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波瀾の予感

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 「東京に来たの、去年の『BEATS』代々木体育館ライブ以来よね!

 泊まりで行って、ライブ終わった後『カラオケ駅広場』で飲み放題しながら歌いまくって次の日は秋葉原に遊びに行ったわねえーー!

 『鉄平君』可愛かった!ああ、また会いたいわっ」

 ほなみとあぐりは、東京駅の八重洲口の改札すぐ外にある『東京キャラクターストリート』に居た。平日だというのに多くの女性客で賑わっている。

「鉄平君て?」

「イケメンカフェで接客をしてくれた黒髪の男の子!」

「そうだっけ?」

 ふたりは、可愛い物好きな西本にお土産を買って行こうと、くまの大人気キャラクターの『ゆるっクマショップ』で沢山ある小物から人形まで、ひとつひとつ吟味し真剣に選んでいる最中だ。

「そろそろマネージャーさんとの待ち合わせの時間じゃない?こんな所に居て大丈夫かな?」

「携帯の番号言ってあるでしょ?大丈夫よ。待ち合わせは八重洲口付近、て指定なんだしさあ。電話掛かってくるって」

「――本当に東京に来ちゃったんだね……」

 ほなみが呟くと、あぐりがケタケタ笑う。

「何よ!今更!」

 『バンド復活の手伝いをする』という名目でやってきたが、実は、何をどうして良いのか全く聞かされていない。

 智也には「吉岡が同行するなら」という条件を出されたので、無理を言ってあぐりにも来てもらった。その事は、三広や亮介も快く了承してくれた。

「……本当にありがとう」

「んっ?いいのよ。旦那も何も言わないし。私がたまには留守する方が羽根伸ばせるんじゃない?

 それに、タイミング良くBEATSのライブがこっちであるじゃない。

 東京で毎日遊べて、私までお給料貰えるだなんて嘘みたいに良い話しよね!クレッシェンドの事務所て太っ腹よねえ?流石!『フェーマスレコーズ』!

 なんとしても西君に立ち直ってもらって再始動させなきゃ。あんた!頑張んなさいよ!」

「う……うん……でも何を頑張ればいいんだか」

 ほなみは苦笑する。


「あ――っ!この子、西君ぽくない?」

 あぐりは突然素っ頓狂な高い声を上げ、ひとつのゆるっクマ人形をほなみに見せた。黒いスーツを着ているクマの顔には前髪が付いていた。栗色のまっすぐな髪がサイドで分けられている。どことなくクシャクシャしていて可愛い。

 ほなみは思わず女子高生のような反応をする。

「か、かわい――!」

「ぽいでしょ?めちゃ可愛いじゃーん!」

 ほなみが西本祐樹もどき『ゆるっクマ』を手に取りじっと見つめていると、あぐりが指で突いて来てニタニタと笑った。

「ねえ、会ったらさ、『好きよ』とか言っちゃうの?」

「――!?」

 突然振られて動揺し、クマを手から離してしまう。落下する寸前であぐりが受け止めた。

「ああ~!西君!よかった!無事ね?怪我はない?」

「な……何やってんのよ……!いい年してみっともない!」

 ほなみは、あぐりからクマをひったくった。

「顔が赤いぞ」

「えっ!?」

「あんたが、そんな風にときめく姿、初めて見たけどいいわねえ~ああ、私も恋したいっ!」

「もう……あぐりったら!」

「だって、あんた今恋してるでしょうが。西君が好きだから来たんでしょ?」

「う……」

「まずは西君に、愛の力で元気になってもらってーー。で!後の事は後で考えればいいわよ」

 あっけらかんと言い放つあぐりを見ていると、深刻に悩んでしまう自分が馬鹿みたいに思えてくる。

 ライブの夜の出来事をあぐりに全て打ち明けたが、彼女は、ほなみを蔑んだりはせず、それ処か目を輝かせていた。

「嬉しい!これで私達、恋バナができるわねっ!あのね……実は……私、結婚する前から続いてる彼氏が居るのよ……」

 という衝撃のカミングアウトまで。どうやら相手は既婚者らしく、いわゆるW不倫だ。ほなみは頭がクラクラした。

(だけど、私のした事も世間でいえば『不倫』。西君は知らずにした事だけど私は違う……)

(彼は……私が人の妻と知ったら……)

 ほなみは、クマのつぶらな瞳を見ながら西本祐樹の澄んだ眼差しを思い、ツキン、と胸を痛める。

「ねえ、このクマちゃんを、西君だと思って愛の告白をして!」

 突然あぐりにすっとんきょうな提案をされる。

「ななっ……なんで?」

「シミュレーションよ!久しぶりに対面して緊張するかも知れないじゃない?

 出来るだけ色っぽくかわいく、告白しなくちゃね?ほら!

 3・2・1(さん・にー・いち)キュー!?」

「嫌だよっ!こんな往来で!」

「嫌だーーじゃないいわよ!やりなさい!……てか私ね、ほなみがデレる所を見たいの!お願い!やって?!親友じゃないっ」

「だからって何故?こんな所で絶対言わない!」

「あらそう!見せてくれないなら私帰る!」

「そんなっ!困る!」

「だったらやりなさいよ!」

「うう……」

 ほなみはクマを抱き締めて困り果てていた。

「ほらほら!そんな情けない顔で言われたって、誰もときめかないわよ?西君を思い浮かべて!」

 ほなみは、彼の姿を頭に浮かべてみた。

 少年の様な幼い顔立ち、けれど真剣な表情をすると、途端に大人の男が垣間見える――

 真っ直ぐな前髪から覗く無邪気な輝きの瞳を想像しただけで胸がトクンと鳴り始め、ほなみは、無意識に呟いていた。

「西君……会いたかった……」

「ほなみ、可愛いいい!」

 突然あぐりに抱き締められ頭をグリグリされる。

「い、痛い……痛いよ」

「んも――!やればできるじゃない!いつもそうやって本気出しなさいよ!」

 きゃあきゃあ騒ぐふたりは、周囲から注目を浴びていた。

 ふと鋭い視線を感じゾクリと背筋が寒くなり振り返ると、キャラクターストリートに賑わう人々の中に、似つかわしくない雰囲気の人物が居る。

 シックなダークスーツを着て細い銀縁の眼鏡をかけた背の高い、おそらく少し年上であろう男性がこちらに歩いて来た。鋭い視線はそのままに。

 何故か視線を逸らせずに顔を向けたままでいると、彼の鋭い目の中が一瞬激しく揺らいだ様に見えた。

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