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新生princes&junky①

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髪を巻いて、口紅はいつもより大人なローズにして、綾波に着てこいと言われたクリームカラーの、胸元に華やかなフリルが施されたワンピースにカーキ色の短い丈のジャケットを羽織り、姿見で何度も姿をチェックする。



大きな姿見はデビューするにあたって桃子と三広がプレゼントしてくれたのだ。


桃子曰く

『これからお姉ちゃんは、沢山の人に見られるスターなんだからね!
ますます魅力的になるように毎日鏡を見るのよ!
歩き方とか、歌い方だとか表情だとかさ……
いつでも練習できるじゃん!』


『うわっ!言いたいこと全部桃ちゃんに言われた――』

三広は隣で苦笑していた。



『お姉ちゃん、男女のもつれには本当に注意してよ!?
真理になんか泣かされたら言いなよね!
飛んで来るから!』



そう言い残して桃子は静岡へ帰っていった。






「真理君に泣かされたら……か」


ぼんやりと言葉を繰り返す。



合宿が終了してからは、怒濤の日々が始まった。
志村はデビュー前から
"プリキー"の……

……"princes & junky"の略らしい。


"プリキー"のプロモーションを開始した。


まだ曲も出来ていないのに、だ。


『とにかく勝負はファーストインパクトよ!』

と断言し、撮影スタジオに連れて行かれて、三人共スタイリストにゴテゴテにイメージを作られて写真撮影をした。



いわゆる"アー写"という奴だ。



『"姫と野獣が、ロックする?"
 てキャッチフレーズでいくわよ!』


志村はデビューまでの計画を綾波と一から練り直したらしい。


綿密なスケジュールは殆ど休み無く組まれ、デビューは当初の計画通り一ヶ月後。


いつの間にかプリキーのCM撮影の段取りも出来ていたり、雑誌の取材も凄い本数が予定されていた。






そんな中でも真理との交際は順調だった。


仕事が終わると真理は大体泊まりに来た。

夜一人になると、とてつもなく寂しさに襲われてしまうから、泊まって欲しい、とねだったのだ。


優しく朝まで抱き締めてもらい目覚める毎日。



逞しい腕と胸に包まれていると、悲しい気持ちがスウッと和らいで行く。



けれど、朝、迎えに綾波がやってくる度に心は恋情に揺れて、忘れたいのに忘れられない。



だが決してそれを真理には悟られてはいけない、と思っているが、多分お見通しなのだろう。



真理はいつも優しくて明るく、時にはバカな事をしたり言ったりして笑わせてくれる。



泣かされた事は一度も無かった。



綾波の事を思って泣きたくなる日は数えきれないけれど……







ただ、昨夜は真理と由清は志村と飲んでそのまま泊まったらしい。


寂しい一夜だったが、仕方がない事だ。


今夜は一緒に居られる筈……


なのに、溜め息がさっきから止まらないのは、もうすぐ綾波が迎えにやって来るからだ。



仕事の時には意外なまでに普通に接する事が出来ていた。



余りにも忙しくて、グズグズしている暇がない、というのもある。


今は仕事が毎日入っているのが有り難かった。



そうでなければきっと毎日泣いて暮らしている。



「……おかしくないかな?髪……結んだ方がいいのかな……」



鏡の前で長い巻き毛を手に取りパサリと揺らす。


(剛さんは……
この髪を気に入ってよく触ってくれていた……)



長い指が髪を掬い取り、形の良い唇で口づける仕草はまるで姫に仕える騎士の様だった。




「剛さん……」


思わず呟いた時、ドアチャイムが鳴った。









(……剛さんだ!)


「は、はい!」



ドアを慌てて開けるが、玄関の段差につまづいてよろけてしまい、素早く抱き留められる。



フワリといつものホワイトムスクの香りがして、身体をしっかりと抱き締められて胸が高鳴る。



「……すいません……」


顔を上げられない。

すぐ目の前に顔があるかと思うと……


微かな溜め息が聞こえる。



「相変わらず、世話が焼けるな……」



その優しい声に、ドキンとするが、唇を噛み締めて手を振り払った。


「も、もう大丈夫です!」

「――」


切れ長の瞳がじっと見ている。


「……な、何ですか?」



「……似合ってるぞ」



一瞬微笑んだ様に見えたのは……気のせいなのだろうか。









「真理と由清は志村さんと一緒だったな」



運転する横顔に見とれて、返事が遅れる。



「は、はい!」



いつもなら運転手の田仲が居るのに今日は綾波の運転で緊張してしまう。


しかも、当然の様に助手席に座らされて、すぐ隣に気配を感じてドキドキする。



(こんなの、聞いてないよ……)



心の準備も何もないまま、車内に二人きり……



何を話していいか分からないし、かといって黙ったままも気詰まりで、ソワソワした。




「落ち着きがないな……どうした」



「!……えっと……それは」



綾波の視線を感じる。



自分の呼吸の音が煩く感じる位に車内がしんとする。



胸が鳴っているのを気付かれたくない……



思わず顔をプイと背けてしまった。




(このまま黙っていたら不自然だし……何か言わなきゃ……)


必死に考えていたら、いつの間にか車が路肩に停められていた。







「……?」


車が止まった事に気付いて振り返ると、綾波が身を乗り出して来て、思わず目を閉じた。


呼吸が僅かに頭上を掠め、額にヒヤッとする物が触れた。


「ひゃっ……」


綾波の首が目の前にあった。
掌が額に触れているのだ。



「熱はないが……大丈夫か?」



カアッと頬が熱くなる。


「さ、触らないで!」



つい大きな声が出てしまう。




「……き、今日は……有名な雑誌の取材だから……緊張してるだけです」



綾波は何かを言いかけたが呑み込む様に黙り、運転席に戻りハンドルに手を掛けて外を見ている。


ミラーに鋭い瞳が映り、つい目がいってしまうが、目が合ってしまい慌てて顔を背けた。



「――!」


腕を掴まれて、顎を上に向かせられる。



「……何を泣いている」



「……な、何でもないです」


「それが何もない顔か?」


綾波は、美名の涙に動揺していた。

美名は良く泣く女だという事は知っているが、肩を震わせて泣くのを懸命に堪えている姿を見ると胸が堪らなく痛む。


今まで一緒に居た頃は、身体を投げ出して甘えるように泣いていたのに……
距離を置いている今、そんな事をする訳がないのだが、目の前で泣かれると抱き締めたくなってしまう。



涙を溜めた目でじっと見つめる美名が何を思っているのか……

俺が憎いのか、それとも……


熱の籠る瞳の中に、二人で居た頃向けられていた恋情が見える気がする。


(美名は俺を憎んでいる筈だ……

そんな訳はない……

勘違いして突っ走ったらダメだ……)


綾波は唇を噛み締めた。








「ま……っ」


震える声が口から漏れる。


すぐ近くに綾波が居るのが苦しくて堪らなかった。
思っていても仕方がないのに、意味がないのに、綾波の姿を見るだけで恋しさが募る。


真理は、いつも優しくて包んでくれる。
美名も真理の事が好きだった。


真理に抱き締められる度に、もう忘れられる、今度こそ、忘れられると思うのに、綾波の姿を見たり、声を聞いたりするだけでそんな確信は脆く崩れてしまう。



「何だ……?」



綾波の目が真剣に見ている。


美名は必死に思いを押し止め、誤魔化そうとする。


「真理君は……っ
とても優しくて……大事にしてくれます」



振り切る為に、自分に言い聞かせる様に強く言う。


綾波が今どんな顔をしているのか、怖くて見れなかった。


顔を背けたまま尚も続けた。



「毎日……抱き締められて……幸せです……
綾波さんと居たときよりも……ずっと」









綾波は、美名から手を離すと運転席に戻り、溜め息をつき、事務的に語り掛ける。



「体調が悪くないなら良い。
それと、取材中はちゃんと切り替えろよ。
訳のわからん事でピーピー泣くな」



「は、はい……すいません」


「せいぜい幸せにしてもらえ……
俺にはどうでも良いことだが」


綾波は車を発進させ冷たく言い放つが、美名はカッとなり小さく叫んだ。





「……綾波さんが、聞いてきたんじゃないですか……!
もう私の事は放っておいて!」


「……」



そっぽを向いて肩を震わせている美名の表情を長い髪が隠す。




綾波はチッと舌打ちしたくなった。




三広に言われた言葉を思い出す。



『綾ちゃん……俺に言ったじゃんか!
好きなら行動しろって!……綾ちゃんがそう言ってくれたから俺は……!綾ちゃんの意気地無し!』



(意気地無しか……)



自嘲的に口元を歪め笑った。





――――――――









今日取材を受ける音楽雑誌『pockin'on JAPAN』
本社に到着すると、ロビーの前に既に志村と真理と由清が来ていた。


美名は、真理の姿を見つけると、一目散に駆け寄って抱きついた。


皆、おおっと鼻白む中、綾波はクールな表情を崩さず、しかし人知れず拳を固く握りしめる。



真理は美名に軽くキスをすると、照れくさそうに笑った。




「……おはよっす!」


「真理君……おはよう」


美名は、車の中での気まずさから逃れる様に真理にしがみつく。




「ん――オホン!お二人さん!?
仲良しなのはいいけど、そろそろ記者さんがやってくるからね?
バンド内での恋愛沙汰は一応世間には伏せる方向だから、そこの所よろしくね!」



志村に言われて、二人は赤くなりながら離れた。






「pockin'onに載る、て事はミュージシャンとしてひとつのステイタスだからね!
新人特集のトップに4ページぶち抜き!
そのうち2ページは見開きのグラビアよ!
皆、いい顔で載りましょうね~」



「いい顔で……?」


由清は、流石ホストで鍛えた王子スマイルを見せる。



「ん――!そうそう!素敵よ――!チューしたくなっちゃう!」



「いや……そ、それは」



由清は後ずさる。



「うわ――俺写真撮られんの苦手だわ」



「真理君、格好いいから大丈夫だよ」



「美名も……可愛いからそのまんまでオッケーだぞ!……ま、まさか……カメラマン……脱げ!とか要求して来ないだろうな!?」



「もう!そんなのある訳ないじゃない!
そういう本じゃないし!」


「いやでも……美名を見てる内にムラムラ~っとなって……」



「も~!何ですぐにそういう発想になるのよ!」



真理と言い合いながら、綾波の視線を感じて胸がチクリとした。



その時ガチャリとドアが開いて意外な人物が現れ、皆が息を呑む。




襟足が長い黒い髪、優しげな輪郭、スラッとした身体にレザージャケットを羽織り、ブーツも様になっている。
物静かな佇まいの中に強い意思を感じさせる瞳の……





「しょう君……」



「何故お前が此処にいる?」



真理が美名を庇うように立ちはだかると、翔大は柔らかく笑った。



翔大は、背の高い長髪のサングラスの男と、ハーフっぽい顔立ちの可愛い小さな女の子を伴っていた。



「久し振りですね……綾波さん」



翔大は真理を無視して後ろに居る綾波を鋭く見た。



「殴られた痕はもう治ったのか」


皮肉に言う綾波に、翔大は余裕の笑みを返す。



「……あの位、痛くも痒くもありませんよ……
今痛い思いをしているのは貴方の方では?」



綾波が表情を固くする。


「……何の事だ」



翔大は答えずに、フンと鼻を鳴らすと、真理の後ろの美名に流し目を送る。



「やあ……美名。とても素敵だね」



「……っ」



美名は真理の腕を思わずギュッと握る。








「美名に近寄るんじゃねえよ」


真理が凄む。

翔大は笑うと、真理の肩をポンと叩いた。



「まあまあ……
同じ新人同士、仲良くしようぜ……真理」



「――何だと?」



綾波が鋭く口を挟む。



「俺達も、princes & junky の皆さんと一緒の新人特集のページに載るんですよ……」



翔大はニヤリと笑う。




「な、何ですって――!?そんなの聞いてないわよ!どういう事?」



志村は目を剥いた。



「俺は、大室さんの所からデビューする事になりました。
今回の取材も大室さんが手を回してくれたんですよ」



志村の表情が、見た事も無い険しい物に変わる。



「……何ですって……!?あいつが……?」


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