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マカロン

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『いやああああっ!』

 叫ぶと同時に夢から醒める。目に飛び込んできたのは落書きだらけの壁。そして柔らかく綺麗な茶色い髪。

 ほなみは、三広に抱き締められていた。

「……み、つひろ、君……?」

「ごめんっ!うなされてたから……ついっ」

 三広は慌ててほなみを離すが、勢いで後ろにつんのめり頭から床に落ちた。

「三広君っ!」

「いってえー!」

 三広はうずくまり頭を抱えた。

 ソファから降りて彼の頭を触ってみると、彼の小柄な身体がビクンと動き、大きな瞳がほなみを見つめた。

「……三広君てよく転ぶの?この間はぶつかってたし……」

 小さな形の良い頭を点検するように触れてみたら、瘤が出来ていた。

 彼の顔が耳まで赤くなっている事に気づき、ほなみは手を離した。

「しばらく痛むかもしれないね」

「う、うん……」

「私についててくれたの?……ありがとう」

「いや、当たり前だよ!浜田さんも亮介も心配してたし」

「眠ってる時、何か変な事言った?」

「……ううん」

「……そう」

  

 きっと彼は嘘をついている、とほなみは思った。まるで現実のような生々しい夢だった。嘲笑う花たちの声が鼓膜の奥に張り付いているようで、思わず身震いをする。

「今日は、ほなみちゃんに頼みがあって来たんだ。」

 三広が背筋をシャンと伸ばし、真剣な顔になる。

 

「私に……頼み?」

「祐樹の事だけど……」

 その名前を耳にして、身体じゅうが総毛立ってしまう。

「ニュースで知ってるかもだけど……怪我よりも深刻な問題があってさ……」

「……どうしたの?」

「歌おうとすると声が出ないんだ。医者が言うには何かの精神的な要因じゃないかって……」

「!」

「祐樹は……ほなみちゃんが居てくれたら良くなるんじゃないかな?あいつ惚れっぽいっていうか遊んでばかりだったけど、ほなみちゃんには違うような気がするんだよ……少しの間だけでも……東京に来て祐樹を元気づけて欲しいんだ……」

 ほなみの唇が小刻みにわななき、涙まで出てきてしまった。

 ――西君。

 あんなに音楽に真摯で素晴らしいピアノを弾いて、人を魅了する声を持っているのに……

 ステージに立つ為に産まれてきた様な人なのに、私のせいでそんな事になっているなんて……!

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