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壊れたきらきら星

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(あれは、本当に私のお母さんなの?悪い魔女が魔法をかけて、お母さんをあんな風にしてしまったの?)

 真由は、母の変貌が信じられない。手を引いてその場から離そうとする先生に逆らって、両足を踏ん張った。

 急に重くなった真由の体に気付き、先生が大きな声を出す。

「真由さん、こっちへ来て……!ここに居たらダメよ!」

「やだぁっ!」

 渾身の力で先生の手を振り払い、両親のもとへと駆け出す。

 悪い魔法にかけられた母を救わなければーー幼心にそう強く思ったのだ。

 いつの間にか、三人の大人達の周りには人だかりができていて、両親の姿が見えない。

 真由は、何度もジャンプして、中の様子を見ようとするが、ふと聴こえるメロディーに、振り返った。

「ーーキラキラ……星……」

  
 ステージで、透太がピアノを弾いていた。

 他の皆は、真理子の金切り声の迫力に注目して、彼の行動に気づいていない。

 真由は、吸い寄せられるように、ステージの階段を登り、彼の後ろ姿へ向かって手を伸ばす。

 その瞬間、母の叫びが真由の動きを止めた。

「真由ーー!アバズレの息子に近づくんじゃありませんーー! 

 この女の血を引いてる息子もねぇ、ろくなもんじゃないのよーー!」

(……さっきから何を言ってるの?とーた君のママとお父さんがネタ……とか……アバズレ……とか……全然わからないよ……

 とーた君の何がいけないの?私はお母さんも、お父さんも、とーた君の事も大好きなのに……どうして……こんな事になってるの?) 

 透太は、演奏を止めなかった。

 真由と一緒に弾いたキラキラ星なのに、何故だろう、もの悲しい響きに思えるのはーー 



「とーた君……」

 彼の背中に向かい、呼び掛ける。

 いつもの優しい涼やかな笑顔で振りかえって、こう言ってくれる事を期待してーー

『大丈夫だよ、僕がいるから』

 指を叩きつけるようにピアノを弾く彼は、真由の呼び掛けに反応しない。

 もう一歩近づき、呼んでみる。

「とーた君」

 何も聴こえていないかのように、彼は演奏に没頭している。

 真由は、絶望感で立ち尽くす。 

 そこに見えない壁がそびえているのだろうかーーと疑いたくなった。

「とーた君……とーたくんっ……!」

 身体中で叫んだその時、空間を切り裂くような高笑いが響いた。

 涙でぼやけた真由の視界に、髪を振り乱し、大きな口を開けたまま動かない母と、憔悴しきった表情で母を抱き締める父と、そんなふたりを指差し、身体を折って笑う透太の母がよぎった。

 キラキラ星のクライマックスのフレーズを奏でる透太の髪が揺れ、ライトに照らされ金色に輝いた刹那、真由の意識は途切れた。

 あれから11年。

 真由は16歳になった。

 あの日の出来事を1日たりとも忘れた事はない。

 いったいあれは何だったのか。

 夢だったのだろうか。

 いっそのこと、奇妙な白昼夢であって欲しいのに。

 だが、指先に、そして耳の奥に刻まれたキラキラ星のメロディーが、これは現実なのだ、と真由に教えていたーー
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