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背中にささやく「すき」
③
しおりを挟むその後何日間かにわたって、ほなみは部屋の大掃除に明け暮れた。
キッチンやベランダ周り、クローゼットの中なども総点検し、何年間か着ていない服、使っていない物は迷い無く処分した。
テレビも見ず、パソコンも開かず、携帯の電源も切った。
朝起きて片付けをし、お腹が空いたらキッチンにある物を食べ、また片付けをして眠くなったら眠る。その繰り返しだった。
没頭していると、余計な事を考えずに済んだ。
しかし、いつまでもそんな事ばかりしている訳にはいかない。キッチンの食品がとうとう底をついた。
――何か買いに出かけなければ。
ほなみは深く溜め息をつく。何日か振りにテレビを点け携帯の電源を入れたが、途端に着信音が引っ切りなしに鳴り出した。
メール着信が50件以上もあって、ほなみはおののいた。
殆どあぐりからだ。
履歴を確認していると間髪入れずに電話が鳴った。
「……はい」
「あ――っ!やっと電話繋がったわね!心配したわよ――っ!パソコンにもメールしたのよ!?一体全体、どうしたのよ!?」
ぎゃんぎゃん高い声で喚かれ耳が痛い。
「ごめんね、体調が悪くって寝込んでて……」
「そうなの?もう良くなったの?
智也が、あんたにパソコンでメールしたけど返事がないって、連絡してきたのよ?」
ドクンと心臓が重く鳴り、携帯を持つ手が微かに震えた。
「……智也が?」
「そうよ!心配してたわよ?
『来週、何日間か日本に帰るからほなみに連絡してくれ』って言ってた」
思わず椅子にへたり込んだ。
――帰ってくる。智也が――
何の感情も湧いてこない自分にショックを受けていた。
その時、テレビから聞こえたワイドショーのコメンテーターの声に、ほなみの全神経が集中する。
『人気ピアノロックバンド"クレッシェンド"のボーカル西本祐樹さんが、右手の負傷の為3月14日に予定していた日本武道館ライヴを延期するというニュースが入ってきました』
ほなみの目は、テレビに釘付けになった。
――右手を怪我?
数日前、ここで別れた時の事を思い起こし、思わず叫びそうになる。
「どうしたの?」
あぐりが怪訝な声で聞いてきた。
(私のせいだ……私のせいで西君が……)
頭の中でそんな思いが渦巻く。
「……ううん……何でもない」
震えてしまう声に気づかれないよう、ほなみは努めて平静を装った。
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