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始動の試験
初夏の選択
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綿貫千春は、かれこれ30分ほど近所を彷徨っている。
というのも、風月七緒のお題である『自分の紹介したい風景』というものが見つからないからだ。
いや、より正確に表現するならわからないと言うべきか──。
子どもの頃から過ごしてきた街だが、特にこれといって観光地もなければ名産もない。写真に撮って誰かに何かを語りたいと思うほどの感慨がない。
もうあまり時間もない。
はた、と千春は足を止めた。
そもそも自分はなぜ律儀に彼からの注文をこなそうとしているのか。カメラマンになりたいわけではないのに、むしろなぜこんな状況になったのかさえ、よくわかっていないはずなのに。
千春はカメラに視線を落とした。決して高価なものではない。いい思い出ばかりが詰まっているとは言い難い。
それでも自分は、このカメラとともに青春時代を過ごしてきた。自分の目で見る世界より、カメラを通して見る世界のほうが当たり前になってしまうくらいには、毎日レンズを覗いていた。
千春はあの頃のように心を無にしてみた。
ただ自分の撮りたいものを撮る。
その中から、七緒に見せる写真を選べばいい。
別にカメラマンとしての仕事に期待などしていない。一度は諦めた道なのだから、今更降って湧いたチャンスを死に物狂いでものにしようだなんて思っていない。
ただ、もう一度。
もう一度だけ、確かめたい。
自分と写真の、向き合い方を──。
家を出てきっかり1時間後。
千春は玄関のドアを開けた。
「あ、お兄ちゃん! もう帰って来ないかと思った」
明らかにどこかに出かけようとしている格好なのに、妹の慈美はやきもきと待っていたらしかった。
父も母も安堵した様子で、千春の顔を窺う。
「ただいま」
3人は思いの外すっきりした千春の表情を見て、不思議そうに顔を見合わせた。
「おかえり、千春くん。僕に見せる写真は決まったかな?」
「──はい」
またしても妹が勝手に部屋から持ち出したであろうパソコンを奥の和室に持ち込み、千春は撮ってきたばかりの写真のデータを呼び出す。
隣に座る七緒に、「どうぞ」と席を譲った。
七緒はパソコンの画面に視線を移す。
そこには既に3枚の写真があった。
まず目に入ったのは、公園の遊歩道だろうか。味気のないアスファルトの上を歩く親子の足元を捉えた一枚。手を繋ぐ2人の背後からシャッターを切っている。
周りの風景も情報は少なく、これが今から遊具のある広場に向かう様子なのか、それとも帰るところなのか、2人の顔が写っていないので、想像力を掻き立てられる。
次は大きな木と青空の写真。他には何も写っていない。一見すると、どこでも撮れそうな一枚だった。ここじゃなくても、それこそ有名な観光地だろうが、寂れた田舎町だろうが、きっと似たような被写体はごまんとあるだろう。
そして最後は、初夏の風に靡く真っ白なシーツを主役にした、これまた何の変哲もない写真。よく見れば、うまくピントや構図をずらして、周りの住宅が必要以上に写り込まないように工夫されている上、風の強さやそれに靡きつつ流されないシーツの凛とした白さが際立つ撮り方だった。
日常の風景がありありと思い描けるような、初夏の爽やかさを的確に切り取った一枚に七緒は思わず眼鏡の奥の瞳をぱちくりさせた。
「他にも撮った写真はある?」
千春が横から手を伸ばしてPCを操作すると、他にもずらりと写真が並んだ。
1時間のうちにこんなに?と、お題を出した張本人でさえも驚く、堂々たる作品群だった。
どれも、たとえ写真集に載っていても違和感も遜色もない出来栄えだったが、総じて特別なものではない。むしろどこにでもありそうな風景をあえて厳選したかのような、不思議なラインナップだった。
七緒は一通りそれらを確認すると、最初の千春が選んだ3枚をもう一度くまなくチェックした。
そして、やがて彼はひとつ嘆息したのだった。
眼鏡を外して目を擦ると、千春に向き直る。
「…………技術としては文句なく合格だけど、どうしてこの3枚を選んだのか教えてくれるかな」
七緒の微笑みは、お題を出した時と同じ有無を言わせぬ謎の圧があったが、その分、千春の言い分を一言一句受け入れてくれそうな雰囲気もあって、千春は逡巡の後、自分で思ったよりもすんなりとその理由を口にした。
「……俺──僕の生活する街なのに、僕の知らない日常がそこには当たり前にあって、そこにいる全ての人たちが幸せそう……いや、幸せであればいいなと思ったから、です」
その答えに七緒は「そっか」と感慨深げに頷いたが、家族3人はぽかんと口を開けて、次の瞬間には我先にと七緒を突き飛ばす勢いでPCの画面に齧り付いた。
「君の写真は確かに、どこの街にもありそうな、言ったらありふれた被写体ばかりだった。お題は『この街を知らない人に紹介したい君の好きな風景』だったね。SNSに載せるための写真だとも注文した。実際に載せるものではないのに、人の顔は写っていないし、場所が特定できるものもない。でも、だからこそ『この街を知らない人に紹介したい風景』に選ばれる被写体ではないよね? 君のその理由も、『自分の住む街』に対して自慢したいことがない、感情が希薄な感じがある。この街を、君はあまり好きじゃないのかな?」
「…………わかりません。たぶん俺は今まで、この街を『街』として見たことがなかったんだと思います。当たり前にそこにあって、ここしか帰る場所がなくて。でも、同じ場所にいるはずなのに俺の知らない人たちはみんな幸せそうに見えて、それがずっと羨ましかった」
PC内の写真を見てああでもないこうでもないとこそこそ言い合っていた3人が、千春の言葉にそっと顔を上げる。
「自分にとって何でもないところでも、他人の目を通したら全然違う世界に見えて、それって俺が見る景色よりずっとずっと綺麗なんだろうなって。だから、俺が自慢したいのはたぶん、『街の風景』じゃなくて、その『街に住む人たちから見たそれぞれの風景』なんだと思います。俺にとっては無味乾燥で、それこそカメラを通して向き合うのと同じくらい他人事だけど、きっと他の人から見れば大切な居場所で、帰りたくなる街だったりする。それはこの街に限ったことじゃないかもしれないけど、この場所とちゃんと向き合って来なかった俺には、これくらいしか思いつかなくて」
照れ笑いでもするように俯いた千春の、膝の上で握り締めた拳を器用に開いて、七緒は唐突に握手をした。
「合格! 予想以上だったよ。選んだ理由も技術も。それに、自分にはわからないことでも向き合う努力をやめない姿勢も、全部──」
強く握られた上、ぶんぶんと力任せに振られ、千春は内心「痛い痛い」と叫びながら、七緒の気が済むのをじっと待った。
悪い気はしなかった。
たぶん褒められているのだろうけど、そういう感覚よりも先に、「口下手な自分でも伝えられることが、伝えられる方法があった」のだと認識したことのほうが、今は千春の心に深く沁み込んでいた。
「さて。僕からは以上だよ。できれば僕は君に相棒になって欲しい。SNSを更新するにあたって、観光誘致を目的とする地方や観光地とのタイアップを考えているから、この家や街に帰れないことも多くなると思う。でもその分、君の知見や経験は増えるし、君がまだ知らないこの街のいいところも見えるようになるかもしれない。君の探している、本当の答えを見つけることも──ね」
ようやく手を離してくれた七緒は、音もなく立ち上がる。痛みを堪えながら、千春が彼を見上げると、七緒は傍らの鞄を手にした。
「綿貫さん、お邪魔しました。僕はこれで失礼します。春美さん、ご飯美味しかったです。ごちそうさまでした。慈美ちゃんもまたお話しようね」
「え、もう帰っちゃうのかい?」
「またご飯食べにきてね」
「風月さんのSNSアカウント、フォローしたので、たくさんお話できますね!」
七緒は人当たりのいい笑みを浮かべて、肝心の千春を置いてけぼりに玄関へ向かおうとする。
「ちょ、ちょっと……その、カメラマン? アシスタント? の話はどうなったんですか」
『相棒』という表現は流石に恥ずかしすぎて、適当に言い換えながら、千春は立ち上がる。
あんな家族にも話したことのない胸の内を曝け出させておいて、このまま帰りますはないだろ!と半ば突っ込みたい気分だった。
「ん? あぁ、僕はもちろんお願いしたいと思ってるけど、あとは君が決めることだからね。やりたくなったら、その名刺の連絡先に電話でもメールでもくれれば嬉しいよ」
これがいわゆる、押してダメなら引いてみろ、というやつか? こっちの心は決まっているのに、今更ここでそんな駆け引きしなくても──。頭の良さそうなこの人が、そんな簡単なことを察していないわけがないのだから。
千春は頭のどこか片隅で冷静に考える自分を認識しながら、体と口が勝手に動いている自分もまた存在していることに気がついた。
「……やります。やらせてください。お願いします」
「あはは。そう言ってくれると思った。じゃあ改めて、旅雑誌『千の選択』編集部風月七緒です。よろしく、千春くん」
また握手を求められる。
さっきのは感動の握手で、今のは挨拶の握手らしい。今時20代で握手なんて、変わっている人だ。
「あ。ところで、今からその被写体の場所、案内してくれる?」
「え、今からですか?」
「うん。今から」
「…………全部?」
「うん。全部」
にこにこと目を細めて笑うくせに、言っていることはなかなかヘビーで、まさに蛇みたいに捉えどころのない人だと千春は愛想笑いを引きつらせながら考えた。
──もしかしたら、この人を上司にするなんてこれから苦労することになるかもしれないな。
千春は心の中でそっとため息を吐いた。
というのも、風月七緒のお題である『自分の紹介したい風景』というものが見つからないからだ。
いや、より正確に表現するならわからないと言うべきか──。
子どもの頃から過ごしてきた街だが、特にこれといって観光地もなければ名産もない。写真に撮って誰かに何かを語りたいと思うほどの感慨がない。
もうあまり時間もない。
はた、と千春は足を止めた。
そもそも自分はなぜ律儀に彼からの注文をこなそうとしているのか。カメラマンになりたいわけではないのに、むしろなぜこんな状況になったのかさえ、よくわかっていないはずなのに。
千春はカメラに視線を落とした。決して高価なものではない。いい思い出ばかりが詰まっているとは言い難い。
それでも自分は、このカメラとともに青春時代を過ごしてきた。自分の目で見る世界より、カメラを通して見る世界のほうが当たり前になってしまうくらいには、毎日レンズを覗いていた。
千春はあの頃のように心を無にしてみた。
ただ自分の撮りたいものを撮る。
その中から、七緒に見せる写真を選べばいい。
別にカメラマンとしての仕事に期待などしていない。一度は諦めた道なのだから、今更降って湧いたチャンスを死に物狂いでものにしようだなんて思っていない。
ただ、もう一度。
もう一度だけ、確かめたい。
自分と写真の、向き合い方を──。
家を出てきっかり1時間後。
千春は玄関のドアを開けた。
「あ、お兄ちゃん! もう帰って来ないかと思った」
明らかにどこかに出かけようとしている格好なのに、妹の慈美はやきもきと待っていたらしかった。
父も母も安堵した様子で、千春の顔を窺う。
「ただいま」
3人は思いの外すっきりした千春の表情を見て、不思議そうに顔を見合わせた。
「おかえり、千春くん。僕に見せる写真は決まったかな?」
「──はい」
またしても妹が勝手に部屋から持ち出したであろうパソコンを奥の和室に持ち込み、千春は撮ってきたばかりの写真のデータを呼び出す。
隣に座る七緒に、「どうぞ」と席を譲った。
七緒はパソコンの画面に視線を移す。
そこには既に3枚の写真があった。
まず目に入ったのは、公園の遊歩道だろうか。味気のないアスファルトの上を歩く親子の足元を捉えた一枚。手を繋ぐ2人の背後からシャッターを切っている。
周りの風景も情報は少なく、これが今から遊具のある広場に向かう様子なのか、それとも帰るところなのか、2人の顔が写っていないので、想像力を掻き立てられる。
次は大きな木と青空の写真。他には何も写っていない。一見すると、どこでも撮れそうな一枚だった。ここじゃなくても、それこそ有名な観光地だろうが、寂れた田舎町だろうが、きっと似たような被写体はごまんとあるだろう。
そして最後は、初夏の風に靡く真っ白なシーツを主役にした、これまた何の変哲もない写真。よく見れば、うまくピントや構図をずらして、周りの住宅が必要以上に写り込まないように工夫されている上、風の強さやそれに靡きつつ流されないシーツの凛とした白さが際立つ撮り方だった。
日常の風景がありありと思い描けるような、初夏の爽やかさを的確に切り取った一枚に七緒は思わず眼鏡の奥の瞳をぱちくりさせた。
「他にも撮った写真はある?」
千春が横から手を伸ばしてPCを操作すると、他にもずらりと写真が並んだ。
1時間のうちにこんなに?と、お題を出した張本人でさえも驚く、堂々たる作品群だった。
どれも、たとえ写真集に載っていても違和感も遜色もない出来栄えだったが、総じて特別なものではない。むしろどこにでもありそうな風景をあえて厳選したかのような、不思議なラインナップだった。
七緒は一通りそれらを確認すると、最初の千春が選んだ3枚をもう一度くまなくチェックした。
そして、やがて彼はひとつ嘆息したのだった。
眼鏡を外して目を擦ると、千春に向き直る。
「…………技術としては文句なく合格だけど、どうしてこの3枚を選んだのか教えてくれるかな」
七緒の微笑みは、お題を出した時と同じ有無を言わせぬ謎の圧があったが、その分、千春の言い分を一言一句受け入れてくれそうな雰囲気もあって、千春は逡巡の後、自分で思ったよりもすんなりとその理由を口にした。
「……俺──僕の生活する街なのに、僕の知らない日常がそこには当たり前にあって、そこにいる全ての人たちが幸せそう……いや、幸せであればいいなと思ったから、です」
その答えに七緒は「そっか」と感慨深げに頷いたが、家族3人はぽかんと口を開けて、次の瞬間には我先にと七緒を突き飛ばす勢いでPCの画面に齧り付いた。
「君の写真は確かに、どこの街にもありそうな、言ったらありふれた被写体ばかりだった。お題は『この街を知らない人に紹介したい君の好きな風景』だったね。SNSに載せるための写真だとも注文した。実際に載せるものではないのに、人の顔は写っていないし、場所が特定できるものもない。でも、だからこそ『この街を知らない人に紹介したい風景』に選ばれる被写体ではないよね? 君のその理由も、『自分の住む街』に対して自慢したいことがない、感情が希薄な感じがある。この街を、君はあまり好きじゃないのかな?」
「…………わかりません。たぶん俺は今まで、この街を『街』として見たことがなかったんだと思います。当たり前にそこにあって、ここしか帰る場所がなくて。でも、同じ場所にいるはずなのに俺の知らない人たちはみんな幸せそうに見えて、それがずっと羨ましかった」
PC内の写真を見てああでもないこうでもないとこそこそ言い合っていた3人が、千春の言葉にそっと顔を上げる。
「自分にとって何でもないところでも、他人の目を通したら全然違う世界に見えて、それって俺が見る景色よりずっとずっと綺麗なんだろうなって。だから、俺が自慢したいのはたぶん、『街の風景』じゃなくて、その『街に住む人たちから見たそれぞれの風景』なんだと思います。俺にとっては無味乾燥で、それこそカメラを通して向き合うのと同じくらい他人事だけど、きっと他の人から見れば大切な居場所で、帰りたくなる街だったりする。それはこの街に限ったことじゃないかもしれないけど、この場所とちゃんと向き合って来なかった俺には、これくらいしか思いつかなくて」
照れ笑いでもするように俯いた千春の、膝の上で握り締めた拳を器用に開いて、七緒は唐突に握手をした。
「合格! 予想以上だったよ。選んだ理由も技術も。それに、自分にはわからないことでも向き合う努力をやめない姿勢も、全部──」
強く握られた上、ぶんぶんと力任せに振られ、千春は内心「痛い痛い」と叫びながら、七緒の気が済むのをじっと待った。
悪い気はしなかった。
たぶん褒められているのだろうけど、そういう感覚よりも先に、「口下手な自分でも伝えられることが、伝えられる方法があった」のだと認識したことのほうが、今は千春の心に深く沁み込んでいた。
「さて。僕からは以上だよ。できれば僕は君に相棒になって欲しい。SNSを更新するにあたって、観光誘致を目的とする地方や観光地とのタイアップを考えているから、この家や街に帰れないことも多くなると思う。でもその分、君の知見や経験は増えるし、君がまだ知らないこの街のいいところも見えるようになるかもしれない。君の探している、本当の答えを見つけることも──ね」
ようやく手を離してくれた七緒は、音もなく立ち上がる。痛みを堪えながら、千春が彼を見上げると、七緒は傍らの鞄を手にした。
「綿貫さん、お邪魔しました。僕はこれで失礼します。春美さん、ご飯美味しかったです。ごちそうさまでした。慈美ちゃんもまたお話しようね」
「え、もう帰っちゃうのかい?」
「またご飯食べにきてね」
「風月さんのSNSアカウント、フォローしたので、たくさんお話できますね!」
七緒は人当たりのいい笑みを浮かべて、肝心の千春を置いてけぼりに玄関へ向かおうとする。
「ちょ、ちょっと……その、カメラマン? アシスタント? の話はどうなったんですか」
『相棒』という表現は流石に恥ずかしすぎて、適当に言い換えながら、千春は立ち上がる。
あんな家族にも話したことのない胸の内を曝け出させておいて、このまま帰りますはないだろ!と半ば突っ込みたい気分だった。
「ん? あぁ、僕はもちろんお願いしたいと思ってるけど、あとは君が決めることだからね。やりたくなったら、その名刺の連絡先に電話でもメールでもくれれば嬉しいよ」
これがいわゆる、押してダメなら引いてみろ、というやつか? こっちの心は決まっているのに、今更ここでそんな駆け引きしなくても──。頭の良さそうなこの人が、そんな簡単なことを察していないわけがないのだから。
千春は頭のどこか片隅で冷静に考える自分を認識しながら、体と口が勝手に動いている自分もまた存在していることに気がついた。
「……やります。やらせてください。お願いします」
「あはは。そう言ってくれると思った。じゃあ改めて、旅雑誌『千の選択』編集部風月七緒です。よろしく、千春くん」
また握手を求められる。
さっきのは感動の握手で、今のは挨拶の握手らしい。今時20代で握手なんて、変わっている人だ。
「あ。ところで、今からその被写体の場所、案内してくれる?」
「え、今からですか?」
「うん。今から」
「…………全部?」
「うん。全部」
にこにこと目を細めて笑うくせに、言っていることはなかなかヘビーで、まさに蛇みたいに捉えどころのない人だと千春は愛想笑いを引きつらせながら考えた。
──もしかしたら、この人を上司にするなんてこれから苦労することになるかもしれないな。
千春は心の中でそっとため息を吐いた。
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