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桃子と二人の王子

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『あ……あん……剛さんっ』

『美名……っ』


『だ、だめっ……それ、ダメえっ!』


『ダメじゃないだろう……こんな風になって……』


『いやああんっ』





二人が寝室に籠ってすぐに甘い声と微かな振動が伝わってきたが、一時間以上経ってもまだ聞こえてくる声にリビングに残された亮介は困惑していた。



三広は気絶したまま、まだ眠っている。



桃子は三広を心配そうに、しかし時折うっとりと見つめて側から離れない。



亮介はどうしても寝室の様子が気になって、赤面して咳払いする。


亮介は、一言も口をきかずに居るので流石に気まずいのだ。


何か無難な話題を切り出そうと口を開いた時、桃子が不意に亮介を振り返り驚いた様に飛び退いた。



「えええええっいつからそこに!?」



まるで、今初めて存在に気が付いた様なリアクションに、亮介は唖然とした。




「……ずっと居たけど……俺、そんなに存在薄い?」



桃子は壁に貼り付いて震えた。
顔が青くなったり赤くなったりしている。




桃子は震える消え入りそうな声で言った。



「ご……ごめごめ」



「ごめごめ?」



「ひっ」



亮介が頭を掻くと、何故か桃子は自分の頭に手をやりうずくまった。



亮介は困って、桃子にそっと近づいて肩を叩く。


「どうしたの?気分でも悪い?」



「きゃっキャアアア!」



桃子はすっ頓狂な悲鳴を上げて四つん這いの態勢で亮介から逃げる。


慌てているのかスカートが捲れて下着が見えそうな位に太股が曝されていた。



亮介は「うわっ」と思わず手で目を覆う。



桃子は亮介が動く度にビクリと震えて、逃げるように移動する。


その仕草と怯えた表情が、綾波に食ってかかった時とはまるで別人な事に亮介は大いに戸惑った。



「ね、ねえ桃子ちゃん」



「ひっ……」



桃子は真っ青になってソファの影に隠れた。





……勘弁してよ。
まるでこれじゃあ、俺が変質者で、この子を苛めてるみたいじゃないか……


亮介は深い溜め息をつくと、まだ三広が目を覚まさないのを確認した。



敵の動向を息を殺して見守るスナイパーの如く、桃子はソファの陰から半分だけ顔を出して亮介を見ている。



諦めた様に亮介は肩を竦めて、キッチンの棚からカップとソーサーを取り出して紅茶をいれ始めた。


茶葉の良い香りがリビングに漂う。



「えっと……ミルクと砂糖、使うならここに置くからね?良かったらどうぞ?」



亮介は手際よく盆に華奢なデザインのカップに入った紅茶を載せて、テーブルに置いた。



自分は少し離れたキッチンのカウンターに座り、紅茶を啜る。



桃子は、暫くじいっと亮介の様子を見ていたが、四つん這いのままテーブルに近づくと、行儀よく正座をして手を合わせた。



「……いただきます」



「どうぞ」



亮介は柔らかく笑った。




桃子はカップを手に取ると、そのエレガントなデザインに感嘆している。


「素敵……」



「いい趣味でしょ?それ、綾ちゃんが自分で選んだんだよ」



「えっ」



「一見乱暴で無愛想だけど、結構細やかでいい所あるんだよ?」



「……」



桃子は唇を結んでいたが、紅茶の香りに誘われるように、一口含む。



「美味しい……」



その時零れた思わぬ愛らしい笑みに、亮介は心臓が跳ねた。




『ん……剛さん……ああっもうダメ……』

『まだまだだぞ……もっとだ』

『やあんっ……スゴいっ』

『メチャクチャにして欲しいか……えっ?』




しん、としたリビングにまた一際大きい二人の声が聞こえて、亮介は紅茶を思いきり噴き出した。



「ぶ――っ!」



「うわあああ!」



噴水みたいに噴いて、寝ている三広の顔を直撃する。


流石に三広は目覚めた。



「ばっ……何してんだ阿呆亮介――っ!下手したら窒息するじゃん!殺す気か――!」





「お、おう、ワリイ」


「ワリイじゃねえよ――!そんなに俺が悪いことしたかお前に?え――っ?」

「まあ、目覚めて良かったじゃんか!おめでとう!おはよう三広!ハハハ!」


「なあにが、おめでとうだ――!」


取っ組み合いを始めた二人を桃子は唖然と見た。


「背が高いからってお前、見下してないか――?人間の価値は身長にはないんだよ!」

「ハイハイハイ!分かってますよ――!ちびざるにはちびざるの良い所がありますね――!」

「ちびざる言うな――!キー!」

「キーキーうるさいわあ!」


亮介は三広を抱え込み、投げ飛ばした。



偶然その方向にいた桃子の方まで飛ばされ、二人は衝突してしまう。



「うわっ!桃子ちゃん――!」



亮介は慌てて駆け寄ると、三広が桃子の上に乗っかっていた。



三広は気がついてぎょっとして桃子を見詰める。


瓶底の眼鏡が外れて現れた愛らしい顔立ちに何秒間か口を開けて見とれていたら、後ろから亮介に頭を殴られた。



「阿呆――!いつまで乗ってるんじゃ!」



亮介も桃子を見てハッとして固まった。



桃子は薄目を開けて二人を交互に見る。



「も、桃子ちゃん!」
「大丈夫――!?」





桃子は寝ぼけた様に手を二人に伸ばして呟いた。


「お……王子が……二人居る……」



「へっ?」「えっ?」



「……て」


小さな唇が放つ言葉を聞き取ろうと二人は必死だ。


二人して倒れている桃子の唇に耳を寄せた。



「キスして……」



「うん、そうキスね」
「なんだあキスかあ!……て、エエエエ!?」
「エエエエエエエエ」



桃子は目をトロンとさせて二人の頭を掴んで引き寄せた。



「……王子の……キスで目覚めたいの……いいで……しょ?」



「も、ももももも」
「桃子ちゃんっ本気!?」


二人は真っ赤になり狼狽えて顔を見合わす。



桃子は誘うように目を閉じて、三広も亮介も思わずゴクリと喉を鳴らした。



「ど、どうする」
「いや、女の子からの誘いを断る訳には」
「で、どっちから」
「そりゃ――、俺でしょ」「何でお前なんだよ!」



二人が言い争っていると、静かな寝息が下から聞こえてきた。



桃子はうっすら笑ったままで眠っていた。



男達は、全身で溜め息を付いて桃子をソファまで運び寝かせた。






『あああ――っ』

『美名……美名……!』


寝室からはまだ愛し合う声が止まない。


二人は苦笑した。





「当分出てきそうにないね……」



「そうだな~。まあ、綾ちゃんから今まで特定の女の子の話とか聞いた事なかったから、ちょっとびっくりしたけどな」



「……ほなみちゃんの事以外はね」



「うん……だから、美名ちゃんと出会って良かったんだよなあ」



「綾ちゃん、幸せになって欲しいよな」



三広はまだ伝ってくる鼻血をティッシュで押さえながら遠い目をする。



亮介は、突然三広のつるんとした額にデコピンした。



「いっいで――!何すんのさ!」


額を押さえて抗議する三広から逃げながら亮介は叫んだ。



「人の幸せを願うのもいいけどさ、自分の事を考えろよ。美名ちゃんが現れて、お前も綾ちゃんに甘えて居られないだろ?」



その言葉に、三広は顔を強ばらせた。


その表情を見て、内心触れてはマズイ事を言ったかな、と後悔するがもう遅い。




三広は頬を僅かにひきつらせて亮介から目を逸らした。



「いつから知ってたのさ……俺が時々……綾ちゃんと寝てたの」



「いや……何となく」



亮介は言葉を選んだ。

実は、メンバーは皆薄々分かっていた事だったが公然の秘密の様になっていたのだ。



三広は高校時代のある経験から、女が苦手になったのだ。
決してゲイという訳ではないし、好みの女の子を見ればときめくし欲情もする。
けれど、いざ、ベッドインしようとすると、過去の思い出が蘇り、普通に女の子を抱くことが出来ない。


三広の今までの様子を見る限り、女との体験はまだなのではないか、と亮介は察していた。


確か、バンドを組んだばかりの時、二人で海でナンパをして女の子二人組を持ち帰った事があったが、三広はその時何もしないで終わった、とか言っていた様な気がする。


自分はその時の女の子と暫く付き合っていたが
「あの人、ホモなの?」
と亮介に聞いてきた事がある。


それで亮介は怒って喧嘩してその女の子とは別れたのだ。





「……そうかよ」


三広は俯いて低く呟く。


亮介は、三広の気分を引き上げようと明るい調子で言った。



「でもさ、世の中色んな趣味のギャルがいる訳だしさ!バイとかオネエとかゲイって、実はモテるんだぜ?ほら、志村さんだってオネエのオヤジだけどモテてるじゃん?
だから、お前も楽勝だって――!ハハハ」



三広は拳を握りしめ、テーブルを叩いた。



「適当な事言うな!何が、何が楽勝だ!」



普段滅多に大きな声を出さない三広の怒号に、亮介の表情は固まった。



「そうか……そうやって、皆もお前も俺の事を笑ってたんだろ、どうせ!
可哀想な奴だって、同情してたんだろ!えっ?」



険しい顔をした三広の口から放たれた言葉は、鋭い刄の様に亮介の心を傷つけた。



「三広……バカな事を言うなよ……そんなワケないだろ?」



三広は何も聞きたくない、とでも言うように耳を両手で塞ぎ、亮介から背を向けて怒鳴った。



「黙れ……黙れ!
……今日はもうお前の顔を見たくない!出てけよ!」





「三広……!」


亮介が手を差し伸べようとするが、その背中が全てを拒否しているのを悟ると、深く溜め息を吐いた。



「わかった……じゃあ、お先にな。桃子ちゃんを頼むよ……」



亮介はリビングから出ていく時一度振り返り、口を歪ませてドアを閉めた。




「……ハアッ……ハアッ」


三広は苦しげに胸を押さえて呻いた。


動悸が速まり、目が回る。

息を吸っても吸っても、空気が薄い様に感じるし、吐き気も覚えていた。


「うぐ……っ」



キッチンのシンクに吐き出そうとするが、何も出てこない。

例えようの無い痛みと悪心に涙が溢れた。



不意に、背中に柔らかい優しい感触を覚える。



規則的に、その感触は背中を撫でている。


何なのか分からないまま三広はその感触に救いを見出だしながら、吐き気が収まるまで耐えた。




どの位経ったろうか。吐き気が引いて、救われた様に身を起こすと、後ろで小さな溜め息が聞こえた。





「?」


振り返ると、いつの間に起き出したのだろうか。

桃子がコップの水を持って、差し出してきた。



「飲める?」


三広は、桃子を見つめながら無言で水を受け取り、口に含むが、むせてしまう。



「ああ、大変」



桃子の手が懸命に三広の背中をさすり、咳を収めようとした。



――そうか……この手が、ずっと擦ってくれてたんだ……



咳き込みながら三広は考えた。


桃子は、もう眼鏡を嵌めていた。


最初見た時は正直、珍妙な娘としか思えなかったが、今は、女神に思える。



「大丈夫……?鼻血止まったみたいだね」


「……」



桃子は三広の鼻に入っているこより状のティッシュを抜き取ると、それを大事そうに持って何やらモジモジしている。
その様子が三広の心をざわつかせた。



「あ、あのう。このティッシュ、貰っていいですか?……き、記念に……圧縮密封して、か、家宝にしたいの!……だ、ダメですか?」



赤くなりながらゴニョゴニョ呟く桃子を、いつの間にか三広は抱き締めていた。

ひっつめた髪の後れ毛が、頬をくすぐる。



桃子が息を呑むのが分かると、三広は小さく呟いた。



「ゴメン……少しだけ……このまま……」






「柔らかい……」



桃子の甘い香りでうっとしながら、三広は思わず呟いた。



「んっ」



耳元が擽ったいのか、小さな声を洩らしている。

その可憐な声にドキリとして、三広は今更ながら恥ずかしくなる。




「あの……」



「えっ?」



「神田さん……追い掛けなくていいの?」



「……!」



桃子は三広の顔を覗きこんで来た。

ドギマギしながら、三広も見つめ返す。



「神田さん、根本さんの事、本気で心配してるんじゃないかな……そうでなければ、あんな風に言わないよ?」



「え……」



三広の大きな目が更に大きく開かれた。




「……話、聞いてしまいました」



三広は桃子を離し、後ずさる。






桃子は真剣な表情をしていた。
その様子からは、馬鹿にしたり面白がったりしている風には見えなかった。


三広は天を仰ぎ溜め息をつく。



「はあ……ビックリした?てか、幻滅したよね……俺、昔同級生の女の子に 付き合って、て言われて断ったら、次の日からクラスの女子全員から苛められてさ……
それから女の子が苦手なんだよ。実はね。
ハハハ、女の子にやられるなんて、情けないね」



桃子は俯いて震えている。



「俺のせいでクレッシェンドのイメージが悪くなっちゃうから……内緒にしてね?」




「そんな事、ないっ!」


桃子は顔を上げて大きな声を出した。


三広は驚いて見つめる。


「男とか女とか関係ないです!集団で攻撃されたら、誰だって怖くなります!それに、フラれたからってそんな事するなんて、そいつ許せない!何処の誰ですか――!根本さんを苛めた女は――?」



小さな肩と手を震わせ、頬を紅潮させて叫ぶ桃子は、今すぐにでも復讐しに飛び出して行きそうに見えた。





「い、いや……もういいんだよ」


後ずさる三広の胸ぐらを掴み桃子は凄んだ。



「良くないですよ――!私、そいつメッタメタにしてやりたいです――!」



「いや……それはダメだって……犯罪だって」



「だって!人の心を傷付けるのは犯罪じゃないんですか――?
目に見えないだけで、しっかり傷を負っちゃってるじゃないですか!えっ?」



桃子の剣幕に、三広はタジタジとなる。



「は、はい」



「根本さんは……凄くカッコいいドラマーで、クレッシェンドの要です!
全然、イメージダウンとか、ならないですから!」



気づけば、桃子の頬には涙が光っていた。


三広は思わず手を伸ばして触れる。





涙に濡れた頬はマシュマロを思わせて、甘い疼きが胸の中に渦巻く。



「……き、きっと今に……いつか……根本さんにも素敵な恋が……お、訪れますから!」



桃子は眼鏡を取ってグシャグシャと目を拭う。



「そんなキツく擦ったら痛くなるよ?」



そっと桃子の手を取ると、二人の視線が同じ位置でぶつかった。



桃子は今初めて目を合わせたかの様な反応をして真っ赤になった。

さっき、神田に対してもした反応だ。



「ねえ……桃子、ちゃんて、男子に慣れてない?」



桃子は、ブンブンと頷いた。



「スイッチが入ってる時は平気……なんだけど……我に返ると……ダメです」


消え入りそうに話す桃子を思わずまた抱き締めたくなり、手を伸ばしかけて躊躇った。



――俺は、今何をしようとしたんだ?
今日初めて会った女の子に。
そう、相手は苦手な女の子なんだぞ?




「あ、あの……根本さん。女の子と……した事、ないんですか?」



「うっ」



今度は三広が真っ赤になった。

つつ、と鼻血が伝うのを見て桃子は素早くティッシュで手当てした。



眼鏡をしていない桃子の瞳は、まるで小さな子供みたいに澄んでいて、吸い込まれそうだった。
どことなく美名に似ている様にも見えるが、桃子はまた違う美しさを持っている。

透ける様に白い首筋や胸元、そして口紅も何も付けていないのにピンクの愛らしい唇に目を奪われていたが、桃子と目が合って慌てて顔を逸らした。



「まだ鼻血が……動いたらダメ」



小さな手が三広の頬に触れ桃子の方を向かせ、二人の瞳がぶつかり合った瞬間、三広は唇を奪っていた。




女の子の唇を、自分の唇で感じるのは初めてだった。
男でも女でも、その柔らかさは同じだけど、触れた瞬間に甘く苦しい何かで身体が満たされて、熱さが沸き上がる。



小さな肩に置いていた手を背中に回して、そっと唇を離した。



目を丸くした桃子を見て、今まで誰にも感じた事のない愛しさの様なものが生まれる。



「え、えっと……いきなりゴメン……」



「んきゃあ――っ!」



桃子は耳をつんざく悲鳴を上げて、三広の顎をパンチした。



「うぎっ」



見事な一撃だった。
軽い三広はリビングの隅まで吹っ飛んだ。


何とか身体を起こして、桃子に歩みよる。



「も……桃子ちゃん」



「きゃあああ――!お姉ちゃん!お姉ちゃんっ」



「あっ!待っ……そっちへ行ったらダメだよ!」



三広が制止するより早く、桃子は奥の寝室のドアをバーンと開けた。



「お姉ちゃ――ん!助けっ……」







寝室の奥のベッドでは、美名が桃子に背を向けた状態で膝まずき、綾波自身を口で愛撫している最中だった。美名の頭を掴み呻いていた綾波は、桃子とバチっと目が合う。


「……」「……」



二人は暫し無言だった。気が付いていない美名は懸命に綾波を喜ばそうと頭を動かしている。



呆然とする桃子は、後ろから来た三広に引っ張られた。


三広は綾波に目配せて、ドアをそっと閉じて大きく溜め息をついた。



「はあ~。心臓に悪い……」


桃子は真っ赤になって固まっていた。
その手は微かに震えている。


三広はそんな桃子に優しく笑いかけた。



「ねえ、天気もいいし、散歩にでも行こうか?それとも、桃子ちゃんの行きたい所に行く?」



「……行きます」



桃子は呆然とした表情のまま、頷いた。



「よし、じゃあ、ここを出ようか」



三広は桃子の手を引いて、静かに部屋から出た。


『美名……いいぞ……上出来だ……くっ……』


『あっ!何をっ……』


『今度はお前を可愛がってやる……』


『や……やああっ』



寝室からは、二人の声がまだ悩ましく聞こえていた。





エレベーターの中で、桃子は赤い顔で無言だった。

三広にキスされた事よりも、姉と綾波の行為をその目で直に見てしまった事の衝撃の方が強烈だったのだろうか。



さて、どうしようか。


女の子と二人きりで長時間居るという経験をした事がない三広は、今からの時間をどうやり過ごすか頭をフル回転させる。


瓶底眼鏡をかけて、変なシャツを着て地面に付きそうな位長い野暮ったいスカート姿の桃子は、傍目から見れば珍妙な、オタクみたいだ。


ぱっと見た目、美名と姉妹と言われても、信じられないだろう。



けれど、今は美名より、他の誰より可愛く見えてしまう……



考えが纏まらないまま、エレベーターはチーンと音を立て下に到着してしまった。






「……」
「……」


沈黙したまま、エントランスから外へ踏み出すと、眩しい陽射しが二人を照らした。


時計を見ると、もう昼過ぎだ。


桃子が、チラリと三広を見る。


多分、三広が何か言うのを待っているのだろう。


三広が口を開きかけた時、建物の陰に身を隠す亮介に気付く。


目が合うと、白々しくそっぽを向いて口笛を吹いて去ろうとしたが、三広は靴を脱いで亮介に向かって投げつけた。


靴は物凄いスピードで飛んで行き後頭部を直撃して、亮介は悲鳴を上げた。


「ぎええっ!」



「命中――!俺のコントロールは衰えてはいない!ハッハッハ!」


「何しとんじゃあお前――!」


亮介は靴を投げ返しながら目を剥いて走って来た。
だが、その表情はどこか嬉しそうなのを、桃子は感じ取っていた。



「っとお!」


三広はがっちり靴をキャッチして、亮介の背中をバーンと叩いた。



「何だよお前!俺が出てくるのを待ち構えてたの?そんなに俺が好きか!ストーカーかよ!」





三広も、亮介が居るのに安堵して嬉しいのがその声の調子から分かった。


亮介は、桃子と三広を交互に見てニヤリとした。


「いやね?桃子ちゃんとスケベお猿を二人だけにしちゃったから心配になってさ~。桃子ちゃんがお嫁に行けなくなったら、俺が責任取ろうかな!て思いながら、ここで出番を待ってたのだよ!ハーッハッハ」



三広と桃子はその言葉に真っ赤になる。



「お、お前、何故お前が責任取るのさ!おかしいだろ!」



「え?おかしいかなあ~?だって、桃子ちゃんもどーせなら猿より、人間がいいっしょ?ねえ?」



亮介はそう言ってウィンクするが、三広はそれを遮る様に桃子の前に立った。



「だ、ダメダメダメ――!桃子ちゃんは、桃子ちゃんは俺のっ……」



三広はそこで口ごもる。
亮介はニヤニヤして三広の胸をつついた。



「俺の~?」


「……っ……!」


「根本さん!また鼻血が!」




「ウワアア三広!大漁じゃないか!いや、大量だ――!」


「た、大変――!」


亮介と桃子は鼻血を流し続ける三広を前に右往左往した。





その様子を、綾波は上から見て呆れていた。



「何をしてるんだ……あいつらは」


「え……?」



熱情のままに、何度も求めあって、美名は身体中に残る気だるい余韻と疲労と、時に押し寄せる眠気と闘いながらベッドに横たわっていた。



裸のままでいる美名に、綾波はタオルケットをフンワリと掛けてやると優しい笑みを溢す。



美名も、嬉しそうに笑顔を返した。



「いや……お前の妹……石みたいに堅物かと思えば……なかなかだな。流石、お前の妹だ。男を骨抜きにする魔性が潜んでる」


長い髪を、綾波の指が弄ぶ。


美名は、夢心地で愛しい男の指から産み出される心地良いこそばゆさに酔っていた。



「ふうん……?」



「まあ……これでまた俺の敵が減ったから、万々歳だな」



「……」



美名は、いつの間にか寝息を立てていた。

その穢れのない寝顔に、いとおしさが溢れて、このまま閉じ込めて置きたくなってしまう。


「まあ……そういう訳には、いかんよな」


綾波は首を振り、天を仰ぐ。


志村から昨日連絡があったのだ。


――美名とjunkは、一ヶ月後に電撃的にデビューをさせる。

そして、美名と綾波の仲は決して世間に知られてはならない。と。

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