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ライヴ=人生?③

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『君は旋律(恋)を撒いた
君は旋律(恋)を奏でた

渇いた砂に 染み込むように
もっと もっと欲しいって
泣いているようだよ』




会場入りして三時間。
ステージでメンバーは今夜のセットリストとMCを確認しながらリハーサルをすすめていた。


ライヴ本編の最後に予定している
"恋をさらって"
を演奏している最中に、ほなみのスマホが振動した。




ロビーに出てから電話に出る。



「もしもし……」



『ほなみさん!カナで――す』



「カナちゃん……!久し振りだね、どうしたの?」



『今日は旦那様の名古屋ライヴ、おめでとうございます!
最近また大活躍ですよね!』



「あ……ありがとう……」


『あれえ?なんか元気ないですね?
ダメですよ?赤ちゃんにもママの気持ちが伝わるんですから……』



「うん……そうだよね」




ほなみは、昨夜と今朝、あれだけ抱き合い確かめ合ったのに、景子の振る舞いや言動ひとつで忽(たちま)ち不安の底に突き落とされてしまい、会場までのタクシーの中で祐樹と言い合いになってしまったのだった。


頭では分かっている。
景子はマネージャーで、しかも智也の父からの紹介なのだから、波風を立てる事があってはいけない。


でも、何故景子はあんなに強気に振る舞うのか。

いくら祐樹のファンだからと言って、ほなみとの事は知っている筈だ。


今まで、世間からは不倫だ、略奪婚だ、アバズレ等と散々言われては来たが、クレッシェンドのファンは二人の事を祝福してくれていたし、メンバーは勿論、ほなみのごく親しい人達は暖かく見守ってくれて居たのだ。



だが、それに安心しきって居心地の良い環境の中に居た自分は、リアルな世間の感情に直接触れないできただけなのかも知れない。



景子が向けてくる蔑みは、つまりは世の中全部の人達の蔑みの感情なのではないだろうか。





"自分はやはり、西くんと一緒に居てはいけない"


という奥底に沈んでいた心の声が、景子が現れてから時にほなみを苛む様になったのだ。



祐樹は真っ直ぐに自分を愛して、甘やかしてくれているのに……


些細な事で揺れて落ち込み、祐樹に八つ当たりしてしまう。



大事なライヴの日に、拗ねて困らせたりして、自分は最低な妻だ、と思った。




「うっ……」



ほなみが電話口で詰まると、カナが声色を変えた。



『あ――らら大変!
大丈夫ですか?
……今すぐそこに行きますから、待ってて下さいね――!』



「え……?カナちゃ」




ロビーの扉が開くと、スマホを持ったカナと、その後ろには――




「智……也……」





ほなみは涙目で呆然と二人を見た。




「ああ――大変!私車に忘れ物……
ほなみさん、ごめんなさいっ!すぐ戻ります」



カナはアタフタと走って行くが転びそうになる。

それを見て智也はクスリと笑った。



ほなみは目尻を指で拭う。


「ふふ……カナちゃん……相変わらずだね」



智也はゆっくり歩み寄り微笑む。



「まあね」



「でも……いつも明るくて羨ましい……」



そこまで言うと、喉の奥から大きな嗚咽が漏れて、我慢していた大粒の涙が溢れた。



「あ、アハハ……
なんか、ホルモンのせいで涙脆くなったみた……」


無理矢理笑顔を作り俯いた顔を上げた瞬間、智也に抱き締められていた。



「……っ……智也」



「バカだな……また泣いてるのか……っ」



智也はいとおしそうに、ほなみの真っ直ぐな髪を撫でた。



その時、カナが戻って来て扉を開けると、二人が目に入り、反射的に閉めてしまった。



智也が、ほなみを大事そうに抱き締めているのを目の当たりにして、カナの胸は耐えがたく痛む。


扉に手をかけたまま佇んで居たが、足に力が入らなくなり座り込んでしまう。



小さな手の甲に、暖かい涙が落ちた。



「……こ、こんなのわかってたし」



舌を出して、涙を拭うが、また新しい涙が生まれる。



智也と少しずつ近づけていると、自惚れていたのだろうか。
傷付いた彼を、幸せな気持ちに自分が出来たら、と思っていたのが、滑稽にしか思えない。



カナは笑い出していた。


「あは……あははっ……カナ、バッカみたい……」



このまま、ここから逃げ出したい気持ちになったが、そんな訳にはいかない。



智也もほなみも心配するに違いない。



いや、あてつけに心配させてやろうかとも一瞬考えが掠めたけれど、そんな風にしても惨めになるだけだ……




とにかく落ち着かなくては。
今のグチャグチャに乱れた気持ちのまま、二人の前に出たらいけない。


(お化粧を直して……
マスカラも点検しなくちゃ……


いつもの
"明るくて面白いカナちゃん"
に戻って、二人にニッコリ笑わなきゃ……)




カナは震える手でバッグから手鏡を出して自分を映して呪文を唱える様に呟いた。




……笑って。笑って。
私は"カナちゃん"





抱き合う二人を陰から見ていたのは、カナだけでは無かった。




景子がロビーの自販機の陰で二人を偶然見て、スマホで撮影していたのだ。




「ほらね……
やっぱり、アバズレはアバズレなのよ……」





形の良い紅い唇が歪んだ。
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