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鮮烈なデビュー①

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喉の温存の為に、本番までの時間、美名は一切声を出さずに過ごした。



本番のトークは真理や由清が代わりに喋る事にした。
美名は相づちだけを打てば良い。



もし……
このまま声が出なかったら、という考えが頭を掠めたが、成功した時のイメージだけを思い浮かべる事にした。



自分が路上で歌っていた時に沢山の拍手を貰った時の事、まだ無名の自分にサインや握手を求めて来られてこそばゆくも嬉しかった事、 通りすがりの人々がかけてくれた励ましの言葉などが胸の中で甦る。



綾波に見出だされ、志村にプロデュースされる幸運に恵まれた自分。

そして真理や由清という優れたプレーヤーと共に演奏する事が出来る自分。



翔大の事や、大室の策略、聖恵の偽りの親愛、西野の言葉などで傷ついたとしても、自分が無くした物は何も無いのだから……



だから、恐れる事はない。









眠る綾波にも届くように精一杯、自分の全てを懸けて歌う。



スタッフにヘアメイクを直して貰いながら、美名は鏡の中の自分を真っ直ぐに見据えていた。




「Aメロまではいつもの感じで、Bメロから例のダンスをしながらだからね?……真理、聞いてるの?」


真理は、美名の強い眼差しに見とれていて由清の話を全く聞いていない。


「真理っ!?」



「ひっ!?」



耳元で叫ばれて、飛び上がる。



由清は呆れて台本で真理の頭を叩いた。



「全く!しっかりしてよ!初見の視聴者のハートをギュッと鷲掴みにするんだからね!」



「おっおま……
ぶった?今、俺をぶったのか―っ?
へなちょこ由清のくせにっ」



「ああ!ぶったさ!
だらしない顔をしてるメンバーに渇を入れるのもリーダーの役目だからね!」



「ひいっ――怖いっ!
何かお前怖くなったな――!そんな子に育てた覚えはないぞ――!」




更に台本で殴りかかろうとする由清から逃げるように真理は頭を庇うように押さえた。








その時スマホが鳴った。



「あら、誰の?」



志村が美名の髪をスタッフと共に直しながら振り返る。



「ああ、俺のです」



由清は画面にタッチすると、頬を綻ばせた。



桃子からのメールだ。



"(^∇^)やっほー!
アンソニー!
いよいよだね!
今日はマイカちゃんが家に泊まりに来てるの!
もうお風呂も入ったし、後はテレビでプリキーの応援をするだけだよ!

今夜はパジャマパーティなの☆

私が作ったパジャマ、どう?可愛いでしょ?

今度アンソニーにもフリフリのを作ってあげるからね~


じゃあ、頑張ってね――! "



マイカと二人、お揃いのピンクのパジャマ姿の写メも送ってきた。

短いショートパンツからは健康的な太股が覗いている。

その無防備さに由清は苦笑した。


「……全く……
こっちの気も知らないで……」



「何だ?何だ?」



「真理は見ちゃダーメ」



身を乗り出す真理の顔を掌でガシッと掴む。







「んがが……なっ何だよ――!」



真理が騒いでいると、あちこちから着信が鳴る。



「ほら、真理のも鳴ってる」


由清に追い払われ、真理は苦虫を噛み潰した様な顔をしながらスマホをチェックする。



志村も胸からスマホを出し、美名もテーブルの上のスマホを手に取った。



「桃子!?」
「桃ちゃんからだわ~!まあ、可愛いパジャマ!」
「……」



皆が顔を見合わせて思わず笑う。




「"喋るとボロが出るから真理は無言で居なさい!"……
て……ひっで――な!
しかもこれだけかよ!
頑張って☆
とかの言葉が見当たらないぞ――!」



真理はスマホを手に喚く。









「桃子ちゃんもマイカちゃんも見ててくれるのよっ!
……女の子達に格好いい所を見せるのよ?
男子――!?」



志村は由清と真理の尻を叩いて回る。



「ひいっ」
「って――!
オッサン!事ある毎に尻を殴るのいい加減に止めてくれよ――!」



「あら、じゃあキッスの方がいいのかしら?」



「それはもっと嫌だ――!」



美名は、桃子からのメールを見て頬を緩ませた。


マイカと一緒にパジャマのファッションショーの写メを幾つも送ってきているのだ。
新作の編みグルミを胸に抱き、ベッドの上をステージに見立てたとでもいう様に大真面目にモデルポーズを決めている。



"お姉ちゃん、いよいよ今夜はデビューだね!
今まで大変な事もあったけど、お姉ちゃんなら大丈夫だよ!
……綾波の奴も、きっと起きてくるよ!
目覚めないなら私がぶん殴ってでも起こしてやるし!

マイカちゃんと一緒に見てるからね!
ファイト――!q(^-^q)



(桃子……)



思わず目頭が熱くなった時、楽屋がノックされて、堺とペコが顔を出した。





「皆さん~!始まる前にまた来ちゃった~!」


「あらあ、ペコさんに堺くん~」


志村が二人を中へ招き入れた。


「今日は観覧席の後ろから見させていただきますわよ~!ホホホ」


「何だか心強いわあ~!
ペコ大明神!」



「あの……美名さんにこれを」



堺が美名にA4サイズの封筒を渡した。




怪訝な顔で見る美名に、堺は開ける様に笑顔で促す。



美名は封筒を開けると、目を見開いた。




眠る自分に、綾波がひざまづいて手の甲に口付けている場面の写真だ。


しかも、セピアに加工されていて、まるで映画のワンシーンかの様にも見える位にロマンチックに仕上がっている。




「……」



綾波の眼差しがたまらなく優しく自分に注がれているのを見て、身体じゅうに甘酸っぱい切なさが溢れてくる。



「スタジオで撮らせてもらったんですが……
お渡しするのが遅くなって……
素敵な写真でしょう?」



堺が静かに言った。








「……っ」



美名は涙を溢れさせ、堺に何度も頷く。



「あ――っ!泣かせたらダメよ!お化粧がっ」


志村がティッシュを手に飛んで来る。



「すいません……
どうしても本番前に美名さんに渡したくて」



堺が優しく笑う。



「美名さん!
今日は、綾波くんのお母様が病室でミュージックスタイルを一緒に見て下さるそうよ!
……綾波くんに聞いて貰わなくちゃ!
ね?」



ペコの言葉にも、美名は嗚咽を溢しながら頷いた。



「ああ――っ
美名ちゃんっ……
マスカラ!マスカラ!」



メイクスタッフが慌ててメイク道具を手に走ってくる。




化粧を直されながら写真を見つめる美名の顔は、もう悲しい陰は見受けられなかった。




「……やっぱ、綾波にゃ敵わないのかな……」



美名を見て、ボソリと真理が呟いたが、傍で聞いていた由清はそれを聞こえない振りをして台本に目を落とした。




本番の時間を間も無く迎えようとしていた。









―――――――――――――静岡の、美名の実家では……





夜八時ぴったりに、テレビ画面からミュージックスタイルのテーマ曲が流れる。


マイカと並んで今か今かとその瞬間を待っていた桃子は万歳をして叫んだ。



「はあ――いよいよだ――!
お姉ちゃ――ん!」



「あっ!
順番に出演者が出てくるよ――!」



ヤモリと女子アナが軽く挨拶をすると、舞台後方の幕が開き次から次へとゲストミュージシャンが出てくる。




「きゃ―――!
ボンバーダイアモンドだ――!」
「パーティの時サイン欲しかったね――!」

「”Hey!you!JUMP”だ――!
ギャアアアアア」

「”桜屋三重奏だ”――!中川さ――ん――!かっこいい――!」



二人は、お手製のメガホンを手に、首からは自分達でデザインして作ったプリキーのロゴ入りのタオルをかけて、ベッドの上を跳び跳ねた。











二人は手を取り合って狂喜する。



「スッゴい嬉しい――!こんなにテンション上がるの初めて――!」
「だよね――!」




そして、モニターに大きく
"princes & junky"の文字が出ると、二人は絶叫した。



「きゃ――――――!」



由清が先頭で優美な笑みを浮かべて階段を降りるが、後ろから来た美名が足を踏み外してよろけてしまい、真理が後ろから支えるひとコマがあった。



「あっちゃ――!お姉ちゃんたら!」
「緊張してるのかな……」


二人が心配する中、美名がはにかんで舌を出した瞬間がアップになった。



その愛らしさに二人は溜め息をついた。




「ああ――!
転んでもお姉ちゃんは素敵!」
「今ので好感度上がったよきっと――!」











次に西野未菜が華やかな笑みを浮かべてアップになる。



二人は不満げに口を尖らせた。




「んも――!
もう終り――!?」
「もっとプリキー映して――!てテレビ局に電話してやろうかしら――!」



無茶苦茶な事を言いながら、二人は缶チューハイで乾杯する。




「プリキーのデビューを祝って――!」
「乾杯っ――!」






やがて全ての出演者が出揃い、ヤモリが一組ずつ声をかけていく。




ようやくプリキーの前まで来ると、ヤモリは

「今日デビューの
"princes & junky"~!」
と得意の軽い調子で紹介するが、会場から凄まじい声援が起こり、驚いた様に口を開ける。



美名や真理や由清も同様、ポカンと口を開けた。











「はいっ!西野未菜さん~!今日はよろしく~!」



ヤモリが我に返り、隣の西野に声をかけると、西野はニッコリ笑うが、まだプリキーへの声援が止まず、指でマイクを強く握り締めた。


(……こんなぽっと出の女に皆何よ……!)


嫉妬が胸の中を渦巻くが、唇の端は上げたままでいた。



ヤモリが次から次へと出演者を紹介する中、美名達は自分達も出演者という事を忘れ、そうそうたるミュージシャン達を見て目を輝かせた。


全部の人達に、楽屋に挨拶に行ったが、楽屋で会った時とこうしてスポットライトを浴びて居る時では、皆顔付きがまるで違うのだ。


スターのオーラを纏って神々しくさえ見える。









美名は無意識に隣の真理の手を強く握り締めていた。



真理はビックリするが、美名がさも楽しそうに見上げて居るのを見て、自分も笑う。



緊張よりも、この場に立っている事が嬉しくてたまらない、そんな感情を隠せない美名だった。




静岡からは桃子とマイカが見守っていたが、クレッシェンドのメンバーも揃って綾波の病室でテレビを見ていた。



菊野が皆にシフォンケーキを切って差し出す。



「皆さん……忙しいのに剛さんに会いに来てくれてありがとうね……良かったらどうぞ」



「ありがとうございますお母さん!ゴチになります!」



亮介が目を輝かせて真っ先に手を出すが、祐樹が眉をひそめる。



「母さん、こいつらを餌付けすると癖になるぞ?」



「なんっだよ――人を動物扱いして――!いいじゃんか!なあ三広っ」



「そうそう!祐樹のお母さんの手作りのオヤツはメチャウマ――!
頂きま――す!……んん――!口の中で蕩ける――!」



三広は頬を押さえてにんまり笑う。









「全く……ここは病院だからな!
いくら個室だからっていつもみたいに大騒ぎすんなよ?」



「わ――ってるって祐樹――なあ野村――?」


「……」



亮介が声をかけるが、ベースの野村は椅子に座ったままグラグラ揺れている。



「はあ……お眠か……はやっ」



三広は呆れる。


菊野は眠る野村に毛布をそっとかけた。



「あ――っ全く!
どいつもこいつも母さんに世話かけやがって!子供かよっ」



祐樹が膨れて椅子の背を抱き締めてテレビを見るが、映し出された美名を見て目を丸くした。



「お――!
プリキーだプリキーだ――!」


「美名ちゃ――ん!」


亮介と三広はワイワイ嬉しそうに声を上げた。



菊野も画面に近付き微笑む。



「剛さん……この方が美名さんなのね……
可愛らしい女の子ね……」









「いや……何ていうか……ほなみにそっくりじゃんかよ!」


祐樹が信じられない、という風に何度も瞬きをすると、菊野はまた眠る綾波に話しかけた。



「そうね……
美名さんはほなみさんに似てるわね……
あなた達、似ているのはお顔だけかと思ったけど……
好きな女の子のタイプは同じなのね……うふふ」



「ですよね――!」


「んだんだ!」


「うふふ……なんだか面白いわね」



三広と亮介も口を揃えた。



「母さんっ!ウフフとか笑ってる場合じゃないし!……テメー!綾波!
お前、まさかまだほなみを諦めて無いのかよっ!……だからあんなそっくりな……」


祐樹は綾波の肩を揺すり怒鳴る。



「あらあ、祐ちゃんがそうやって話しかけたら剛さんもムクッと起きるかもね?
もっとお話してあげて?」



「いや……お母さん……あれは話しかけるとかじゃ……」



亮介は顔をひきつらせる。


「祐樹――!
なに綾ちゃんの首を絞めてんだ――!やめろ――!」



綾波から祐樹をひっぺがそうとして、三広が背中に子猿の様にしがみついた。









その時祐樹のスマホが鳴った。



「おい、祐樹!電話だぞ」


亮介が言うが、祐樹はまだ綾波の首を絞めている。



「電話どころじゃねーよ今は!」



「ほなみちゃんからだぞ!」



「何ぃ!?」



祐樹はコロッと笑顔になり、綾波から手を離して三広を振り落として電話を取った。


「ほなみ?……うん!今俺も見てたよ……うん……そうだな……似てるけど……ほなみの方が全然美人だよ!……フフフ」




「あイタ――!」


落ちて頭を押さえる三広を菊野は笑顔で起こす。



「うふふふ……
これだけ賑やかだから、剛さんも楽しいかもね?本当にありがとうね、皆……」



「そうだよ!
綾ちゃん、さっさと起きてまた一緒に大騒ぎしようぜ――?」



亮介と三広がベッドを囲み話しかけた。



菊野には、その時綾波の口元が僅かに笑った様に見えた。






――――――








CMの間に出演者達はスタジオに用意された雛壇に座る。


プリキーは今日の面子の中では一番の新人の為、一番端の方に座れと指示をされていた。



司会者に近い場所――つまり、中央付近は、人気があるミュージシャンが座る物だ。
カメラに映るのが多い場所だから。

しかし今や音楽番組は、自分の出番以外でも出演者は気を抜けない。

他の出演者のトーク場面などの時でも、興味なさそうに無表情で居たりする所がワイプで出てしまう可能性もある。


西野はそれを良く分かっていて、常に100パーセントの笑顔を振り撒いていた。


髑髏川達は、後ろの方で変顔をしたり、出演者の歌に合わせて振りをしながら口ずさむ格好をしたりサービス精神旺盛だ。










若い女性だらけの観覧席の後ろでペコと堺は本番を見ていた。



堺は美名が登場した瞬間や、よろけた場面に真理に支えて貰いはにかんだ表情等を撮影出来ない事をしきりに悔しがっている。



「ああ……素晴らしい決定的瞬間を僕が撮れないなんて……
無念……です……くうっ!」


今にハンカチを出して口の端で恨めしそうにくわえるのではないか?と思う程に残念そうにしている堺の肩をペコが慰める様に叩いた。



「まあまあ……
今日は無理だけど……
プリキーが活動していく限り、これから幾らでも素敵な写真を撮れるわよ……」



「……幾らでもっ?」



潤んだ子犬の様な目をペコに向ける。



「そうよ!……そうね、良い考えだわ……
プリキーの写真集……なんてどうかしら?」



「――そ、それはグッドアイデアです!」



思わず声を高くしてしまった堺の口をペコは手で塞いで、にんまり笑った。



「ふふふ……
楽しい事はこれから沢山あるわよ?ねえ堺ちゃん?」









「そうですね……
うわあ……何だか、ワクワクして来ました!」



「うふふ」




”CM入ります”と書かれたカンペをスタッフが出演者側と観覧席に出す。




「いよいよね……
CMの後、西野未菜からのプリキーだわ」



「西野の後ですか」



「ええ……
あの小娘……また美名ちゃんに何か吹き込まないでしょうねっ!?
……ちょっち締めてやった方がいいわね、マジで……」



ペコは手を組んでバキバキ鳴らした。



「ぺ、ペコさん……暴力に訴えたらいけませんよ」



「あらっ!この私がそんな手段するわけないじゃない!」



「やりかね無いから言ってるんですよ!」



「しないわよ!失礼ね――!
……でも、もしこれ以上何かしたら……
私達には私達が出来る報復の仕方があるしね……」


「さっき話した作戦ですか……」




「まあ、取り敢えず今は、それを実行する事態に為らない事を祈りましょうね」



二人は目を見合わせて頷いた。









CMの間に出演者達は、演奏順に席を移動し始めた。


美名が立ち上がると、真理がすっ頓狂な声を上げて尻に触れてきて美名は驚いて振り向く。




「真理!何してんだ!」


「き、君ー!ななな何を羨ましい事をやってんだい!」


「美名たんのお尻が――!アアア――!」


「お、同じバンドだからってそんなセクハラ許されないぞ――!」


「この阿呆――!」




真理は、由清やボンバーダイアモンドのメンバー全員に殴られて悲鳴を上げながら喚いた。




「ひいっ……ち、ちがわあ!スカートが引っ掛かってピンクのリボン付きのレースのパンツが見えたから……隠そうとしたんだ――!」




「――!」



美名は真っ赤になり真理を殴る。



「オウッ……強烈なパンチ……」


「ぴ、ぴんくだって!?」

「れ、レースの!?うお――!」


「お前、しっかり見てんじゃねーか!」


「許せん――!」



よろけた真理は更に髑髏川達に殴られていた。











「フフフ……美名ちゃん、早速人気者ね」



前に座った西野がニッコリ笑いかけて来て、美名は思わず身体を固くした。



西野は首を傾げて巻き毛を指で弄ぶとクスリと笑う。



「ふふ、そんなに怖がる事ないでしょう?
……今日は頑張りましょうね?
……声、大丈夫?」



「……」



美名は、真っ直ぐに西野を見返して頷いた。



「……口パクにした方が良かったんじゃないのかしら?
……失敗したら、あなたのマネージャーさん、きっと悲しむわよ~?」



西野は口の端を吊り上げて笑う。



その時、一見華やかな西野の笑顔の中に真っ黒な悪意が初めて見てとれた。



美名は拳を握り締め、唇を結び俯いたが、ゆっくりと顔を上げると、優美に笑って見せた。



その自信に満ちた瞳に西野が鼻白んだ時、スタッフの声が飛んだ。




「CM終了十秒前――!」




「ほら皆!じゃれ合い終了!本番入るよ!自分の所へ座って!」



まだ暴れている真理と髑髏川達に由清が目を吊り上げて怒ると、皆スゴスゴと定位置に座る。



美名はクスリと笑った。



西野は笑顔を前に向けながら、唇の中では歯軋りをしていた。




(……どうせ失敗するに決まってるわ……
いい気味よ……)









観覧席の客達が拍手をして、ヤモリがアップで写し出される。



「はい!次は西野未菜さんです~」



観覧席の方から歓声が上がると、未菜は笑って手を振った。



「相変わらず人気だね~!」



「そんな事ないですぅ!まだまだですよぅ~!」



「若手の女性歌手の中では一番の人気者ですよね!」


女子アナが言うと、西野はチラリと美名の方を見て笑った。



「いえ……
次から次へと素晴らしい方達がデビューしますし、私もまだまだ頑張らなくちゃですよ~!
私の後に出る
”princes & junky”さんとか……
めちゃくちゃ上手ですもん!」



「――!?」


西野の言葉でカメラが向けられ、美名達は息を呑んだ。



「ああ、princes & junkyさんね……
西野ちゃん随分と絶賛してるんだね~」



ヤモリが返すと、西野は屈託ない笑顔で言った。



「演奏といい、ボーカルの美名ちゃんの声といい、素晴らしいんですよ~!私負けそうですもん」









「西野未菜……あんの小娘!」



控え室でモニターで見ていた志村は立ち上がる。




観覧席のペコは眉をひそめた。



「……美名ちゃんの声の状態を知っててよくもまあ……」



「美名さんにプレッシャーを与えようとしてるんですね!?
ああ……大丈夫だろうか……」



堺は狼狽える。




真理と由清は、真ん中に座る美名の手を握り締めた。


美名が二人を交互に見ると、真理も由清も大丈夫、とでも言いたげに笑っている。



(真理くん……
由清くん……)



急に不安に襲われていた美名だったが、両手から二人の思いが伝わる様な気がして来た。


目を閉じて、西野の事を頭から追い出すかのように意識を集中する。


今、西野が歌っている所だ。


しかし、敢えて美名は聴かない、見ない事にした。


感覚をシャットダウンして、自分達の曲の世界で頭の中を埋め尽くして行った。



――大丈夫、大丈夫。


”恋するcherry soda”は、三広や亮介、メンバーと作った素晴らしい曲……
自分もメンバーも、沢山の練習をして来た。

何も心配する事は無い……











「西野さんありがとうございました~!」



歌い終えた西野の笑顔がアップで映し出され、画面下には


”CMの後は、YouTubeや雑誌のグラビアで既に人気急上昇!本日デビューのprinces & junky登場!”


とテロップが出て一分のCMタイムになった。




美名達が司会のヤモリの隣に座ると、巻き毛を揺らしながら西野がステージから悠々と歩いてきた。



「未菜っちゃーん!サイコーだったよー!
も――俺キュン死しちゃうっ」



暗黒が胸の前で手を組み、西野を絶賛する中、美名はまた目を閉じて深呼吸を繰り返していた。



真理と由清も緊張を逃すためか、深く息を吐くのを繰り返している。





「ありがとう、暗黒さん」


未菜は暗黒に笑いかけると、美名の前に立つが、目を閉じている美名は気付かない。









「――何です?」


由清が静かに聞き、真理が横から精一杯の険しい顔をして睨みを聞かせると、西野はフワリと笑った。



「いいえ?
本番前の激励の言葉をかけに来ただけよ?
頑張ってね~」



美名は目を開けて、笑顔を返した。



由清と真理が庇うように立ちはだかるが、スタッフの

「本番十秒前!」


の声で二人は西野を睨みながら自分の席に座る。


西野は美名の後ろに座るが、ふと眉を上げると美名の方へ身体を傾けた。


「髪に何か付いてるわ……」


西野の指が髪に触れた時、耳元で小さく囁かれた。



「元カレにヤられたんだって?
……ご愁傷様ね」



「――――!」



美名の背中が凍り付く。


「はい、本番!」


スタッフの声と共に放送がまた始まった。










「はい!princes &junkyの皆さん~!
始めまして!今日デビューだそうで」


ヤモリの言葉に皆頷くが、美名は西野に言われた言葉が頭の中を渦巻き、顔が真っ白だった。

由清と真理も固い表情をしている。

ヤモリが真理の腕を指差して感嘆の声を出した。

「お――!君、逞しいぶっとい腕してんね!」


真理が振られて曖昧に笑うが口元がひきつる。




控え室のモニターで見ていた志村は苦笑した。


「あがってるわね……やれやれ」



美名の心ここに非ずな表情が気になり、胸騒ぎを覚えた。



その胸騒ぎはペコや堺も感じていた。



「美名さん……気のせいでしょうか?」

「顔色が悪いわね……」










綾波の病室でも、プリキーの出番になってから皆テレビに釘付けになっていた。



「美名ちゃ――ん!」
「見てるよ――!」


三広と亮介が手を振るのを祐樹は呆れて見た。



「向こうに聞こえる訳でもあるまいし……」



「ううん、ひょっとしたら届くかも知れないわよ?ねえ、剛さん」



菊野は綾波の髪を櫛でそっととかした。



三広が、ん?とテレビの前で固まる。



「なんか……美名ちゃん様子がおかしくない?」


「え?」



亮介が目を凝らした時、画面はプリキーが話題になった例の合宿で撮った演奏の動画に切り替わった。



画面右下 に出演者の顔がワイプで小さく出ている。



「デビュー前にメンバーで撮影した動画をYouTubeにアップした途端、凄い反響があったらしいですね~!」



女子アナが美名の方に振ってくるが、美名は青い顔をして唇を震わすだけだ。



「どうした……美名」


真理が小声で囁き、美名の手を握るが、その手の冷たさにギョッとする。







「はい!そうです」


由清が代わりに答えると、ヤモリが聞いてきた。


「これは、プロデューサーの志村賢一さんと……もう一人……ああ、現在の
”silent wolf”の庵原君が居ますねえ。
彼が最初はプリキーに居たんですね」



「はい……元は僕と真理と一緒にバンドを組んでたんです」



美名は、真理の手を強く握り締めながら、モニターに映し出される映像を見て震えていた。


プリキーは、本当は翔大がいる筈だった。

翔大は今居ない……

何故?

……それは……


美名は、合宿中に襲われた事を思い出してしまい、唇だけでなく頬も痙攣し始めた。



それに、後ろから西野の刺すような視線を感じてゾクリとした。


西野に言われた言葉が脳裏から離れない。



『元カレにヤられたんですって?』



(……何故……
何故、未菜ちゃんまでが知ってるの……?)



『美名……っ』



自分を組み敷いて、激しく突き上げる翔大のぎらつく、しかし悲しい眼差しが突然蘇り、美名は叫び声を上げていた。




「イヤアアアア――――!」












直後、テレビ画面は突然、水色の背景に

"しばらくお待ち下さい"
の文字のテロップだけに切り替わった。





「お、お姉ちゃん?」


「お姉さんっ」



静岡の美名の実家では、テレビの前で桃子とマイカが驚愕する。





綾波の病室でも同様、三広と亮介が色を失って部屋中を歩き回る。



「何で?何かあったの?」


「志村さんに電話してみようか?」



亮介は志村に電話する。


「志村さん?……何かあったんですか?
……え?美名ちゃんが?……そんなっ」





「……あの子、確かに様子がおかしかったな」



祐樹は綾波の側にしゃがむと、真剣な目で見つめた。



「おい……
美名さんがピンチらしいぞ……
お前、こんな大変な時に何してんだ……」



「祐ちゃん……」



菊野が祐樹と綾波を交互に目を潤ませて見つめる。










「お前……
好きな子が震えて泣いてるのかも知れないんだぞ……
放って置いたら……今に、他の奴に取られちまうぞ――!
それでお前はいいのかよ――綾波!」



祐樹は良く通る声で叫ぶと、背を向けて唇を震わせる。



「祐ちゃん……」



菊野は涙を拭い、ベッドを振り返ると、口を大きく開けて立ち尽くした。



閉じられていたままだった綾波の瞼がピクリと動き、唇が何か言いたげに震えている。



「剛さん――!」



「!?」


三広と祐樹は振り返る。


電話していた亮介も目を丸くして、スマホを持ったまま綾波を注視した。



菊野は綾波の手を握り締めて叫ぶ様に語りかける。



「剛さん?剛さん!
起きたの……?
起きてるの?」



綾波の切れ長の瞳がゆっくりと開けられた。



寝ていた野村もいつの間にか起き出して、皆で綾波を覗き込んでいる。



綾波の黒目がゆっくりと辺りを見回すと、やがて焦点がはっきりとして皆の顔を順番に見る。




「何だ……お前ら……揃いも揃って泣きそうな顔をして……
……何か……あったのか?」



低い、どこか皮肉な響きをもった声ではっきりと呟く。




「――綾ちゃあん――!うわああ――!」



三広がベッドの上に飛び乗っておいおい泣きながら綾波の顔を叩いた。



「お……おい……三広っ」


「綾ちゃん――よがっだ――!アアアア」




「全く!心配させやがって――!」



祐樹は頬を膨らませ頭を軽く小突く。



菊野は泣き笑いを浮かべ、
「看護婦さんを呼んで来るわね!」

と走って行った。




電話を持ったままで呆然としていた亮介は野村につつかれて我に返ると、スマホに向かって叫んだ。




「志村さん!
……綾ちゃんが、綾ちゃんが、目を覚ましたよって……美名ちゃんに……伝えて下さい!
早く……美名ちゃんに――!」





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