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番外編~私とチョコ、どっちが甘い?~綾波と美名のバレンタイン~①
しおりを挟む真夜中、ベッドの中で毛布を頭から被り、美名はスマホでネットショッピングをしていた。
『楽空市場』
『Omozon』
『ペルメゾン』
『Gahoo!』
など大手のサイトを目を皿の様にして見ているが、扱っている商品の数が膨大過ぎて、カートに入れてはまた止めて、という事を繰り返していた。
「……美名……」
低い掠れ声が隣で聞こえ、ギクリとしてスマホを掌で隠し振り返るが、綾波は良く眠っている。
(なんだ……寝言……)
美名はホッとして、スマホを脇へ置いて、綾波の寝顔をじっくりと見つめた。
真っ直ぐで長めの黒髪に、黒く長い睫毛。
高い鼻筋に、形の良い唇……
そして、キメの細かい肌は、思わず嫉妬してしまうくらいだ。
そっと指で頬に窪みを作る。
(わあ……柔らかい)
いつも、甘い言葉と容赦ない身体への責めを巧みに使い分けて美名を翻弄して啼かせる綾波だが、眠る顔はまるで小さな子供に見える。
元々綾波は少年の様な顔立ちなのだが、立ち居振舞いやその言動や態度が彼を狡猾さが見え隠れする大人の鋭い男に仕立てあげるのだ。
何度も、何十回、いやもっと、綾波とこうして過ごし、その無防備な寝顔を目にしている筈なのに、見る度に胸の奥が甘く疼いて叫び出したくなる衝動にかられてしまう。
(か……
可愛いっ……)
美名は、はたと我に返り、ブンブンと首を振る。
(ダメダメ……
このままじゃ、剛さんに見とれて夜が明けちゃう)
美名は、そろりそろり、と這ってベッドから抜け出し、パジャマの上にガウンを羽織り、抜き足差し足でリビングへ歩いて行く。
(剛さんが……
起きません様に……)
キッチンのシンクの照明だけを点けて、美名は棚の中に隠しておいた紙袋を取り出す。
紙袋の中から、可愛らしい水色のドット柄の箱を取り出して蓋を開ける。
中身が八つに仕切られている箱で、一つ一つにチョコがちんまりと収まっている。
生まれて初めて、美名が手作りしたチョコだ。
そう、明後日はバレンタインデー。
綾波と迎える初めてのバレンタインデーなのだ。
頭をフル回転し、サプライズを企画しようとしたが、さっぱり良い考えが浮かばず困り果てていた矢先の先日、志村が突然、美名と桃子、マイカをパジャマパーティに招待してきた。
パジャマパーティとは表向きで、実はチョコパーティだった。
志村は毎年手作りチョコを意中の男性や、お世話になっている人達に贈っているらしい。
『美名ちゃん、綾波君の目を盗んでチョコ作りだとか、同じマンション に住んでるんだし無理でしょ~?
私の所に来て、一緒に作りましょうよ~!
桃子ちゃんやマイカちゃんも呼んで……
たまには女子だけで楽しく集まりましょ!』
美名にはそうやって耳打ちし、綾波には
『女子会をするから、美名ちゃんを一晩だけ貸して頂戴!
……あら、怖い顔ねえ!大丈夫よ!桃子ちゃん達も呼ぶし……
女子だけだから!』
と言いくるめたのだ。
志村の申し出のお陰で、美名は無事にチョコを製作する事が出来た。
桃子やマイカも喜んだし、志村が言うように、たまにはこうして女の子だけで過ごすのも悪くないし、楽しかった。
いや、志村は女の子、とは少し違うけれど……
美名はチョコの一つ一つを確認しながら、満足げに笑った。
全くの初挑戦の割りには上手に出来たと思う。
ガナッシュの表面に、仕上げでごく少量のホワイトチョコを垂らし、竹串で微妙にくすぐと、ホワイトチョコでハートの形を書く事が出来る。
ハートが見事三つ、チョコに描かれている。
トリュフも綺麗な丸になり、飾りのアラザンが宝石の様にチョコを彩り、ブラウニーも上手い具合に出来上がった。
「うふふ……
私も、やれば出来るじゃない……」
美名は小さく呟き、そっと蓋を閉め、リボンをかけ直して紙袋にしまった。
「けど……
これだけじゃ、ありきたりよね……」
美名は溜め息を吐く。
サプライズと言っても、バレンタインデーにチョコを贈られるのは綾波だって想定している筈だ。
何か創意工夫と、少しのドッキリを計画して実行したいのだが……
良いアイデアはないか、と暇を見つけてはネットを漁るが、考えれば考える程わけがわからなくなる。
綾波は多分、過去に沢山、バレンタインの思い出があるに違いない。
モヤモヤするのが嫌だから聞いてみた事もないけれど……
美名はいつの間にか、眉間に皺を寄せていた事に気付きげんなりした。
「……もう今日は止めよ……
寝不足で顔がむくんじゃう……」
美名は欠伸をし、寝室に戻ると再びベッドへ潜り込んだ。
綾波は良く眠っている。
美名はその胸にそっと頬を寄せて目を閉じた。
(そうだ……
明日、真理君に相談してみよ……)
男性の気持ちはやはり、同じ男性に聞くのが手っ取り早いだろう。
目を瞑りながら、良い考えだとほくそ笑んだ瞬間、美名は眠りに沈んだ。
次の日はテレビ収録でお昼過ぎにスタジオ入りで、割りとゆっくりなスケジュールで良かったのだが、朝ご飯を作ってあげるつもりが寝坊してしまい、起きた時には既に綾波が当たり前の様にキッチンで食事を用意していた。
美名が慌てて寝室から飛び出して行くと、綾波は涼やかに笑った。
「まだ寝ていても大丈夫だぞ」
キッチンからは味噌汁の良い香りが漂い、綾波はだし巻き玉子を菜箸で器用に返している最中だった。
(う……
上手っ……
私より慣れてるかも……
まずい……女子力……負けてる)
美名は敗北感にうちひしがれ、溜め息を吐いたが、綾波が玉子をひとかけ箸に挟み美名の口元に持ってきて
「ほれ」
と促すと、反射的に美名は口を開けて玉子をパクついた。
出来立ての柔らかい玉子の甘さが、美名の頬を自然と綻ばせる。
「むむ……おいひ」
「ふふ……そうだろう……」
眼鏡をしていない切れ長の瞳が柔らかく見つめて、美名の心臓が跳ねた。
「う……うわっわわっ
私!お手伝いしますっ」
「大丈夫だ。
もう出来たからな……」
気がつけば、綾波はちゃんとエプロンで料理をしていたのだ。
桃子が作ってくれたピンクの、胸にハートの形のフリル付きのポケットが付いてるやつだ。
平然とそれを身に付けている綾波に、美名は突っ込みを入れたくて仕方がなかったが、何か言ったら百倍以上にして返される……
と思い、言葉を呑み込むが、綾波はそんな美名の様子に気が付いた様だ。
鍋の火を止めて、ゆっくりと美名に歩み寄る。
「どうした?
そんなに熱く見つめて……
そんなに、見惚れる程俺が好きなのか」
唇を歪め、軽い調子で綾波は聞くが、美名が頬を染めながら素直に頷いた時、綾波の中の獣が目を醒ましてしまった。
綾波の目がぎらつくのを美名が捉えた時には、しなやかな長い腕の中に抱きすくめられていた。
「ひゃあっ……
つっ……剛さっ」
美名は軽々と抱き上げられ、ソファへと沈められた。
「お前は……
朝から俺を挑発するのか?」
綾波は、低く笑いながら、美名の身体の脇に両手を付いて見下ろした。
「ち、違いますうっ!
私はただっ」
真っ赤になり狼狽える美名のパジャマのボタンを外し、顔を埋め突起の近くに唇で痕を付ける。
「あっ……」
「ここなら……外から見えないし問題ないだろう?
「そ……そういう事じゃなくて……
剛さ……ダメッ」
パジャマの胸元を更に広げようとする綾波の腕を掴み、美名は抵抗を試みるが、敵うわけがない。
パジャマの上は腕から抜き取られ、ズボンもするりと脱がされ、ショーツ一枚の姿にされてしまう。
腕を掴まれて自由が利かない美名は、許しを請うように綾波を涙目で見つめた。
「……つ、剛さん……
や……だ……」
綾波は、美名からその言葉が出るのを予測していたかの様にクスリと笑った。
「お前の……嫌だ、は信用しないぞ」
「そ、そんなっ……」
美名が首を振るが、頬を両手で挟まれてキスをされる。
軽く触れるキスは、次第に深く、烈しくなり、綾波の身体の熱が美名にも伝わると、美名の抵抗も弱々しくなっていく。
綾波の胸を叩いていた拳はほどかれ、無意識に首に廻されていた。
「ほら……な?」
長い口付けの後で、綾波はエプロンを脱ぎながら笑った。
「……も……もうっ!
知らない!」
悔しくて恥ずかしくて、美名はそっぽを向くが、顎を掴まれてこちらを向かされる。
「ふふ……
いい事を思い付いた……」
綾波の、含みのある口元に嫌な予感がした美名は腕から抜け出そうと身体を捩るが、両手首を片手で纏め上げられてしまう。
「これを着てみろ……美名」
綾波は、自分が脱いだエプロンをヒラヒラとさせる。
「えっ……」
「そのまま……
直接これだけ付けてみろ」
「なっ――――!
や、嫌だよ恥ずかしい!」
「本当にか?
……じゃあ……これは何だ?」
「ああっ……」
綾波の指が、ショーツの中へと滑り込み、零れた蜜を太股にゆっくりと伸ばしていく。
一番敏感な中心に、触れそうで触れないのに、美名の身体中が火照り、また蕾が溢れるのを感じた
「……たまにはそういう挑戦もいい事だぞ?ん?」
綾波は耳元で囁くが、彼も相当興奮しているのだろうか。
熱くて荒い息がくすぐったい。
「や……イヤイヤッ!
そんな恥ずかしい事できないっ!
何が挑戦よ――っ
エッチ!おバカ!
変態――!」
「変態……てお前に言われるのはこれで何度目だ?」
綾波は頭を掻きながら苦笑する。
その仕草に甘く胸が苛まれると同時に、美名の心に黒い雲が押し寄せてきた。
(剛さんは……
過去に……
そういうプレイを他の人と……?)
自分だって、綾波が初めての男ではないし、健康な男性が綾波の年齢まで経験が無いのはまずあり得ないだろうし、過去の事は今とは全く関係ない。
頭ではわかるけれど、綾波が他の女性を抱き締めて甘く囁きながら同じ様に迫る姿を思い浮かべると、とてつもない嫌悪感と切なさに襲われる。
妙なスイッチが入ってしまった美名は、身体がどんどん冷えきって行った。
「――美名?」
綾波は、美名の目が虚ろなのに気が付き、ショーツを降ろそうとしていたその手を止めた。
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