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silent wolfが牙を剥く

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「おはようございます」



ボイトレの為に、スタジオに綾波と行き挨拶をすると、ピアノの前に座り何やら書き物をしていた志村が手を振った。



「おはよう~お二人さん!ふああ……あら、ゴメンナサイね……昨夜は遅かったから……ふああ」



喉の奥まで見えてしまいそうな位大きな欠伸をして、目尻の涙を拭い二人をマジマジと見た。




「……二人とも、何か雰囲気が違うわねえ……
ふふ、何かあったのかしら?」



美名は、何も言えず真っ赤になり綾波を見た。



綾波はフッと笑って肩を抱いてくる。





「見ての通りですよ……」



志村は、口に両手を当てて目を見開き、首を振った。



「きゃ――っ!そうなの?良かったわねえ……良かったわあ……
良かったのよね?これで!」



「勿論です」



「……っ」



何だか恥ずかしくて下を向いていたら、志村が手をギュッと握ってきた。








「美名ちゃん……
心配してたのよ?
最近のあなたは頑張ってたけど、気持ちが張り詰めてて見ていて怖かったの……」



「ご心配かけて……すいません……」



「綾波君は……鬼畜で容赦なくて自分の敵になる人間は瞬時に抹殺する黒い男だけど、本当はとてつもなく優し~い人なのよ?」



「志村さん……抹殺まではしませんよ」



綾波は苦い顔をする。



「美名ちゃんの事を本気で好きなのよ?
私にはわかるわ……
だから、もう綾波君の手を離したらダメよ!」



美名は胸がジンとなり、涙が出そうになる。



「はい……はい!
もう二度と離しません!」



「そ――よ!
ガッチリ掴んで握り潰しちゃいなさい!」



「はいっ!渾身の力を込めて砕けるまで離しません!」



「砕けても離しちゃダメよ――!ホホホホ」



「離しません――!」



次第にエスカレートする二人の会話に、綾波はたじろいだ。








「はあ~とにかく納まるべき処に納まって良かった!……今日は練習を早めに切り上げてお祝いしましょ~!」



志村は浮き浮きしながら身体を揺らし、リズミカルな旋律を奏でた。



「……曲の仕上げ作業とかやる事が沢山あるんじゃないですか?」



綾波が眉を寄せて言うと、志村は人指し指を立ててヒラヒラ振ってウィンクした。




「チッチッチ!
私を誰だと思ってるの?志村賢一よ!
曲ならアレンジメントまで出来てるわよ!
あとはスタジオでプリキーの皆で一発録りして完成!」



「い、一発録り?」



志村の目が鷹の様に鋭く煌めいた。




「プリキーの皆なら、出来るわよ!
デビューまで時間もないし、一発録りする位の覚悟でやりましょ?」



とんでもない無茶ぶりをサラッと言われて美名は戸惑ったが、確かに時間が無い。


プロとして音楽をやって行くなら、プロデューサーの要求に応えて当然なのだ……




「は……ハイッ!やってみせます!」



「いい返事だわ。その意気で明日は録音よ!
……という訳で、今日はパーッとやって鋭気を養いましょう!」



その時、美名のスマホから例の着信音が最大音量で鳴り響いた。



『ママー!電話だよー!ママー!電話だよー!』









「ひゃあああ!す、すいません」



美名は、慌ててバックに埋もれたスマホを取る。



「その着信、何とかならんのか?」



「まあまあ、いいじゃない誰からか分かりやすくて」



美名は二人にペコリと頭を下げて話す。



「桃子?どうしたの?」



『どーしたの?じゃないよお姉ちゃん!
大変だよ!テレビつけて!』



「え?……テレビ?」



「テレビなら奥の部屋よ?見る?」



志村に案内され、大きなテレビのある部屋へ行く。



『フジサンテレビの
"笑っていいかい!"
つけてみて!』



「笑っていいかい?……うん」



"笑っていいかい!"
は人気音楽番組
"ミュージック・スタイル"
の司会もやっているマルチタレントの
"ヤモリ"の司会のお昼の番組だ。

人気のお笑い芸人や俳優がゲストで出て来てトークやゲームをしたり、一般の人が一発芸を披露するコーナーがあったり、時にはミュージシャンが生演奏をしたり、盛り沢山なバラエティなのだ。


志村がリモコンでテレビを点けると、翔大がアップで映っていた。








「し、翔大君っ?」


「しょう君!」


「……silent wolfのメンバーも一緒だな」



美名達は、テレビの真ん前で唖然とした。




三人は、ヤモリのゆるいトークに相槌を打ちながら時折言葉を挟み、それをヤモリが上手く拾って盛り上げている。


聖恵と庄森は緊張からか表情が堅いが、翔大は実に落ち着いていた。



『テレビ映りいいよねえ~翔大さん……』



今日の翔大は髪型は然り気無く前に流し、長い襟足だけを金色に染めて黒いレザージャケットを羽織り、胸元の開いたシャツからは鎖骨と黒子が覗きとてもセクシーで思わず見とれてしまった。




「う、うん。そうだね」



『……て、そんな事言ってる場合じゃなくて――!パソコンかスマホで
"笑っていいかい!silent wolf"検索して!
YouTubeでもう出回ってるから見てみてよ!』



桃子の切羽詰まった声に追い立てられてスマホで検索してみると、幾つも関連の動画が出てきた。









一番上に出てきた画面をクリックすると、silent wolfが番組の中で演奏をしていた。

タイトルは
"I Miss Youを抱き締めて"


美名達は、テレビとスマホを交互に見て絶句した。



演奏は、庄森がドラム、翔大がギター、そして
紅一点の聖恵がベースを持ち歌っていた。



『お姉ちゃん……見てる?』



桃子の声に、美名は震えて相槌が打てないでいた。



志村も、綾波も険しい目で画面を食い入る様に見ている。




silent wolfの演奏スタイル、雰囲気は、プリキーとそっくりだった。
聖恵の歌い方も声質も美名に似ている……

聖恵の方が少年ぽい声とも言えるが、パッと聞いた印象では十人中殆どの人が
「似ている」と思うだろう。



しかし、何より衝撃を受けたのは、彼らの演奏している曲が、プリキーのデビュー曲とそっくりな事だった……





テレビ画面の中、ヤモリが翔大に話をふる。








「silent wolfさんは本格的なデビューが来月一日だそうですねえ!」


「はい……念願のデビューですけど、あくまでスタートラインに立っただけですから……
これからが勝負だと思ってます」



「おお……しっかりしてるねえ~!
あれ?もう時間か!
それでは皆さん、良い一日を~!
silent wolfの皆さん、ありがとうございました~」


メンバーがさっと映し出されて、最後に翔大の不敵な笑みがアップになった。





「どういう事よこれは!昨日出来たばかりの曲なのに、漏れようがないじゃない!」



志村がいきり立つ中、呆然とする美名の手から電話を綾波が取り上げた。



「桃子。ありがとうな知らせてくれて……
ああ、また連絡させる」



通話を切ると、震える美名の肩を掴み真っ直ぐに見つめた。



「……美名、落ち着け」








何が起こっているのか理解できない美名は、スマホを穴が開く位凝視するうちに、唇が震えて、息が苦しくなってきた。




「ハアッ……ハアッ……」

「美名……!」


肩で息をする美名を綾波が抱き締める。


志村は、いつの間にか電話を何処かに掛けていた。



「もしもし……
志村よ。大室を出して……
志村賢一って言えば分かるわよ!」



志村が声に苛立ちを滲ませている。



「……大室?
久し振りねえ……もうお怪我はいいのかしら?……それはそうと……何故私が電話をしてきたのか、分かるわよね?分からないとは言わせないわよ!」



電話の向こうの大室は至って落ち着いた声だった。



『なんだいやぶからぼうに?
……それが人様に物を聞く態度なのかい?
お前は昔から気にくわない奴だったが……
最低限の礼儀さえ欠いてしまうのは、人としてどうなのかなあ?……賢一?」








「あんたに言われたくないわよ!
……テレビ見たわよ!
プリキーの曲をパクったわね?」



大室はせせら笑う。



『おや……パクった、などと、物騒な事を言うねえ……
何か証拠でもあるのかい?
世の中これだけ沢山の音楽があるんだ……
少し似通ったところがあったって不思議じゃないだろう?』



「似通ってるも何も、そっくりそのまんまパクったでしょ!恥知らず!」



志村は怒鳴った。



『だから、証拠があるのか?
……そっちがその気なら出るところに出ても構わんよ……?
私達にしてみたらいわれのない言い掛かりだからねえ?
こっちが名誉毀損で訴える事も出来るんだよ?』



「あんたって奴は……っ」


『それに、お宅のプリキーとかいうバンドも、来月一日にデビューだって?偶然だねえ~
うちのsilent wolfと同じじゃないか……
新人同士、仲良くしようじゃないか?ハハハ』







「……仲良くだとか、よくもあんたが言えたもんね……」



『ここでこうして話していても時間の無駄だぞ?
君達にもそんな事をしている暇も猶予もないだろう。
私も忙しくてね……君の相手をしていられないんだ。失礼』



「ちょっと待――」



電話を切られ、志村は苦々しく画面を見つめ溜め息をついた。




「……何故、情報が大室の奴に漏れたか分からないけど……
確かに今四の五の言ってる時間はないわ。
手を考えなくちゃ」




美名は綾波に抱き締められているうちに、ようやく息苦しさが無くなり、震えも収まってきた。



その時、賑やかな声がしてドアが開いた。



真理と由清、三広と亮介も居る。



「み、みんな……」



「なんか良くわかんねーけど、何とかしようぜ!
皆で考えて何かやれば、手はある!多分!」


真理が額の血管を怒りにピクピクさせて拳を握る。








「何かって……何?」


由清に冷静に聞かれて真理は詰まる。



「ぐうっ……そ、それは」


「とにかく、曲を形にしないと、だね?」



亮介はケースからギターを出すと即興で何か弾き始めた。



「お、おう!それだよそれ!それを言いたかったんだ――!」



真理は両手を挙げた。



「三人寄れば文殊の知恵!ここに居るのはいち、に、さん……な、何と!七人も居るじゃないか!
皆でやれば一晩で曲が出来るぞ!」



「……そうだね……何とか……なるかな」



「そうそう!曲ってのは出来る時はババーッて降りて来る!
ロックの女神よ、カモーン!」



亮介と由清は浮かんだメロディーを口ずさんでは、手で膝を叩いてリズムを取ったりを始めた。



「そ、そうだ!出来るぞ!俺らならできるぞ――ウワアアア」



「真理……うるさいよ」



由清が軽く睨む。








「そうねっ!
……”綾波君と美名ちゃんのヨリが戻って良かったねパーティ"
は延期だわ!
今日は皆で曲作りよ~!……そうと決まれば、私おつまみを調達してくるわねっ!
あとみんなの夜食――!」



「志村さん……夜食はともかく、おつまみですか」



綾波が呆れるが、志村はニカッと笑う。



「私はね、ワインの香りで創作意欲がMAXになるのよ~!おほほ!
どうせなら楽しくワイワイ作りましょっ!
その方が素晴らしい曲が産まれるわよ~!
じゃ、サーっと行ってくるわね」



志村は、バッグを掴むとアタフタと出ていった。



「綾ちゃん、美名ちゃん……ヨリが戻ったって……」


三広が大きな目を潤ませている。


綾波が美名を抱き寄せるとニヤリと笑った。



「まあな……
昨夜は一晩色々と……忙しかったな?美名……」



「も……もうっ!」


美名は真っ赤になるが、三広は、ぱあっと輝く笑顔になる。



「よ、良かった……!
真理君には悪いけど……本当に良かったよ――!」



三広はワッと泣き出した。







「俺が何だってえ?」


「ひっ……ま、真理ぐん……っ
こ、この度は……ご愁傷ざまで……ひっぐ」



「傷を抉るんじゃねえよ――っ」



真理は顔を歪め、三広の首を絞めた。





「み……みっちゃん……ありがとう」



美名は涙を拭う。



「うえ――っ
……美名ちゃん……綾ちゃんっ……
よがっだ……
ああ……綾ぢゃんを……びめぢゃ……よ、よろじぐ……うえええ」



「おい……鼻水と鼻血がまじってるぞ」


綾波が顔をしかめてティッシュを箱ごと渡すと、三広は盛大な音を立て鼻をかんで泣きながら言う。



「ぐえっ……ふ……どにがく……曲を……
作らな……ぎゃ」




美名は、いつの間にか身体の震えが止まっていた。


「うん……皆、ありがとう……素敵な曲を作ろうね!」



「お――!」



皆で拳を突き出し、気合いを入れた。







――――――















「お疲れさまでーす」
「お疲れ様でした!がんばってね!」
「お疲れ様です!」



"笑っていいかい!"
が終了し、翔大達にスタッフ達が声を掛ける。


「こちらこそ、スタッフの皆様、ありがとうございました……今日はお世話になりました」


翔大が優しい笑みを溢しながら魅力的な声で挨拶を返すと、女性スタッフ達は一様に頬を染めた。


翔大は聖恵と庄森を引き連れて、満遍なく笑顔を振り撒きながらスタジオを後にし、玄関に待機しているベンツに乗り込む。




静かに走り出す車中で、聖恵があどけない瞳を曇らせた。



「盗作なんて……いいのかな」



「この世界は食うか食われるか……
良い子ぶってたらやっていけないよ?」



翔大は助手席からバックミラーに映る聖恵を見据えて平然と言った。










「翔大も大人しい顔して悪い奴だな~!
プリキーのあの子、何だっけ、ヒメちゃん?
今頃泣いてるぜ?可哀想に」


ヒャハハと笑う庄森を、聖恵は軽く睨んだ。



「それに……まさか志村さんのスタジオを……盗聴だなんて……」




「聖恵。言ったろう?
綺麗事だけじゃ売れないんだよ……
俺達はプロデューサーの大室さんの意向に従っているだけだ。
盗作も盗聴も俺達が仕掛けた訳じゃない。知らぬ顔で通すんだよ」




「でもそんな……」




不満そうに口を出す聖恵に翔大はピシャリと言う。



「じゃあ君は、大室さんに刃向かうのか?
君が告発した処で、秘密を知っている君を黙らせる事くらい、大室さんには造作ない事だよ。
半端な正義感で下手な事をして……この世界で生きていけなくなってもいいの?
君もスターになりたいからこの話に乗ったんじゃないのか?」



「そ、そうだけど……ただ私は……」









翔大はプイと冷たく顔を背けた。



「抜けたいなら……いいんだよ聖恵……
君の替わりならいくらでも居るんだ」



聖恵の瞳に涙が浮かぶ。



「……翔大さん……そんな事言わないで……っ……私は……貴方の役に立ちたくて……なのに」



「あ――ハイハイ!痴話喧嘩は他でやってくれよな――うっとおしい!」


庄森は長いドレッドヘアーを掻き上げてさも嫌そうに言った。



「聖恵……
君は才能があるんだよ……それをちゃんと生かさなくちゃ……ね?」



「はい……はいっ」



聖恵はしゃくり上げながら頷く。



「良い子だね……
今夜も俺の部屋に来るかい?」



甘い翔大の囁きに、聖恵は頬を染めて頷いた。



「けっ」



庄森は面白くなさそうに窓の外を見た。








翔大は庄森にミラー越しに笑い掛けた。



「妬くなよ庄森……
売れてくれば幾らでも女は寄ってくるぞ。
大室さんに誰か紹介して貰うか?」



庄森は口を歪めて笑った。



「あ~俺プリキーの美名がいいなあ……カッワイイよなあ~
いい身体してるし~たまんねえよな!
翔大ぁ、一緒にやっちまおうか?ヒッヒッヒ」




翔大は後ろを振り返り、腕を伸ばし庄森の胸ぐらを物凄い力で掴み庄森を至近距離で見据えた。




その眼力に庄森の笑いが凍る。




「美名に指一本触れるな……
何かしたら……」



「こっえ――な!マジになんなよっ冗談だって」



翔大は更に締め上げてから庄森を離し一言囁いた。



「口は災いの素だぞ……」


「ハイハイハイ!分かってるよリーダー!
あ――こええ!」



庄森はふう、と溜め息を付いてシートにもたれかかる。







翔大のスマホが鳴った。


「はい」



『俺だ。御苦労だったね。なかなか良かったよ……庄森と聖恵君がちょっと固かったが、まあ新人らしく初々しくて丁度良いだろう』



「大室さん……出演の手配をありがとうございました」



『この位造作もないさ。ヤモリとは飲み友達だしな。
デビュー後にミュージックスタイル出演も決定したから、そのつもりでいなさい』




「ミュージックスタイル……ですか」




『……ビビってるかい』



「――いいえ」



『ふふふ……だろうな。君は実に度胸が据わっていて素晴らしいよ……
この調子でグイグイやって志村の鼻を明かしてやれ』



「大室さん……
志村さんに何故そんなに拘るんですか?
……まあ、何でもいい事ですが」



『……いずれその事も教えてあげるよ。
silent wolfが見事チャートのトップ10に入ったらね……
いや、褒美は他の物がいいのかな?
何がいい……金か、女か……』



翔大は、美名の事が頭に浮かぶ。









「欲しい物は……自分で手に入れます」



『ハッハッハ……
実に男前だね……
まあ、売れれば色んな物が向こうから寄ってくるし引き寄せられる……
良い物も悪い物もね。
見極めは難しい……
落とし穴に嵌まるなよ?』



「……まだ始まったばかりですから何もかもこれからですよ」



『そうだねえ。
まあ、目の上のタンコブは志村のプリキーだが、奴等の動きは筒抜けだからね……
あちこちに俺のスパイが居て良い働きをしてくれるお陰だよ』



「……」



『プリキーのあの子の事が心配かい?』



「いえ……」



『あの子が欲しいなら、とことんプリキーを叩きのめす事だ。
ボロボロになった所に手を差し伸べれば必ず堕ちる……君に取っては一石二鳥だろ』



「ふふふ……怖い人ですね……」



『そうかなあ?人聞きの悪い……
俺は先の先を読んでいるだけだよ?ハハハ……
今日は皆帰って休め。また明日から忙しいからね……じゃあ』



「はい」



翔大は電話を切ると、今美名は何をしているだろうか、と思いを巡らせた。










――ポキノンの撮影の時に泣き腫らしていた美名。


昔付き合っていた時に、翔大が泣かせた事もあるが、他の男に泣かされて居るのを見るのは膓(はらわた)が煮える思いだ。



(真理……


あいつは、どんな風に美名を抱いていたのか……)


思わず唇を噛むが、不意に後ろからフワリと甘い香りがして、聖恵の柔らかい手が翔大の腕をそっと握ってきた。


翔大はミラー越しに優しく微笑みを向けた。



「……聖恵……分かってるよ……
部屋に付くまで我慢して?」



「もう……待てないもん」


「仕方ない子だね」




「は――、やってらんねー」



庄森は目を掌で覆った。




――――――












一時間後、翔大のマンションの寝室ではベッドのスプリングが激しく啼く音が響いていた。




聖恵の小柄な身体が翔大の動きに合わせて浮き沈みする度に甘い声が漏れる。




「ああっ……あっ……はっ……翔大……さんっ」



「いいよ……聖恵……っ」


男性の割りにはしなやかな指で、形の良い大きな双丘をまさぐりながら、劣情のまま腰を打ち付ける。



聖恵は、雰囲気や身体付きが何処と無く美名に似ていた。

翔大は聖恵を抱きながら、美名を重ねては欲望と恋情を募らせていた。



今組み敷いて居るのが美名なら、と思うだけで際限無く獣は猛り、聖恵を責め続けてしまう。




美名のアパートで夜迫った時にも、合宿で中途半端に触れた時にも、美名に泣かれてそれ以上出来なかった。



今では激しく後悔している。



無理矢理にでも……俺の物にするべきだったんだ……



聖恵の白い太股を掴み拡げて、真上から増大した獣を最奥まで突き刺すと甘い蜜が溢れ、翔大をキツく締め上げて来る。



「ああんっ……だ、ダメえ」



「聖恵……っ」



他の女の名前を呼びながら、心の中では美名、と叫ぶ。







聖恵の小さな柔らかい唇を塞ぎ、咥内を悩ましく掻き回しながら、美名の唇の感触を思い、腰の動きは休めず激しく打ち付けると、下から甘い呻きが漏れる。



「ん……んっん」






(……違う……
声や姿が似ていても……
美名とは……違う……)




「くっ……」



快感にうち震えながら、壊れよと言わんばかりに細腰を掴み総ての欲望を目の前の身体にぶつけるが、心は虚しく空回りする。



「あっ……ああ……っ翔大……さんっ」


「……黙れ……っ」



翔大は打ち付けながら、乱暴に唇を貪る。


聖恵が一切声を漏らせない程の烈しい口付けをしながら凌辱を繰り返した。



翔大は美名と抱き合った遠い記憶をたどり、美名の身体を脳裏に思い浮かべていた。



長い柔らかい髪が翔大の腕に絡み付く感触や、潤む瞳が過り、胸や身体がやけつく様に熱くなる。



(……俺が……欲しいのは……美名……
君だけだ……)




「ん、んああっ」


耐えきれず絶頂の叫びを聖恵が漏らした時、翔大の獣も同時に達し、止めどない身勝手な欲望を吐き出した。




ビクン、ビクンと脈打つそれは快感に震え、しかし心の中は冷えきっていった。










ぐったりとした聖恵を見て、ハッとして頬を軽く叩くと瞼がピクリと動き、柔らかに笑いかけて来た。



翔大はホッとする。



「良かった……
激しくし過ぎたから……どうにかなったかと思ったよ」



聖恵は栗色のボブの髪をサラリと揺らし、胸にしがみつく。



「どうにかなってもいいもん……」



真っ直ぐに向けられる気持ちに戸惑いながら、さっきまで欲情の対象でしかなかった身体を抱き留める。



「聖恵……
俺は……」



「分かってる……
翔大さんが愛してるのは私じゃない……」



小さな手がギュッと背中に爪を立てる。



聖恵は、翔大がやり場の無い恋情にもがいているのを知って、自ら身体を差し出したのだ。


聖恵を抱く時の翔大は容赦ない獣だが、終わった後はとても優しい。


それは多分罪悪感や同情から来ていて、恋情ではないのだろう。



だが、それでも幸せだった。








大室に初めて翔大と引き合わされた時、聖恵は、
「何て寂しげな目をした人なんだろう」


と思ったのだ。


一見優しげで物静かだが、演奏すると豹変して身体中でプレイする翔大に、聖恵はあっという間に恋してしまった。



大室が、売り出すために手段を選ばないという噂は聞いた事がある。

次から次へ策略を持ちかける大室に聖恵は不安と不信を抱きながら、それでも翔大の側に居たいという気持ちから、逆らえずにいた。


大室と居る時の翔大と、こうして二人きりの時の翔大は余りにも違う。


無理をして居るように思えて心配でもあった。



けれど、恋人でもない、ただ身体の関係があるに過ぎない自分がそんな踏み込んだ事を言えない……

自分を抱く事によって一時でも翔大が安らげるなら、それでいいと思っていた。








「……少し眠る?」


優しい声で囁いて、腕枕をしてくれる。



「うん……話ししながら……でもいいですか?」



聖恵は腕の中で翔大を見つめる。



「今日は……何の話がいい?」



翔大はいつも、眠るまで話を聞かせてくれるのだ。


涼やかで低く心地よい囁きを聞きながら夢の中へと誘われる瞬間が何よりも幸せだった。



昼間、どんなに冷たくされても、駒の様に扱われても、乱暴に抱かれても、こうして腕の中で包んで優しく語りかけてくれる。



恋人になれなくてもいい。
いつまでもこんな一時を与えられるなら……



小さな頃の思い出話や、下らない事や、好きだった絵本の話や、junkの時に作った曲の話だとか、翔大は毎回してくれるのだ。



恋人同士みたいだ、と勘違いしてしまいそうになる位に優しく……








「……私から、質問してもいいですか?」



「うん……何?」



「美名さんの事……」



「……」



「そんなに好きなら……何故別れちゃったんですか?」



「……寝物語にはちょっと相応しくない話題だね」



翔大は苦笑いする。



「……ごめんなさい」



目を臥せた聖恵の額を指で撫でながら、翔大は遠い目をした。



「多分……
自分がとても小さく見えて……
自信がなかったんだろうな」



「……今は、自信があるんじゃないですか?」


聖恵の目がトロンとしてきた。


「どうかな……」



額から頬に指を移動してそっと触れながら美名の十八の頃を思った。
今の聖恵と同じ年齢だ。


あの頃の美名は眩しくて、自分の手には負えない様な気がしていた。


何一つ成し遂げられない自分は、美名の隣に居るのに相応しくないと思っていた……









自分が大きな男になれば。


例えば、立派なミュージシャンになれば。


……何が基準で立派なのかはわからないけれど。


世の中の人達が俺の名前を耳にしただけで感嘆するような、そんな人間になれたら。



そうなったら、美名が戻ってきてくれる様な気がしていた。



あの頃の自分は、そう信じていた。



……今でもその気持ちは変わっていない。


どんな手を使ってでも、美名が欲しい。


今自分がしている事が間違っているとしても……それでも構わない。




「……すう……」


聖恵はいつの間にか眠っていた。

その寝顔が美名と重なり、翔大は髪を撫でて離れた思い人に心を飛ばした。




――美名……



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