深見小夜子のいかがお過ごしですか?2

花柳 都子

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扉間コミュニケーション

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 さて、今日は〇月〇日。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
 今日このスタジオに来る前にコンビニに寄ったのですが、そのコンビニは自動ドアでなく、手で押し開けるタイプのドアなんですね。
 私が店を出ようとした時、私の隣のレジで会計を終えたお兄さんが、後ろをついてきている気配がしました。開けたドアを閉める前に、そっと振り返ると、私と目が合って、会釈とも言えない、何というのでしょう──あえて言葉で表現するならアイコンタクトでしょうか。
 「僕も出るから、閉めなくていいですよ」という声が聞こえてきそうな、あの瞬間。私は、というか皆さんもだと思いますが、ほとんど気にも止めることなく、場合によっては日に何度も経験していることでしょう。
 私は『扉間コミュニケーション』なんて呼んでいますが、普段の何気ない小さな小さなそのお互いの思いやりが、たった一つのドアを通して、本当に自然に日常的に行われていることに感動を覚えるのです。
 私の地元は風の強い地域だからか、コンビニに風除室のあるところも多く、自分で開け閉めしないといけないこともしばしばあります。閉めようと振り返ると、今まさに出ようとする人の姿があって。「いいですか、このままで」「いいですよ、出たら閉めますから」という会話がたった一瞬のアイコンタクトで交わされるのです。
 素敵だと思いませんか?
 私もそうですが、その一瞬のアイコンタクトの後、すぐに振り返って歩き出すと思うのですが、その心の晴れやかたるや。
 人間って言葉もなく、こんなに簡単に、こんなに的確に、コミュニケーションができるんだなぁ、すごいなぁって。
 相手のために扉を開けたわけではないけれど、ちょっといいことをした気分になれる。そんな余韻に浸ってしまうのは私だけでしょうか。
 中にはズンズンズンズンと有名なサメ映画のような効果音を鳴らして、真っ直ぐ突き進んでいってしまう人もいるでしょう。
 後ろに人がいても気にしない。
 かと言って、後ろの人も別にそれくらいは気にしないと思うのです。乱暴に閉めたのならともかく、手押しタイプの扉はゆっくり自然に閉まるものですから。
 この扉間コミュニケーション、風除室の開けたら閉めるタイプの扉だと、案外頻繁に起こり得ることでして、ちょっと得した気分になるものです。
 ともあれ、言葉というのは、時に無力で時に凶器で、そして時に救済にもなります。
 どんなに言葉を尽くしても誰にも何も届かないこともある。
 どんなに自分に悪気がなくて正当なことを言っていても、それに傷つく人がいることもある。
 どんなに悲しくて辛くて苦しい時でも、たった一つの、ほんの一言が、心を救ってくれることもある。
 皆さんもきっと心あたりがあるでしょう。
 私は常日頃から言葉を大事に生きるようにしていますが、この非言語コミュニケーションというものもまた蔑ろにしないようにしています。目は口ほどに物を言うなんて昔から耳にする通りです。
 満員電車の鞄の持ち方なんかもこれに含まれるかもしれませんね。
 私は極力避けるようにしていますが、図らずも満員電車にかち合ってしまうことはよくあります。
 書類が多く入る手提げ鞄を持つことが多いですが、肩に下げていると幅をとるので、手を下げてぶらんと持つようにしています。
 足の間なら多少隙間もあるし、重くなったら自分の足に置いて休息することもできます。
 私は個人的にリュックが好きではないので、あまり自分では持たないのですが、前に背負うのがルールと最近まで思っていました。
 ただ、よく考えたら自分の目に見えるか否かの違いで、リュックそのものの体積は変わらないんですよね。不思議だなぁと思っていたのですが、なんとなく自分の意思でリュックの動きを制御できるかどうかが肝かと感じます。
 背負っていると自分の動きに応じてリュックがどう変動するかわからない、また自分の目で見ないので、周りの人の誰にどう当たっているのか判断できない。こんなところでしょうか。
 結局はリュックも『足元に下げた手で持つ』が正しいのでしょうか。背負える仕様ですから、手提げ鞄以上に重そうで、せっかくの実用性もなんだかもったいない気がしますよね。
 でも網棚に置いたら忘れそうな気がするし、足元に置いたらいつ誰が躓くかわからない。
 そういうあらゆる方面に気を配らなければならなくて、苦しい狭い暑い以上に、満員電車は気が乗らないんですよね。
 結局は『満員電車に乗らない』が最も効率よく確実に、鞄の持ち方問題を解決できるのかもしれません。
 実はこの『論点に対して根本を見直す』というのは、特に組織の中では一段と難しく、気づけば目の前の比較的瑣末な問題を一つずつ解決──いえ、もっと言うと誤魔化しているのが常態化してしまっている気がします。
 体裁さえ繕えば、ほんの少しの間は平穏でいられる。けれど、見えないところで誤魔化した時の問題も含めて、それらは徐々に蓄積されていく。いつしかそれはとんでもない形で爆発することになるでしょう。
 最初が肝心とはよく言ったものです。嘘や隠し事は一度やってしまったら延々と繰り返すだけになりますからね。
 嘘を隠すためにまた嘘をついて、後悔した時には本当のことはもう塗りつぶされて見えなくなって、もう全て取り返しのつかない状態になっている。
 嘘をつくことには罪悪感がつきものですが、「これは嘘ではない」と自分で納得できる形なら、本当のことを言っていなくてもなぜか自分は許された気になってしまう。
 たとえ嘘をつかれた相手がどう思ってもです。
 私の持論は、相手にとって『嘘をつかれた』ことがわからないのであれば、それは『嘘ではない』のですが、その条件はとても厳しく、『嘘をついたなら墓場まで持って行け』が基本です。悟られること、気取られることがあってもなりません。『嘘をつく』『隠し通す』と決めたら、自ら明かすこともなりません。それくらい『嘘』や『隠し事』は相手を傷つけるおそれがあるからです。
 そろそろお別れの時間です。
 昔、知人に聞いた話ですが、「私は夫に浮気されても構わない」のだと。
 なるほどと思いましたね。自分が知らなければ傷つくことはないわけですから、というか、事実すら存在しないわけですから、そういう考えも納得です。『隠し通せないなら最初からやるな』というわけですね。昨今はスマホなどもありますから、会話の証拠などが残りますし、どれほど巧妙にやろうとも難しいかもしれませんね。
 この『最初からやるな』が根本的解決──というより、そもそも問題を生まない最も簡単な方法だと思うのですが、人生そう簡単にはいかないものなのでしょうか。
 身近なところでそういう話を耳にすると、「こんなところでも起こっているんだから、実は世の中にはもっともっとたくさんあって、言うなら世の中全てそういう話で埋め尽くされているのではないか」と震撼することがあります。
 いつ自分の身に降りかかってもおかしくない。
 いえ、実際に今この瞬間も、私は誰かの『嘘』と『隠し事』の渦中に巻き込まれているのかもしれない。
 それが陰謀というような大きなものでなくても、きっとこの世界に生きる人々みんな同じなのでしょう。そして、きっと自分もまた嘘をついたり、隠し事をしたりしている。意識しなくても、悪気がなくても、人間というのはそうやってなんとか生きているものなのかもしれません。よくないことと心ではわかっていてもです。
 できるなら、嘘偽りのない清らかな世界を、そして小さな思いやりの光で、立ち込める暗雲を塗りつぶせる素敵な世の中を。
 今日もまた扉間コミュニケーションから始めたいと思います。
 では、また来週お会いしましょう。眠れない夜のお供に、深見小夜子でした。



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