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獣の求愛③

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キッチンに残された面々は微妙な空気だった。


由清は、真理が溢したコーヒーを渋い顔で綺麗に拭き取りふう、と溜め息をついた。


真理はようやく咳が止まると、フラフラと席を立つ。



「そうだ忘れてた……俺は腹痛なんだ……
もう寝る……さらば」



虚ろな目で足元が覚束ない様子で部屋へ歩いていくのを由清が心配そうに見ていた。



「どうしたんだ、アレ」


「真理君も、恋の病ね」


「ええっ!?」


志村は綾波の土産のボルドーを棚から出してグラスに注ぎ、由清にも勧めた。
由清は受け取ると志村のグラスとカチンと合わせ乾杯する。


「新しいprinces & junkyの門出に乾杯ね」


「……」


複雑な表情をする由清に志村は明るく言った。



「翔大君はバンド向きじゃないかもね。
ソロでスカウトされて案外あなたたちより早く売れちゃったりするかもよ?
うかうかしてられないわ。頑張りましょうね!」



その時テレビから流れてきたニュースに志村は目を奪われる。



『音楽プロデューサーで歌手の大室 哲哉(おおむろ てつや)さんが、今日行われた長野県でのイベント中にステージから飛び降り怪我をして入院しました……』



「ふうん……」


由清もワインを含みニュースを見る。





志村の表情が一瞬何とも言えない暗い物に見えたが、直ぐ様笑いだしたので見間違いかと思う位だった。


「お――っほほ!大室の奴!歳のくせにカッコつけてみっともないわねえ!入院ですって?いい気味だわっ!ホホホホ!
……でも長野ですって?何処の病院かしらっ?
あ――やだやだ!奴と同じ空気を吸ってるかと思うと蕁麻疹が出ちゃう――!キャア!痒くなってきたわあ」


大室哲哉と志村は犬猿の仲で、業界では有名な話だった。
テレビ番組やイベントはこの二人は共演させてはいけないという暗黙のルールがあるという噂もある。



「大丈夫ですか?何か塗る薬あります?」


「よっしー……優しいわねえっ!私、キュンとなっちゃったわあ」


「え……」


由清は後ずさる。


「綾波君と美名ちゃんは今頃屋根裏でラブラブだし~桃子ちゃんと三広君もなんだかいい雰囲気で何処か行っちゃったわねえ~」


「そ、そうですね」


「私達も仲良くお風呂に一緒に入りにいきましょ~!
露天風呂が裏にあるのよ~!今夜は星が見えて素敵よ~!」


「ヒイッ!?いや、いいです、遠慮します!」


「まあまあ――そう言わずに!裸のお付き合いも良い物よ――!ホホホホ」



志村は由清をガッと捕まえると鼻唄を歌いながらずるずると引き摺って行った。





――――――








別荘の中庭のベンチに座り、三広はソワソワしていた。


空には満点の星。
涼やかに吹く夜の風。
そしてチラチラと蛍が仄かな命を迸らせている。
この上ないロケーション。
こんな見事な舞台で意中の女の子とベンチで並んで座るという奇跡が自分に起こるなんて、信じられない。


いや、まだ桃子は来ていないのだが。


昨日は翔大と綾波の事でそれどころではなかったが、明日東京に戻る前に桃子に伝えたかった。


一世一代の告白だ。


話があるから中庭に来てと言ったら、桃子ははにかんだ様子で、



「着替えて行くから……待ってて下さい」


と答えたのだ。



「う――わ――」


三広は告白する前から色んな妄想が止まらない。

桃子はシャワーを浴びて来るのだろうか。
まさか、パジャマで来たらどうしたらいい?
薄着で来られたらまた鼻血が……
まずい。
想像しただけで頭に血が……


三広はティッシュをスタンバイした。



東京に戻ったらまた暫く新曲のキャンペーンで、ラジオやテレビ出演が目白押しで忙しくなり連絡さえ取れないかも知れない。


そういう弾みでも付けないと勇気が出ないし、綾波にも渇を入れられたばかりだ。


好きなら四の五の言わずに実力公使。


「実力公使……ううっ」


桃子にキスしてしまった事を思い出してまた鼻血がピンチになる。


ティッシュを鼻にあてがい、あの時どんな風だったか記憶を辿ろうとするが……
どうやってキスしたのか全く思い出せない。


「あ――!何故肝心な事を覚えてないんだ――俺の間抜け――!」



カサッと草の揺れる音がして振り返ると、白い着物に青白い顔で口の端から血を流し細い手をこちらに伸ばした女が三広を見てニヤリ……と笑った。



「う――ら――め――しや――」



「ギャアアアアア――!」




三広は椅子から転げ落ちた。


白い手が三広に触れるが、三広は後ずさりまた絶叫した。



「ひい――っ!ごめんなさいごめんなさい!成仏してください―――っギャアアアアア」



着物の女は暫く三広を見つめていたが、肩を震わせて笑いだした。



「あっハハハハ……
そんなに怖がって貰うと作ったかいがあるな~!」


三広は顔を手で塞いでいたが、恐る恐る女を見て唖然とした。



「もっ……桃子ちゃん!」


桃子は唇を白く塗り、髪を下ろし白い着物を着て裸足で立っていた。



「肝試しが中止になったでしょ?
この大作をお披露目せずに埋もれさせるのは勿体ないなと思って。
似合う~?」


桃子はクルクル回りはしゃいでいる。


三広はクスリと笑った。
もう怖くない。

メイクで顔色は悪く見えるが、眼鏡をしていない桃子のくりっとした瞳がとても綺麗だ。




「似合うよ。スゴく様になってる」


「本当――?
皆にも見せてこよっと!」


桃子はスキップして別荘の中へ行こうとする。


「桃子ちゃん!」


三広は咄嗟にその腕を掴み引き寄せて抱き締めた。



自分の胸の音がやけに大きく聞こえる。

しかもどんどん大きくなって行くような気がして、怖い。


三広は華奢な桃子の身体の柔らかさと心地よさに目眩を起こしそうになりながら、呼吸を整えた。


「す――は――」



桃子がモゾモゾと動く。
抵抗しているのかと思ったら、着物の胸元に手を入れて何かを引っ張り出した。


その時、胸元がはだけて桃子の胸の膨らみが見えてしまい、三広は盛大に鼻血を吹き出してしまう。


「きゃっ」


桃子は腕の中をすり抜けて、乱れた着物を直した。


三広はティッシュで鼻を押さえてベンチに横になっていた。



「ね、根本さん……大丈夫ですか?」


桃子が覗き込むと、三広は鼻にティッシュを突っ込んだままニッコリ笑った。



桃子はその小さな手で三広の顎を持ち上を向かせた。


「ライヴの時に鼻血出した事はある?」


「あ~!そういやそれは一度も無いな」



「そっか。なら良かった。ステージで、もしそうなったら大変だもんね」


三広は血が止まる様に顔を上げる。

本当は桃子の愛らしい顔を見たくて仕方がないが、今は止血優先。


「ねえ、……桃子ちゃんは、クレッシェンドの中で 誰が一番好き?」


「えっ……」


「あ、いや、正直に言ってくれていいから……
俺は一応リーダーだから、他のメンバーの良い所を見習いたいし……
えっと……」


桃子が鼻のティッシュを引っこ抜いた。


「……止まったよ?」


「あ、そ、そう?」


「……」


「…………」


急に恥ずかしくなった三広は、顔を上に向けたまま、桃子を見れないでいた。


「……根本さん?こっちを見てください」


グイッと乱暴に頭を掴まれると、唇に柔らかい感触が当たる。

それは瞬きする位の短いキスだった。




三広は、何が起こったのか理解出来ず、馬鹿みたいに口を開けて桃子を見た。


桃子は死に化粧をしているのに、羞恥で頬が紅く染まって唇を噛み下を向く。


「も、桃子ちゃ……今のは……て―っ」


桃子が顔を上げると、何かを凄い速さで投げつけて飛んできて三広の眉間に当たり地面に落ちた。



拾い上げると、それは三広に似せて作ったフェルト生地の人形だった。
ドラムセットの前に座り、スティッキを振り上げる三広。
手が込んでいて感心する程の出来だと眺めていたら、今度は桃子の怒鳴り声が飛んで来た。



「根本さんの、バカっ!」


「えっ?」



「私は……彼氏居ない歴18年で学校の男の子ともマトモに話せない上に二次元大好きで……

アニメの『俺様アイドル☆駿君』の駿君と本気で結婚したいなんて思ってる阿呆な女よ!
あんな変な眼鏡してるのも自分に自信がないからなの!
……だけど……そんな私がこんなに勇気を出してるのに、何なのよっ!
この間、チューして来たくせにっ!
からかっただけなのっ?ヤリ逃げ男――!」



一気に捲し立て、桃子は走り出した。


「桃子ちゃん!待って!」






桃子の足は速く、三広でもなかなか追い付かない。


(着物を着ていて動きにくい筈なのに、何故あんなに走れるんだ?

……あ、そういえば桃子ちゃん裸足で……
怪我したらいけない!)



「桃子ちゃん!止まって!足元に何が落ちてるか……」



桃子が中庭の大きな柳の木の影に隠れようと幹に手を触れると、暗闇の中に二つの目がギラリとするのが見えた。


「キャアアアアアア」
「うわああああああ」



思わず飛び退くが、あれ?と首を傾げる。


今のは……
何か見覚えのある生き物……



桃子は手を叩いた。



「なんだぁ、真理!」



「なんだぁじゃねーよ!よりによって柳の下にそんな格好で現れるんじゃねーよ!
驚いて死ぬかと思ったわ!」



真理はタバコとライターを手に持っていた。



「禁煙したんじゃないの?」

「う……なんか急に吸いたくなったんだよ……
でも吸ってねーからな!」


「ふうん」



ガサガサ音がして振り向くと、三広が走ってくる。
桃子は真理の後ろに隠れた。





「な、なななんだぁ?」


真理は、訳が分からず手を上げてまごまごする。



三広は息を乱して真理に怒鳴った。



「もっ……桃子ちゃんを離せ!」



「ええ!?離すも何も触ってねーぞ!」



真理が叫ぶと、桃子は後ろから腕を絡ませてしがみついた。



「お、おい桃子!何してんだ!」



「あっかんべー!」



「桃子ちゃんっ……」



「私をどうしたいのよ!はっきり言いなさい――!バカ――!」



桃子は真理の腕に噛みつき喚いた。



「おいっ……お前!こいつを何とかしろよ――!あででで」



桃子の目に浮かぶ涙を見て、三広は拳をギュッと固くすると、力の限り叫ぶ。




「好きだ――!」



「…………!」



桃子は腕に噛みつくのをようやく止めて、真理の背中から顔を出して見つめた。



三広は身体一杯で息を吸い込むとまた叫ぶ。



「俺は!桃子ちゃんが!好きだ――っ!
誰にもやるもんか――!真理にはやらないぞ――!」



「いやだから、俺は違くて……」

真理は顔をひきつらせる。


「根本さん!」


桃子は真理を突き飛ばして三広に駆け寄って飛び付いた。






「桃子ちゃん!」


二人は抱き合いながらクルクル回っていたが、バランスを崩しずっこけた。



「おい……大丈夫か」



真理は手を伸ばしかけたが、溜め息を吐いてその場から離れ、ライターをカチカチ鳴らしながら空を眺め歩く。



「全くどいつもこいつも……」



苦笑いをして、タバコを箱さら池に放った。

次から次へと生まれる波紋を眺めながら、三広の渾身の告白の台詞を呟いてみる。




「好きだ……誰にもやらない……か」




――翔大もそういう気持ちだったのだろう。

美名を翔大から守る、と俺は言ったが、俺だって翔大と同じ事をしていたかも知れないのだ。


(美名が笑っているならそれでいい……)



とは思うが、今頃屋根裏で綾波に抱かれている事を想像すると身体中が切なく出口の無い疼きで満たされてしまう。




「はは……キツイぜ」



愚かな自分に低く笑った。










「わあ……」


屋根裏の大きな天窓には夏の星空が広がっている。


ベッドに横になり星を見る、なんて贅沢な事だろうか。


美名が窓の外の世界に目を奪われて居ると、痺れを切らした様に大きな手が顎を掴み、こちらを向かせて唇を重ねて来た。



「ん……んんっ」



「星を眺めるのもいいが……俺はお前の身体をじっくりと観察したい」



綾波は、既に獣と化して美名を食べようと狙っている。


美名をあっという間に組み敷くと、一枚一枚ゆっくりと脱がしていく。



ベッドの側にあるスタンドは仄かだが、露になった身体の曲線が隅々まで照らし出されてしまう。


離れて居たのはたったの四日間なのに、こうして触れあうのはとてつもなく久し振りな気がした。




あっという間に下着だけにされていた事に気付いて慌てて明かりを消そうと手を伸ばすが、綾波に阻止される。



「消すことはないだろ……」


「だ、だって……」



「ちゃんと見せろ……俺に」


綾波はブラの肩紐を器用に口でくわえてずらしていく。

鋭い目で美名を射抜くかの様に見つめながら……



「お前を抱けなかった間の飢えを取り戻す……覚悟しろよ」



「つ……剛さん……」



「震えてるのか……」



綾波の唇が、優しく美名の指を一本ずつ慈しむ様にキスをする。



「あの……私……しょう君に……あっ」



噛みつくようなキスが首筋に落とされた。



「奴の話はするな……いや、違う……
奴は何処に触れた?」



やけつく様な視線が身体中をなぶる。



「つ……剛さん……それは」



「答えろ……」





綾波の情欲に支配された目は、翔大のそれと重なった。


恋人同士だった頃にも、こんな激しい燃える様な瞳で見つめられて抱かれていた。
一晩の内に、一度では足りなくて幾度も……幾度も求められて……


『綺麗だよ……美名』


大好きだったあの声で囁かれて最高に幸せを感じながら、私も……





「――美名!」


軽く肩を揺すぶられて、目の前の綾波が目に入った。


(今、何を私は……

綾波さんの腕の中に居るのに、しょう君の事を考えるなんて……)



「何を考えていた……」


「……!」


視線が堪らなく痛くて、目を背けると、物凄い力で両手首を纏めて掴まれた。



「い……痛いっ」


綾波の瞳が氷の様で、ゾッとした。


(こんなの……綾波さんじゃない……っ)



「……奴の事を思ってこんな風になったのか?」


「ああんっ……」


綾波の左手がいきなりショーツの中へと滑り込んで蕾の中を探り始めた。


途端に水音がする。




「ほら……少し身体に触れただけで……こんな風になるのか?え?」


綾波は、巧みな指使いを駆使して美名を淫らな狂気へと導いていく。


逃げようにも、手首をしっかりと掴まれていて敵わない。



「んっ……ああっ……やんっ……っ」



感じて声を上げる美名を見つめる目にはいつもの優しさは無い。


身体は甘い快感に震えながら、美名の心の中は泣き出してしまいそうだった。



「いつからこんなに敏感になった……え?」


一番弱い場所を容赦なく責められ、もう何も考えられずに、ただ首を振るしか出来ない。


「合宿の間に……奴に開発されたのか!」


「――!ちがっ……」



綾波は、素早くベルトを外してズボンとトランクスを降ろし、美名の中へ一気に入ってきた。



「……くっ」


綾波は快感に口を歪める。


「いっ……いやあっ……いきなりっ」


逃れようと、腰を引こうと足掻くがしっかりと腕を掴まれていて身動きが出来ない。



綾波はベッドが壊れそうな程に、激しく腰を打ち付けて来た。


「くっ……嫌だと?……こんな風に……締め付けて溢れて居るじゃないか……っ」



「あんっ……ああっ……だって……こんなの……ああっ嫌!」


美名は快感に咽びながらも、打ち付けられる程に彼とすれ違って行く様な気がして、必死に胸を叩いた。



綾波の燃える眼で射抜かれながら、腕を掴まれて貪るキスをされる。


腰の動きはそのままに繰り返され、美名はキスされながら呻いた。



「ん……んん……むっ」



長い長い口づけが済むと、ブラを荒々しく剥ぎ取られて乳房を鷲掴みにして唇で犯される。



綾波の猛りは熱く大きく、動きは速くなる一方だった。
打ち付けられる度に止めどなく溢れて蕾が溶けそうになり、あまりの快感に恐怖さえ覚える。




(さっきまで……優しかったのに……何故……?)



綾波が、目を見ていない事に気付くと、美名は心が急激に乾いて行くのを感じた。



「奴にも……こんな風にされたのか!」


「あんっ……違う……違う!」


「嫌と言いながら……思うようにさせたのか……!」


「剛さんっ……もう……止めて!」



「うっ……」



美名の中で、突然綾波が弾け、熱い物が吐き出されて太股を伝った。



同時に、美名の頬を涙が濡らした。




「――!美名……」


涙を見て、綾波の目にいつもの光が戻った。


「ひっ……・」


美名は顔を両手で隠してしゃくり上げた。


(好きな人に抱かれたのに……こんなに虚しくて心が痛むなんて……)



何故こんな事になってしまうのだろう。
信じられない気持ちで、美名は泣いた。




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