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獣と出逢った歌姫
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♪触れた途端 溶ける
儚い 雪の様に
消えてしまわないで
darling
こんなに こんなに
はらはらはらはら
綺麗に私に注ぐのに
手を伸ばしても
掴めないなんて
なんて この恋は
意地悪なの?
こんなに こんなに
チクチク ズキズキ
疚しく(やましく)
身体が 疼くのに
手を伸ばしても
抱き締められない
いつまで この恋は
寸止めなの?
♪
久し振りの快晴。
六月の梅雨の時期では無いみたいに吹く風が爽やかに長い髪を揺らす。
代々木体育館周辺で、時々場所を移動しながらアコースティックギターを演奏しながら歌う。
美名は天気の良いバイトの入っていない休日は大体ここで歌っていた。
今日は代々木体育館で人気バンド
『black』のライブがある為、周辺は沢山の人で賑わっていた。
ライブが開催される日は海賊版のアーティスト写真を売りにくる業者や、かき氷やヤキソバ、たこ焼きなどを売る屋台も幾つか出る。
ライブには、遠くから遥々やってくるファンも数多い。
北海道から来たよ、という女の子にも会った。
代々木体育館でライブが行われる度に路上で歌ったりしていたので、顔を覚えてくれて声を掛けてくれる人も居る。
ライブが好きで仕方がないという人達は、色んなアーティストの公演に出向くし、遠い場所でもそのアーティストに「会いに」行くものなのだ。
いつかそんな風にファンに追い掛けられるような歌い手になるのが夢。
そう、まだ夢の段階。
「ヒメちゃん、あの曲歌ってよ!blackの『フォーエバー』」
こんな風に、リクエストされる事もある。
美名は自分で曲を作るが、オリジナルだけで無く、色んな曲を歌える様に常にヒットチャートをチェックして練習している。
『フォーエバー』を歌い終わると、リクエストしてきた女の子は目を潤ませて拍手してくれた。
「ヒメちゃん、本当に綺麗な声だよね~!こんな所で埋もれてるのが勿体ないよ!それに可愛いしさ~!」
「ありがとうございます」
少し照れて頭を下げたが、ふと鋭い視線を感じ背筋がゾクリと冷たくなって思わず振り返った。
「ヒメちゃんがデビューしたら応援するよ!頑張ってね!」
握手を求められ、視線の主を見つける前に女の子に向き直りその手を両手で握った。
握手をする時、片手ではなく両の手でするようにしている。
包み込む様に、相手の目を見て誠実にお礼の気持ちを伝えるのだ。
歌手を目指して上京してきたものの、何のツテもきっかけも持ち合わせて居ない自分は、歌を聞いてくれた人達にこうして精一杯心で返すしか無いのだ。
――また、ここで、何処かで会えます様に。
いつか、ステージに立てた時には
『貴方のお陰で頑張れたよ』
て、ステージから御礼を言うからね?
心の中で祈りながら握手をする。
「そろそろ私会場に行くね!ヒメちゃんまたね!」
女の子はblackのマフラータオルを首に巻き、手を振って歩道橋へ向かって走っていった。
美名も手を振り返す。
また視線を感じて周りを見ると、一人周囲の雰囲気にそぐわない人物が少し離れた所からこちらを見ていた。
垢抜けたデザインのグレーのスーツを着こなして、長い手足をもて余す様な印象の男。
ただ立っているだけなのに、一つの風景の様に絵になっている。
細い眼鏡からの中から覗く瞳は鋭く、肉食獣を思わせて、何故か目が離せない。
周囲の時間が止まってしまった様に、暫し二人は見つめ合った。
『ママ――!電話だよ――!ママ――!電話だよ――!』
Gパンのポケットのスマホがとんでもない着メロで鳴って、慌てて出る。
『姉ちゃん?あたし!元気?バイトはどう?例の彼氏はどうなったの?音楽活動は順調?何処かにスカウトされたりした?誰か有名人に会えた――?』
「桃子……そんなに沢山一度に質問しないでよ」
『お姉ちゃん人がいいからさ~
また男に騙されて捨てられて泣いてないかな?て心配してたんだよ~』
「……貴女の読み通りよ。残念ながら、彼とはとっくに終わりました。
ただし、もう泣いてないわよ!」
『でもやっぱり泣いてたんじゃない。
はあ~いつになったら、お姉ちゃんの王子様は現れるのかなあ?』
「彼氏は暫くいいわよ。バイトに音楽に忙しいし」
『あ~ハイハイ!そうだよねえ!
でも行き遅れない様に気を付けるのよ!お姉ちゃん、もう二十四歳だし~色々微妙なお年頃じゃない?
……そうだ、また新作の服、作ったから送るからね?じゃあね~☆』
言いたい事を好き放題言われ一方的に切られた。
溜め息をついて、もう一度男が居た方向を見ると、既にその姿は無かった。
幻だったのだろうか。
何故か、あの瞳が焼き付いて離れなかった。
(そろそろ帰ろうか)
ギターをケースにしまおうとしゃがむと、目の前に黒い靴が見えた。
顔を上げると、ストライプのシャツにブレザー姿の、軽い感じの男性がニコニコして立っている。
「こんにちは。あの、ここで君が歌うのを見てたんだけどね?僕は実はこういう者なんだ」
男性がポケットから名刺を出す。
「……芸能プロダクションスターダスト……?」
「そう!君を見てピンときたんだ!是非うちの事務所に来て欲しい!」
「ほ、本当ですか……?嬉しい……!私、歌手になりたくて東京に来たけど、バイトに明け暮れるばかりでなかなか音楽の事に手が回らなくて……」
「うんうん、なかなか夢を掴むのは難しいよね」
男性は美名の言葉に頷いた。
「今までもスカウトするって言われて、騙された事が何回もあるんです……」
「そうなんだねえ?大変だったね……ウチなら大丈夫だからね!」
「はい……よろしくお願いします!」
「じゃあ詳しい話をしたいから、事務所に来てくれるかな?」
男性が美名の肩に手を置いた時、美名は腕を物凄い力で掴まれた。
「……!?」
美名は衝撃を受けた。
さっき見かけた鋭い目の男が腕を掴んでいるのだ。
間近で見る男は、鋭い印象だが顔立ちは少年ぽさが何処か残っている。
その瞳を見た瞬間、正体不明の感情が美名の中で生まれた。
スカウトマンの男性が喰ってかかる。
「君!いきなり何をするんだ!」
「お前こそ。この女を何にスカウトするつもりだ?知ってるぞ。『Gシネマ』の奴だろう……?」
「――!」
スカウトマンは青ざめる。
美名は状況が呑み込めなくて二人を交互に見るが、眼鏡の男を見るとやはり動悸が激しくなる。
――何故?
「おい、荷物はこれだけか。走るぞ!」
眼鏡の男はギターケースをひょいと抱えて美名の腕を引っ張り走り出した。
「――待て!女を返せ!」
スカウトマンの叫び声が遠から聞こえる。
暫く走ると、パーキングに停められたBMWの後部席が開いて、男は美名とギターを乱暴に押し込めて助手席に乗る。
「マンションへ向かってくれ」
無言で運転手は頷き車を発進させた。
「あの……!何故こんな事を!?あの人は私をスカウトしてくれたんです……私の夢を叶えるチャンスだったのに……!」
美名は後部席から男に喚いた。
男はくっくっと笑う。
その冷たい笑顔がミラーに映っている。
「あの男はな、AVのスカウトなのさ」
「えっ……」
「業界じゃ悪名高い奴だぞ。目をつけられたら身体がボロボロになるまで抱かれて捨てられる……
AVの事務所もピンキリでちゃんとした所もあるが奴の『Gシネマ』はダメだ」
美名は身体の力が抜けて、へなへなとシートに崩れた。
「そんな……」
――私は騙されたの?
また騙された?――
東京に来てから、路上で何回かスカウトされた。
大体が若い男で皆ハンサムで優しくて、すぐに彼らの事を信用してしまった。
「君の歌は素晴らしい」と皆誉めてくれて、優しくしてくれた。
一人都会に出てきた寂しさを埋める様に、言い寄られるままに抱かれて彼らに尽くした。
「いつ、事務所の社長に会わせてくれるの?」
この言葉を口に出す度に色々な言い訳をされてうやむやにされる。
何かがおかしい……と疑いを持ち始めると、彼らは姿を消すのだ。
その度に愚かな自分を恥じて消えたくなった。
――けれど私は消える訳にはいかない。
いつか夢を叶える為には、消える訳には行かない――
そう自分に言い聞かせて何とか腐らずにやって来た。
でも、今度こそ本当だと思ったのに!
悔しくて悲しくて、いつの間にか涙を流していた。
「お前、名前は」
男が低い声で言う。
ミラー越しに鋭く見つめられて痛い位だ。
「灰吹……美名(はいぶき ひめ)……美しい名と書いて……ひめ……です」
しゃくり上げながら何とか答えると男は鼻で笑う。
「ふん。とんだお姫様だな……電話の話が聞こえたが、今まで散々男に騙されたらしいな」
「……聞いてたの?」
「お前には学習能力が無いのか?そんなお人好しで歌手を目指すなんて馬鹿もいいところだな」
ズケズケした物言いに猛烈に腹が立つ。
「何なんですか!貴方!いきなり拐ってこんな……何が目的なの!」
男が眼鏡を外すと、その瞳が澄んでいてドキリとした。
「俺は綾波 剛(あやなみ つよし)。
お前を、とびきりの歌姫にしてやる」
その言葉に耳を疑った。
「言っとくが、遊びじゃないからな?成功したいなら、俺の言う通りにしろ」
「……あ、あの……」
綾波のミラー越しの瞳が一瞬ギラついた。
「泣き顔もいいが……そういう表情もヤバいな」
「!?」
綾波は形の良い唇を舌舐めずりする。
「おい、そこで停めろ」
運転手はハザードランプを押すと車を路肩に停めた。
綾波は車を降りて後部席を開けると強引に腕を掴み美名を引きずり降ろす。
「予定変更だ。ここに泊まる。朝迎えに来てくれ」
運転手にそう言うと、美名を引っ張り目の前の建物に入っていく。
「待って……ちょっと!」
必死にその手を振りほどこうと躍起になるが、力の強い綾波には何の抵抗にもならず、あっという間に中へ連れていかれる。
沢山のパネルの部屋写真の中から一番ゴージャスな部屋を綾波の長い指が優雅にタッチした。
フロントで鍵を受けとると美名の肩をグイッと抱き寄せてエレベーターに乗り込む。
「あ、あの」
肩を抱かれて身体が密着すると、優美な香りが仄かに鼻腔を擽る。
――綾波の香り……?
何故か身体が麻痺したように動けなくなる。
綾波の指が顎に伸びて来て乱暴に掴むと、噛みつかれる様に唇を奪われ壁に押し付けられた。
クールで冷たい印象だった綾波のキスは獣が獲物を食い荒らす様な激しさだった。
唇も、舌も総て浚われてしまうような――
――初対面の私を拐った上、連れ込んでこんな事をしてくるなんてこの男は何を考えているの?
歌姫にしてやるなんて言ったくせに、結局この人もさっきのスカウトマンとやる事は同じゃない!?――
頭の中で理性が自分にこんな言葉を叫んでいる。
『こんなの、まともじゃない』
そう思うのに、美名は綾波に逆らえずエレベーターの中で思うままに唇を犯され続けた。
儚い 雪の様に
消えてしまわないで
darling
こんなに こんなに
はらはらはらはら
綺麗に私に注ぐのに
手を伸ばしても
掴めないなんて
なんて この恋は
意地悪なの?
こんなに こんなに
チクチク ズキズキ
疚しく(やましく)
身体が 疼くのに
手を伸ばしても
抱き締められない
いつまで この恋は
寸止めなの?
♪
久し振りの快晴。
六月の梅雨の時期では無いみたいに吹く風が爽やかに長い髪を揺らす。
代々木体育館周辺で、時々場所を移動しながらアコースティックギターを演奏しながら歌う。
美名は天気の良いバイトの入っていない休日は大体ここで歌っていた。
今日は代々木体育館で人気バンド
『black』のライブがある為、周辺は沢山の人で賑わっていた。
ライブが開催される日は海賊版のアーティスト写真を売りにくる業者や、かき氷やヤキソバ、たこ焼きなどを売る屋台も幾つか出る。
ライブには、遠くから遥々やってくるファンも数多い。
北海道から来たよ、という女の子にも会った。
代々木体育館でライブが行われる度に路上で歌ったりしていたので、顔を覚えてくれて声を掛けてくれる人も居る。
ライブが好きで仕方がないという人達は、色んなアーティストの公演に出向くし、遠い場所でもそのアーティストに「会いに」行くものなのだ。
いつかそんな風にファンに追い掛けられるような歌い手になるのが夢。
そう、まだ夢の段階。
「ヒメちゃん、あの曲歌ってよ!blackの『フォーエバー』」
こんな風に、リクエストされる事もある。
美名は自分で曲を作るが、オリジナルだけで無く、色んな曲を歌える様に常にヒットチャートをチェックして練習している。
『フォーエバー』を歌い終わると、リクエストしてきた女の子は目を潤ませて拍手してくれた。
「ヒメちゃん、本当に綺麗な声だよね~!こんな所で埋もれてるのが勿体ないよ!それに可愛いしさ~!」
「ありがとうございます」
少し照れて頭を下げたが、ふと鋭い視線を感じ背筋がゾクリと冷たくなって思わず振り返った。
「ヒメちゃんがデビューしたら応援するよ!頑張ってね!」
握手を求められ、視線の主を見つける前に女の子に向き直りその手を両手で握った。
握手をする時、片手ではなく両の手でするようにしている。
包み込む様に、相手の目を見て誠実にお礼の気持ちを伝えるのだ。
歌手を目指して上京してきたものの、何のツテもきっかけも持ち合わせて居ない自分は、歌を聞いてくれた人達にこうして精一杯心で返すしか無いのだ。
――また、ここで、何処かで会えます様に。
いつか、ステージに立てた時には
『貴方のお陰で頑張れたよ』
て、ステージから御礼を言うからね?
心の中で祈りながら握手をする。
「そろそろ私会場に行くね!ヒメちゃんまたね!」
女の子はblackのマフラータオルを首に巻き、手を振って歩道橋へ向かって走っていった。
美名も手を振り返す。
また視線を感じて周りを見ると、一人周囲の雰囲気にそぐわない人物が少し離れた所からこちらを見ていた。
垢抜けたデザインのグレーのスーツを着こなして、長い手足をもて余す様な印象の男。
ただ立っているだけなのに、一つの風景の様に絵になっている。
細い眼鏡からの中から覗く瞳は鋭く、肉食獣を思わせて、何故か目が離せない。
周囲の時間が止まってしまった様に、暫し二人は見つめ合った。
『ママ――!電話だよ――!ママ――!電話だよ――!』
Gパンのポケットのスマホがとんでもない着メロで鳴って、慌てて出る。
『姉ちゃん?あたし!元気?バイトはどう?例の彼氏はどうなったの?音楽活動は順調?何処かにスカウトされたりした?誰か有名人に会えた――?』
「桃子……そんなに沢山一度に質問しないでよ」
『お姉ちゃん人がいいからさ~
また男に騙されて捨てられて泣いてないかな?て心配してたんだよ~』
「……貴女の読み通りよ。残念ながら、彼とはとっくに終わりました。
ただし、もう泣いてないわよ!」
『でもやっぱり泣いてたんじゃない。
はあ~いつになったら、お姉ちゃんの王子様は現れるのかなあ?』
「彼氏は暫くいいわよ。バイトに音楽に忙しいし」
『あ~ハイハイ!そうだよねえ!
でも行き遅れない様に気を付けるのよ!お姉ちゃん、もう二十四歳だし~色々微妙なお年頃じゃない?
……そうだ、また新作の服、作ったから送るからね?じゃあね~☆』
言いたい事を好き放題言われ一方的に切られた。
溜め息をついて、もう一度男が居た方向を見ると、既にその姿は無かった。
幻だったのだろうか。
何故か、あの瞳が焼き付いて離れなかった。
(そろそろ帰ろうか)
ギターをケースにしまおうとしゃがむと、目の前に黒い靴が見えた。
顔を上げると、ストライプのシャツにブレザー姿の、軽い感じの男性がニコニコして立っている。
「こんにちは。あの、ここで君が歌うのを見てたんだけどね?僕は実はこういう者なんだ」
男性がポケットから名刺を出す。
「……芸能プロダクションスターダスト……?」
「そう!君を見てピンときたんだ!是非うちの事務所に来て欲しい!」
「ほ、本当ですか……?嬉しい……!私、歌手になりたくて東京に来たけど、バイトに明け暮れるばかりでなかなか音楽の事に手が回らなくて……」
「うんうん、なかなか夢を掴むのは難しいよね」
男性は美名の言葉に頷いた。
「今までもスカウトするって言われて、騙された事が何回もあるんです……」
「そうなんだねえ?大変だったね……ウチなら大丈夫だからね!」
「はい……よろしくお願いします!」
「じゃあ詳しい話をしたいから、事務所に来てくれるかな?」
男性が美名の肩に手を置いた時、美名は腕を物凄い力で掴まれた。
「……!?」
美名は衝撃を受けた。
さっき見かけた鋭い目の男が腕を掴んでいるのだ。
間近で見る男は、鋭い印象だが顔立ちは少年ぽさが何処か残っている。
その瞳を見た瞬間、正体不明の感情が美名の中で生まれた。
スカウトマンの男性が喰ってかかる。
「君!いきなり何をするんだ!」
「お前こそ。この女を何にスカウトするつもりだ?知ってるぞ。『Gシネマ』の奴だろう……?」
「――!」
スカウトマンは青ざめる。
美名は状況が呑み込めなくて二人を交互に見るが、眼鏡の男を見るとやはり動悸が激しくなる。
――何故?
「おい、荷物はこれだけか。走るぞ!」
眼鏡の男はギターケースをひょいと抱えて美名の腕を引っ張り走り出した。
「――待て!女を返せ!」
スカウトマンの叫び声が遠から聞こえる。
暫く走ると、パーキングに停められたBMWの後部席が開いて、男は美名とギターを乱暴に押し込めて助手席に乗る。
「マンションへ向かってくれ」
無言で運転手は頷き車を発進させた。
「あの……!何故こんな事を!?あの人は私をスカウトしてくれたんです……私の夢を叶えるチャンスだったのに……!」
美名は後部席から男に喚いた。
男はくっくっと笑う。
その冷たい笑顔がミラーに映っている。
「あの男はな、AVのスカウトなのさ」
「えっ……」
「業界じゃ悪名高い奴だぞ。目をつけられたら身体がボロボロになるまで抱かれて捨てられる……
AVの事務所もピンキリでちゃんとした所もあるが奴の『Gシネマ』はダメだ」
美名は身体の力が抜けて、へなへなとシートに崩れた。
「そんな……」
――私は騙されたの?
また騙された?――
東京に来てから、路上で何回かスカウトされた。
大体が若い男で皆ハンサムで優しくて、すぐに彼らの事を信用してしまった。
「君の歌は素晴らしい」と皆誉めてくれて、優しくしてくれた。
一人都会に出てきた寂しさを埋める様に、言い寄られるままに抱かれて彼らに尽くした。
「いつ、事務所の社長に会わせてくれるの?」
この言葉を口に出す度に色々な言い訳をされてうやむやにされる。
何かがおかしい……と疑いを持ち始めると、彼らは姿を消すのだ。
その度に愚かな自分を恥じて消えたくなった。
――けれど私は消える訳にはいかない。
いつか夢を叶える為には、消える訳には行かない――
そう自分に言い聞かせて何とか腐らずにやって来た。
でも、今度こそ本当だと思ったのに!
悔しくて悲しくて、いつの間にか涙を流していた。
「お前、名前は」
男が低い声で言う。
ミラー越しに鋭く見つめられて痛い位だ。
「灰吹……美名(はいぶき ひめ)……美しい名と書いて……ひめ……です」
しゃくり上げながら何とか答えると男は鼻で笑う。
「ふん。とんだお姫様だな……電話の話が聞こえたが、今まで散々男に騙されたらしいな」
「……聞いてたの?」
「お前には学習能力が無いのか?そんなお人好しで歌手を目指すなんて馬鹿もいいところだな」
ズケズケした物言いに猛烈に腹が立つ。
「何なんですか!貴方!いきなり拐ってこんな……何が目的なの!」
男が眼鏡を外すと、その瞳が澄んでいてドキリとした。
「俺は綾波 剛(あやなみ つよし)。
お前を、とびきりの歌姫にしてやる」
その言葉に耳を疑った。
「言っとくが、遊びじゃないからな?成功したいなら、俺の言う通りにしろ」
「……あ、あの……」
綾波のミラー越しの瞳が一瞬ギラついた。
「泣き顔もいいが……そういう表情もヤバいな」
「!?」
綾波は形の良い唇を舌舐めずりする。
「おい、そこで停めろ」
運転手はハザードランプを押すと車を路肩に停めた。
綾波は車を降りて後部席を開けると強引に腕を掴み美名を引きずり降ろす。
「予定変更だ。ここに泊まる。朝迎えに来てくれ」
運転手にそう言うと、美名を引っ張り目の前の建物に入っていく。
「待って……ちょっと!」
必死にその手を振りほどこうと躍起になるが、力の強い綾波には何の抵抗にもならず、あっという間に中へ連れていかれる。
沢山のパネルの部屋写真の中から一番ゴージャスな部屋を綾波の長い指が優雅にタッチした。
フロントで鍵を受けとると美名の肩をグイッと抱き寄せてエレベーターに乗り込む。
「あ、あの」
肩を抱かれて身体が密着すると、優美な香りが仄かに鼻腔を擽る。
――綾波の香り……?
何故か身体が麻痺したように動けなくなる。
綾波の指が顎に伸びて来て乱暴に掴むと、噛みつかれる様に唇を奪われ壁に押し付けられた。
クールで冷たい印象だった綾波のキスは獣が獲物を食い荒らす様な激しさだった。
唇も、舌も総て浚われてしまうような――
――初対面の私を拐った上、連れ込んでこんな事をしてくるなんてこの男は何を考えているの?
歌姫にしてやるなんて言ったくせに、結局この人もさっきのスカウトマンとやる事は同じゃない!?――
頭の中で理性が自分にこんな言葉を叫んでいる。
『こんなの、まともじゃない』
そう思うのに、美名は綾波に逆らえずエレベーターの中で思うままに唇を犯され続けた。
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