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智也の激情

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 ほなみは、ベッドの上で放心し横たわっていた。窓際に飾った青い薔薇がいっそう毒々しく見えて目を逸らす。

 シーツは波打つようにくしゃくしゃに乱れ、先程までの淫らで烈しい行為を思い出させた。

 洗面所の鏡の前で立ったまま抱かれた。浴室の中でもーーそこから無理矢理ベッドまで運ばれた。触れられる度に身体を熱くして声を上げ抵抗も出来ず、智也の思い通りになってしまった。そんな自分が信じられない。

 智也がワインを手に寝室に戻って来る。ほなみは身を固くし肩まで毛布をかけ身体を隠した。

「……大丈夫か?」

 静かに訊ねられる。何と返事をして良いか分からず背を向けて無言でいると、突然肩をつかまれて、智也の方を向かされた。

「い……いやっ」

「どうした……ほなみ……?」

 智也は、ほなみの反応に目を丸くする。

 

「まだ記念日のことでへそを曲げているのか……?」

 

 智也は、大きな手提げの袋から美しい春色のワンピースを出し、ほなみに毛布の上からあてて考え込むように眉を寄せた。その顔が、次第に笑顔になって行く。

「……記念日のプレゼントだよ。パリのお土産だ」

「……なんて……綺麗」

 ほなみは、見るからに高級そうな、美しい色合いのワンピースを手に取り思わず溜息を吐いた。

「やっぱり似合う。これにして正解だったな」

 智也はワインを一口含み、頬を綻ばせた。

 長い間一緒にいたはずなのに、そんな表情を見たのは初めてで、ほなみは心がざわついた。


「……智也」

「ん?」

「いつから私を好きだったの?」

「さっき言ったろ。ずっと昔からだ」

「……全然そんな風に見えなかったけど……」

 智也は、グラスの中の黄金色の液体を優雅に廻し、白ワインの薫りを堪能しながら、小さく笑った。

「……俺が、小さな頃から考えたり、やっていた色んな事を知ったら、お前は引くだろうな……」

「……?」

「いや、何でもない」

「気になるよ……」

 智也はグラスをテーブルに置いて、捕えどころのない微笑を向けた。

 こういう表情は、彼の『いつもの顔』だ。

「――着たところを見たい」

「うん……少し……向こうを向いてて?」

 ほなみは、毛布をつかむ指に力を込める。彼は瞳を妖しく輝かせながら隣に腰かけ、耳元で囁いた。

「恥ずかしがる事ないじゃないか……」

「……だって」

 ほなみは刺すような視線から目を逸らし、身体を隠したままワンピースを握りしめた。


「仕方ないな」

 智也はくすくすと笑い、妻の身体を覆っている毛布を持つと引き下げた。

 ほなみは思わず手で胸を隠すが、腕をつかまれて、ふたつの膨らみが晒される。

 智也の顔が見れず、そっぽを向いてきつく目を閉じた。

 絹擦れの音と布の感触がひんやりと心地好い。いつの間にか頭からワンピースを被せられている。

「そのまま立ってごらん」

「……うん」

 ほなみは、ベッドから降り、ワンピースの形を整えた。

 見つめてられているのが居心地が悪かったが、綺麗な服の威力は凄い。

 沈んでいた気持ちが嘘のように晴れやかになってしまった。女というのは現金なものだ。

「……綺麗だよ」

「そ、そうかな」

 褒め言葉も初めてかも知れない。なんだか心臓に悪い。

 ほなみは、すっかり警戒心を解いてしまっていた。

「……背中のボタンが自分じゃ嵌められないかも……」

 後ろを向いて呟くと、智也がボタンを丁寧に嵌め始めた。

「……なんだか擽ぐったい……」

 智也は、ほなみの髪をそっと肩に流してから、再びボタンを嵌めようとする。が、突然、固まったように動きを止めた。

「髪の毛ひっかかった?」

 ほなみが振り返る。

 物凄い力で後ろから抱き締められ、嵌めていたボタンをまた一つ一つ外されていった。

「……智也っ……何を」

 彼の荒い熱い呼吸が首筋にかかり、ゾクリと震えた。

「……本当に……綺麗だ……でも……何も着ないほなみはもっとーー」

「や……やめてっ」

 智也はボタンを全て外し、背中からワンピースの中へ手を滑り込ませると、乳房に触れた。

「やっ……もうやめて……っ……ああっ」

 大きな指が膨らみの先端を捜し当てキュッと摘むと、蕾の中は再び熱く溢れ、ほなみは堪らず声を漏らしてしう。

 その声が彼を煽る事になってしまう。ほなみは強引にベッドに押し倒された。

「……駄目だ……まだ……欲しい……っ」

 ワンピースはあっという間に脱がされ、智也は乳房を両手で掴み顔を埋めて舌を這わせた。


 ようやく遠退いたはずの、淫らな快楽の波が再びおし寄せるのを止めることができない。ほなみは彼の背中に腕を回してしまったがすぐに我に返る。欲望に正直に反応する自分と攻めぎあいながら、彼の胸を手で押した。

「……抵抗か?結局は……自分から腰を動かすくせに……そうだろ?」

 智也が、息を乱しながら笑みを浮かべた。

 ほなみはカッと頬が熱くなり、彼の頬を打つ。智也は避けなかった。

 じんじんと痺れる頬に手をあてると、陶酔したような笑みをほなみに向ける。

「煽られてるようにしか思えない……逆効果だよ?」

「いや……や……やめて」

 抵抗も虚しく押さえつけられ、智也に唇を重ねられた時、彷徨なワインの薫りが口の中に伝わる。咳き込みそうになり、顔を歪めた。

「やだ……お酒……」

「いいじゃないか……酔ってしまえよ……」

 智也はワインを含み、妻の顎を掴んで唇を再び押し当てた。

熱い液体が咥内に注がれ、喉を伝い身体の奥底まで染み渡ると、たちまち酔いが回り身体の自由がきかなくなる。

「じゃあ……ゆっくり楽しもうか」

 智也は、妻の太股をつかむと左右に拡げ、上から眺めた。

「と……もや……やめて」

 ほなみは身体を動かそうと試みるが眩暈に襲われてしまう。

「止めないよ……」

 智也は脚の間に顔を埋め、味わうように舌を這わせ始めた。

 僅かに動く腕で胸を押したが、何の抵抗にもならず、思うままにされてしまう。

「やめ……恥ずかし……ダメっ……」

「……凄く綺麗だよ」

 智也の指先の力が僅かに強くなったかと思うと、舌が蕾の中に入り込んできた。

「いやあっ……」

 何処までが自分の身体で、何処からが彼の舌なのかさえ解らない程、蕾の内部が蕩けていく。

 甘く声をあげる度、智也の呼吸が荒くなり、その感触が敏感な蕾を更に刺激した。

「もう……限界だな」

 智也が顔を上げると、ほなみの手をぎゅっと握り締め、獣を腰の辺りに擦り付けた。

 たったそれだけの動きで、ほなみは喘いだ。

「今夜は……離さない、と言っただろ……」


「ああっ……!」

 一気に深奥(しんおく)まで貫かれ、凄まじい快感に苛まれる。

 彼は様々な姿勢で刺す動きを続け、時に苦しげな表情で動きを緩やかにしたが、妻が

「ダメ……!もう……どうにかなりそ……う」と呟いた時、腰をいっそう強くつかみ荒々しく動きを早めた。

「――あ……やだっ……ダメえっ!そんなの……っ」

 ベッドがギシギシと淫らな音を立てる。振動で妻のふたつの膨らみが揺れるのを見て、智也は興奮したように更に激しく腰を振った。

「俺は……今まで……我慢していたんだっ……」

「や……もう……やめ……」

「それは無理だ……」

「お……願い……これじゃ何も……考えられな……」

「何も考えるなっ……俺を見ろ……ほなみっ」

 激しい攻めを受けながら、必死に西本祐樹を思っていた。

 彼にも数日前、激しく抱かれた――智也とは違う激しさで。

 あの夜がどんな風だったか、思い出そうと瞼を閉じると、烈しく動く智也の汗が頬にかかる。

(――西君も汗を滲ませて、私を愛した――)

 細いけれど逞しかった肩や腕を思い浮かべ、ほなみは身体を熱くした。

 彼は、真っ直ぐな髪を揺らし、時折愛おしむように見つめ、苦しげに、あの甘い声で名前を呼んだ――

『……ほなみ』

 自分を呼んでいるこの声は、智也だ。抱き締めている腕も。

(――これが西君なら、どんなに……嬉しいだろうか………一度だけでも、彼に

『愛してる』と言いたかったのに――)


 ほなみは快感に声を漏らし身悶えながら、いつの間にか涙を溢れさせていた。

 智也は角度を変え、ほなみを壊さんばかりに烈しく突き上げ、低く声を漏らす。

 中が弾けそうに熱くなった時、智也の全身がびりっと痺れたように震え、妻をぎゅっと抱き締めた。

「ほなみ……愛してる」

 ――その瞬間ほなみは、西本の幻を見ながら無意識に何かを呟いた。

「くっ……」

 智也が唸ると同時に、熱い白濁が吐き出される。

 全身にじわりと広がりゆく快感に痙攣しながら、精を受け止めるしかなかった。

 ――また智也に抱かれてしまった。

 西君に愛された記憶が身体から遠退いていってしまう……

 ぼんやりと思いながら乱れたシーツを指で弄んでいたが、不意に手をつかまれた。

 熱く燃える焔のような目で見つめられ、ほなみは息を呑む。

 智也は静かに訊いた。

「……『西君』……て、誰だ……」

 時が凍りついた。


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