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答えはないのに
③
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「明けましておめでとう!ハッピーバレンタイン!ハッピープロポーズ記念日!……なーんて、まとめてめでたい事を言ってみたよ?」
中野は、丸い顔をくしゃっとさせて笑った。
「ご無沙汰しちゃってすいません」
「全然いいんだよ?……いや、便りの無いのは良い便りって言うからね?
どう、智也君とは仲良くしてる?……彼も忙しいからねえ、寂しいでしょう」
つい、押し黙ってしまう。
中野は、ニッコリ笑いほなみの頭を軽く撫でた。
「また何を悩んでるのかな?ほなみちゃんは昔から、一人で抱え込むからねえ」
「ううん、そんな事ないです……」
無理な作り笑顔は中野には通用しない。
「中学の頃、よくここの中庭の池を眺めて、泣いてたもんなあ。
社長さんや奥さんも優しくほなみちゃんを迎え入れてたけど、やっぱり実のご両親とは違うし、色々と言えない事もあっただろうね。鯉によく話し掛けてたよね?」
「ええっ!聞かれてたんですかっ!」
「うん?まあ、何を話してるかまでは解らなかったけどね」
「やだ――!恥ずかしい!もうその話はしないで下さい!」
ほなみは中野の背中をばしばし叩いた。
「えおうっ……年寄りはいたわってくれよ――老い先短いんだからさ……」
「大丈夫です!中野さんは百歳まで余裕で生きますから!」
「そうだなあ。ほなみちゃんの孫に会うまで長生きしなくちゃな!」
中野は用務員で、ほなみが中学で智也の両親に引き取られてから、話し相手になってくれていた。
智也の両親には心底腹を割って話しが出来るわけもなく、同級生の友達には悩み事を相談しようにも
「お金持ちな岸君の家に引き取られて、もうなんの心配もないじゃん。
それに、あの格好いい岸君と一緒に暮らせるなんて、いいなあ!」と言われてしまうのだ。
一番近い友人のあぐりにでさえ本当の処を突っ込んでいけない。
自分はいつからこんな風になってしまったのだろう。
あぐり得意の台詞ーー「女優になれ」ではないが、ほなみは中学の頃からある種の仮面を被ったまま生きて来たのかも知れない。
「遅いバレンタインです」
「おおっ!こりゃ、私の好物じゃないかっ!」
ほなみが土産を渡すと、中野は早速包みを開け、ショコラオランジェをつまんで悦に入っている。
「あの……実は明日から仕事で留守にするんです」
「……そうなのかい。ほなみちゃんは、色々と出来る子だし、お仕事だってしたいよなあ?智也君と結婚しなけりゃ、もっとここで働けたのに勿体無かったよね……
まあ、良かったじゃない。頑張って行ってきなさい……沈んだ顔だね。心配事でもあるのかい?」
「不安になるんです。自分が本当に必要とされてるのか。
私が思う程、あの人は私の事を重要に思ってないんじゃっ……て」
そこまで話して、しまった、と口をつぐんだ。
この人と居るとつい余計な事までこぼしてしまう。
中野は、菓子を味わいながら目を細めた。
「人と人は鏡だからねえ。こちらの思いは大体向こうに伝わるものだよ。良くも悪くもね」
今のほなみの心は西本祐樹で一杯で、彼にどう思われているのか、が最大の気掛かりなのだ。
中野は、智也の事を言っていると思っているのだろう。話を聞いてくれる中野の優しさに、後ろめたさを感じた。
「中野さ――ん!そろそろ仁科さんを返してくださーい!」
気付けば、事務所のドアを開けてカナが騒いでいた。
中野は舌を出し、おどけて目を剥いてみせる。
「さて、じゃあ私は他に仕事があるから失礼するよ」
「また話しに来ても、大丈夫ですか?」
「いいに決まってるじゃないか」
中野は、笑って目がなくなってしまった。ほなみも心が和み笑う。
中野に手を振り、ほなみは事務所のロビーへと入っていった。
中野は、丸い顔をくしゃっとさせて笑った。
「ご無沙汰しちゃってすいません」
「全然いいんだよ?……いや、便りの無いのは良い便りって言うからね?
どう、智也君とは仲良くしてる?……彼も忙しいからねえ、寂しいでしょう」
つい、押し黙ってしまう。
中野は、ニッコリ笑いほなみの頭を軽く撫でた。
「また何を悩んでるのかな?ほなみちゃんは昔から、一人で抱え込むからねえ」
「ううん、そんな事ないです……」
無理な作り笑顔は中野には通用しない。
「中学の頃、よくここの中庭の池を眺めて、泣いてたもんなあ。
社長さんや奥さんも優しくほなみちゃんを迎え入れてたけど、やっぱり実のご両親とは違うし、色々と言えない事もあっただろうね。鯉によく話し掛けてたよね?」
「ええっ!聞かれてたんですかっ!」
「うん?まあ、何を話してるかまでは解らなかったけどね」
「やだ――!恥ずかしい!もうその話はしないで下さい!」
ほなみは中野の背中をばしばし叩いた。
「えおうっ……年寄りはいたわってくれよ――老い先短いんだからさ……」
「大丈夫です!中野さんは百歳まで余裕で生きますから!」
「そうだなあ。ほなみちゃんの孫に会うまで長生きしなくちゃな!」
中野は用務員で、ほなみが中学で智也の両親に引き取られてから、話し相手になってくれていた。
智也の両親には心底腹を割って話しが出来るわけもなく、同級生の友達には悩み事を相談しようにも
「お金持ちな岸君の家に引き取られて、もうなんの心配もないじゃん。
それに、あの格好いい岸君と一緒に暮らせるなんて、いいなあ!」と言われてしまうのだ。
一番近い友人のあぐりにでさえ本当の処を突っ込んでいけない。
自分はいつからこんな風になってしまったのだろう。
あぐり得意の台詞ーー「女優になれ」ではないが、ほなみは中学の頃からある種の仮面を被ったまま生きて来たのかも知れない。
「遅いバレンタインです」
「おおっ!こりゃ、私の好物じゃないかっ!」
ほなみが土産を渡すと、中野は早速包みを開け、ショコラオランジェをつまんで悦に入っている。
「あの……実は明日から仕事で留守にするんです」
「……そうなのかい。ほなみちゃんは、色々と出来る子だし、お仕事だってしたいよなあ?智也君と結婚しなけりゃ、もっとここで働けたのに勿体無かったよね……
まあ、良かったじゃない。頑張って行ってきなさい……沈んだ顔だね。心配事でもあるのかい?」
「不安になるんです。自分が本当に必要とされてるのか。
私が思う程、あの人は私の事を重要に思ってないんじゃっ……て」
そこまで話して、しまった、と口をつぐんだ。
この人と居るとつい余計な事までこぼしてしまう。
中野は、菓子を味わいながら目を細めた。
「人と人は鏡だからねえ。こちらの思いは大体向こうに伝わるものだよ。良くも悪くもね」
今のほなみの心は西本祐樹で一杯で、彼にどう思われているのか、が最大の気掛かりなのだ。
中野は、智也の事を言っていると思っているのだろう。話を聞いてくれる中野の優しさに、後ろめたさを感じた。
「中野さ――ん!そろそろ仁科さんを返してくださーい!」
気付けば、事務所のドアを開けてカナが騒いでいた。
中野は舌を出し、おどけて目を剥いてみせる。
「さて、じゃあ私は他に仕事があるから失礼するよ」
「また話しに来ても、大丈夫ですか?」
「いいに決まってるじゃないか」
中野は、笑って目がなくなってしまった。ほなみも心が和み笑う。
中野に手を振り、ほなみは事務所のロビーへと入っていった。
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