深見小夜子のいかがお過ごしですか?2

花柳 都子

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宇宙人と乾杯

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 さて、今日は〇月〇日。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
 先日、とある街の住宅街を歩いていたら、どこからともなく「フォンフォンフォンフォン……」というUFO──いや、まぁ本物は見たことがありませんから、あくまでフィクション作品によくある、という注釈付きですが──のような、機械音? 電子音? がしてきたんですね。あれは一体何の音だったんでしょう。
 私が取材に行く理由は色々あるんですが、その日は都市伝説探しとでも言えばいいでしょうか、街に伝わるその土地ならではの風習から着想を得て、というようなことを期待して、他には見ない昔ながらの慣習や文化を詳しく調べに行ったんですね。
 でも、取材の途中に出くわしたそのUFOの音が気になりすぎて、瞬間、肝心の着想の起点がSF寄りにだいぶ傾きかけました。
 あぁこのまま宇宙人に攫われたらどうしようなんて。宇宙人のイメージってよく見る、絵文字なんかにもよく出てくるあの姿──確か『グレイ』というんでしたっけ──が強いですが、背が高いんでしょうか。特に私なんか、『捉えられた宇宙人』みたいになってしまうのではないか、あ、いや、この場合は『捉える宇宙人』になるのか? などと栓のないことをしばしの間考えてしまいました。
 とはいえ、宇宙人が出てくるミステリというのも面白そうですよね。急に現実味がなくなるし、そもそも宇宙人に密室は有効か? クローズドサークルってUFOあったら成り立たないか? という議論や、いっそ『ミステリーサークル』というミステリ好きの宇宙人たちによるサークル活動を主体に、なんて突拍子もない発想も多々湧いてくるわけですが、だからこそ設定を自由自在に付与できるので、『オカルト』と『ミステリ』の区分けさえできれば、それはそれでアリのような気がしますね。
 私はミステリではロジック系──所謂、本格ミステリなども好きですが、それとは別にパニック系の小説も好んで読みます。密室空間で、人または人以外の生物に追われる、襲われるといったやつですね。その中で、純粋な人対人による事件が起きたりすると、物語としての深みが増して、スピード感にロジック展開も併さることで、絶妙な世界観にもなる。
 小説や映画の話で言うと、人生で一度は言ってみたい台詞を定期的に考えてみる──あわよくば小説の登場人物に言わせてみる──のですが、やっぱり第一位は『前の車、追ってください』なんですよねぇ。どんな理由であれ、実際、そんなことを言わなければならない状況はご勘弁願いたいですけど、言われた車の運転手さんからすれば、「真剣に危険(と思われる)仕事と向き合っててかっこいい!」──と思うのは私たち読者や観客であって、本音は「いい迷惑」でしょうが──、言ってみたいという憧れだけは昔からあります。
 この台詞の妙は、現実でも『言って言えないことはない』というところではないかと密かに思っています。全く切羽詰まってもいないし、前に追うべき車なんていないけれど、『前の車』さえ存在していれば、状況的には成り立ちますよね。当然、全く無関係の車を追うわけですから倫理的な問題はありますが。それと、車の運転手さんに対して嘘をつくという罪悪感も。
 まあ、これからすることはなので、倫理と罪悪感はとりあえず置いておいて、タクシーでもヒッチハイクでも何でもいいですが、件の台詞を言う場面を想像してみましょう。
 ──言えますか? 言えませんよね。私は言えません。倫理や罪悪感以前に、まず恥ずかしくて言えない。やはりあれは小説や映画だから許されるんでしょう。
 同じく、フィクション作品によく登場する『乾杯の挨拶』。『君の瞳に~』が世界で最も有名かと思います。それは登場人物たちの心と同じように──というより、お互いの心を表す、伝え合う媒介としてお酒や食事の描写にもこだわる作品であると私は考えていて、そういう作品って得てして美しいんですよね。恋愛作品なら妖しさもあって、バディものなら絆を感じさせる──。
 例えば、UFOに連れ去られた夜なら『宇宙人との出会いに』──宇宙人がお酒を飲めるか? も議論の一つに加えられますね──や、現実問題『前の車、追ってくださいを一度も言うことのない人生に』──乾杯! となるでしょうか。
 その環境や相手によって変えられる、むしろ変えなければならないところが、『と乾杯する意味がある』と思えて、好きな描写なのかもしれません。
 日本で言うなら『乾杯の音頭』になるのでしょうが、あれは『乾杯の枕詞』ではなく、乾杯前の一体感を促す盛り上げ要素といったところでしょうか。
 日本では『乾杯』の言葉は独立していて、何に対してかというより、この場にいるみんなで一緒にやることに意義があるよね、という印象です。見ようによっては、「やっとけばいいでしょ」といったやっつけのようにも思えます。「とりあえずビール」という言葉もありますから、他人やその場の雰囲気に合わせるという日本ならではの文化なのかもしれません。
 それはさておき、『乾杯の挨拶』は、『音頭』ほど長たらしくなく、簡潔にかつ美しく、その場の心と雰囲気を決定づけるものだと思うんです。
 しかも、乾杯する相手のことを知らないとできないし、共通の願いがあることで、相手との距離が縮まるきっかけにもなる。
 でも、よく考えてみてください。
 さっきの『前の車、追ってください』と同じで、実際に言おうと思うと、小っ恥ずかしくて言えませんよね。
 なんなら飲み会で『音頭』をとってる偉そうな──ごほん、目上の上司たちも実は「もっと短く綺麗に洒落た言葉で乾杯したい」と思っているけれど、気恥ずかしくて、迷っているうちに長話になって、最終的にやっぱり『乾杯の音頭』になってしまっているとしたら、ちょっと微笑ましいかもしれません。長々とした挨拶の中、どこで『君の瞳に~』みたいな枕詞が出てくるかと、今か今かと聞いていれば、案外あっという間に挨拶が終わっているかも。
 そろそろお別れの時間です。
 皆さんはいかがでしょう。不思議な体験をした、日々こういうことを思っているけれど、他人にしたらくだらないから言ったことはない、みたいな考えや感情が一つや二つあるのではないでしょうか。
 私みたいに妄想の材料にしている方もいるかもしれませんね。でも、そうやって私たちは日々何かしら、いえ、何でも、自分の中で解決して、あるいは割り切って、消化して生きているのでしょう。
 正直に言えば、すっきりしない納得できないこともたくさんある。だけど、引きずってばかりでは到底前には進めないから。妄想や想像でごまかす、打ち消す、塗り替える作業も時には必要だと私は思います。
 想像の中なら何をしても怒られないし、責められもしません。
 あなた自身が疲れてしまわないように、重さに耐えきれなくなってしまわないように。本当は言わなきゃならないこと、言ってしまいたいことを、心の中で一度整理するために。
 現実逃避という名の思考の渦に溺れて、泣いたり怒ったりすることで、少しすっきりして落ち着くことがありますよね。
 今じゃわざわざ想像や思考に時間や頭を費やさなくてもいい世の中かもしれません。けれど、それで救われる心もあると私は信じています。
 お酒に頼りすぎるのはよくないけれど、たまにはお酒を嗜みたい日もある。本当は手元にあれば良かったのですが、皆さんお手元にある方はぜひ、グラスをとって。
 いつか幸せだと思えるあなたの未来に──乾杯。
 また来週お会いしましょう。眠れない夜のお供に、深見小夜子でした。



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