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心配の真髄
先達の船頭
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綿貫千春と風月七緒は、車で降船場に向かうという山城優一の気遣いで、ふたりで舟下りに出発した。
平日お昼前ということもあり、乗船客は少ない。
ふたりの他には3人のマダムがいるだけだったが、彼女たちが何ともまあ賑やかで、訛りの強い船頭さんの案内に大笑いし、ふたりが東京から来たとわかると、さらに強い訛りで通訳してくれようとする。そして、また「そんなのわかんないでしょ~!」というようなことを叫んで笑い転げる。
「『船頭多くして船山に上る』ということわざがあります。お兄さん、意味はわかりますか?」
千春は方言混じりに聞かれ、ふるふると首を横に振る。質問だからか、易しい訛りにしてくれたようで、正しく聞き取れたものの、あいにく不勉強で意味を知らない。
「確か、指示する人が多いと見当はずれの方向に進んでしまう、みたいな意味ですよね」
代わりに七緒が答える。
「ええええ、その通りです。ここはね、山が多いですから、船頭は多くなくても、下りも上りも進んでいるだけでどこかの山に登れてしまいそうで、困りますよ。『船頭さん、迷子なの?』なんて。これが正しい方向だと言っても、東京から来たお兄さん方のようなお客さんばかりだと、誰も信じてくれないかもしれませんね」
「行くところが海だって山だって川だって別に変わらないわよねえ」
「あら、川だったら全然進んでないじゃない!」
「そんなこと言ったら山なんて戻ってるじゃないの」
「進むも地獄、退くも地獄なら、現状維持だって大事でしょう! ねえ?」
マダムたちの勢いによるものか、それとも何か思うところがあるのか、話を振られた七緒はらしくなく曖昧に頷くに留めた。
気に留めたふうもなく談笑を続けるマダムたちに、船頭さんが声をかける。
「お客さん、進むも退くも地獄と決めつけたらいけませんよ。いいことも、悪いこともあるんですから」
「あら、いいことだけとは言い切ってくれないの」
「嘘はつけませんから」
「そうよねぇ。現状維持なら安心とも限らないものねぇ」
などと、彼らが言っていることの半分くらいは意訳になったものの、終始気軽な会話という感じではあって、千春も七緒も時に加わり、時にBGMにして、舟旅を楽しんだ。
船頭さんはさすが案内も堂に入っていて、マダムたち含めゆったりした訛りも聞き取りやすかったのが印象的だった。
新緑の景色と、快晴の空を映す川はとても美しく、雄大な自然を感じさせる。ここは県内をほぼ縦断するような形で流れる河川で、この辺りまで来るともう河口に近づいてきているらしい。確かに川幅も広く、このまま海に注ぎ込むと言われても頷ける迫力がある。
それでいて時間の流れはゆっくりで、大きく息を吸い込むと、おいしい空気が肺を満たしてくれる。
このまましばらく揺られるのも悪くないなと思い始めた頃、舟下りは降船場へと終着した。
約束通り車で迎えに来た山城に感想を語ると、彼は「私も休みの日にたまに来るんですよ」と笑った。四季折々の景色が恋しくなって、桜や紅葉の季節にも訪れるのだという。
自分の意思だけでコントロールできない舟の上は、「この間は何もできない、何もしなくていい、難しいことを考えなくていい」──。そんな俗世から解放される瞬間なのだと、川に沿って走る道を車で下りながら教えてくれた。
「そういえば、船頭さんの訛りが今まで聞いたものと少し違う気がしたのですが、県内でも地域によって方言に特徴があるんですか?」
七緒が会話の切れ目に訊ねる。
確かにそれは千春も感じた。船頭さんやマダムたちも、どちらかというと今まで聞いた早口でイントネーションにも癖がある訛りより、ゆったりとしていて伸びやかで、イントネーションは平坦で単調な感じがした。
「ええ、これから行く海側に面する地域と、内陸の海に面していない地域とでは、訛りも文化──というと少し大げさですが──も、全然違います。説は色々ありますが、海に面している地域は船による交易で商業が発展した地域でもありますから、外からの影響もことに大きいのでしょう。いわゆるY県の方言というと、私が使うような早口で独特のイントネーションのほうを言います。対して、こちらの海に面する地域の方言はイントネーションの訛りはそれほど強くなく、話し方もゆったりのんびりしている」
それだけでなく、四季の気候や名産品も違えば、郷土料理に使う具や味まで違うという。
「盆地の内陸は、夏は暑く、冬はどっさり雪が積もります。対して、平野の海側の地域は海がある分気温は内陸ほどあがらず、冬も積雪より吹雪が目立ちます。とはいえ、最近は温暖化の影響なのか、夏は海側だろうが30度越えなんてザラですし、冬の積雪も内陸だとしても数メートル越えなんていうのは稀になりましたが。海側は平野というだけあって米づくりが盛んで、内陸は果物づくりが盛んです。何もかも違うように感じますが、だからと言って、別に仲が悪いとかそういうことではないんですよ。ただ、山を挟んでいることもあってか県内での行き来は少ないかもしれません。何度も言うようですが、わざわざ行きたいと思うほどの場所がどちらにも多くないから、というのも理由の一つとしてあるのでしょうね。大きいイベントなどもY県より周りの他県で行われることもしばしばありますし、同じくらいの時間をかけるなら少し足を伸ばして東京に行こうと思う人だっているでしょう。同じ県内であっても、お互いに詳しく知らないなんて方も多いと思いますよ」
山城が物憂げにそう呟く。彼としては地域柄に関わらず、愛すべき場所がそこにはあると考えているのだろう。
「決して強制するものではありませんが、どこも社会科見学だけで行くには勿体ないところです。大人になってからのほうが視野が広く、興味さえ持てば、どこだって楽しい場所のはずです。そういう魅力が外だけでなく、中の──地元を愛する人々にも──伝わって欲しいと思うのですが、それこそ外に発信するより難しいのかもしれません」
しんみりと語る山城に七緒が再び訊ねる。
「さっき山を挟んでいると仰いましたが、今日は山を越えていませんよね?」
「ええ、そうですね。今日は舟下りをする為に、高速道路を使わず──山越えをしない道を選んだので。Y県は全体的に山が多く、海側とY市方面を行き来する際、県内を縦断する高速道路を利用すると山を越えて走ることになります。冬は積雪や凍結などで通行止めになることもありますね。私は極力高速道路は使わないようにしているのですが、いかんせん今日みたいに山を回り込むように走ると時間がかかります。それに、この辺りで有名な修験道の山々へ向かうには、道中高速道路を利用するのが早道です。今週そちらも訪れることになりますが、写真はもちろん、文章や言葉で語ることも禁じられている、とても神聖な神社としても知られています。編集者、カメラマン泣かせの場所ですが、参拝して損はないと私が保証しますよ」
「こうして聞くと、海・山・川が揃っていて、本当に自然に囲まれているところなんですね」
「何もY県に限ったことではないでしょうけれどね。その一つ一つは、それなりに名高いところですが、やっぱり地味と言われればそれまででもあります。けれど、Y県全体で言えば、先ほど舟下りを体験していただいたこの川の流域に住んでいる人がほとんどで、そうでなくても、海にも山にも、どの川にも面していない地域に住んでいる人は極々少数でしょう。仰る通り、自然に囲まれて私たちは毎日を過ごしていることになりますね」
「温泉も多いですし、都会の喧騒から離れて、スローライフを楽しむには、もってこいの場所ですね」
「ええ。県内どこも交通の便が悪いのは難点ですが、それこそスローライフには好都合かもしれませんね。簡単には都会に戻れないからこそ、『何も考えなくていい』時間を過ごせるとも言えます」
「──あぁ、なるほど、謎が解けました」
「謎ですか?」
「ええ。船頭さんから聞いたのですが」
そう前置きして、七緒は続けた。
『船頭多くして船山に上る』──、それが『あり得ない状況』だからこそ成り立つ意味が、ここでは実際にあり得てしまいそうだというたとえだったということ。
山から流れる川──この場合、千春たちが舟下りをした川を指すのだろう──を経て、日本海に注ぐ。つまり、川の前は山で、川の後は海だから、山が退く、海が進む、それらは地獄で、今舟が浮かぶ川は現状維持──。
舟の上で聞いたこの会話は、マダムたちの日常のちょっとした憂さ晴らしだったのかもしれない。
進むことも退くこともできない、けれど現状維持だけがいいとも限らない。そういう日々の面倒なことを『考えなくてもいい』時間が欲しい──。
けれど『考えたくない』と強く思うことは、同時に『考えてしまっている』ということでもある。いろんなお客さんを相手にしてきた船頭さんは、返しにも慣れていただけのことで、わざと彼女たちの明るい調子に合わせて話していたのだろう。
千春はぼんやりと聞いていただけだったが、七緒は彼らの真意が気にかかっていたらしかった。
「海も山も川も素敵だからこそ、船頭さんはそこが『地獄』だとは思って欲しくない──とてつもなく遠回しかもしれないけれど、あなた方の生きる世界もそう捨てたもんじゃないと、伝えたかったのかもしれませんね」
感慨深げに、さらに幅を増した気がする川を車窓から眺めながら、七緒は呟く。
その日のSNSには、千春の舟下り時の写真と共にこう投稿された。
『船頭多くして船山に上る──周りの言葉は時に都会の喧騒並みに雑音として届くことがありますが、山に上る、まだ見ぬ世界へ行くのも、それはそれでとても素敵なことではないかと感じた瞬間です。時に見当はずれだって、たとえスタート地点に戻ってしまったって、それが不正解や失敗とは限りません。同じように、行けるところまで進もうとする意志だって、現状をできる限り保とうとすることだって、並大抵の易しいことではないかもしれません。けれど、そのどの選択も尊く、価値あるものだと思います。そして、それは今あなたの置かれている状況や、あなたの感じ方考え方ひとつで、たった一瞬の差だとしても全く違う選択になることでしょう。私たちは日々何かを選択して生きている。現状維持だって立派な選択のひとつです。私たちは意識せずとも、いついかなる時でもそれをやってのけていると思えば、なんだか自分がものすごく格好よく感じる気がしませんか? もしかしたら、本当に大事なのは選択する事柄や結果ではなく、選択という行為なのかもしれませんよね。願わくは、それこそがあなたにとって、川の流れのように自然で、最上の選択でありますように──』
平日お昼前ということもあり、乗船客は少ない。
ふたりの他には3人のマダムがいるだけだったが、彼女たちが何ともまあ賑やかで、訛りの強い船頭さんの案内に大笑いし、ふたりが東京から来たとわかると、さらに強い訛りで通訳してくれようとする。そして、また「そんなのわかんないでしょ~!」というようなことを叫んで笑い転げる。
「『船頭多くして船山に上る』ということわざがあります。お兄さん、意味はわかりますか?」
千春は方言混じりに聞かれ、ふるふると首を横に振る。質問だからか、易しい訛りにしてくれたようで、正しく聞き取れたものの、あいにく不勉強で意味を知らない。
「確か、指示する人が多いと見当はずれの方向に進んでしまう、みたいな意味ですよね」
代わりに七緒が答える。
「ええええ、その通りです。ここはね、山が多いですから、船頭は多くなくても、下りも上りも進んでいるだけでどこかの山に登れてしまいそうで、困りますよ。『船頭さん、迷子なの?』なんて。これが正しい方向だと言っても、東京から来たお兄さん方のようなお客さんばかりだと、誰も信じてくれないかもしれませんね」
「行くところが海だって山だって川だって別に変わらないわよねえ」
「あら、川だったら全然進んでないじゃない!」
「そんなこと言ったら山なんて戻ってるじゃないの」
「進むも地獄、退くも地獄なら、現状維持だって大事でしょう! ねえ?」
マダムたちの勢いによるものか、それとも何か思うところがあるのか、話を振られた七緒はらしくなく曖昧に頷くに留めた。
気に留めたふうもなく談笑を続けるマダムたちに、船頭さんが声をかける。
「お客さん、進むも退くも地獄と決めつけたらいけませんよ。いいことも、悪いこともあるんですから」
「あら、いいことだけとは言い切ってくれないの」
「嘘はつけませんから」
「そうよねぇ。現状維持なら安心とも限らないものねぇ」
などと、彼らが言っていることの半分くらいは意訳になったものの、終始気軽な会話という感じではあって、千春も七緒も時に加わり、時にBGMにして、舟旅を楽しんだ。
船頭さんはさすが案内も堂に入っていて、マダムたち含めゆったりした訛りも聞き取りやすかったのが印象的だった。
新緑の景色と、快晴の空を映す川はとても美しく、雄大な自然を感じさせる。ここは県内をほぼ縦断するような形で流れる河川で、この辺りまで来るともう河口に近づいてきているらしい。確かに川幅も広く、このまま海に注ぎ込むと言われても頷ける迫力がある。
それでいて時間の流れはゆっくりで、大きく息を吸い込むと、おいしい空気が肺を満たしてくれる。
このまましばらく揺られるのも悪くないなと思い始めた頃、舟下りは降船場へと終着した。
約束通り車で迎えに来た山城に感想を語ると、彼は「私も休みの日にたまに来るんですよ」と笑った。四季折々の景色が恋しくなって、桜や紅葉の季節にも訪れるのだという。
自分の意思だけでコントロールできない舟の上は、「この間は何もできない、何もしなくていい、難しいことを考えなくていい」──。そんな俗世から解放される瞬間なのだと、川に沿って走る道を車で下りながら教えてくれた。
「そういえば、船頭さんの訛りが今まで聞いたものと少し違う気がしたのですが、県内でも地域によって方言に特徴があるんですか?」
七緒が会話の切れ目に訊ねる。
確かにそれは千春も感じた。船頭さんやマダムたちも、どちらかというと今まで聞いた早口でイントネーションにも癖がある訛りより、ゆったりとしていて伸びやかで、イントネーションは平坦で単調な感じがした。
「ええ、これから行く海側に面する地域と、内陸の海に面していない地域とでは、訛りも文化──というと少し大げさですが──も、全然違います。説は色々ありますが、海に面している地域は船による交易で商業が発展した地域でもありますから、外からの影響もことに大きいのでしょう。いわゆるY県の方言というと、私が使うような早口で独特のイントネーションのほうを言います。対して、こちらの海に面する地域の方言はイントネーションの訛りはそれほど強くなく、話し方もゆったりのんびりしている」
それだけでなく、四季の気候や名産品も違えば、郷土料理に使う具や味まで違うという。
「盆地の内陸は、夏は暑く、冬はどっさり雪が積もります。対して、平野の海側の地域は海がある分気温は内陸ほどあがらず、冬も積雪より吹雪が目立ちます。とはいえ、最近は温暖化の影響なのか、夏は海側だろうが30度越えなんてザラですし、冬の積雪も内陸だとしても数メートル越えなんていうのは稀になりましたが。海側は平野というだけあって米づくりが盛んで、内陸は果物づくりが盛んです。何もかも違うように感じますが、だからと言って、別に仲が悪いとかそういうことではないんですよ。ただ、山を挟んでいることもあってか県内での行き来は少ないかもしれません。何度も言うようですが、わざわざ行きたいと思うほどの場所がどちらにも多くないから、というのも理由の一つとしてあるのでしょうね。大きいイベントなどもY県より周りの他県で行われることもしばしばありますし、同じくらいの時間をかけるなら少し足を伸ばして東京に行こうと思う人だっているでしょう。同じ県内であっても、お互いに詳しく知らないなんて方も多いと思いますよ」
山城が物憂げにそう呟く。彼としては地域柄に関わらず、愛すべき場所がそこにはあると考えているのだろう。
「決して強制するものではありませんが、どこも社会科見学だけで行くには勿体ないところです。大人になってからのほうが視野が広く、興味さえ持てば、どこだって楽しい場所のはずです。そういう魅力が外だけでなく、中の──地元を愛する人々にも──伝わって欲しいと思うのですが、それこそ外に発信するより難しいのかもしれません」
しんみりと語る山城に七緒が再び訊ねる。
「さっき山を挟んでいると仰いましたが、今日は山を越えていませんよね?」
「ええ、そうですね。今日は舟下りをする為に、高速道路を使わず──山越えをしない道を選んだので。Y県は全体的に山が多く、海側とY市方面を行き来する際、県内を縦断する高速道路を利用すると山を越えて走ることになります。冬は積雪や凍結などで通行止めになることもありますね。私は極力高速道路は使わないようにしているのですが、いかんせん今日みたいに山を回り込むように走ると時間がかかります。それに、この辺りで有名な修験道の山々へ向かうには、道中高速道路を利用するのが早道です。今週そちらも訪れることになりますが、写真はもちろん、文章や言葉で語ることも禁じられている、とても神聖な神社としても知られています。編集者、カメラマン泣かせの場所ですが、参拝して損はないと私が保証しますよ」
「こうして聞くと、海・山・川が揃っていて、本当に自然に囲まれているところなんですね」
「何もY県に限ったことではないでしょうけれどね。その一つ一つは、それなりに名高いところですが、やっぱり地味と言われればそれまででもあります。けれど、Y県全体で言えば、先ほど舟下りを体験していただいたこの川の流域に住んでいる人がほとんどで、そうでなくても、海にも山にも、どの川にも面していない地域に住んでいる人は極々少数でしょう。仰る通り、自然に囲まれて私たちは毎日を過ごしていることになりますね」
「温泉も多いですし、都会の喧騒から離れて、スローライフを楽しむには、もってこいの場所ですね」
「ええ。県内どこも交通の便が悪いのは難点ですが、それこそスローライフには好都合かもしれませんね。簡単には都会に戻れないからこそ、『何も考えなくていい』時間を過ごせるとも言えます」
「──あぁ、なるほど、謎が解けました」
「謎ですか?」
「ええ。船頭さんから聞いたのですが」
そう前置きして、七緒は続けた。
『船頭多くして船山に上る』──、それが『あり得ない状況』だからこそ成り立つ意味が、ここでは実際にあり得てしまいそうだというたとえだったということ。
山から流れる川──この場合、千春たちが舟下りをした川を指すのだろう──を経て、日本海に注ぐ。つまり、川の前は山で、川の後は海だから、山が退く、海が進む、それらは地獄で、今舟が浮かぶ川は現状維持──。
舟の上で聞いたこの会話は、マダムたちの日常のちょっとした憂さ晴らしだったのかもしれない。
進むことも退くこともできない、けれど現状維持だけがいいとも限らない。そういう日々の面倒なことを『考えなくてもいい』時間が欲しい──。
けれど『考えたくない』と強く思うことは、同時に『考えてしまっている』ということでもある。いろんなお客さんを相手にしてきた船頭さんは、返しにも慣れていただけのことで、わざと彼女たちの明るい調子に合わせて話していたのだろう。
千春はぼんやりと聞いていただけだったが、七緒は彼らの真意が気にかかっていたらしかった。
「海も山も川も素敵だからこそ、船頭さんはそこが『地獄』だとは思って欲しくない──とてつもなく遠回しかもしれないけれど、あなた方の生きる世界もそう捨てたもんじゃないと、伝えたかったのかもしれませんね」
感慨深げに、さらに幅を増した気がする川を車窓から眺めながら、七緒は呟く。
その日のSNSには、千春の舟下り時の写真と共にこう投稿された。
『船頭多くして船山に上る──周りの言葉は時に都会の喧騒並みに雑音として届くことがありますが、山に上る、まだ見ぬ世界へ行くのも、それはそれでとても素敵なことではないかと感じた瞬間です。時に見当はずれだって、たとえスタート地点に戻ってしまったって、それが不正解や失敗とは限りません。同じように、行けるところまで進もうとする意志だって、現状をできる限り保とうとすることだって、並大抵の易しいことではないかもしれません。けれど、そのどの選択も尊く、価値あるものだと思います。そして、それは今あなたの置かれている状況や、あなたの感じ方考え方ひとつで、たった一瞬の差だとしても全く違う選択になることでしょう。私たちは日々何かを選択して生きている。現状維持だって立派な選択のひとつです。私たちは意識せずとも、いついかなる時でもそれをやってのけていると思えば、なんだか自分がものすごく格好よく感じる気がしませんか? もしかしたら、本当に大事なのは選択する事柄や結果ではなく、選択という行為なのかもしれませんよね。願わくは、それこそがあなたにとって、川の流れのように自然で、最上の選択でありますように──』
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