Love adventure

ペコリーヌ☆パフェ

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初恋~幼い憧れ

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俺は岸智也。

家も大きな会社を経営していて裕福で、物心付いた頃から、手に入らない物は無かった。

学校の授業と家での少しの予習復習程度でも充分勉強も理解出来たし、テストの順位も一桁以外獲った事は無い。

小さな頃から
"ハンサムだね"
と誉めそやされ、色んな場面に於いて自分は優遇されて来た様な気がする。


それは家が裕福な事が関係しているのか、この外見のせいかは分からない。


だが……自分には、


「どうしても欲しい」

と思う物も無かった。



そんな俺が、生まれて初めて心底
「欲しい」と熱望したのは、仁科ほなみ、彼女だけだった――




会社を経営している父は多忙で殆ど家には居なかったが、母はいつも家に居てくれた。

"居てくれた"という言い方が正しいかは解らない。
多分息子の為だけに家に居た訳ではないだろう。
父の不在が多いため、家の事、俺が通う学校の事、近所や会社関係での付き合いなど母が一手に引き受けていた。
そんな訳で、母は家には居たが、いつも忙しそうにしていた。

何処に連れて行かれても俺は大人しく困らせる事も無く、行く先々で


「智也君はお利口だね」
「智也君は偉いね」


と言われた。
何処に行っても会った大人に挨拶をして母の用事が終わるまでは、大人しく好きな本を読んだりスケッチブックに絵を描いたりしていた。

母が出かける場所は、取引先の会社の社長宅だったり、付き合いがある家でのホームパーティーだったりした。
そして俺が通わされた英会話教室や、ピアノ教室での集まりでも、俺はいつも
「大人しく行儀よく」
振る舞っていた。

只、同い歳位の子供と関わるのが自分は得意では無かった。



他の子供達は皆、感情の起伏が激しく、些細な事で怒ったり泣いたり笑ったり、それが当然なのかも知れないが、俺はどうやら普通の子供ではなかったらしい。

母親に甘えて泣いたり困らせている子供達を、密かに醒めた思いで見ていた。

しかし、わざわざ敵を作る事もないので俺はいつもニコニコ笑っている事にした。

何を言われても相槌を打ったり笑顔でいれば、敵視される事はなかった。

俺は決して本音を言わなかった。

大人の世界に出入りすることが多かった俺は、必ずしも本心を言う事が良い結果にならない、という事例を数多く見てきて本能的に、自分を防衛する手段を身につけたのかも知れない。


そんな風に自己防衛をしていた俺だが、周囲の子供から好かれて居なかったようだ。



小学校に入学したばかりの頃、ピアノ教室でこんな事があった。





――俺より少し前から通い始めた、確か
「ヒカル」という名前の男の子だった。

バイエル練習曲の進み具合が思わしくなく、教室での練習が終わった後、


「もうできない。もう辞めたいよう」


と母親に泣きついて居た。
母親は
 
「何言ってるの!頑張れば上手になるわよ!」


と諭していたが、ヒカルは泣きじゃくった。


「もう嫌だ!後から入ってきた智也にも負けてるし!もうピアノなんかやりたくない!」




の目の涙には、明らかに俺への敵意が宿っていた。
母親は困った顔で、


「智也君は、沢山練習したから上手になったのよ?ヒカルも、もっと頑張れば……」



と、言い聞かせようとしたが、ヒカルは更に泣き喚いた。



「嫌だっ!
智也みたいに何でもスラスラ出来るわけないよっ!」


教室では、次が俺の順番で、いつもヒカルの番が終わる少し前に来ていたので、ヒカルとはよく顔を合わせてはいたが、ヒカルは俺と目を合わせた事が無かった。

多分最初から嫌われていたのだろう。
別にそれでも一向に構わなかったが。


教室の先生も困り果て、ヒカルの母親と顔を見合わせていた。


ヒカルはグズグズと泣き続けている。


俺は、馬鹿馬鹿しさが込み上げ、ついポロリと言ってしまったのだ。



「――ヒカル。
辞めたいなら、辞めればいいんじゃないか」



俺のその言葉に、先生もヒカルも、ヒカルの母親もギョッとしていた。



「僕は、将来の為に習わされているだけだ。ヒカルは自分の意思で習ってるんじゃないの?
僕の方が上達が早いからって勝手にいじけて周りに当たるな」




ヒカルは蒼白になった。母親も先生も、口をあんぐりと開けて俺を見ている。



俺は、楽譜をレッスンバッグにしまい椅子から立ち上がると、ぽかんと口を開けている先生に言った。



「……すいません。頭が痛いので今日は帰ります」



先生に会釈をし、教室の2階のドアを開け階段を駆け降りる。

真っ直ぐ帰る気がしなくて遠回りをしたが、公園で遊んだりする事も好きでなかった為、特に寄る場所もない。

"レッスンをしないで帰った事を後で問い詰められる"
と思ったが、そこは適当に言い訳しておけば良いだろう。



ヒカルの呆然と俺を見つめる泣き顔が脳裏に蘇る。


(だから本音なんて言う物じゃない)



結局俺は父親の会社の庭に遊びに来た。
とても広く、植え込みや植木はいつも綺麗に手入れされ、花壇には季節の花が生き生きと育っていた。
大きな公園のように散歩できるような遊歩道が作られていて、池もあった。


ここには滅多に来ないが、あの日はどういう訳か足が向いてしまったのだ。

運命だったのだろう。

薔薇の門を抜けた先に池がある。

池の側で、若草色と黄色の中間のような綺麗な色目のワンピースを着た女の子がしゃがんで居るのを見つけた。

思わぬ先客に、


(……なんだ。誰かいる……引き返すか)


と、踵を返そうとしたが、気配を感じたのか不意に女の子が振り返った。
その澄んだ目を見て、一瞬見とれてぼんやりしてしまい、手に持っていたレッスンバッグを落とし、中身の楽譜が風に舞ってしまった。


「いけない!」


ひらひら舞う楽譜を掴まえたが、池の中に一枚は落ちてしまった。



ああ、参ったな)

と思っていると、チャプンと水音がした。

女の子がワンピースの裾を托し上げて池に片足をつけようとしていたのだ。



「ねえ、危ないよ!」


声をかけたが、女の子は池にそのまま入り、楽譜を拾い俺に向かって、



「拾ったよ!」


と池に入ったまま、手を振ってみせた。

俺は池の側まで走り寄り両手を差し出して女の子の腕を掴み、なんとか陸まで引っ張り上げた。

綺麗な色のワンピースは胸のあたりまでぐしゃぐしゃに濡れて台無しになってしまった。


女の子はワンピースを托し上げ手で絞っていたが、その白い脚が目に入り、俺は慌てて見ないように後ろを向いた。



「ピアノ弾くんだね」


耳に、すんなりと入り込む不思議な声。
俺は、何故か腹の下辺りがムズムズした。



「……うん。君も弾くの?」



「弾くよ!私も今この曲練習してるんだ。素敵な曲だよね」



――ずっと聞いていたい様な声だ、と思った。
何故なんだろう?

初めて会った子なのに。



「素敵……かな」



「ピアノ嫌いなの?」



正面に回り込まれて聞かれギクリとした。


確かに、自分はそれ程ピアノが好きではなかった。
俺は曖昧に笑った。



「……君、変な顔してる」


女の子は、まじまじ俺を見つめて言った。


「えっ!?」


そんな事を言われたのは初めてだった。
内心ショックを感じながら、女の子を呆然と見つめた。


「――それはどういう意味」

聞いたとき、女の子は盛大なくしゃみをした。




俺は慌てて女の子に上着を羽織らせた。


「ゴメン。服が濡れちゃったね」


俺を、また女の子はじっと見つめた。

その瞳に吸い込まれそうで、つい息を止めてしまう。



「今は、変な顔じゃないよ」



「?」



「さっき、作り笑いしてたでしょ」




さらりと言い当てられ、言葉を失っていると、ドカドカと足音がした。

振り返ると、会社の用務員の中野がタオルを手に走ってこちらへ来る。



「智也君っ!ほなみちゃん!大丈夫かねっ?
会社のニ階で会議をしてたら、池で遊んでる君達を見つけた社員が居てねえ。
ほなみちゃんが池に飛び込んだって聞いて、びっくりしたよ!
危ない事をしちゃ駄目でしょう!
智也君!君も、女の子に無茶をさせたらいけないでしょう!んんっ?」


角を生やした中野さんに説教されている間、俺はこの女の子の名前が
『ほなみ』であるという事を頭に叩きこんでいた。


「風邪引いたら大変だよ!着替えを用意するからシャワーを浴びなさい!
あ、智也君もいつまでも遊んでないでそろそろ帰りなさい。
社長と奥さんには黙っててあげるから。ねっ!?」



ほなみは中野に手を引かれ歩き始めたが、振り返って、


「あなた岸智也君?」



と聞いてきて俺の心臓が跳ね上がった。



「私は、仁科ほなみ。
お父さんが岸君の会社で働いてるの。
新潟に居たんだけど、転勤になったから引っ越してきたの。
学校も一緒だよね。よろしくね」


ほなみは少し離れた場所からそう言うと、ワンピースの裾を両手で托し上げながら去って行った。
すらりと伸びた白い脚と、澄んだ瞳が心と頭に焼き付いてしまい、俺はしばらくその場に佇んでいた。
 
拾ってくれた、くしゃくしゃになった楽譜を握り締め、心の中で呟いた。



――あの子が、欲しい。
どうしても欲しい――







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