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答えはないのに

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「お久しぶりです!」

「相変わらずお綺麗で何よりです!」

 庶務課の芽衣と、第二業務課の伊藤が、競うように挨拶してくる。

「お二人さん、相変わらずラブラブなのかしら?」

「ぜーんぜんですよ!伊藤君たら、浮気しやがったんですよっ?」

「だから、悪かったって謝っただろ?」

 伊藤は、苦虫を噛み潰すように顔を歪め肩身が狭そうに背を丸めた。

「このバカップルは事件を乗り越えたらしいです……はあ――のろけるんじゃないわよ全く……いただきます!」

 カナは芽衣たちを憎々しげに一瞥してから、マカロンを頬張り顔を綻ばせた。

「芽衣ちゃんも結婚は近いのかしら?」

 ほなみが冷やかすと、伊藤は照れて頭を掻く。

「わかりません!」

 芽衣がバッサリ言う。

 伊藤がずっこけた。

「そういえば!村田君と陽子、結婚したんですよ!」

「そうなの?」

「今、新婚旅行中なんですよ」

「いいなーー新婚旅行でカナダ……憧れ……はあああ」

 カナは、二個目のマカロンを味わいながら遠い目をする。

「村田君てね、仁科さんの事が好きだったんですよ」

 芽衣がひそひそ声で言うと、カナ慌ててその口を塞いだ。

「それは言っちゃダメだって!」

「ふぇえ?ほーなの?」

村田は違う課の、三歳下の明るい後輩で、一度だけ誘われて食事をした事がある。

「ええ~もう時効じゃないですか?村田君もめでたく結婚して、仁科さんだって智也さんと仲睦まじいご夫婦だし」

 芽衣がカナの手を振り払った。二人は睨み合い、ソファーの上で取っ組みあいを始める。ほなみが止めようとすると、伊藤がボソリと話し始めた。

「智也さん、優しいですか?」

「え?」

「黙ってようかと思ったんですけど……気を付けた方がいいかもです」

「?」


「仁科さんを、気に入ってた男共が何人か居たんですよ。いや、実は僕も……」

 伊藤は少し赤くなり口ごもる。ほなみがじっと見つめると、咳払いをして話を続けた。

「智也さんは、常にその辺に目を光らせていました。仁科さんに近づいた奴には、必ず後で何かやったんです」

「やった……て?」

「まるで壁に目や耳が付いてるみたいに、仁科さんが誰と何処に出掛けたかとか、誰に誘われたとか、把握していたらしいんです。

 村田は後日、智也さんに飲みに誘われて行ったらしいんですけど……その場でかなり恐ろしい思いをしたみたいです」

「……恐ろしい思い?」

 一度だけ村田と出掛けたことがあったが、その後彼が元気が無くなり、避けられるようになったような記憶がある。

「奴は何があったのか言わなかったですけど……智也さんは社長の息子だし、自分が何か訴えても取り合ってもらえない、とでも思ったんじゃないでしょうかね」

 ほなみの血の気の引いた顔を見て、伊藤が慌てて明るい声を出した。

「まあ~、それだけ惚れ抜いてるって事ですよ!でも今、あるじゃないですか。夫が妻をストーキングするとかね?何かあったら相談して下さ……ぐぼっ!」

 伊藤が、突然腹を押さえて崩れ落ちる。

 芽衣の足蹴りが腹にヒットしたのだ。

「どさくさに紛れて人妻を口説いてんじゃないわよ――!こんのエロ男!」

「め……いちゃ……ぐげぼっ!」

 芽衣は立ち上がりかけた伊藤に頭突きをかました。

「あんたは一回死ななきゃわからないのかしら――?」

 芽衣は伊藤を締め上げ、彼が絶叫する。

「お二人さんてば――!頼むから、社内で壮大な痴話喧嘩は遠慮してよ――っ!三面記事に載っちゃうわよ!

 外でやって!外で!……ああでも外でやられても困るわ!

 そうだ!甘いものでも食べて落ち着いて!ほらっ!

 仁科さんが持ってきてくれた美味しいマカロンだわよっ!」

 カナは二人の口に無理矢理マカロンを詰め込んだ。


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