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マカロン
⑥
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「ぎゃああああ」
三広は、甲高く叫びながら椅子からずり落ちた。すると亮介が馬乗りになり身体じゅうをつつき、擽る。
「ぎゃっ……ひひひ……やめろ……ストップ……りょ……すけ……ひっ……てめ……許さん……ギャハハハハ」
「笑いは腹筋を使うんだぞ?!トレーニングをしてやってるんだ!有り難く思え!ふはははは!」
ほなみはハラハラしてその有様を見ていた。
浜田は、珈琲を美味しそうに啜り、ふたりを指差す。
「この子たち、阿呆でしょ?」
ほなみは返事に困り曖昧に笑った。
「西君も野村君も、阿呆な子だけどねえ。普段は阿呆でも音楽の事になると覚醒しちゃうんだよね。普段は眠れる獅子……いや、言いすぎだね。眠れる番犬くらいかな?」
ほなみは、罵り合いながらどつき合いを始めた彼らを見てしみじみと言った。
「……本当に仲が良いんですね……じゃれ合う程に仲良しって素敵かも……」
「旦那さんに自分の本心を言えてる?」
突然智也の事を聞かれ、ほなみは押し黙る。
「何でもかんでも本心を言う必要はないけどさ。例えばあんな風にじゃれあったりできるかい?」
浜田は、プロレスの技の掛け合いを始めた亮介と三広を見て言った。
「……」
「東京に行く事、僕からも旦那さんに説明しようか?」
「いえ、智也は頭ごなしに反対する人ではないし……それに私が何処に行こうと、彼は関心なんか無いと思います。」
つい本音をぽろり、と零してしまった。
浜田は何も言わずに、穏やかな表情のまま珈琲を啜る。
「……多分私は贅沢なんです。この上我が儘を思ったら罰が当たります……」
「罰なんかないよ」
そう言ってくれる浜田の思いやりが嬉しい。目にじわりと涙が滲む。
「東京には皆のお手伝いに行くわけですし……智也も何も言わないと思います」
胸が逸るのを抑えられない。
――東京に行く。
クレッシェンドの皆の為に、再始動に向けてお手伝いをしに行く。
本当にそうしようと心から思っているけれど、それ以上に逢いたい。
彼の、時には悪戯に輝き、ある時には潤み、切ない色を浮かべる瞳。
甘い優しい声。
西君に逢いたい。
彼の姿をこの目で見て、自分と同じ世界に存在しているという事を、もう一度感じたい――
笑顔を思い浮かべるだけで胸の奥が切なく締め付けられた。
「……実はマカロンにも媚薬が仕込んであるんだよ。」
浜田は丁寧な手つきでグラスを磨きあげ、艶やかな光沢に満足げに頷き、ぽつりと呟く。
「自分に素直になる勇気の出る、媚薬だよ」
「素直になるだってっ?いいよ!いいよ!ほなみちゃん!バンバン吐き出して楽になるんだ――!……悲しい事があったら俺に何でも言ってよ!受け止めるよ? 身体ごと受け止めるのも大歓迎だからね!」
亮介がいつの間にか隣に来ていた。手をギュッと握りキラキラの笑顔を向けている。すると、三広にドラムスティックで殴られ崩れ堕ちた。
「油断も隙もねーな!……ほなみちゃん、本当にゴメンね?東京に来たら、こいつの魔の手から守るから安心してね!」
三広は床でのびている亮介を足で転がし、鼻息荒く言い放つ。
「さて?どっちが魔の手なんだかわかりませんなあ」
浜田がニヤニヤして彼を見ると、三広はムキになって喚いた。
「変な事言うな――!俺は心からそう思って……もごもご」
「はいはいはい。ちょっと静かにしようかね」
浜田は三広の口を塞いで穏やかに話す。
「……ほなみちゃんが、自分の素直な気持ちのまま、生きていけたらいいね」
**
callingでの団欒を回想しながら、鍵盤をつまびき、哀愁漂う和音を奏でてみる。
(――この間、このピアノを西君が弾いたのだっけ)
鍵盤に踊るしなやかな指を思い出しながらふと目を閉じた時、玄関がガチャリと開いた。ほなみの意識が一気に現実に引き戻される。
「……ただいま」
低い声と共にリビングに足音が近付いてくる。
ほなみは、ピアノの前に座ったまま震える手を握りしめ、心の中で自分に言い聞かせた。
――自分に素直になる勇気――自分に素直になる勇気――
三広は、甲高く叫びながら椅子からずり落ちた。すると亮介が馬乗りになり身体じゅうをつつき、擽る。
「ぎゃっ……ひひひ……やめろ……ストップ……りょ……すけ……ひっ……てめ……許さん……ギャハハハハ」
「笑いは腹筋を使うんだぞ?!トレーニングをしてやってるんだ!有り難く思え!ふはははは!」
ほなみはハラハラしてその有様を見ていた。
浜田は、珈琲を美味しそうに啜り、ふたりを指差す。
「この子たち、阿呆でしょ?」
ほなみは返事に困り曖昧に笑った。
「西君も野村君も、阿呆な子だけどねえ。普段は阿呆でも音楽の事になると覚醒しちゃうんだよね。普段は眠れる獅子……いや、言いすぎだね。眠れる番犬くらいかな?」
ほなみは、罵り合いながらどつき合いを始めた彼らを見てしみじみと言った。
「……本当に仲が良いんですね……じゃれ合う程に仲良しって素敵かも……」
「旦那さんに自分の本心を言えてる?」
突然智也の事を聞かれ、ほなみは押し黙る。
「何でもかんでも本心を言う必要はないけどさ。例えばあんな風にじゃれあったりできるかい?」
浜田は、プロレスの技の掛け合いを始めた亮介と三広を見て言った。
「……」
「東京に行く事、僕からも旦那さんに説明しようか?」
「いえ、智也は頭ごなしに反対する人ではないし……それに私が何処に行こうと、彼は関心なんか無いと思います。」
つい本音をぽろり、と零してしまった。
浜田は何も言わずに、穏やかな表情のまま珈琲を啜る。
「……多分私は贅沢なんです。この上我が儘を思ったら罰が当たります……」
「罰なんかないよ」
そう言ってくれる浜田の思いやりが嬉しい。目にじわりと涙が滲む。
「東京には皆のお手伝いに行くわけですし……智也も何も言わないと思います」
胸が逸るのを抑えられない。
――東京に行く。
クレッシェンドの皆の為に、再始動に向けてお手伝いをしに行く。
本当にそうしようと心から思っているけれど、それ以上に逢いたい。
彼の、時には悪戯に輝き、ある時には潤み、切ない色を浮かべる瞳。
甘い優しい声。
西君に逢いたい。
彼の姿をこの目で見て、自分と同じ世界に存在しているという事を、もう一度感じたい――
笑顔を思い浮かべるだけで胸の奥が切なく締め付けられた。
「……実はマカロンにも媚薬が仕込んであるんだよ。」
浜田は丁寧な手つきでグラスを磨きあげ、艶やかな光沢に満足げに頷き、ぽつりと呟く。
「自分に素直になる勇気の出る、媚薬だよ」
「素直になるだってっ?いいよ!いいよ!ほなみちゃん!バンバン吐き出して楽になるんだ――!……悲しい事があったら俺に何でも言ってよ!受け止めるよ? 身体ごと受け止めるのも大歓迎だからね!」
亮介がいつの間にか隣に来ていた。手をギュッと握りキラキラの笑顔を向けている。すると、三広にドラムスティックで殴られ崩れ堕ちた。
「油断も隙もねーな!……ほなみちゃん、本当にゴメンね?東京に来たら、こいつの魔の手から守るから安心してね!」
三広は床でのびている亮介を足で転がし、鼻息荒く言い放つ。
「さて?どっちが魔の手なんだかわかりませんなあ」
浜田がニヤニヤして彼を見ると、三広はムキになって喚いた。
「変な事言うな――!俺は心からそう思って……もごもご」
「はいはいはい。ちょっと静かにしようかね」
浜田は三広の口を塞いで穏やかに話す。
「……ほなみちゃんが、自分の素直な気持ちのまま、生きていけたらいいね」
**
callingでの団欒を回想しながら、鍵盤をつまびき、哀愁漂う和音を奏でてみる。
(――この間、このピアノを西君が弾いたのだっけ)
鍵盤に踊るしなやかな指を思い出しながらふと目を閉じた時、玄関がガチャリと開いた。ほなみの意識が一気に現実に引き戻される。
「……ただいま」
低い声と共にリビングに足音が近付いてくる。
ほなみは、ピアノの前に座ったまま震える手を握りしめ、心の中で自分に言い聞かせた。
――自分に素直になる勇気――自分に素直になる勇気――
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