ、課長! コンビニは!?」
「今、出るよ」
山城は電話を切り、すみませんと断って、車を出した。
「あの、県庁の職員ってなんで、バレたんですか?」
「たまたま、知り合いがいたんじゃないかな」
「えっ」
そんな都合よく?と千春は思ったが、都会とはまた違う感覚なのかもしれない。とはいえ、ここは県内の海に面した西側の地域、そしておそらく──訛りの感じとして──山城は内陸の出身だ。そんなに知り合いがホイホイいるものだろうか?
「よくある、とは言いませんが、世間は思った以上に狭いものなんですよ」
はは、と珍しく乾いた笑いを漏らしたかと思うと、山城は改まった口調でふたりをバックミラー越しに見た。
「おふたりには申し訳ありませんが、ご協力をお願いします」
湧き水めぐりからの帰り道、さっきあったことが嘘のように、山城優一が気軽な口調で訊ねる。
「映画ですか」
思案する風月七緒の隣で、綿貫千春は、七緒さんは洋画が好きそうだなぁなどとぼんやり考える。ちなみに、山城は冒険、恋愛、ファミリーなど総じて勇敢で明るい気持ちになれる映画が好きそうである。
「千春くんは?」
「ほとんど観ないですけど、妹に見せられ──あぁいや、妹と一緒に漫画が原作の実写映画を見たことがあります。あとは、自分で観るならSFとか歴史ものとかですかね……」
「時代劇! いいですよねぇ」
食い気味の、というか、もうほとんど千春の語尾に被せる形で山城が声を上げる。
「いや、時代劇とは違う……」
ような気がする。悪を成敗──いわゆる勧善懲悪のようなフィクションの時代劇ではなく、歴史上の出来事を軸とした合戦や事件など、当時の人々の心の動きを描いたものなのだが……。
「私も好きですよ、時代劇!」
とやたら大げさな仕草で頷く山城は、おそらくわざとやっている。
千春が言いたい「そうじゃない」をあえて無視しているようなので、そのことに気がついた千春も無難に「いいですよねー」と返事をすることにした。
「僕も殺陣が好きなので、時代劇はよく観ますよ。それからコメディも好きですし、西部劇に音楽からヒューマンドラマ、お仕事を題材にした映画も好きです」
あっはっは、と唐突に山城が大笑いして、千春はぎょっとする。
七緒は山城の意図を的確に捉えていて──というより千春をだしにして(?)──、おそらく花丸満点の答えを出したのだろう。
「これはこれは、参りました。風月さんがそこまで我が県にお詳しいとは、さすが侮れませんね」
山城のそれは、まるで接待か何かでおべんちゃらを言う太鼓持ちの様相であったが、実際の彼はあまりそういうことをしない、と千春は知っている。
確かにお調子者っぽくはあって、口当たりの良さそうなことを次々出せる性分ではあるのだろうが、あえてわざとらしく振る舞い、冗談っぽい口調に変えてしまうことで、それこそが彼の本心であることを逆に伝えてしまっているのである。
「お気に召しましたか?」
「ええ、それはもう」
まだ笑いの余韻に浸りながら、山城はステアリングを握り直した。
「明日は映画村を見学に行く予定ですが、このY県は映画村以外にも、何かとロケ地になることが多いんですよ。今日訪れた街にも、昨日の港町にもあります。特に映画村は時代劇を撮影するのに適した場所でしてね、頻度や作品数で言えば全国指折りの映画村にはもちろん敵いませんが、きっとおふたりもどこかで観たことのある風景を、実際に目にすることができると思いますよ」
「中に入ることもできるんですか?」
「もちろん。今は撮影期間ではありませんから、映画で使われたセットの見学も可能です」
「『聖地巡礼』ができるというわけですね」
山城は七緒のその言葉には苦笑を返した。
「『聖地巡礼』というには目標が定まり切らないかもしれませんね。映画ですから当然、言ってみれば切り貼りのようなこともしてあります。同じシーンに登場したセットでも、現地に行くと思ったより離れていることもしばしばです。広いが故に『このシーンに出てきたここ!』と特定しづらいのが、『聖地巡礼』誘致に至らない理由かもしれません。映画村以外にも、我が県はPRが決して上手いとは言えませんから、本来ならもっと人気が出そうなところも継続的にお客様をお迎えする準備が足りないと言いますか、観光地として定着するまでにならないのが痛いところです」
「そういった企画や、マップは用意していないんですか?」
「もちろんありますよ。ただ、この作品の『聖地巡礼マップ』と題していても、いかんせん交通の便が悪すぎて、車を運転できない──特に若い方には、現実的でないんですよね」
「なるほど、映画に出ればそれで人気もうなぎのぼり、という簡単な話ではないんですね」
「ええ、残念ながら。それに映画やドラマも流行りに左右されるコンテンツであることは否めません。何年何十年経っても、同じ作品の聖地巡礼を謳っていても進展はなし。現状維持できるならまだしも、多くはそのまま忘れ去られてしまいます。せめて、昨日訪れた『米の保管庫』のように、本来の役割に付随して『映画◯◯の撮影にも使われました!』という触れ込みにできれば良いのですが。売り出しのメインが『ロケ地』だけではなかなか難しいものです」
「バスツアーとかはないんですか?」
「映画の人気にあやかっているうちは盛況ですが、そこを『ロケ地』ではなく『観光地』とするにはいささか心許ないですね」
確かに、映画そのものの人気が落ち着けばバスツアーだって立ち行かなくなる。話が堂々巡りしてしまった。
「──SNSを利用するというのはどうでしょう?」
「ええ、ですからおふたりを──失敬、おふたりのお仕事を利用させていただいています」
山城のまたしても冗談っぽい口調に、七緒が一瞬ぽかんとして、苦笑しながら手を振った。
「すみません、言葉足らずでしたね。例えば、お客さんにその県内のロケ地の写真を載せてもらうんです、SNSに。スタンプラリーのようにして、全てをクリアできたらロケ地に関わるどこかのお店から◯◯をプレゼント!とか。それでなくても、そのロケ地や周辺の指定の場所で何かを買ったら、サービスでもう一つ!とか。──でも、そう考えると、映画だと著作権がありますから、映画関連の商品をプレゼントするわけにはいかないのが悩みどころですね」
「ええ。似たような提案は泉からもあったのですが、実現可能かと言われるとまた話は別でして」
「千春くんはどう?」
「……ロケ地をクイズ形式にしたらどうですかね? ロケ地の写真を載せて、ここがどの作品のどのシーンに出てくるかを、SNSやホームページで公開する。それを当てられたら◯◯プレゼント!とか。それがわからなくても、実際に訪れて写真を撮ったら◯◯プレゼント!とか」
「映画にも詳しくなって、ロケ地も自分で調べることで愛着が湧くから、より深く知ってもらえるかもしれないね」
「家にいながらできるのはいいかもしれないね。ただ──」
「やっぱりネックになるのは、映画の著作権だね。それに他の作品とごちゃ混ぜにしての宣伝になるから、許可をもらえるかどうかも……」
「ええ。あとは、まぁこれを私が言うのも本末転倒と言いますか、なんだか己の無力さを感じてしまって些か辛いのですが、我が県にそのくらいの熱量を持ってくれる方がどれくらいいるか、というところも難儀な点です」
思わず納得の声を出しかけたが、慌てて飲み込んだ。
山城の前だからというのでは決してないが、千春もこの1週間とちょっとで、Y県には少なからずお世話になっている。愛着もある。
Y県の良さをより多くの人に知って欲しいからこそ、より多くの人が抱くであろう印象を払拭する術がないことに、落胆してしまっただけだ。Y県や山城の仕事を揶揄する意図は一切ない。
「失礼ですが、スマホで調べさせてください」
七緒は運転中の山城に断って、スマートフォンで何かを検索し始めた。
「何してるんですか?」
「『Y県』『映画』『観光』なんかのキーワードを入れて、SNS上で検索してるんだよ」
そういえば以前もその方法で、悪戯を仕掛けようとしていた人物の裏アカウントを突き止めていた。
「あ。もしかして、今日の──」
サンテレのADとかいう男の裏アカウントを探し出したのも、その手法に違いない。
「あの時は焦ったけどね。山城さんが時間を稼いでくれたおかげで、なんとか探し出せたよ。彼がよっぽど仕事に執着しているんだろうっていうのも、裏アカウントの名前や投稿なんかでよくわかったから」
だから、『職場に知られる』とか『その仕事だけが夢を叶える道じゃない』とか、そういうような言葉を使って、彼を説得したのか──。
千春がひとり納得していると、七緒が細い指で画面をスクロールさせながら口を開く。
「『行ってみたいけど遠い』、『聖地ってほどのインパクトがない』、『他に行きたいところがない』などの意見が多いですね」
「やっぱりそうですよね。観光地として定着しているところも当然ありますが、山・川・海、湧き水など人の手が大きく加わっていないところが多いです。あとは、元から人々の関心と人気が高い温泉や水族館、パワースポットなどでしょうか。その中に映画も入るとは思いますが、やはりひとつの作品で捉えてしまうとどうしても生物ですからね、ロケ地単体として売り出していくのは厳しいかもしれません」
「できるとすれば、他の人気観光地に付随させて、宣伝がてら立ち寄ってもらうことですが──」
「そもそも興味のない人にとっては、何のこっちゃというだけで、知名度は多少上がるかもしれませんが、観光につながるかどうかはかなり微妙なラインです」
ため息混じりに山城がそう吐き出す。
そんな中、後部座席の七緒はいつの間にかスクロールを止めていて、深く眉間に皺を寄せて画面をじっと見つめている。
「──山城さん。運転中申し訳ありませんが、見ていただきたいものがあります。どこかで休憩しませんか?」
「私に、ですか? わかりました。近くにコンビニがありますから、その駐車場で良ければ」
そう言って山城は、本当にすぐそこのコンビニの、広い駐車場に車を乗り入れた。
都会ではあまり見ないが、Y県では県庁所在地のY市内でもそこそこよく見かける光景だった。
山城が車を停めると、七緒がそっと自分のスマートフォンを差し出す。
「これは──」
息を呑む山城と深刻そうな七緒の顔を交互に見て、千春だけが置いてけぼりを喰らっていた。
察した様子で、山城が千春にもスマートフォンを渡してくれる。
そこにはあるアカウントが表示されていて、写真とともに『名場面を再現するぞ! 明日ここを爆破だー!!!』と書いてある。
七緒が入れた検索ワードと、投稿された写真、ふたりが固まってしまったことから考えると、非常事態であることが、千春にもわかる。
「この写真って……」
「明日見学予定の映画村だよ」
「風月さん、さっきの検索ワードでこれが出てきたんですか?」
投稿だけで言うと、『Y県』の名前も映画のタイトルも、観光に行くというようなことも全く見当たらないのだが──。
「『映画』、『台詞』、『名場面』です。あとは、場所を絞りました」
「場所?」
「投稿された場所を大まかに絞り込むことができて、僕は今Y県にいるから、位置情報をオンにした上で、この近くで投稿した人を探したってことだよ」
「つまり、この人も今──」
画面を指差し、千春は七緒を見る。
彼は頷いた。
「県内か、もしくは、隣県のY県に近いところにいるだろうね」
「これって、『映画』の台詞かなんかなんですよね?」
「──だといいんだけどね。この県内で撮影された作品は大体観たけれど、さすがに台詞までは覚えていないから、あったかどうかわからないんだよ」
「私もさすがにそこまでは──。失礼、泉からです」
山城はふたりに断って、部下の泉からの電話に出た。
「はい、山城──」
「課長! 今、もしかして、コンビニにいます!?」
「え、うん。なんでわかるの?」
「苦情来てますよ、県職員が職務中にコンビニだなんて、って!」
漏れ聞こえてくる泉の言葉に、千春はびっくりしてしまう。
そもそも、パトカーや消防車でもないのに──そうであっても文句を言われる筋合いなどないだろうに──、よく県庁の職員が乗っているとわかったものだ。
「あぁ、すまんすまん。油断したな、悪かった」
「はぁ……気をつけてくださいよ」
「あ、泉。ちょっと待って」
「……なんです?」
「そっちにさ、何か連絡なかった?」
「だから苦情が──」
「いや、その話じゃなくて。例えば、爆破予告とか──」
「はあ?」
例えがなんとも物騒というか非現実的というか、ともあれ泉には心当たりがないらしかった。
「いや、忘れて──じゃなくて、この話、誰にも言わずに覚えといて。後でまた連絡する」
「あ、課長! コンビニは!?」
「今、出るよ」
山城は電話を切り、すみませんと断って、車を出した。
「あの、県庁の職員ってなんで、バレたんですか?」
「たまたま、知り合いがいたんじゃないかな」
「えっ」
そんな都合よく?と千春は思ったが、都会とはまた違う感覚なのかもしれない。とはいえ、ここは県内の海に面した西側の地域、そしておそらく──訛りの感じとして──山城は内陸の出身だ。そんなに知り合いがホイホイいるものだろうか?
「よくある、とは言いませんが、世間は思った以上に狭いものなんですよ」
はは、と珍しく乾いた笑いを漏らしたかと思うと、山城は改まった口調でふたりをバックミラー越しに見た。
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