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恋に堕ちる歌姫
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肩先に唇を付けたまま、綾波が溜め息を漏らした。
激しく交わった後の疲れなのか、上に居る綾波の身体が、一瞬ズンと重くなる。
まだ、二人の身体は繋がったままだった。
――普通なら、愛し合った後くすぐったい位甘ったるい語らいをするのだろうけど、私はこの人の恋人じゃない。
第一、今日出会ったばかりで、名前しか知らない……
でもそれは彼も同じだ。
私の声と、名前しか知らない。
なのに、お互いの身体だけは繋がってしまったなんて――
『お前は今日から俺の物だ』
綾波に言われた言葉が甘く残酷に刺さる。
――あれは、一体、どういう意味なの?
肩先に唇を付けたまま、綾波が溜め息を漏らした。
激しく交わった後の疲れなのか、上に居る綾波の身体が、一瞬ズンと重くなる。
まだ、二人の身体は繋がったままだった。
――普通なら、愛し合った後くすぐったい位甘ったるい語らいをするのだろうけど、私はこの人の恋人じゃない。
第一、今日出会ったばかりで、名前しか知らない……
でもそれは彼も同じだ。
私の声と、名前しか知らない。
なのに、お互いの身体だけは繋がってしまったなんて――
『お前は今日から俺の物だ』
綾波に言われた言葉が甘く残酷に刺さる。
――あれは、一体、どういう意味なの?
――それに……
さっき綾波が呼んだ名前……
誰なの……?――
「随分長い髪だな……」
綾波の大きな手が、いつの間にか美名の髪を弄んでいた。
腰近くまである栗色の髪を、なにが面白いのかひと束みして、その先っちょで自分の頬を撫でて遊んでいる。
初対面の印象と違う子供みたいな振るまいに心が粟立つ。
綾波は口元にに笑いを浮かべ、髪の先で彼女の頬を擽ってきた。
戸惑っていると、お腹のお臍の辺りも擽られる。
流石に我慢出来ず身を捩ると、繋がったままの秘所が刺激されてビリッと快感が走り、声を漏らしそうになるのを何とか堪えた。
「長くて邪魔そうだが……悪くはない」
髪をひとつに手で束ねたり、先っちょを私の鼻先に持っていったりしながら微笑している。
「で……どうだった」
からかうような口調で聞かれる。
「どうって……」
綾波の手は髪から離れて美名の唇をつつ、と撫でていた。
「抱かれた感想は?」
「――!」
頬がカッと熱くなり、猛烈に腹が立った。
無理矢理連れ込んで好きな様にして置いて、感想も何もないだろう。
噛み付いた事を悪かったと思ったが、取り消す。
いっその事噛み千切ってやれば良かった。
――私は、貴方が呟いた人の事が、気になって仕方がないのに――
「怒ってるのか」
唇に触れていた指が、頬に触れて首筋を撫でる。
その指を、美名の涙が濡らした。
綾波が驚いた様に目を見開いたが、もっと驚いてるのは美名だった。
次から次へと溢れて止まらない涙に困惑している彼女に綾波は意外な言葉を掛けた。
「何処か痛むのか」
「……え」
「無理をさせるつもりはなかった。悪かったな……これから体調はきちんと管理しないと、歌声に響く。何処か悪かったらちゃんと俺に言え」
掌が頭を撫でる。
思いがけない優しい言葉に心地よい甘さが胸に拡がりかけるが、どうしてもさっきの事が引っ掛かる。
『ほなみ』
誰……?
この人があんな切ない声で呼ぶ人……
「違います……身体は大丈夫……です」
やっぱり、涙が止まらない。
「そんなに泣いて目が腫れるぞ」
唇で涙を舐める様に掬い取られ、美名はまるで親猫に舐められる仔猫みたいな気持ちになる。
こんな事、好きじゃない女に出来るのだろうか。
腰の辺りがじわりと熱を帯びて来る。
中に繋がったままの綾波が、少しずつ熱く固くなりつつあるのが判ると、美名は逃げようと脚を動かすが、綾波がそれを許さなかった。
しっかりと抱き締めたまま、ゆっくりといたぶる様に腰を廻されて、また、溢れてきてしまう。
「やだっ……」
「お前が煽るからだ……」
綾波はゆったりとした律動を少しずつ速めて行く。
「あっ……あん……ダメっ」
「言っただろう……そんな顔をするからだ……」
「……っ」
まだ涙に滲む瞳を綾波に向けると、彼の獣が一層昂るのを感じた。
手が伸びてきて両の乳房を摘まみ円を描く動きで揉みしだく。
「美名……」
低い声で名前を呼ばれて、心の最奥がズクンと動いた。
「!」
上で綾波がビクリと身体中を震わせて動きを緩めて唇を頬に付けた。
「美名……締め過ぎだ……くっ」
美名の上で、綾波が苦悶の表情を浮かべている。
だが動きを緩めたのは一瞬で、また堰を切った様に激しく打ち付け始め、美名は身体中が性感の塊になったように、何をされても善くなってしまう。
指が、頬を撫でて首筋を撫で、乳房へと降りて行く。
それだけの動きで秘蕾は反応し、中の獣を締め付けた。
「ああっ……ダメっ刺激しない……で」
「……そう言いながら……腰が動いてるぞ」
口許を歪め、情欲でぎらついた瞳で美名を見ながら綾波は太股を左右に大きく開き、自分を突き刺す。
「んあっ」
思わず綾波の腕を強く掴み、噛み付いた血が滲んだ箇所に触れてしまった。
一瞬、綾波は眉をしかめる。
「ごめんなさ……」
「構わん……直ぐに善くなるさ」
大きな指で秘蕾をまさぐりながら獣で打ち付ける動作を始めると、視界が白みがかってくる。
「やあっ……そんなのダメっ!」
「その声……ゾクゾクくる……もっと啼け」
綾波は指も腰も動きを緩めず美名を狂わせ続ける。
「あ、綾波さ――ああっ」
綾波の瞳が、いとおしい光りを帯びて見詰めているが、こちらを見ているのではなく、何か別の物を見ている様に感じて、それが苦しい位にもどかしい。
突き上げられて、堪らない快感を与えられると同じ位に泣き喚きたくなるのを美名は堪えた。
――何故こんな事になるの?
「俺の物だ……美名」
低く甘い囁きが、一度口にしたらもう二度と断ちきれない麻薬の如く心と身体の奥底まで侵していく。
「美名……っ」
綾波が肩先に顔を埋めて、強く抱き締めながら一層激しく美名を揺らし苦しげに名前を呼ぶ。
呼ばれる度に、甘く残酷な刃で美名の心は切り刻まれていく。
――私……どうなってしまうの?
「ああっあ……あっ」
激しく動く綾波にしがみついて声を上げるしかない。
もう、身体中が蕩けて無くなってしまいそうだ。
綾波が深く息を吐き出して、彼女の髪を掴んだ。
「お前を抱くのは俺だけだ……いいな」
「そんなの……知らないっ」
涙を溢すと綾波の目にまた獣が宿った。
「美名……俺の物だ」
「――やめて……」
首を振る彼女の頬を両手で掴み、狂おしく口づけながら綾波は腰を忙しく動かした。
「ん……んんん」
叫びは全て甘く激しい口づけに絡み取られる。
「く……ふ!」
「ん……んん……っん!」
唇を貪り合いながら、炎の様に熱い二人の身体は限界に昇りつめようとしていた。
「――美名っ」
「ああっ!」
綾波は彼女の名前を叫んで果てた。
暫らく息を乱し抱き合ったまま、美名は綾波の鼓動を聞いていた。
『美名』と呼んで彼が果てた事に、泣きたくなっている自分が居る。
――美名、と彼が囁く度に、舞い上がる心と熱くなる身体は、私がどうかしてしまったからなの?
不意に、綾波の指が頬を摘まんだ。
鋭さの無い思いがけず優しい瞳がこちらを見ている。
「何だ。また泣いてるのか」
激しく胸が鳴り出した時、確信する。
――全部を奪われてしまった――
綾波は涙が止まらない美名をギュッと抱き締めて、苦しげに呟いた。
「そんなに嫌だったか……?」
広い胸の中で首を振ると、溜め息と共に胸が大きく動いた。
「わからん反応だな……女の『嫌』だとか『いい』は大抵言葉の裏に何かあるしな……おい」
顎を掴まれて上を向かされる。
「腹が減ったろう。何を食う」
グズグズ泣いていたが、その言葉で急に空腹を意識した。
綾波はベッドから降りてテーブルの上に置いてあるメニュー表をいくつか手にすると、また隣に戻ってくる。
「中華……洋食……丼ものだな……どうする」
綾波は真剣な目付きでメニューを吟味していた。
さっきまでの獣みたいな彼とは全く違う。
「う――む。天津飯……餡掛け炒飯……魚介ラーメン……」
ブツブツ呪文みたいに呟く様子が何だか可笑しくて、つい口元が緩んだ時に鼻を摘ままれた。
綾波は笑顔だった。
「やっと笑ったな」
「……」
暫くして、綾波が注文した大量の食事がどーんと届いた。
麻婆豆腐にハンバーグにオムライスに天津飯に餡掛け炒飯、魚介ラーメンに鯖味噌煮定食。
「ほら、冷めない内に好きな物を食え」
呆気に取られる美名に箸を握らせた。
「食べさせて欲しいのか?」
軽く笑われて、赤くなってしまう。
「では、オムライスを頂きます」
一口含むと優しい卵とケチャップの味が広がる。
思わずニコニコしていると、
「他の物も食え」
と綾波が小皿に他の料理を取り分けて寄越す。
「そんなに沢山食べれないよ」
「じゃあ少しずつ色々食え。オムライスだけじゃ偏るだろうが」
綾波は気持ちいい食べっぷりだった。
それを見ているといつの間にか気持ちが和んでいた。
結局、二人で大量の食事は全部平らげてしまった。
殆ど綾波が食べたが。
「激しい運動の後は腹が減るからな」
綾波の何気ない一言に美名は真っ赤になった。
シャツを引き裂かれてしまった美名はシャワーの後、バスルームに置いてあったネグリジェを着るしかなかった。
しかし、そのネグリジェは薄い生地で大きく胸元が開いている上に、丈が異様に短い。
鏡に映る自分の姿を見て、こんな格好で出ていってよいものか暫し悩んだ。
――裸のままよりはマシだよね……
でも恥ずかしいので、大きなバスタオルで身体を隠して寝室へ戻った。
「お先にお風呂いただきました……綾波さん?」
ベッドで綾波は寝息を立てていた。
――何だ……
ホッとしたのが半分、拍子抜け半分で美名は身体に巻いたタオルを放ると綾波の隣にそっと滑り込む。
無邪気な寝顔が、心を甘く苦しめる。
初めて会った男に身体を許すなど初めてだった。
そして、一日でこんなに夢中にさせられたのも……
綾波は、人気ロックバンド「クレッシェンド」のマネージャーだと言った。
クレッシェンドといえば大手の「フェーマスレコーズ」の看板の様な人気バンドだったが、メンバーの西本 祐樹(にしもとゆうき)が人妻と恋愛関係になり、しかもその事を自ら人気音楽番組
「ミュージックスタイル」で暴露して大騒ぎになったのが記憶に新しい。
その放送の日、居酒屋のバイトだったからどんな風だったのか知らないが、桃子が興奮して電話して来た。
『西君の恋人がバックダンサーで出てきて、乗っていたゴンドラが落ちて、それを西君が助けたのが凄く格好良かった』
と。
西君というのは西本祐樹のニックネーム。
ファンは皆そう呼ぶのだ。
西君は結局自分の恋を貫いたのだ。
恋人は夫と別れる事が出来て、二人は結婚した。
ドームのライブでサプライズウエディングをやったらしい。
その一連の出来事全てが夢物語みたいだと美名は思っていた。
でも、今日起こった事も、夢物語かも知れない。
クレッシェンドは「フェーマスレコーズ」から離れ自主レーベル
『Dream adventure』を立ち上げたばかりだ。
他にも看板になるアーティストを探していたが、なかなか見付からないので路上ライブをする音楽家を目指す人間が集まる場所に時々出向いていたらしい。
そしてたまたま美名を見付けた。
『お前は必ずとびきりの歌姫になる』
綾波は自信満々に言った。
『とびきりの』
何がとびきりなのか良く分からないけど、見出だしてくれた綾波の為に出来る事をしようと思った。
小さな頃から歌手を夢見て来た。
それを叶える為にも……
「美名……」
綾波が小さく呟いたが、スヤスヤ眠っている。
「寝言……?ウソ……」
――寝言で私を呼んだ……
嬉しくて、また泣きたくなる。
――私をスカウトした理由は分かったけれど、だからって何故こんな風にするの?
と聞いたら、キッパリと言われた。
『そりゃ、お前が俺の好みだからだ』
唖然とする美名に、(何か問題でもあるのか)
とでも言いたげなドヤ顔を綾波は向けていた。
思い出して笑いが溢れそうになるが、聞いてしまった綾波の呟きが心に引っ掛かり続けている。
――『ほなみ』って、誰……
貴方の何なの……?
何度も喉元まで出かかった言葉。
怖くて聞けなかった。
スヤスヤ眠る綾波を見ていると、曲が浮かんできて美名は小さく唄った。
その胸にそっと顔を埋めて……
『どうか まだ 目を醒まさないで 貴方
醒めたら 今日の奇跡が
只の 現実になってしまう
繰り返し 繰り返して
飽きる位に 抱き締めて
欲しいけれど
私は 夢の中の 恋人でいたいの
お願い まだ 眠っていて
お願い 貴方を 見ていたい
それ位 恋に 堕ちてしまったの……』
激しく交わった後の疲れなのか、上に居る綾波の身体が、一瞬ズンと重くなる。
まだ、二人の身体は繋がったままだった。
――普通なら、愛し合った後くすぐったい位甘ったるい語らいをするのだろうけど、私はこの人の恋人じゃない。
第一、今日出会ったばかりで、名前しか知らない……
でもそれは彼も同じだ。
私の声と、名前しか知らない。
なのに、お互いの身体だけは繋がってしまったなんて――
『お前は今日から俺の物だ』
綾波に言われた言葉が甘く残酷に刺さる。
――あれは、一体、どういう意味なの?
肩先に唇を付けたまま、綾波が溜め息を漏らした。
激しく交わった後の疲れなのか、上に居る綾波の身体が、一瞬ズンと重くなる。
まだ、二人の身体は繋がったままだった。
――普通なら、愛し合った後くすぐったい位甘ったるい語らいをするのだろうけど、私はこの人の恋人じゃない。
第一、今日出会ったばかりで、名前しか知らない……
でもそれは彼も同じだ。
私の声と、名前しか知らない。
なのに、お互いの身体だけは繋がってしまったなんて――
『お前は今日から俺の物だ』
綾波に言われた言葉が甘く残酷に刺さる。
――あれは、一体、どういう意味なの?
――それに……
さっき綾波が呼んだ名前……
誰なの……?――
「随分長い髪だな……」
綾波の大きな手が、いつの間にか美名の髪を弄んでいた。
腰近くまである栗色の髪を、なにが面白いのかひと束みして、その先っちょで自分の頬を撫でて遊んでいる。
初対面の印象と違う子供みたいな振るまいに心が粟立つ。
綾波は口元にに笑いを浮かべ、髪の先で彼女の頬を擽ってきた。
戸惑っていると、お腹のお臍の辺りも擽られる。
流石に我慢出来ず身を捩ると、繋がったままの秘所が刺激されてビリッと快感が走り、声を漏らしそうになるのを何とか堪えた。
「長くて邪魔そうだが……悪くはない」
髪をひとつに手で束ねたり、先っちょを私の鼻先に持っていったりしながら微笑している。
「で……どうだった」
からかうような口調で聞かれる。
「どうって……」
綾波の手は髪から離れて美名の唇をつつ、と撫でていた。
「抱かれた感想は?」
「――!」
頬がカッと熱くなり、猛烈に腹が立った。
無理矢理連れ込んで好きな様にして置いて、感想も何もないだろう。
噛み付いた事を悪かったと思ったが、取り消す。
いっその事噛み千切ってやれば良かった。
――私は、貴方が呟いた人の事が、気になって仕方がないのに――
「怒ってるのか」
唇に触れていた指が、頬に触れて首筋を撫でる。
その指を、美名の涙が濡らした。
綾波が驚いた様に目を見開いたが、もっと驚いてるのは美名だった。
次から次へと溢れて止まらない涙に困惑している彼女に綾波は意外な言葉を掛けた。
「何処か痛むのか」
「……え」
「無理をさせるつもりはなかった。悪かったな……これから体調はきちんと管理しないと、歌声に響く。何処か悪かったらちゃんと俺に言え」
掌が頭を撫でる。
思いがけない優しい言葉に心地よい甘さが胸に拡がりかけるが、どうしてもさっきの事が引っ掛かる。
『ほなみ』
誰……?
この人があんな切ない声で呼ぶ人……
「違います……身体は大丈夫……です」
やっぱり、涙が止まらない。
「そんなに泣いて目が腫れるぞ」
唇で涙を舐める様に掬い取られ、美名はまるで親猫に舐められる仔猫みたいな気持ちになる。
こんな事、好きじゃない女に出来るのだろうか。
腰の辺りがじわりと熱を帯びて来る。
中に繋がったままの綾波が、少しずつ熱く固くなりつつあるのが判ると、美名は逃げようと脚を動かすが、綾波がそれを許さなかった。
しっかりと抱き締めたまま、ゆっくりといたぶる様に腰を廻されて、また、溢れてきてしまう。
「やだっ……」
「お前が煽るからだ……」
綾波はゆったりとした律動を少しずつ速めて行く。
「あっ……あん……ダメっ」
「言っただろう……そんな顔をするからだ……」
「……っ」
まだ涙に滲む瞳を綾波に向けると、彼の獣が一層昂るのを感じた。
手が伸びてきて両の乳房を摘まみ円を描く動きで揉みしだく。
「美名……」
低い声で名前を呼ばれて、心の最奥がズクンと動いた。
「!」
上で綾波がビクリと身体中を震わせて動きを緩めて唇を頬に付けた。
「美名……締め過ぎだ……くっ」
美名の上で、綾波が苦悶の表情を浮かべている。
だが動きを緩めたのは一瞬で、また堰を切った様に激しく打ち付け始め、美名は身体中が性感の塊になったように、何をされても善くなってしまう。
指が、頬を撫でて首筋を撫で、乳房へと降りて行く。
それだけの動きで秘蕾は反応し、中の獣を締め付けた。
「ああっ……ダメっ刺激しない……で」
「……そう言いながら……腰が動いてるぞ」
口許を歪め、情欲でぎらついた瞳で美名を見ながら綾波は太股を左右に大きく開き、自分を突き刺す。
「んあっ」
思わず綾波の腕を強く掴み、噛み付いた血が滲んだ箇所に触れてしまった。
一瞬、綾波は眉をしかめる。
「ごめんなさ……」
「構わん……直ぐに善くなるさ」
大きな指で秘蕾をまさぐりながら獣で打ち付ける動作を始めると、視界が白みがかってくる。
「やあっ……そんなのダメっ!」
「その声……ゾクゾクくる……もっと啼け」
綾波は指も腰も動きを緩めず美名を狂わせ続ける。
「あ、綾波さ――ああっ」
綾波の瞳が、いとおしい光りを帯びて見詰めているが、こちらを見ているのではなく、何か別の物を見ている様に感じて、それが苦しい位にもどかしい。
突き上げられて、堪らない快感を与えられると同じ位に泣き喚きたくなるのを美名は堪えた。
――何故こんな事になるの?
「俺の物だ……美名」
低く甘い囁きが、一度口にしたらもう二度と断ちきれない麻薬の如く心と身体の奥底まで侵していく。
「美名……っ」
綾波が肩先に顔を埋めて、強く抱き締めながら一層激しく美名を揺らし苦しげに名前を呼ぶ。
呼ばれる度に、甘く残酷な刃で美名の心は切り刻まれていく。
――私……どうなってしまうの?
「ああっあ……あっ」
激しく動く綾波にしがみついて声を上げるしかない。
もう、身体中が蕩けて無くなってしまいそうだ。
綾波が深く息を吐き出して、彼女の髪を掴んだ。
「お前を抱くのは俺だけだ……いいな」
「そんなの……知らないっ」
涙を溢すと綾波の目にまた獣が宿った。
「美名……俺の物だ」
「――やめて……」
首を振る彼女の頬を両手で掴み、狂おしく口づけながら綾波は腰を忙しく動かした。
「ん……んんん」
叫びは全て甘く激しい口づけに絡み取られる。
「く……ふ!」
「ん……んん……っん!」
唇を貪り合いながら、炎の様に熱い二人の身体は限界に昇りつめようとしていた。
「――美名っ」
「ああっ!」
綾波は彼女の名前を叫んで果てた。
暫らく息を乱し抱き合ったまま、美名は綾波の鼓動を聞いていた。
『美名』と呼んで彼が果てた事に、泣きたくなっている自分が居る。
――美名、と彼が囁く度に、舞い上がる心と熱くなる身体は、私がどうかしてしまったからなの?
不意に、綾波の指が頬を摘まんだ。
鋭さの無い思いがけず優しい瞳がこちらを見ている。
「何だ。また泣いてるのか」
激しく胸が鳴り出した時、確信する。
――全部を奪われてしまった――
綾波は涙が止まらない美名をギュッと抱き締めて、苦しげに呟いた。
「そんなに嫌だったか……?」
広い胸の中で首を振ると、溜め息と共に胸が大きく動いた。
「わからん反応だな……女の『嫌』だとか『いい』は大抵言葉の裏に何かあるしな……おい」
顎を掴まれて上を向かされる。
「腹が減ったろう。何を食う」
グズグズ泣いていたが、その言葉で急に空腹を意識した。
綾波はベッドから降りてテーブルの上に置いてあるメニュー表をいくつか手にすると、また隣に戻ってくる。
「中華……洋食……丼ものだな……どうする」
綾波は真剣な目付きでメニューを吟味していた。
さっきまでの獣みたいな彼とは全く違う。
「う――む。天津飯……餡掛け炒飯……魚介ラーメン……」
ブツブツ呪文みたいに呟く様子が何だか可笑しくて、つい口元が緩んだ時に鼻を摘ままれた。
綾波は笑顔だった。
「やっと笑ったな」
「……」
暫くして、綾波が注文した大量の食事がどーんと届いた。
麻婆豆腐にハンバーグにオムライスに天津飯に餡掛け炒飯、魚介ラーメンに鯖味噌煮定食。
「ほら、冷めない内に好きな物を食え」
呆気に取られる美名に箸を握らせた。
「食べさせて欲しいのか?」
軽く笑われて、赤くなってしまう。
「では、オムライスを頂きます」
一口含むと優しい卵とケチャップの味が広がる。
思わずニコニコしていると、
「他の物も食え」
と綾波が小皿に他の料理を取り分けて寄越す。
「そんなに沢山食べれないよ」
「じゃあ少しずつ色々食え。オムライスだけじゃ偏るだろうが」
綾波は気持ちいい食べっぷりだった。
それを見ているといつの間にか気持ちが和んでいた。
結局、二人で大量の食事は全部平らげてしまった。
殆ど綾波が食べたが。
「激しい運動の後は腹が減るからな」
綾波の何気ない一言に美名は真っ赤になった。
シャツを引き裂かれてしまった美名はシャワーの後、バスルームに置いてあったネグリジェを着るしかなかった。
しかし、そのネグリジェは薄い生地で大きく胸元が開いている上に、丈が異様に短い。
鏡に映る自分の姿を見て、こんな格好で出ていってよいものか暫し悩んだ。
――裸のままよりはマシだよね……
でも恥ずかしいので、大きなバスタオルで身体を隠して寝室へ戻った。
「お先にお風呂いただきました……綾波さん?」
ベッドで綾波は寝息を立てていた。
――何だ……
ホッとしたのが半分、拍子抜け半分で美名は身体に巻いたタオルを放ると綾波の隣にそっと滑り込む。
無邪気な寝顔が、心を甘く苦しめる。
初めて会った男に身体を許すなど初めてだった。
そして、一日でこんなに夢中にさせられたのも……
綾波は、人気ロックバンド「クレッシェンド」のマネージャーだと言った。
クレッシェンドといえば大手の「フェーマスレコーズ」の看板の様な人気バンドだったが、メンバーの西本 祐樹(にしもとゆうき)が人妻と恋愛関係になり、しかもその事を自ら人気音楽番組
「ミュージックスタイル」で暴露して大騒ぎになったのが記憶に新しい。
その放送の日、居酒屋のバイトだったからどんな風だったのか知らないが、桃子が興奮して電話して来た。
『西君の恋人がバックダンサーで出てきて、乗っていたゴンドラが落ちて、それを西君が助けたのが凄く格好良かった』
と。
西君というのは西本祐樹のニックネーム。
ファンは皆そう呼ぶのだ。
西君は結局自分の恋を貫いたのだ。
恋人は夫と別れる事が出来て、二人は結婚した。
ドームのライブでサプライズウエディングをやったらしい。
その一連の出来事全てが夢物語みたいだと美名は思っていた。
でも、今日起こった事も、夢物語かも知れない。
クレッシェンドは「フェーマスレコーズ」から離れ自主レーベル
『Dream adventure』を立ち上げたばかりだ。
他にも看板になるアーティストを探していたが、なかなか見付からないので路上ライブをする音楽家を目指す人間が集まる場所に時々出向いていたらしい。
そしてたまたま美名を見付けた。
『お前は必ずとびきりの歌姫になる』
綾波は自信満々に言った。
『とびきりの』
何がとびきりなのか良く分からないけど、見出だしてくれた綾波の為に出来る事をしようと思った。
小さな頃から歌手を夢見て来た。
それを叶える為にも……
「美名……」
綾波が小さく呟いたが、スヤスヤ眠っている。
「寝言……?ウソ……」
――寝言で私を呼んだ……
嬉しくて、また泣きたくなる。
――私をスカウトした理由は分かったけれど、だからって何故こんな風にするの?
と聞いたら、キッパリと言われた。
『そりゃ、お前が俺の好みだからだ』
唖然とする美名に、(何か問題でもあるのか)
とでも言いたげなドヤ顔を綾波は向けていた。
思い出して笑いが溢れそうになるが、聞いてしまった綾波の呟きが心に引っ掛かり続けている。
――『ほなみ』って、誰……
貴方の何なの……?
何度も喉元まで出かかった言葉。
怖くて聞けなかった。
スヤスヤ眠る綾波を見ていると、曲が浮かんできて美名は小さく唄った。
その胸にそっと顔を埋めて……
『どうか まだ 目を醒まさないで 貴方
醒めたら 今日の奇跡が
只の 現実になってしまう
繰り返し 繰り返して
飽きる位に 抱き締めて
欲しいけれど
私は 夢の中の 恋人でいたいの
お願い まだ 眠っていて
お願い 貴方を 見ていたい
それ位 恋に 堕ちてしまったの……』
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