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プリキー大作戦②
しおりを挟む高く、蒼い秋の晴れ渡った空を見上げて深呼吸をしながら腕を高々と上げて
「HA――――」
とファルセットで軽く発声練習をする。
喉に何かが突っ掛かる様な感覚も無く、調子は良い様だ。
雲に隠れていた太陽が覗き、美名は目を細め手を翳した。
ギターケースの上に置いてあるスマホが鳴っている。
「もしもし?……あらら、凄い声!大丈夫?」
『ゲヘッウヘッ……
びめ……ずまん……
ぎょうばまだ無理ぞ――だ……
ぐべぼ――っぶへんっぶひゃんっ!』
電話の向こうで真理が苦しそうに咳き込んでいる。
真理と由清は三日前から揃って仲良く風邪を引き、高熱が出てしまい休んで居るのだ。
その間勿論路上ライヴなど出来る筈もなくプリキーの活動はブログ更新位の物だったのだが、ライヴを望むファンからのメールが殺到し、美名単独で路上を敢行しようという事になったのだ。
美名が一人で路上をする事に志村と真理、由清は反対した。
風邪を引いた二人は何がなんでも治して一緒にやると意気込んで居たが、やはり厳しい様だ。
「そりゃそうだよ~
無理しちゃダメだよ?それより今はちゃんと治して来週元気にライヴ出来る様にするのが真理君と由清君の仕事だからね?」
『うう……ずまん……
びめ……げどだいろーぶが……?』
「大丈夫だよ~!今までだって無事に出来てたじゃない?
それに志村さんがもうすぐ来る筈だから……」
『ぞ、ぞっが……
グェボッグボッ……ブェッ――ぐじょん!』
「あああ、もう喋らない方がいいから!
……お薬飲んでちゃんと寝ててね?
じゃね?」
美名が電話を切ると、また着信音が鳴り出した。
「はい!もしもし……あ、志村さん」
『ああ、美名ちゃんごめんなさいね?
もう代々木なの?』
美名が電話を受けている所に、路上ライヴを見にやって来たファン達が少しずつ集まって来ていた。
一人一人と顔を見合わせながらお辞儀をする。
「はい……代々木公園に居ます」
『本当にごめんなさい!私、今自動車事故に巻き込まれちゃって……
今お巡りさんを待ってるところなのよ』
「えっ……?
大変……!志村さんも、運転手さんもお怪我は?」
『信号待ちをしてたら後ろから追突されたのよ。スピードは大して出てなかったし怪我は無いわよ?
でもむち打ちが出てくるかも知れないから病院には念の為行ってくるわ……そういう訳で、そっちに行けそうに無いのよ……
一人じゃ危ないから、今日は中止しなさいね?』
「え、ええ……でも」
美名は電話をしながら次から次へと沢山集まってくる人達を見た。
皆それぞれが期待に満ちた笑顔でライヴが始まるのを待っている様だった。
応援団のメンバーも来ていて、その中には遠くからわざわざ電車で移動して来る人も居る。
折角来てくれた人達に、今から中止にするなどとても言えない。
『――美名ちゃん?』
黙ってしまった美名に志村が怪訝な声で聞いてきた。
「はい、わかりました……今日は私、これで帰ります……
取り敢えずお怪我が無くて良かったです……
じゃあ、お大事に……」
美名はそう言って電話を切ると、クルリと客達の方を向きギターを持ち、明るいコードを激しく掻き鳴らした。
待ち構えて居た人々から歓声が上がる。
「皆さん、今日は来てくれてありがとうございます――!
じゃあ、いきますよ~!」
軽やかなフレーズを弾きながらステップを踏むと客達が手拍子をする。
美名は笑顔で歌いながら志村に心の中で詫びた。
(嘘を付いてごめんなさい……
けれど、待っている人が居るなら、私は歌いたいんです……)
ライヴ中、客達とコミュニケーションを取ってやり取りしたりしながら一時間が過ぎた。
沢山の人達が集まり、拍手をし一緒に歌ってくれて楽しい時間はあっという間だった。
美名は、遠巻きに冷たい目で西野とその取り巻きが自分を見ている事に全く気付かなかった。
「皆さん、今日はありがとうございました!
気を付けて帰ってね?……ありがとう、ありがとう!」
客一人一人と握手をしながら挨拶を交わして行くと、美名のデビュー前からの路上の常連の女の子が耳打ちして来た。
「ねえ、嫌な噂があるんだけどね?」
「ん?」
「ネットにプリキーと美名ちゃんの悪口を書き込む様に、関係者にある歌姫が指示してるっていう噂……」
「――え?」
「嘘か本当か分からないけど、3ちゃんねるの書き込みに、日比谷のライヴで爆弾を仕掛けてやる……ていう悪質な書き込みがあるのよ」
「!?」
美名は息を呑んだが、何秒かしてケラケラ笑い出した。
「もうっ!笑ってる場合じゃないよ~!
私、何かあったらって心配でさ~」
「アハハ……
そ、そうだよね、ごめん……
あ~でも、そんな事をする人居る訳ないよ?」
美名は涙が出るまで笑ってしまい、指で目尻を拭く。
「勿論、何も無いならいいんだけどさ、沢山人が来るし……
警備とかもちゃんとした方がいいかもよ?
何かがあってからじゃ遅いんだから!」
真剣な眼差しで言われて、美名も表情を引き締める。
「うん……確かにそうだよね、お客さん達の安全第一だよね!
わかった……考えるよ」
「うん、それがいいと思うよ!
……じゃあ、来週、会場でね?」
「うん!ありがとう!
楽しみにしていてね?
じゃあね~!」
最後の一人まで美名は握手と挨拶をして、ふと溜め息を吐いてギターをケースに仕舞い、帰り支度を始めた。
「さて、と……」
美名がギターケースを抱えた時に、足元に二つの影が見えた。
「あの、princes &junkyの美名さんですか……?」
感じの良い男性の声に顔を上げると、グレーと紺のスーツの二人組が笑顔で立っていた。
「は、はい……」
「突然声を掛けてしまってすいません……
私達、こういう者です」
二人はそれぞれ名刺を出して礼儀正しくお辞儀しながら美名に差し出した。
「pockin'on編集部 アシスタント……
田所 耕平さん……
pockin'on編集統括スーパーバイザー……
新川 聡司さん……
て、ポキノンの方でしたか!
じゃあ、堺さんやペコさんの事も……」
美名は思わず笑顔になり、声を弾ませた。
二人はニッコリ笑い頷いた。
「はい。
来週の日比谷野音の事で演出等の変更がありまして……
生憎、芝原と堺が他の件で美名さんの所にお伺い出来ませんで、私共が」
「ああ、そうだったんですね……」
二人は顔を見合わせて頷いた。
この時に男達の目に怪しい光が宿ったのを美名は気付かなかった。
「此処では何ですから、編集部で話しましょう……
車を待たせてますから、こちらへ」
「は、はい」
美名は一瞬、志村に連絡をしてからの方が良いかと思ったが、待たせてはいけないと思い、言われるがままに付いて行く。
二人組の後を歩いていくが、段々と人気のない場所へ移動している。
大体、ポキノンの方から連絡がある場合は大抵志村を通してくる筈だ。
何故、自分に直に?
美名は今更ながら戸惑い、立ち止まる。
「どうされましたか?」
田所と名乗った男が振り返り、こちらへ戻って来た。
新川もやって来て、二人に挟まれる格好になる。
「あ、あの……
今日の事は、志村さんには?」
「志村?
……ああ、勿論……」
田所は隙のない笑顔を浮かべてにじり寄って来る。
「志村さんも承知なんですね?」
美名は後ずさるが、後ろに控えている新川にがっちりと抱き留められ強い力でがんじがらめにされる。
「きゃっ……な、何」
「勿論……
そんな事知るわけないだろう?ハハハ!」
いきなり態度と口調を変えた新川は、手に何か白い布を持ち美名の鼻先に被せようとしている。
――これを、嗅いだらいけない――
察した美名は新川の腕に噛み付き、突き飛ばすと駆け出した。
「……イテェ!やったなこのアマ――!」
「逃がすな――!」
美名は必死に走るが、ギターを抱えている為思うように速く走れない。
賑やかな場所へ逃げようと思うのだが、走っても走っても人気のない公園の遊歩道が広がるばかりだ。
二人の怒号が迫ってくる。
美名は辺りを見回して、大きな植え込みを見付けると、一か八かその陰に隠れてみた。
「何処に行きやがった――!女あ」
「おい、そんな物騒な声を出すなよ……」
「ふん……
あの女……お仕置きにたっぷり可愛がってやるぜ……」
「お前……くれぐれもやり過ぎるなよ?
西野さんにも言われたろ?」
植え込みの影で身を縮めて居ると二人の話し声が近くに聴こえ、美名は耳をそばだてた。
(西野……て……まさか……未菜……ちゃん?)
「ああ……酷くやり過ぎると訴えられるって?
……ふふ、わかってるさ……」
「まあ、ちょっと脅せば言う通りにするだろうよ……
それに所詮女だからな……
乱暴された事をわざわざ公にすると思うか?」
(――!)
二人の男達の言っている事の意味は、どう解釈しても美名にとっては恐ろしい物でしかない。
絶対に、捕まる訳にはいかない。
美名は恐怖と緊張で息ひとつするのにも気を使って居たのだが、急に鼻がムズムズとして大きなくしゃみをしてしまった。
「――っ」
慌てて口を押さえるが、もう遅い。
男共はニヤリと下卑た笑みを浮かべて美名の隠れている植え込みの方へと歩みを進める。
美名は、ギターケースをギュッと抱き締めて祈るしかなかった。
芝を踏みしめる靴音がひたひたと、すぐ側まで近付き、ピタリと止まる。
美名は思わず目を閉じた。
もうお終いか、と思ったその時、言い争う様な声が頭上ですると、聴いただけで痛みを感じそうな鈍い何かが砕ける様な音がした。
顔を上げられずに居た美名は、後ろからいきなりギターごと身体を抱えられ、悲鳴を上げた。
「やっ……やだあっ……離し……」
「――逃げるぞ」
「!!」
耳元で響くその声に、美名は全身が粟立った。
その感覚の正体を突き止める前に、美名は布を嗅がせられ意識を手放した。
「……すまん、美名」
綾波は、気を失った美名の額にキスすると、ヒラリと身を翻し、美名を抱えて走り出した。
蹴り倒された男共は呻きながら立ち上がろうとするが、悲鳴を上げてうずくまる。
「ち……畜生……」
「あいつ……っ強え……っ何者だ……」
サクリ、と芝を踏みしめる音がして二人が視線をさ迷わせた。
細く白いハイヒールが優雅な動きで芝を踏みながらこちらへとやって来る。
「う……す、すいませ……ぐあっ」
ハイヒールのかかとを腹に突き刺す様に降り下ろし、西野は髪を耳に指で掛けながら鼻を鳴らした。
「――女一人拐うのに、何を失敗してんのよ……
この……役立たず!」
「も、申し訳ありません――ひいっ!」
西野はもう一人の男の鼻をヒールで蹴り上げた。
鼻血で白いヒールが赤く染まる。
男共は悲鳴を上げながら逃げて行った。
西野は薄く微笑みを浮かべ、転びそうになりながら逃げる二人の後ろ姿を眺めながら低く呟いた。
「――何が、プリキー応援団……よ……
この間あれだけ大騒ぎになったのに……まだ這い上がろうとするなんて……
どれだけ生意気なの?
……許さない……
本当に許さないわ……」
可憐に見えるその瞳に、暗い焔がユラリと見えた。
――――――――――――
一時間後、美名はマンションのベッドに横たわってまだ眠っていた。
綾波はその横でペコに電話をしていた。
『……綾波君!
一体今まで何処に?』
「ペコさん……ご心配をお掛けして申し訳ありません……
ですが、今はそれよりも、緊急な用件があります」
『緊急……?
また何かあったのかしら?』
「……美名が、今日、ポキノン編集部と名乗る二人組に襲われかけました」
『な……何ですってえ――っ!?』
ペコのつんざく様な金切り声に、綾波は受話器から耳を遠ざけた。
『何てことなの……!
ポキノンの名前を語ってそんな卑劣な事をするなんて――!』
ペコの怒りの鼻息が聴こえてくる。
「美名が渡された名刺に……田所、新川という名前が記されていますが」
『そんな奴等、ウチには居ないわよ?』
「やはり、そうでしたか」
『綾波君……まさか、まさか西野未菜の手先じゃないでしょうね?
この間の怪しいディナーの事と言い……あの女、やっぱりおかしいわよ!』
「……男達の会話を聞いていましたが、西野の名前を出して居ました」
『んまあ――っ!
やっぱりそうなの?
……あの子はね、デビュー当時から黒い噂が囁かれて居たのよ!
……社長の愛人らしいしね、それを良いことにやりたい放題らしいわ……
ほら、例の新聞記事!あれも西野の社長の力が働いていたって話よ!
……でも、最大手の芸能プロダクションだし……今まで逆らえる人間が居なかったのよ……」
「……来週の野外ライヴ、警備面を強化出来ないでしょうか?
妙な噂に刺激されて悪戯を企む輩が他にも居るかも知れません」
『そうね……
う――ん……
これを言いたくないんだけど予算が限られてるしねえ……
それに、警察に言っても動かないだろうし……
余りにも物々しくなっても何だかね?難しいわあ……
まあ、イザとなれば私が腕っぷしを奮うわよ――!』
「無理されないで下さい、ペコさん。
……志村さんにも相談してみますよ……
じゃあ……」
『あ、綾波君、あなた、美名ちゃんのところに帰ってきたのよね――?』
ペコの問い掛けには答えず電話を切ると、眠る美名の姿を見つめ、唇を噛み締めた。
今日の美名は珍しくTシャツにGパンというシンプルな服装だった。
だが、それが反って美名の可憐さと身体の曲線の美しさを強調していた。
首回りが大きく開いたシャツは、白い首筋と形の良い鎖骨を惜しげも無く晒し、思わず触れたくなる。
スリムジーンズの腰の辺りを見ていると、丸みを帯びた桃の様な綺麗な尻の形そのものが布の上からでもはっきりわかってしまう。
つい、近くでじっと見てしまったが、これ以上見つめ続けていたら、その身体に覆い被さり意識の無い美名を滅茶苦茶に犯してしまうだろう。
この間も、淫らな欲に負けて美名を抱いてしまったが、自分の節操の無さに我ながら呆れてしまう。
あの新聞記事が出回ってから、美名の前からまた姿を隠していた。
いや、姿を隠しては居たが、側で美名をずっと見ていた。
今までは着ぐるみの中に居て側に居れたが、もうその方法は出来ない。
自ら正体をバラして、今度こそ美名を思うように愛して行こうとした矢先にあの騒ぎだ。
自分が、プリキーの、美名の成功を阻む存在その物になっている、という思いに再び囚われ、美名から隠れて逃げる様に毎日過ごしていた。
窮地に立たされている美名を放って隠れるなど、何と卑怯で意気地の無い事だろうか。
何と責められても反論も出来ない。
美名に愛想をつかされたり、他の男に奪われたとしても文句は言えない。
それに、綾波はあれ以来、菊野と祐樹とも会っては居ない。
菊野に多大な迷惑を掛けたし、今まで何も知らずにいた祐樹は、何と思っているだろうか。
祐樹に何と思われようが関係ない、と今まで余裕で構えていたが、あの騒ぎの渦中、ふと、幼い祐樹が自分を慕って追いかけ回して来た頃の想い出が頭を過り、苦い思いに胸が焼けそうになった。
祐樹のあの真っ直ぐな、澄んだ目を見返す事が、今は到底出来そうにない。
「……ふう……」
綾波は壁に凭れて溜め息を吐き、スヤスヤと眠る美名の表情が安らかなのに安堵した。
綾波は、美名の前には姿を見せなかったが常に美名の側で見守っていた。
路上ライヴも必ずその場所へと出向き、危ない事が無いか、おかしな素振りの客は居ないかと目を光らせていた。
そして今日、最悪の事態が起こってしまった訳だが……
美名のマネージャーである事を放棄するつもりは無いし、美名の事を狂う位に愛している。
だが今、自分のしている事の滑稽さは何なのだろうか。
志村にも散々叱られたが、そこまで気になるなら堂々と側に居ればいいのに……
美名も、真理も由清もバンドを盛り返すために奮起して頑張っているし、確実にファン達の心も掴んできている。
来週のライヴは間違いなく成功する筈だ。
いや、成功させなくてはならない。
今は、その事だけに集中させてやらなければ……
また自分が美名の心を乱す事になったら駄目だ。
警備面の事は岸智也にも頼んでみよう。
クレッシェンドにボンバーダイアモンドというビッグなミュージシャンを迎えて開催するライヴで何かあったら、Dream adventureの経営元の岸の顔を潰す結果にもなる。
智也はその事を承知していると思うから、ライヴの警備にも協力をしてくれる筈だ。
美名の額にそっと掌を当ててみる。
熱が出たりはしていない様だが……
この状態の美名を一人にするのも心配だ。
綾波は美名の唇がピクリと動いたのを見て、額から掌を離した。
美名に何と言ってやったら良いのかわからず、咄嗟に奴等が用意していた薬の染み込んだ布を嗅がせてしまったが、馬鹿な事をしてしまった物だ。
体調に悪影響を及ぼす事がありでもしたら自分の責任だ。
医者に見せた方が良いのかと思案し始め、知り合いの病院に電話をかけようとしたその時、美名が目を醒ました。
美名は横になったままで、綾波を見て瞬きをした。
綾波は美名の目から目を逸らせずに居た。
美名が身体を起こそうとするが、薬が抜けていない為か腕に力が入らない様だ。
上半身を起こそうとして、程なくまたベッドに沈む。
「……っ」
綾波は駆け寄ろうとするが、躊躇い立ち尽くす。
今の自分が、美名に触れる資格があるのか……
愛しくて堪らない恋情と躊躇いがせめぎ合い、綾波は拳に力を込めた。
「……つよ……さん……
な……ぜ……
そばに……来て……
くれない……の」
美名は、重い腕を懸命に綾波に向かって伸ばす。
その瞳には涙が浮かんでいて、綾波の胸がギリギリと痛んだ。
美名は、俯せになりシーツを掴み、何とか身体を起こそうと試みたが、バランスを崩してベッドから転げ落ちそうになる。
綾波は咄嗟に美名の身体を受け止めて支えた。
すると、美名の指が腕を強く掴んで来る。
「剛さん……
捕まえ……た」
涙を浮かべた目で、泣き笑いで言う美名を、綾波は力一杯抱き締めてしまう。
「剛さ……
も……何処にも……行かない……で」
「美名……っ」
美名の指が綾波の頬に触れて、やがて唇をなぞる。
「――!
だ……駄目だ!美名……」
ビクリと身体を震わせ、綾波は美名を引き剥がして背を向けて部屋から出ようとするが、美名の切ない呼び掛けに後ろ髪を引かれ、それ以上歩を進める事が出来ない。
「剛さん……
行かないで……っ」
「美名……
だ、大丈夫なのか……?」
綾波は、美名の体調が気になり振り返らずに聞いた。
苦しげな荒い息遣いが耳に迫って来る。
衣擦れと、ミシリと美名が足を踏みしめる音がすると、柔らかい腕が後ろから絡み付いてきた。
しがみついている、と言った方が良いのかも知れない。
腕を綾波の上半身に絡めているが、やっとの思いで立っているのだろう。
指が小さく震えている。
「大丈夫……じゃ……無いっ」
「……何処か痛むか?……何なら医者に――」
綾波が美名の手を握り締め、振り返ると息を呑む。
美名はいつの間にかシャツとGパンを脱ぎ捨て、下着だけの姿になっていたのだ。
美名の潤んだ目からは堪えきれない涙が溢れ、柔らかな頬を濡らした。
「大丈夫じゃありません……っ!
剛さんが……欲しくて……も……ダメ……」
綾波は美名から目を逸らそうとするが、柔らかい指が頬に触れて正面を向かせようとして来る。
見ないように目を瞑る綾波だったが、美名の唇が頬に触れた時、踏みとどまっていた理性は跡形も無く決壊し、美名を抱き締めてそのまま床へ倒した。
「剛さ……」
「……喋るな」
何かを言いたげな唇を、自分の唇で塞ぐと烈しく咥内を舌で侵攻して行く。
「ん……んっ」
美名の舌と綾波の舌は求め合い絡み合い、お互いの全てを熱く昂らせて行った。
長い長い口付けの後、綾波は美名の身体をなめ回すかの様に見つめながら自らもシャツのボタンを外していく。
美名の目は兎の様に紅く、唇は震えていて、綾波が脱いで行くのをうっとりと見つめている。
その瞳の動きと、唇が僅かに開くのを見ていたら、それだけで身体の真芯が反り勃つのを感じた。
何度も、何十回、いやもっと目にしたかも知れない美名の身体。
だが、目にするだけで心も何もかもが切なく淫らに揺れる。
シャツもズボンも、トランクスも脱ぎ去った綾波は腹の上を垂直に屹立する獣の熱さと硬さに苦しささえ感じながら、美名のブラの肩紐をずらして行く。
「言っておくが……手加減……出来ないからな…… 」
声が、自分の物で無いかの様に上擦っている。
「い……いいの……
剛さんの好きに……あっ……」
美名の手が、震えながら綾波の頬に触れた途端、素早くブラを押し上げられて長い指で柔らかい丘を揉みしだかれる。
「はあっ……剛……さっ……」
敢えて敏感な頂を避けてその周辺を綾波は執拗に指で触れ、唇を押しあて舌でなぶる。
弾力のある膨らみは綾波の動きに合わせて柔やわと形を変えて行く。
美名は、もう既に身体の奥が蕩けきってしまい、今すぐにでも貫いて掻き回して欲しくて仕方が無かった。
綾波が不在の夜、自らの指で自分を慰める事があれから増えていた。
それ程、美名は心も身体も綾波に愛される事に飢えて、欲しがって居た。
太股の間を伝ってくる蜜を隠す様に、美名は脚をぴっちりと閉じるが、綾波は美名の赤らむ頬や潤んだ目、そして漏らす吐息の熱さから、そんな状態である事を見抜いているかの様に淫靡に静かに笑った。
「どうした……
もう、限界なのか?
まだ少し身体に触れただけだろう……」
「……っ剛さ……私……んんっ」
綾波は円を描く様に両の掌で乳房を揉みながら美名の頬にキスした。
「本当に手加減は要らなさそうだな……」
「あ……あああっ」
綾波は、美名の腰に自分の猛りをショーツ越しに押し当てた。
火花が散るような快感がぶつかり合う。
「う……美……名……っ……そんなにいい反応を……するなよ…
この程度で……っ」
美名は綾波にしがみついて泣く様に喘いだ。
「あ……っあっ……もっと……もっと……」
「もっと……何だ……え?」
既に全てを脱ぎ捨てている綾波は自分の欲望を遮る邪魔な物は一切無い。
美名を組み敷いて、剥き出しの猛りで、その濡れた蕾を刺激すると、美名は身体全部を痙攣させて感じて喘ぐ。
秘園を覆う、邪魔な小さな布を今すぐにでも剥ぎ取り突き刺してしまいたい。
だが綾波はギリギリまで耐えた。
美名にその言葉を云わせたくて。
触れるか触れないかの微妙な動きでゆっくりと腰を回すと、美名は切ない吐息を綾波の耳元に掠める様に苦しそうに哭いた。
「や……そんな……じゃ……私っ」
「……どうして欲しい……言ってみろ」
「――っ!」
美名が瞬きをすると大きな涙の粒が煌めいた。
(……綺麗だ……
俺の……ただ一人の愛しい歌姫……
腕の中で……もっと綺麗な瞬間を見せてくれ……)
美名はぎゅっと唇を噛み締めたかと思うと、拳で胸を叩いて来た。
「も……うっ……!
酷いっ……剛さんのバカっ……」
「バカ……か」
綾波は苦く笑い、美名の手をそっと握る。
「……そうよ……バカバカバカ――!
私から逃げてばかり……」
美名は泣きじゃくり、綾波に手を握られたままで尚殴ろうと腕を動かそうとするが、上手く力が入らない。
「そうだな……俺は、大バカ野郎だ」
「――あっ」
綾波は美名を起こすと、自分の膝上に跨がらせて腰をガッチリと掴み、美名を鋭く見た。
「こんな大バカな奴……もう、愛想が尽きたか?」
「……っ」
美名は絶句してまた涙を溢すが、その瞳には強い恋情が宿っている。
綾波も同じ様に熱く見つめ返した。
「もうっ……
剛さんなんて……っ
最初からやる事が滅茶苦茶で……
いきなり私は……奪われて……なのに」
「……うん」
しゃくり上げながら、懸命に話す美名の頭を撫でる。
「私の何もかもを奪って……夢中にさせて……
こんな風に……して……っ……
なのに私の前から消えるなんて……っ」
「今は……此処に居る」
低い声が、美名の胸に突き刺さった。
「……っ」
「お前の……前に……居るだろう……」
綾波は、頭を撫でていた手を頬に、首筋に、腕に、そして腰へとスルリと滑らせると、美名のショーツの隙間から強引に獣を侵入させた。
「あっ……やっ」
柔らかい腕が、綾波の首に絡み付いて来る。
身体を震わせて仰け反る美名の豊かな膨らみが目の前で揺れた。
小さな布の中で窮屈そうにしながらも、飢えた獣は泉を求めて尚も増大する。
荒く息を乱し、烈しく突き上げたくなる衝動を呑み込み、美名に優しく甘く問う。
「俺は……
こんな風にしか……お前を愛してやれない……
他に……分からない……っ……
だが……
俺は、俺の全部でお前を……愛してる……
美名……この言葉だけでは……足りない……か?」
「……全然足りない――っ!バカ―っ!」
美名は怒った様に小さく叫び、綾波に唇を重ねてきた。
綾波も、美名に応えて舌を絡ませる。
穏やかな舌の動きはやがて奪い合うかの様な烈しさに変化していき、興奮した綾波は遂に獣を美名に突き立てた。
唇を重ねたまま、美名は喘ぐ。
「――んっ……く……んん――っ」
「く……っ……はっ」
いきなりの烈しい律動を美名に与えてしまいながら、綾波は苦く笑う。
美名を焦らすつもりが、自分の方が先に導火線に火を点けてしまった。
腕の中に愛しい女が無防備に身体も心も晒して居るのに、我慢など出来る訳が無いのだ。
腰を動かす度に美名は息を乱し喘ぎ、その蕾の中は獣を絶頂に導くべく絶妙に締め上げる。
綾波は暴発しそうになるのを歯を食い縛り堪えると、繋がったまま美名を抱えて立ち上がった。
吃驚する美名に、低く囁く。
「……しっかり俺にしがみつけ……」
「う……うん……」
素直にしがみついて来た途端、綾波は美名の尻をギュッと掴み、前後に律動させた。
「あ……ああああっ」
美名は綾波にしがみつき、快感に叫ぶ。
しがみついて居ないと落ちてしまう。
美名も必死に綾波にすがり付くが、綾波も離すまいと美名の腰を抱え高速で獣を打ち付ける。
「ああっ!……はんっ……やっ……」
「美……名……っ」
「つ……よし……さっ」
「絶対に……離れるな……」
肉食獣の様な瞳は美名の心を甘く鋭く射抜き、硬く熱い淫獣は身体を悩ましく苛み快感を与え、がんじがらめにする。
「も……あっ……離さない……でぇ……っ……あああっ」
「分かってる……」
息も絶え絶えに掠れた声で涙ながらに呟く美名に、綾波は低く囁いた。
「――だったら……もう……っ」
美名の咲き溢れる様な可憐な唇が何かを言う前に綾波は烈しい口付けをして黙らせる。
何を言おうとしたのかは、分かっている。
――『もう、何処へも行かないで』――
そう言いたいのだろう。
「ん……んんんっ」
美名は口付けに応えながら、ガクガク揺すぶられたまま懸命にしがみついている。
乱れる吐息も、身体に絡み付く栗色の長い甘い髪も、力を込めてくるその指先さえ、全てがいとおしい。
綾波は、美名を壊してしまいそうに打ち付け続けた。
「――ああっ」
美名の指先の力が限界を迎え、支えきれなくなりガクンと身体が落ちるが、綾波が素早く抱き留めた。
「……ほら、離さなかっただろう?」
綾波は美名に笑いかけ、額にかかる髪を指で掬うとキスをする。
「剛さん……私……私」
綾波は、真っ直ぐに切なく見つめる美名を抱えてベッドまで歩く。
「ああ……分かってる。
ぶら下がってヤられるのは……流石にお前がキツいだろう?」
「バッ……そんな事じゃなくて」
美名のビンタが飛んでくるが、その手を素早く掴み口付けながらベッドへ倒れ込む。
抵抗するかの様に、美名の拳が胸に当たるが、綾波が再び硬いままの獣を蕾の中へと沈ませると、その拳は開かれて柔らかい動きで綾波の背中を撫でた。
「……ああ……っ」
「美名……っ……どうだ……」
収縮を繰り返す柔らかい内壁が獣を締め付ける感触で、美名がどれ程の快感に震えているのかは聞かなくても分かる。
だが綾波は敢えて聞いた。
「そ……んなの……分かるで……しょ?……ああっ」
緩急を付けた絶妙な動きで美名を翻弄しながら、綾波もまた襲い来る絶頂の波を遣り過ごすのに精一杯だった。
二人で高め合って、昇りつめて、欲望を解き放ちたい。
だが、果てずにいつまでもこのまま繋がっていたいという矛盾で心と身体はせめぎ合う。
「好き……好き……っ」
「美名……っ俺も好きだ……」
「大好き……っ」
美名は烈しい律動に揺らされながら、綾波の瞳から目を離さなかった。
綾波の胸が潰れる程の痛みを感じ悲鳴を上げると同時に、綾波は一層強く深く美名を責め、突いた。
「ああ――っダメッ……もう……ダメええっ……」
美名は髪を乱し、シーツを掴み身体を捩らせて甘く叫んだ。
「くっ……俺も……限界……だ……美名っ……!」
太股を掴み大きく開き真上から烈しい責めを始めると、美名の視界に白く霞がかかっていく。
「やあっ……もう……おかしくなっちゃ……っ」
「お前が……一番狂うこの体勢で……イカせてやる……っ」
綾波も美名と同じ様に発狂しそうな程に昂り身体中が快感の塊(かたまり)となってしまっていた。
指で触れるだけで、お互いの視線を絡ませるだけで淫らに甘く身体中が蕩けて溶けて無くなってしまいそうだ。
「剛さんっ……剛さ――」
「美名……っ!」
何処までが自分の身体なのか、分からなくなるまで欲望をぶつけ合って、二人だけの甘く、高い高い場所にある世界へと翔んだ。
果てる瞬間、どちらからともなく掌を合わせ繋いだ。
お互いの瞳を、網膜に永遠に焼き付けるかとする様に見つめ、長い長い口付けをした。
唇を離すと、美名は綾波の胸に顔を埋めた。
長い髪を、大事そうに綾波の指が弄ぶ。
「……大丈夫か?
て、今更だがな……」
美名は顔を埋めたままで頷いた。
「手加減無しでやってしまったが……
お前も満更でも無かったらしいな……」
綾波は低く笑い、美名の顔をこちらに向けようとするが、美名は俯いたままだ。
「何だ……顔を見せろよ」
「ヤダ」
綾波は呆れて笑う。
「ヤダってお前」
「恥ずかしいもん……」
綾波に抱きついたまま顔を上げない美名の脇腹を指で擽ると、直ぐ様痙攣したように笑い出して降参した。
「もうっ……アハハ……ずるい……ふふ」
「何が、恥ずかしい?
こんなに可愛い姫様を……俺は今まで見たことも聞いたこともないぞ?」
綾波は、美名の顎を掴み上を向かせて囁いた。
美名の頬はみるみる間に紅色に染まり、目が潤む。
綾波は思わず溜め息を吐いた。
「ほら……
お前は、何処までも俺を挑発するんだ……」
「剛さ……」
美名が紅くなったまま首を振るが、綾波は美名を再び自分の下に組み敷き口付けた。
美名は組み敷かれながら、綾波の真っ直ぐな額にかかる髪に触れた。
「前髪伸びたね……剛さん……」
綾波は、愛しさではち切れそうな心と身体をもて余しながら美名を見つめた。
「……変か?」
「ううん……
長くても格好いい……」
「……」
美名は、綾波の額、瞼、長い睫毛、通った鼻筋や引き締まった頬、唇に触れて行った。
「私……剛さんの顔が好き……」
綾波は、予想通り複雑な表情をするが、美名は続けた。
「ふふ……顔だけじゃないよ?
剛さんの全部……丸ごと好きだから……」
「美名……」
綾波の頬が紅く染まった様に見えて、美名は堪らなく綾波が可愛く思えてしまい、思わず頭を撫でた。
美名が頭に触れると、綾波の頬は益々紅みを増して行き、そっぽを向いてしまう。
「剛さん?」
「……っ」
珍しく照れる綾波を見て、美名の胸に悪戯心が芽生えてしまう。
「つ~よし君?
……イイコだから、こっち向いて?」
美名は、身体を起こして綾波の肩を掴み、その顔を覗き込む。
綾波はまたそっぽを向いた。
「……私はね、剛さんの何もかも……
今の剛さんも……
今までの剛さんも……
過去の剛さんには逢うことが出来ないけれど、私、知りたい……」
「――」
綾波が息を呑む気配がする。
美名は綾波の胸に顔を埋めて小さく言った。
「……菊野さんの事や……剛さんが……小さい頃の事……とか……」
「美名……」
綾波は美名の髪を撫で、そっと口付ける。
美名はしがみつく様に綾波に密着した。
「私……
大丈夫だから……
何を聞いても……
何を知っても……
剛さんは……剛さん……だから……」
「――」
綾波の胸に、痛みを伴う程のいとおしさが込み上げて、その瞳には涙が浮かぶ。
何も言えずに美名を包む様に抱き締めて居たら、美名は更に綾波を泣かせる言葉を続ける。
「何があっても……
大好きな……剛さんだもの……」
「――っ」
「い……痛い」
気がつけば、美名が痛がるくらいに腕に力を込めていた。
「美名……美名っ……」
「剛さ……」
苦しげに息を漏らす美名を抱く力を緩めるどころか、更にキツく抱き締める。
可愛くて、いとおしくて、このまま抱き潰してしまいそうになる。
「剛さっ……
息……が」
「――すまん」
綾波はようやく力を緩め、詫びる様に頬にキスするが、美名は恨めしげに睨む。
「ねえ……
今まで、一体何処で何をしてたの?
はまじろうの中にはいつから入ってたの?
……あ!そういえば、原宿のお店からうさちゃんクッキーが山程送られて来たのよ!
あんなに沢山私だけで食べられる訳ないじゃないっ!
太ってもいいの――っ?」
段々と語気が荒くなり、しまいには綾波は叱られていた。
「ぷっ……」
綾波は身体を折り笑い出した。
「なっ!
笑うなんて失礼――っ!
私、真剣に悩んでたのに!
剛さんが居ないと寂しくてつい、気が付くとポリポリうさちゃん食べちゃうし……
真面目な話、太ったわよ!
恋の悩みでやつれるんじゃなくて太るってどうなのよ――!」
真っ赤になり、ギャンギャン言う美名を、ひとしきり笑った綾波は再びベッドへ沈めた。
「あっ……ん」
「太ったか?
……どの辺が?」
優しい笑みに、怒る気持ちが萎んで行き、代わりに恥ずかしさが襲う。
綾波の切れ長の目が、美名の首筋から胸元、腹部まで舐め回す如く見つめる。
美名は布団の中へと潜り込もうとするが敢えなく捕まえられてしまう。
「何故隠れる?」
「……つ、剛さんこそ、何故見るのよ」
腕を掴まれて、身体を隠す事が出来ない美名は恥ずかしさに真っ赤になっている。
綾波は、わざと美名の腕を掴む力を緩めたり、キツくしたりした。
緩めた隙に逃げようとする美名をまた抱きすくめ、また半端に力を緩めたりして、腕からすり抜けようとする美名を捕まえて組み敷く。
しまいには美名がまた怒り出した。
「も……もうっ!
剛さんったら、何をしたいのよ――!」
「さあ……何かな?フフ……」
笑いを噛み殺しながら綾波は美名の首筋にキスをする。
「あんっ!……や……」
「何処が太ったか……身体中を調べてやろう」
「……!
や、やだあっ……
もうっ……剛のエッチ!ヘンタイ――!」
美名は覆い被さる綾波の背中を叩き、髪の毛を思い切り引っ張る。
ブチッと音がして、綾波が小さく呻いた。
美名の掌に何本か、毛が貼り付いている。
「……お前なあ……」
綾波は頭を押さえて美名を軽く睨んだ。
「きゃ――っ!ご、ごめんなさい――!
抜くつもりは無かったのに……」
美名は綾波の怒気におののき、再びベッドの中へと潜り込もうとする。
「待――て。
悪い子にはお仕置きだ」
足首を掴まれて、美名は悲鳴を上げるが、綾波は布団を剥ぐと美名の太股を掴み、左右に広げた。
「……太ったかどうか……ここを詳しく調べてやる……」
長い指が蕾にそっと触れて、美名は弾かれた様に身体を仰け反らせ啼いた。
「――ああっ」
綾波の口の端が上がる。
「まだ序の口もいってないぞ……?
その反応は……堪らんな」
「や……やだあっ……あ、ああっ」
綾波の指が美名の一番善い場所を早くも撫で回し、溢れた蜜を伸ばしながら更に奥へと侵入する。
「ああっ……ダメッ……そんなのダメッ」
甘く乱れる美名の姿に、綾波はまた獣を昂らせて行く。
右手では蕾の中を巧みに掻き回し、左の指は乳房を執拗に弄び、突起に何度も口付ける。
「――いやっ……あああっ」
「嫌か……?
俺は……かなり楽しいがな……」
「あっ……も、もうっ……バカアッ」
綾波の指が更に最奥を責めると、ギュウと締め付けられ、美名は声にならない叫びと共に理性を跡形もなく手放し、果てた。
くったりと横たわる美名の肢体の美しさに、綾波は息を呑んだ。
白い肌にかかる長い栗色の髪が、より艶かしく美名の身体の曲線を彩っている。
乱れた姿を再び見たくて、そして自分の責めで滅茶苦茶に乱れさせたくて、美名の双丘に手を伸ばす。
柔やわと揉み口付けて居たら、美名の身体がビクリと動き、唇からは悩ましく溜め息が漏れる。
「ん……ふ……っ」
「……気を失っている場合じゃないぞ……」
綾波は指先で突起を軽く捻り刺激を与えた。
「あ、あああっ」
今ので美名は完全に覚醒し、綾波を潤む目で見つめた。
「つ……よしさ……たら」
「……手加減しないと言ったろ?」
「あ……っ」
綾波は、準備の整った蕾の入り口へ自分をあてがって息を荒くしている。
「くっ……」
少しずつ、熱く硬い綾波が自分の中へと割り入って来る。
快感の渦に呑み込まれる寸前で、美名は小さく叫んだ。
「まっ……て!
剛さ……話を……」
「――待つ?……お前は待てるのか?」
耳元で甘く、苦しげに囁かれて美名の全身が総毛立った。
「わ……そんなの……分かんないっ」
「お前の身体は……
我慢出来ない、と言ってるぞ……ほら」
綾波が、焦らす様に蕾の回りを獣の先端で触れると、美名は素直に反応してしがみついて喘いだ。
「あんっ……やあっ……だ、ダメッ」
「ほら……
そういう事だろ……ん?」
綾波は紅く目を潤ませて荒い息を吐き、狂った獣を一気に沈ませた。
「ああ――っ」
「くっ……!
話……なら……
後で……いくら……でもしてやる……」
綾波は、美名の両膝を持ち左右に大きく広げて真上から深く抜き差しを繰り返す。
動く度に締められ、潤った蕾道からは蜜が溢れた。
「あ、ああ、ああっ」
「今は……っこうして……こうさせてくれ……っ」
「やあっ……
剛さっ……剛さんっ……」
「美名……っ
綺麗だ……誰よりも……っ」
二人は両手を繋ぎ、見つめ合いながら重なりお互いを確かめる。
飽きる事なく恋の囁きを繰り返し、時には烈しく奪い合い、優しく抱き合った。
夜空の月が東から昇り、やがて白み始める空に溶け込んでしまうまで二人はベッドで愛を紡ぎあった。
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